2017年7月5日水曜日

西根遺跡出土縄文時代丸木はイナウ

2017年6月28日千葉県教育委員会所蔵の西根遺跡出土縄文時代丸木(発掘調査報告書では「杭」)を閲覧する機会を得ました。
劣化防止処理のために透明ビニール袋に薬剤と一緒に入れられているため、観察できた部位は限定されましたが、イナウが備えるべき特徴を備えていることを確認できましたので、記録します。

1 丸木観察のためのA面、B面設定

袋詰め丸木の観察は2面からできましたので、その2面を次のようにA面、B面としました。

丸木観察のためのA面、B面設定

2 A面観察結果

A面の削り跡

A面に多数の削り跡が存在することが確認できました。

石器で表面を削り、削りかけ(羽根)を作った跡であると観察できます。削りかけ(羽根)は全く残っていません。

3 B面観察結果

B面の刻印

B面に2カ所の刻印が観察できます。
刻印の切り口が鋭いので、かなり切れ味のよい石器を使ったと思われます。
2つの刻印は丸木中心軸に対して90度近くの角度を持っています。

4 上端、下端観察

上端

下端

上端下端ともに丁寧で鋭い切り口で成形されています。
上端は緩やかなドーム状、下端は尖った様子が観察できます。
上端、下端ともに打ち込み、打ち付け等によるツブレや丸みが見られないので、繰り返し使用したという状況は感じられません。

5 枝
袋に木片4-5点が同封されていて、それに隠れて枝の様子は今回は観察できませんでした。
発掘調査報告書の写真、スケッチを見ると枝の方向は発掘調査報告書が採用している上下方向と正位であり、発掘調査報告書が採用している上下が木の上下であったと考えられます。

6 同封木片

丸木同封木片(4~5点)

丸木に同封されている木片4~5点があり、そのうち1点は整形された製品で両端が焦げているように観察できました。
同封木片の中に枝の一部に該当するものがあるかどうかは確認できませんでした。

7 考察
7-1 丸木は杭ではない
丸木は枝を残している(枝を利用している)ので、杭であることはあり得ません。

7-2 丸木はイナウであると考えられる
7-2-1 腕状枝の存在
北原次郎太「アイヌの祭具 イナウの研究」(北海道大学出版、2014)によればイナウの胴に腕状の枝を残したものはアイヌ語でイナウテヘ(イナウの腕)と呼ばれ、概して格式の高いものとして用いられていると書かれています。
腕状枝が見られるのはほぼ樺太のみで、北海道内では余市町に2例見られるほかは今のところ類例がないそうです。
輪状腕などは二ヴフにも類似の木製品が見られることから、基本的に北方につながる習俗であると考えられていると書かれています。

腕状枝があるイナウ例
北原次郎太「アイヌの祭具 イナウの研究」(北海道大学出版、2014)から引用

腕状枝があるイナウ例
北原次郎太「アイヌの祭具 イナウの研究」(北海道大学出版、2014)から引用

7-2-2 削り跡、刻印の存在
今回の資料閲覧で丸木に削り跡(削りかけ)、刻印が存在していることを確認できました。

7-2-3 イナウ構成要素との照合
北原次郎太「アイヌの祭具 イナウの研究」(北海道大学出版、2014)ではイナウを構成する要素を次のようにまとめています。

樺太西海岸多蘭泊のイナウを構成する要素
①腕(単生腕)、⑥削りかけ、⑩⑪⑫刻印
北原次郎太「アイヌの祭具 イナウの研究」(北海道大学出版、2014)から引用

このイナウ構成要素のうち西根遺跡出土丸木は削りかけ(削り跡)、刻印、腕状枝を具えています。
この照合から西根遺跡出土縄文時代丸木はイナウそのものであると考えます。

7-2-4 感想
千葉県印西市西根遺跡出土縄文時代丸木が腕状枝をもつ格式の高いイナウであり、その習俗が北海道をほぼ越えて樺太に観察できるという事実に強い興味を覚えます。

柳田國男の方言周圏論の考古学発展版を構想できるような空想を楽しみます。

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イナウ学習用に入手した図書

北原次郎太「アイヌの祭具 イナウの研究」(北海道大学出版、2014)

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