このブログではそれまでの地形検討を一旦区切って、8月10日以降「縄文弥生時代の交通」に取り組み始めました。
本論(縄文弥生時代の花見川地峡の交通)にすぐ取り組むだけの心の準備が整っていなかったので、ウォーミングアップとして埋蔵文化財データをいじりだしました。あくまで気軽な寄り道のつもりでした。
ところが、市町村別遺跡密度図をつくると、考古歴史知識のほとんど無い自分にとって大変よい基礎学習になります。
そして、アドレスマッチングでプロット図を作成するとさらに詳しい情報が判る様になって、記事数も増えきてしまいました。
今後、プロット図をQGISの分析機能等を使って様々な(擬似)分析をして、基礎知識の増大に努め、本論に取り組んだ時に息切れしないような体力をつけたいと思うようになりました。
このような事情のため、ブログのシリーズ目次を次のように変更しましたので、お知らせします。
●シリーズ「花見川地峡史 -メモ・仮説集」の目次(2014.09.07)
1 花見川地峡とは
2 花見川地峡成立の自然史 -仮説的検討-
2.1 現代から縄文海進まで遡る
2.2 花見川河川争奪に遡る
2.3 印旛沼筋河川争奪に遡る
2.4 下総台地形成に遡る
3 花見川地峡の利用・開発史
3.1 埋蔵文化財データに基づく地域特性基礎検討 (新設項目)
3.2 縄文弥生時代の交通
3.3 〔仮説〕律令国家の直線道路、東海道水運支路
3.4 牧の境界
3.5 享保・天明・天保の印旛沼堀割普請
3.6 明治~戦前期の土地利用
3.7 本土決戦
3.8 戦後印旛沼開発
4 花見川地峡の課題と未来
サイト「花見川地峡史 -メモ・仮説集」ではこの目次に沿ってブログ記事を整理して再掲しています。
花見川の風景
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