私の散歩論

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2016年5月2日月曜日

千葉県の小字町田、和田、打越の予察検討

出現数の多い小字のうち、原始・古代社会との関わりのある小字清水、馬場、台畑、長谷、前畑、堀込については2016.05.01記事「千葉県の小字清水、馬場、台畑、長谷、前畑、堀込の予察検討」で扱いました。

小字に関する私の興味は主に原始時代及び古代社会で発生した地名を分別把握して、その情報を分析することにより、逆に原始時代の自然や社会の復元、古代社会の復元に関する情報を得ようとする点にあります。

そのような検討を行う中で、結果として、地名の由来を当てずっぽうの想像からすこしはましなものにすることができると考えています。

さて、そのような視点とは別に、出現数の多いものの中に、純粋な「地名の意味」興味が湧いた地名町田、和田、打越について、予察検討します。

最初に町田、和田、打越の千葉県における分布図を掲載します。

千葉県における小字町田、和田、打越の分布

1 町田

「町田」は言葉として次のような意味があります。

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まち‐だ【町田】
〖名〗 区画によって区分された田。また、区分された特別の田。神領の田。一説に、麻知(まち)によって豊凶を占う田。

*播磨風土記(715頃)讚容「今、讚容の町田あり」

『精選版 日本国語大辞典』 小学館から引用
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また、漢和辞典では「町」を次のように説明しています。

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町 甼

【甼】同字

字義
➊畑のうね。また、田のあぜ。
➋さかい(境)。㋐耕作地の境界。㋑一般に、境界。
以下略

解字
形声。田+丁。音符の丁は、釘(くぎ)を打ちこむの意味。耕作地の境界に釘のように打ちこまれたあぜ道、さかいの意味を表す。

『新漢語林』 大修館書店から引用
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これらの説明から小字「町田」は水田耕作にちなんだ地名であり、水田のうち、何か特別の意味を込めて区画された水田を指していると考えます。

千葉県全体の町田分布図をみると、谷津が大きな氾濫原や後背湿地などに出る付近を選んで立地しているように感じられます。

台地奥深くの谷津には「町田」の分布は少ないようです。

古代の水田耕作は谷津で始まり、技術力(土木技術力)の進歩にしたがって大きな氾濫原や後背湿地に徐々にその範囲を広げていったと考えられます。

ですから、「町田」の分布はまだ技術力が低い時代、大きな氾濫原や後背湿地を開拓できない時代の水田耕作と関係していることが推察できます。

次の図は千葉県全体の「町田」分布図を一部参考までに拡大したものです。

小字名に「町田」を含む全小字の分布(部分)

プロットの位置はアドレスマッチングですから500-600m程度の誤差があるのですが、概略分布はこの分布図で捉えることができます。

古代までに、谷津は全て奥深くまで水田耕作されていたと考えられますが、町田は谷津出口付近のように見えます。交通の便のよいところです。

これらの情報から、「町田」の意味は辞書説明にあったような「神領の田」であり、上記部分図は香取神宮が所有する水田であったという作業仮説を持つにいたりました。

このような作業仮説を脳裏の片隅のおいて、「町田」という言葉や地名が次に出てきた時に、詳しく検討したいと思います。

2 和田

「ワダ」と発音することばとして次があります。

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わだ【曲】

〖名〗
① 地形の入り曲がっているところ。入江などにいう。
*万葉(8C後)一・三一「ささ波の滋賀の大和太(ワダ)淀むとも昔の人に又もあはめやも」

② 形が曲がりくねっていること。
*枕(10C終)二四四「ななわたにわだかまりたる玉の」

『精選版 日本国語大辞典』 小学館から引用
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また、濁りをとった「ワタ」では次の言葉があります。

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わた【腸】

〖名〗 動物の腹腔内にある内臓の一部。はらわた。

*万葉(8C後)五・八〇四「蜷(みな)の和多(ワタ) か黒き髪に」

*御伽草子・むらまつの物語(古典文庫所収)(室町末)「はら十もんじに、かききりてぞ、ゐたりける。しなれざりければ、わたくりいだし」

『精選版 日本国語大辞典』 小学館から引用
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「わた」(腸)と「わだ」(曲)は類縁の言葉だと思います。

「和田」はこの「腸」(ワタ)、「曲」(ワダ)に由来する地名であると考えます。

動物の腸のように曲がりくねった谷津地形を表現している地名だと思います。

千葉県全体の分布図を見ると、台地縁辺部に多く分布しているような印象を受けます。

次にその拡大図を示しますが地形がより細密に開析されたところに多いような印象を受けます。

小字名に「和田」を含む全小字の分布(部分)

現時点での想像的検討では、言葉の検討で明らかになったように、「和田」は農耕民による完全な当て字であり、水田は無関係です。

従って、狩猟民による、特定狩猟行為と結びついた地形表現だと考えます。

「ナガサク」や「ハナワ」は台地面で獣を追い、崖で獣を落とす猟と結びつけて、狩猟行為と地名が表現する地形を一つのイメージとして捉えることはできますが、「ワダ」はそのようなイメージはまだできません。

なお、その分布の様子から、「和田」をわた(海)と結びつけることはできません。

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わた【海】

〖名〗 (後世「わだ」とも) うみ。⇨わたつみ。

*書紀(720)継体二三年四月(前田本訓)「夫れ海(ワタ)の表の諸蕃、胎中天皇(ほむたのみかと)の内つ官家(みやけ)を置(たまふ)し自り」

『精選版 日本国語大辞典』 小学館から引用
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3 打越

「打越」を辞書で調べると、多様な分野での用法が出ていて、結局「間にあるものを超える」という意味にたどり着きます。

打越荷物という用法では、上方から奥羽に荷物を送るとき、必ず江戸の問屋で取り次がなければいけない商習慣を破って、直接上方から奥羽へ送る荷物という意味になります。

打越という言葉は本来あるべき間の物を超える、省略して次に進んでしまうという意味であり、秩序破りのようなニュアンスで使われています。

小字「打越」の意味を私は、領地の境界を越えて所有した、開発した土地、つまり奪った土地という意味で捉え、作業仮説とします。

作業仮説ですから、正しい意味が分かれば、その仮説自身は捨てればよいだけです。心中するつもりは全くありません。

「打越」の千葉県全体の分布図をみると、上総国で特に多いように観察できます。

その一部を次に拡大します。

小字名に「打越」を含む全小字の分布(部分)

谷津深く、山の中にまで分布しているものがあります。

アドレスマッチングによる分布図ですからそれ以上の観察はあまり意味がないのかもしれませんが、なにか境界(市町村界や領地境界が対応していたであろう地形界)付近にあるドットが多いようにも見えてきてしまいます。

下総国にはあまりなかったけれども、上総国には多く見られた土地所有上の社会慣習があったのかもしれません。


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