鳴神山遺跡の検討を中断して寄り道で墨書土器の学習をしています。
須恵器釜と土師器焼成遺構の学習をしましたが、その関連でヘラ書き土器とそれ以外の墨書土器の比較をしておきます。
ヘラ書き土器は窯で土器を焼成する以前に生産地の工人が書いたもので、ヘラ書き土器以外の墨書土器・刻書土器は土器消費地で書かれたものであると考えて比較します。
千葉県におけるヘラ書き土器とそれ以外の墨書土器・刻書土器の出土数は次の通りです。
千葉県出土墨書土器・刻書土器の内訳(表)
千葉県出土墨書土器・刻書土器の内訳(グラフ)
文字が書かれた土器史料のうちヘラ書き土器は6.9%ときわめて少数になります。
つまり、ヘラ書き土器は土器文字史料のなかでも特殊なものです。
ヘラ書き土器の全土器に占める割合は6.9%よりはるかに低い数になります。
このことから、ヘラ書き土器が単純な作業管理用符牒ではないことが類推できます。
次に墨書・刻書土器の内、人面・戯画土器の出土数を集計すると次のようになります。
人面・戯画土器の割合
ヘラ書き土器にも人面土器があることに驚きました。
ヘラ書き人面土器例
上谷遺跡出土土師器坏
千葉県出土墨書・刻書土器データベースから引用
この例が、発注者の要望により描いたものか、それとも工人自身が自分のために描いたものか興味があるところです。
この例の存在は、単なる特殊事例として見るのではなく、ヘラ書き土器というものの本質が単純な作業管理用符牒ではないことを雄弁に物語っている事例として見るべきだと考えます。
次に、文字数について検討します。
ヘラ書き土器とそれ以外の墨書・刻書土器の文字数は次のようになります。
ヘラ書き土器とそれ以外の墨書・刻書土器の文字数(表)
ヘラ書き土器とそれ以外の墨書・刻書土器の文字数(グラフ)
ヘラ書き土器の方がそれ以外の墨書・刻書土器より1文字が多く、2文字以上のものが少なくなっています。
この結果は生産地のヘラ書き土器と、消費地で書かれる墨書土器・刻書土器の文字を書く主体が異なるからであると考えます。
土器消費地では一つの土器に人一人が対応して墨書・刻書土器が書かれます。その際の多文字の割合より、多数土器に工人一人が対応するヘラ書きの方の割合が小さくなるのは当然です。
大量生産していて、一人の工人が多数のヘラ書きをするのですから、文字数は少ない方が作業効率が向上します。
ヘラ書き土器は単純な作業管理用符牒ではないが、作業効率を重視して書かれたと考えます。
次に、文字内容について検討します。
ヘラ書き土器とそれ以外の墨書・刻書土器の出現数順文字を50位まで示します。
ヘラ書き土器の文字(釈文欄記載内容)
データベースの釈文欄の記載内容を機械的に出現数集計して並べたものです。
ヘラ書き土器の文字をよく見ると、×に関わる記号や文字(×に読み得るもの)が多くなっています。次のようなものがあります。
×(224)、×[記号か](66)、×(記号)(34)、〆[記号か](27)、十(11)、十[記号か](7)、××(5)、×(記号)(5)、□[記号「×」ヵ](4)
×に関連するもの(あるいは関連する可能性のあるもの)は全部で383あり、25%に達します。
一方、ヘラ書き土器を除く墨書・刻書土器では、×に関連するもの(×、×[記号ヵ])は合計520で全体の2.5%です。
ヘラ書き土器では×関連が特段に多くなっています。
×は魔除けの記号であると考えられます。
出荷する土器に魔除け記号を書きこんで、土器消費者にサービスする土器生産者の姿を想像します。
次に文字を見ると、ヘラ書き土器の50位までに出現する漢字は、そのほとんどがヘラ書き土器を除く墨書・刻書土器の文字の50位までに出てきます。
漢字はヘラ書き土器とヘラ書き土器を除く墨書・刻書土器が同期しているように感じます。
この事実から、土器消費者が好む文字をヘラ書きで書きこみサービスする土器生産者の姿を想像します。
以上の検討から、ヘラ書き土器は土器生産者の稀な行為で、それは土器消費者に対する文字サービスであると結論的に想像できます。
恐らく、土器の特注があった場合などに、サービスとして魔除け記号を書きいれる、あるいは発注者の好む文字や発注者の銘を書きこむという特殊商行為があり、その跡がヘラ書き土器として出土していると考えます。
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