縄文骨角器学習 5
千葉県立中央博物館令和2年度企画展「ちばの縄文」で展示された縄文中期箆状腰飾(千葉市有吉南貝塚)の3Dモデルを作成して観察したところ、次から次へと興味が広がり、深まり、予想外の学習展開となっています。この記事ではこの腰飾関連の疑問・興味・気が付いたことを箇条書メモします。本格思考を将来実施することを前提に、とりあえず考察を区切ることにします。
1 腰飾が表象している実世界のモノ
腰飾は手に持つ対人殺傷武器としての短剣をモデルにそれを模した祭具であると推定します。
類似製品として槍状石器をあげることができます。
槍状石器の例
大工原豊他「縄文石器提要」(2020、ニューサイエンス社)から引用
2 箆状腰飾(千葉市有吉南貝塚)がつくられたとき、それは腰飾ではなかったという事実
2-1 腰飾吊下用穿孔が製品完成後に行われた様子
破損している右穿孔を拡大して観察すると刺突文様を切って穿孔が行われています。製品完成時に吊下用穿孔が同時につけられたのではなく、製品完成時には吊下げを前提にしない製品として作られ、後日吊下用穿孔が行われ、腰飾として転用されたことが判明しました。
吊下用穿孔が刺突文様を切っている様子
この製品が元来は腰飾りではなく。別の祭具としてつくられたという事実は、船橋市高根木戸遺跡出土刺突文・彫刻骨角器に穿孔がないという事実と整合します。
2-2 表面削剥部から想定する非腰飾時代の利用方法
腰飾表面に縛り跡と想定できる削剥部が存在しています。
表面削剥部
それぞれ2本の縄をX字状にモノを腰飾に縛った跡であると考えます。これだけの明瞭な縛り跡が残るのですから長期に渡ってモノが固定され、なおかつそれが使われることで擦れて出来た跡であると考えます。
次の図に示す短剣の柄が想定可能です。
短剣の柄 装着想定例
ア 直角の方向…木製柄を短剣直角方向に装着想定した例
イ 延長の方向…木製柄を短剣延長方向に装着想定した例
ウ 滑り止め機能…縄を巡らし滑り止め機能を付加して、その部分を握る柄にした想定例
2-3 右刃部をメインとする鋭利な削剥から想定する利用方法
右刃部をメインに刃部が鋭利になるように削剥されています。
右刃部をメインに鋭利に削剥されている様子
この事実から、この祭具は右刃部をメインに刃部を削る(研ぐ)ような利用方法が存在していたと考えられます。次のような理由が考えられます。
ア 元来両刃の短剣形儀器であったが、途中から片刃の短剣形儀器を意識して利用するようになった。
イ 刃部を研ぐという活動が祭祀活動の中で行われ、その活動が主に右刃部で行われた。(石棒に傷を付ける活動と類似)(刃部を研ぐ…戦にそなえる、戦意を高揚する。)
ウ 短剣を削り、その粉を戦意高揚をもたらす薬として、あるいは怪我や病気の薬として使った。
追記 すでに存在する刃部付近の刺突を消耗して研いでいます。研いだ刃は鋭利です。「研ぐ」という活動とともに、何かを「切る」という活動も付随していたに違いありません。この短剣が人殺傷用短剣を模している祭具であることから、「切る」対象は人です。祭祀の中で、入れ墨を入れる刀として利用されていたのかもしれません。土地を守る活動の先端に立つ人々の身体変工に使われた祭具! 空想です。
3 箆状腰飾の製品意義の変化
2の検討から、この製品の意義や状況が次のように変化したのかもしれないと空想しました。
柄の付いた短剣形祭具として作られ活用される→吊下用穿孔により腰飾に転用され活用される→刃部を研ぐ活動が行われる祭具として活用される→右穿孔が壊れ補修孔が作られる→指導者の腰に装着して指導者を埋葬する
4 甕被葬と腰飾との関連
甕被葬の意義について納得できる説明に遭遇したことがないので、次のようにとりあえずの自分専用仮説をつくるための準備思考をメモしておきます。
甕被葬
ア 甕被葬の一般的意義
・中期千葉の縄文人は頭に心(その人の霊)が宿っていると考えていた。
・人は死ぬとその霊が、モガリと葬儀後(つまり埋葬すると)肉体から離れ、天上界に移動し、その後現世に別人として生まれ変わると考えていた。
・死人の頭に甕を被せれば、その人の霊は頭から抜け出せないためにその肉体に留まり、天上界に移動できない、別人として生まれ変われないと考えた。
イ 有吉南貝塚甕被葬の仮説 1(指導者の霊を集落内に留めるための特別葬儀説)
埋葬された人物は集落あるいは広域地域の指導者で、土地に入り込む外部勢力を追い払うなどの風雲急をつげる状況のなかで、無二の重要な役割を果たしていた。その人物が死亡した。通常に葬儀を行うとその人物の霊は天上界に行き、さらに別人物として生まれ変わる。その生まれ変わった人物(赤ん坊)が育って新たな指導者になるまでとても待てない。そこで、死亡した指導者霊が集落内に留まるように甕被葬をして、指導者霊に身近に見守ってもらえる(指導者霊と日常的にコミュニケーションできる)ようにした。
そのようないわば集落神ともいえる人物であるから、土地を守る重要祭具である箆状腰飾を装着しているのは当然である。つまり甕被葬と箆状腰飾装着は密接に結びついている。
ウ 有吉南貝塚甕被葬の仮説 2(指導者の忌まわしい病死・事故死による特別葬儀説)
指導者が忌まわしい病気(例 ハンセン病)や忌まわしい事故(例 生業と関わらない墜落死)で死亡した。そのまま通常の葬儀をすると指導者の霊は天上界に移動し、その後別人物として生まれ変わり、再び忌まわしい病気や忌まわしい事故で死亡し、家族や集団を苦しめる。そこで社会の苦しみを遮断するために指導者の頭に甕を被せ、霊が天上界に移動するのを阻止する。
この場合、甕被葬とその人物が箆状腰飾を装着していたことは無関係であり、偶然の一致である。
5 素材の部位は下顎ではなく頭骨(吻部=上顎)である可能性
展示説明では素材がイルカ類下顎骨となています。下顎ではなく、頭骨の吻部(上顎)の勘違いだと思いますので、念のため博物館に問い合わせすることにします。
6 先端部および背面の観察
先端部の撮影が視線入射角が小さくなるため鮮明に写りません。また背面の様子が全く判りません。いつか閲覧申請をしてこの腰飾を詳細に観察することにします。
追記 先端部も研がれて(削られて)当初の刺突がほとんど消失しているようです。視線入射角が小さいだけでなく、そもそも刺突文が消えかかっているようです。ぜひとも現物を閲覧したくなります。
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