私の散歩論

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2018年6月27日水曜日

貝殻・獣骨・土器片出土の意義

大膳野南貝塚学習中間とりまとめ 5 貝殻・獣骨・土器片出土の意義

大膳野南貝塚学習中間とりまとめを次の10項目に分けて行っています。
1 漆喰貝層有無2集団の関係
2 諸磯・浮島2集団の関係
3 集落消長の理由
4 貝塚・集落の構造
5 貝殻・獣骨・土器片出土の意義
6 埋葬の様相
7 竪穴住居祭壇の様相
8 狩猟方法イメージ
9 個別テーマ
10 背景学習

この記事では「5 貝殻・獣骨・土器片出土の意義」の説明素材を集めて、まとめペーパーの材料を作りましたので掲載します。

1 貝殻
1-1 貝殻の3態様-完形貝・破砕貝・漆喰
大膳野南貝塚発掘調査報告書を繰り返し読むと、貝層、地点貝層、竪穴住居、土坑などから出土する貝殻は完形貝だけではなく破砕貝が多く登場します。発掘調査報告書記述では破砕貝出土箇所が多いため完形貝出土が特記事項になるほどです。さらに漆喰が登場します。漆喰は大膳野南貝塚発掘調査報告書ではじめて貝殻を主成分として作られたことが判りました。
このように大膳野南貝塚では貝殻に3態様…完形貝、破砕貝、漆喰が認められます。
完形貝は身を食べた後の貝殻そのままです。ところが破砕貝とはイボキサゴやハマグリを砕いたものです。わざわざ貝殻を砕くという労力を投入してつくる産物ですから、完形貝とは別の大切な意味があると考えます。
さらに漆喰とは貝殻を砕いて粉にして、さらに焼いてそれに水を加えたものです。漆喰作成は破砕貝以上に労力を要し、また炉や燃料を必要とする製品です。従って、漆喰を使うことは破砕貝以上に特別な意味があるはずです。
このような観点から貝殻出土について観察分析すれば、縄文人の活動の一端を解明・解釈することができると考えます。

1-2 土坑を例とした貝殻3態様の出土状況
後期集落土坑を例に貝殻3態様の出土状況の統計をとりました。

貝殻態様別土坑数 1(重複有)
貝殻が出土する土坑は全部で78ありますが、そのうち破砕貝が出土する土坑が63(約80%)、完形貝が出土する土坑が36(約46%)、漆喰が出土する土坑が12(約15%)となります。
完形貝が出土する土坑よりも破砕貝が出土する土坑の方がはるかに多いという事実は大変興味深いものです。
この統計をより詳しくみると次のようになります。

貝殻態様別土坑数 2
貝殻の出土とはイボキサゴやハマグリの破砕貝出土を最初にイメージすべきであり、完形姿の貝殻出土はむしろ少数派であるということになります。
縄文人は貝殻を遺構に収めるとき、完形の貝を収めるよりも、それを砕いて白いパウダー状の製品にして収めたことの方が多いということになります。
遺跡全体における完形貝と破砕貝の量的割合はまだわかりませんが、土坑を例にすると、土坑数という統計では破砕貝が完形貝を圧倒します。

1-3 遺構断面における貝殻3態様の様子
土坑と竪穴住居をそれぞれ1例取り出して貝殻3態様の分布をみてみました。

1-3-1 土坑断面における貝殻3態様の様子

146号土坑 貝殻の態様
146号土坑は貯蔵土坑が廃絶祭祀により貝殻堆積した例です。
下層では漆喰がわずかに出土し、中層では2層に分かれて完形貝が出土し、上層では破砕貝が蓋をするような形状で出土します。
漆喰という特別な製品が最初に投入されたことには意味があると考えます。
ついで、土坑を充填する本体は完形貝、蓋をするのは破砕貝というイメージを持つことができます。
なお、破砕貝と完形貝が同時に出土する土坑の多くで破砕貝が蓋のように堆積していることが観察できます。
破砕貝と完形貝はむやみやたらに投入されたのではなく、一定の順番で、つまり儀式の順番に則り投入されたことが判ります。

1-3-2 竪穴住居断面における貝殻3態様の様子

J77竪穴住居 貝殻の態様
見やすいようにデフォルメした断面に色を塗っています。
この竪穴住居では漆喰貼床・漆喰炉があり、その上に完形貝が乗り、最上部の一部(柄鏡形住居の張出部と本体を結ぶ付近)に破砕貝が乗ります。
破砕貝が儀式の最後に投入されたことは146号土坑と同じであり、破砕貝の意義を考える上で重要な情報です。
漆喰貼床・漆喰炉は祭祀を実行するために貼られたもの、あるいは祭祀行為として貼ったものであると考えています。
白い炉と白い床を漆喰でつくり、廃絶する時には炉を漆喰で埋めつくし、さらに住居全体完形貝で埋め尽くし、最後に破砕貝の白パウダーを投入したというプロセスを観察できます。

1-4 貝殻3態様の意味
上記観察から貝殻3態様の意味を次のように考えます。
・貝殻(完形貝、破砕貝、漆喰)…祭祀において使う、清め機能を有する素材・製品
・完形貝…清め機能を有する素材で、主に祭祀対象物・空間を覆うために使う。
・破砕貝…人工的に純白を作り出したパウダー状製品で、純白が清め機能や神聖性という効能を著しく増幅させる。完形貝で祭祀対象物・空間を覆ったとき、最後の仕上げに使う。
・漆喰…人工的に純白を作り出した固化剤製品で、純白が清め機能や神聖性という効能を著しく増幅させる。祭祀施設や祭祀空間の築造に使う。

1-5 下総縄文人の画期的発明…漆喰
1-5-1 漆喰の意味に関する発掘調査報告書の記述
大膳野南貝塚発掘調査報告書ではじめて白色粘土状物質が貝を素材とする漆喰であることが明らかになりました。これは大膳野南貝塚発掘調査の特筆すべき成果です。一方、発掘調査報告書では漆喰出土の意味について次のように記述しています。
漆喰が何を目的として精製され、どのような理由で炉に使用されたのかといった根源的な問題点については明確な回答を導き出せていないのが現状であり、その解明にあたっては今後の研究課題とせざるを得ない。

1-5-1 漆喰の画期的意義
発掘調査報告書のデータを詳しく分析することにより、漆喰の根源的な問題点解明に結びつく可能性のある思考をしましたので、記録しておきます。

ア 漆喰は破砕貝(純白パウダー)とともに下総縄文人が発明した純白性(すなわち神聖性)を具備した製品で、破砕貝と異なる点は固化材であることです。
イ 漆喰は純白性(神聖性)を有する固化材ですから、祭祀が行われる空間の炉や床などの「建材」として使われたと考えます。
ウ 漆喰を使った(使うことが許された)のは漁労に関わった集団だけであったと考えられます。
エ 漆喰炉を常時使っていると汚れが目立ち純白性が減じるようになるので、祭祀活動を滞りなく実行するために炉維持管理活動が行われたと考えられます。その維持管理活動が炉内面の漆喰上塗りです。漆喰上塗りが行われることにより内面の純白性が再び復活したと考えます。繰り返し漆喰上塗りが行われた結果、炉は徐々に埋まっていったと考えられます。この結果、発掘時の炉断面には漆喰の積層が観察されます。
オ 漆喰は漆喰炉で製造されたと考えます。
カ 柄鏡形(敷石)住居の「敷石、石囲炉」と「漆喰貼床、漆喰炉」は素材は異なりますがその意味は同じであると考えます。「漆喰貼床、漆喰炉」は石の入手が困難な下総ならではの画期的発明であったと考えます。

漆喰貼床
大膳野南貝塚発掘調査報告書から引用

漆喰炉
大膳野南貝塚発掘調査報告書から引用

2 獣骨
2-1 頭部骨出土が多い事実とその意義
2-1-1 頭部骨の割合が多い事実
大膳野南貝塚発掘調査報告書では獣骨の中で頭部骨の割合が多い事実を指摘し、次のように解釈しています。
出土部位の偏りを見ると、上顎骨や下顎骨および遊離歯は多く出土しているが、四肢骨の出土量は少ない。これはシカの場合も同様である。シカの上腕骨遠位部にイヌの咬みキズが明瞭に残されている例があり写真に示した。これらの他にもイヌの咬みキズを持つ骨が多く見られることから、この遺跡のシカやイノシシの骨はイヌの餌にされていたと推測される。四肢骨が少ないのは、それらがイヌに与えられたためであろう。なお、骨に咬みキズを加えた動物が何であるかの判断は、ネズミでは切歯の形態、イヌ科では犬歯や上下の裂肉歯の形から推定したものである。イヌは肉片の付いた骨を与えられても骨そのものを食べるのではなく、骨を齧って骨膜や軟骨・骨髄を食べるのであって、その結果、骨の腐食・消滅を促進していたことになる。

参考例 獣骨最多出土土坑(254号土坑)の種別部位別動物遺体
大膳野南貝塚発掘調査報告書から引用 塗色
大膳野南貝塚では竪穴住居、土坑、貝層などから出土する獣骨における頭部骨の割合が一様に高くなっています。またイノシシ、シカのみならずタヌキなども頭部骨の割合が高くなっています。
この理由は発掘調査報告書で解釈しているとおり、四肢骨は犬に餌として与えてあらかた砕かれて消失し、頭部骨は犬に与えずに人のみが扱い、最後に遺構に投入されたことを示しています。

2-1-2 頭部骨は祭祀の重要アイテム
頭部骨が最後まで犬に与えられなかった理由は、獣頭部が狩猟祭祀、獣送り祭祀の対象となっていたからだと推定します。
縄文時代では獣の頭部と胴体の祭祀上の役割はいつも別々に捉えられ、全く異なっていたと理解します。
頭部は祭祀(狩猟祭祀、獣送り祭祀)の対象であったので、「犬に与えて消費する」ことなく祭祀の重要アイテムとして使われたと考えることができます。
このような考えは新津健著「猪の文化史考古編」(2011、雄山閣)でイノシシ祭祀として詳しく述べられています。

猪への祈りのまとめ 「猪の文化史考古編」(新津健 2011 雄山閣)から引用

2-2 狩猟祭祀場所推定-(遺構外)野外
2-2-1 イノシシ形獣面把手を手掛かりとした推定 
大膳野南貝塚でイノシシ形獣面把手は24例出土していてその全てがほとんど把手だけ(イノシシ像だけ)のかけらです。

イノシシ形獣面把手出土例(一部) 写真
大膳野南貝塚発掘調査報告書から引用
イノシシ形獣面把手は諸磯b式土器の時代に流行った土器です。
この土器のイノシシ像だけが土器から打ち欠きだされたことが判ります。
またイノシシ形獣面把手の出土場所は全て遺構外からの出土になります。

大膳野南貝塚 前期集落 イノシシ形獣面把手の分布
イノシシ形獣面把手の分布は諸磯式期(浮島式期)の竪穴住居の周辺といってよい場所です。
これらの事実からイノシシ形獣面把手付土器が廃用になった時、その土器からイノシシ形獣面把手だけを打ち欠き出して、それを住居周辺に置いた(投げた、埋めた)ことが判ります。
同時に、イノシシ形獣面把手出土場所のほとんどはその直近からイノシシ頭部骨が出土しています。

イノシシ形獣面把手と遺構外イノシシ頭部骨の出土地点 5m×5mメッシュ情報から作成
遺構外イノシシ頭部骨は縄文全期のデータであり、イノシシ形獣面把手は諸磯式期のデータですから直接1:1の対応ではありませんが、イノシシ形獣面把手とイノシシ頭部骨の間の密接な関係を示唆する情報となっています。
これらの情報からイノシシ形獣面把手とイノシシ頭部骨をつかった狩猟祭祀(イノシシ祭祀)が竪穴住居近くの野外で行われたと推測することができます。
同時に、イノシシ形獣面把手付土器の使用期間以外の期間にあっても狩猟祭祀(イノシシ祭祀)は野外で行われたと敷衍して推定します。その推定の根拠は分布図で示したイノシシ頭部骨の遺構外からの大量出土です。イノシシ頭部骨の遺構外分布は後期集落の漆喰貝層有竪穴住居の周辺に該当します。

2-2-2 狩猟祭祀場所の様子
狩猟祭祀(イノシシ祭祀)ではメインアイテムであるイノシシ頭部骨をイナウなどに掲げて儀式が挙行されたと想像します。
大膳野南貝塚では鹿頭骨列が出土していて、その復元空想図を作成しましたが、イノシシ祭祀でも同じような祭壇が作られてたと空想します。

1号鹿頭骨列復元空想図

1号鹿頭骨列

2-3 頭部骨の埋納場所
狩猟祭祀は竪穴住居ちかくの野外で行われたと推測し、その推測の根拠は遺構外から出土する大量のイノシシ頭部骨です。
一方、遺構(竪穴住居、土坑)は祭祀で使われ役割を果たした獣頭部骨の埋納場所であると推測します。
次の写真は獣骨出土量が大膳野南貝塚では最も多いJ97竪穴住居(諸磯b式期)のものです。

J97竪穴住居 獣骨出土状況
大膳野南貝塚発掘調査報告書から引用
J97竪穴住居の獣骨出土状況について発掘調査報告書では次のように記述しています。
なお、J97号住居址出土のイノシシを主体とする動物骨の集中について、船橋市取掛西貝塚に見られるような儀礼的な取り扱いではないかという問題がある。これについては、出土状態を見ると、J97号住居址の例では頭蓋骨や下顎骨の出土状態に意図的な配列が見られない。不規則な散乱状態で出土しているように見える。このことから、J97号住居址のイノシシやシカの出土例は、儀礼的な扱いを受けていないと判断した。
儀礼的な扱いは受けていないことと、イノシシ、シカ、タヌキ、ノウサギが一括で出土する様子から、この遺構は祭祀で使われた頭骨の最終埋納場所であると推測できます。
ただし、配置からみて儀礼的な扱いは受けていないとはいっても、獣骨は完形貝に覆われていますから丁寧に埋納されたことは確実です。
獣骨の埋納は狩猟祭祀そのものではないけれども、J97竪穴住居の廃絶祭祀の中では重要な行事であったことに間違いありません。犬に餌として与えることは決してない重要なアイテム=獣頭部骨を最終埋納するのですから一種の「埋葬」であり、最終の「獣送り」であると考えます。J97竪穴住居の故人となった主人は優秀な狩人として皆から尊敬されていたに違いないと想像します。
敷衍して、大膳野南貝塚では竪穴住居や土坑から出土する獣頭部骨は狩猟祭祀で使われその役目が終わったものが最終埋納されたものであると考えます。

なお、イノシシ頭部骨の遺構からの出土量と遺構外からの出土量を比較すると遺構外のものがはるかに多くなっています。この事実から野外祭祀で使われた頭部骨の多くは1号鹿頭骨列の例のようにそのまま野外に残された考えます。特別な理由のある時だけ頭部骨を持ち帰り遺構に埋納したと考えます。
特別な理由とは遺構廃絶祭祀がある時のことだと考えます。遺構廃絶祭祀の儀式にはその一環として「獣頭部骨埋納式」のような定型的な式があり、その埋納式のために野外祭祀で使った頭部骨を持ち帰り、遺構に埋納したと考えます。

2-4 イノシシの捕獲から埋納までの流れ
イノシシの捕獲から埋納までの流れを次のように想定します。
イノシシの捕獲から埋納までの流れ(想定)
捕獲されたイノシシは解体されて毛皮、肉、頭部の3部位に分割され毛皮と肉はそれぞれ生活で利用し、残滓の四肢骨は犬の餌になります。頭部は狩猟祭祀のメインアイテムとして野外祭壇に飾られるなどして活用されます。祭祀での役割が終わった頭部は竪穴住居や土坑の廃絶祭祀がある時にはそこに最終埋納されます。

3 土器片
3-1 意図的に破壊された土器片
発掘調査報告書掲載の土器片接合・復元写真をみるとほとんどの土器が意図的に破壊されて小片になっていることがわかります。

意図的に破壊された結果を示す破断線交点のミクロな表面欠損(○内)
ミクロな表面欠損(欠け)(○内)は破断線交点付近だけでありそれ以外の破断線上の凸部にはほとんどないので、この表面欠損(欠け)が発掘調査やその後の運搬・収納等で生じたものではなく、遺構に投入された時に生まれたことを示しています。
また意図的に破壊された土器の破断線は直線成分が多くなります。

3-2 土器片破壊の意義
遺構から出土する土器は意図的に破壊された土器片がほとんどですが、中には意図的に破壊されない土器も出土します。
埋甕、小児土器棺、甕被葬の土器、炉壁構造材としての土器片などは廃用土器をそのまま利用しています。
また、土坑の貝層を覆うように置かれた廃用土器や大型土器片もあり、これらは意図的に破壊されていません。
意図的に破壊されない廃用土器や大型土器片は祭祀等における機能を持っています。その機能と対照させると、意図的に破壊された土器片の意味を次のように考えることができます。

破壊投入土器片と非破壊投入土器片
非破壊投入土器片は土器片そのものに機能があると考えられますが、破壊土器片は廃用土器や大判土器片を破壊して小片にしてそれを遺構に投入するという行為に意味があると考えます。

廃用土器や大判土器片の破壊行為は死(人の死、土器の破壊、施設の廃絶など)を象徴しますが、その行為の背後には生(子孫の生、新品土器、代替施設の新設)が控えていると考えます。さらに、破壊行為を積極的に行うことによって、背後の生を浮だたせようとしたのではないかと考えます。
廃用土器や大判土器片を破壊するとき、実生活ではそれに代わる新品の土器をすでに入手しているに違いありません。新品土器がすでにあるので、廃用土器を破壊できます。廃用土器を破壊して「土器を送り」「先祖や故人を送り」「廃絶施設を送り」ます。そしてその背後には既に「新品土器」「元気な子孫」「新設施設」があります。
「新品土器」「元気な子孫」「新設施設」をしっかりと現実社会に定着させ、発展させることを祈願して土器を破壊していると考えます。

つまり廃用土器や大判土器片の破壊行為は定型的な再生祈願行為であると考えます。

類似の事例として西根遺跡における土器密集地をあげることができます。下総に多い土器塚も趣旨を同じくする活動の結果生まれたものと考えます。
奈良平安時代の下総台地上の開発集落遺構における土器片出土(墨書土器片出土)も同じ趣旨の活動であったと考えます。
現代日本各地に残っているカワラケ投げやギリシャの「壺投げ」もそのルーツは同じ趣旨だと考えます。

参考 西根遺跡土器破壊の様子

参考 西根遺跡における土器破壊活動の空想

4 今後の課題 仮説の検証について
4-1 貝殻
遺構別等に完形貝、破砕貝、漆喰の層序をデータ化して分析します。あるいは完形貝、破砕貝、漆喰の出土量の比較を行うなど貝殻3態様別データを作成して、3態様の意義に関する仮説を検証します。

4-2 獣骨
遺構別及び遺構外について獣頭部骨の量的分布データを作成するなどして、獣頭部骨に関する仮説を検証します。

4-3 土器片
土器片のほとんど全てが意図的に破壊されて遺構に投入されたという仮説をデータにより検証します。

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次の資料を公開しました。(2018.06.28)

pdf資料「貝殻・獣骨・土器片出土の意義 要旨

pdf資料「貝殻・獣骨・土器片出土の意義

上記資料を含めて私の作成した主な資料・パワポはサイト「考古と風景を楽しむ」にも掲載しています。

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