私の散歩論

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2011年6月1日水曜日

花見川の語源5

6イノハナ
「このハナワなどはアイヌ語だといっても、たいてい誤りはあるまい。アイヌ語のPana-waはPena-waに対する語で、ワは「より」、パナは下、ペナは上である。パナワとはすなわち『下から』という意味である。日当たりがよく、遠見がきいて、水害を避けつつ水流水田を手近に利用しうる地勢だから、人が居住に便としたに相違ない。猪鼻台などのイは、すなわちイナカのイであって、民居ある高地と解せられ得る。」(柳田國男著「地名の研究」、昭和10年、定本柳田國男集第20巻)

 この柳田國男の説明は「竹の花」の説明の中で行われています。柳田國男は全国の地名を集め、そこから語源を探っているので、「猪鼻台などのイは、すなわちイナカのイであって、民居ある高地と解せられ得る。」という説明の背後には膨大な知識と事例が控えているように感じます。

 同時に柳田國男の同書の「ヰナカ」の説明で「万葉の歌に春霞ゐの上ゆ只に路はあれど云々とある井上は堰に臨んだ山路とも見えぬことは無いが、それでは其路が近いといふことも感じにくく、…此もやはり民居の上で、…」という文章を書いています。イノウエのイとして井で考えるだけでなく、居として考えれば正解に近づくと述べています。イを民居の居である根拠として補強している文章です。

 しかし、この文章を読んで、私は逆にヒントを得て、花見川流域におけるイノハナのイは井の意味ではないかと考えるようになりました。

国語大辞典(小学館)の説明
い【井】泉や流水から、水をくみとる所。はしり井。また、地を掘下げ、地下水をたくわえて汲みとる仕掛けのもの。

 つまり、イノハナの意味は、「泉や流水から、水を汲み取れる」条件を有したハナ(端=台地)ということであると考えました。生活資源としての水のありかをしめす地形用語としての地名です。

 花見川流域におけるイノハナのイを柳田がいう居ではなく、井として考えた理由は次の2点です。

1近傍の「ハナ」地名であるハナミ、ハナシマ、ハナワが全て台地の地形・水を説明しているのに、このイノハナだけ、「いる」、「すむ」などの人の意識を地名に投影していると考えのは不自然であると考えます。イノハナもやはり、地形・水条件に起因する地形名称と考えるのが自然です。

2現在(明治9年古地図)残っている字猪の鼻の範囲は花見川谷津の谷底の極一部です。台地は含まれていません。イノハナの地名が出来たときは近傍台地を含むもっと広い範囲を指していたことばであるかどうかは現在になってはわかりません。現在分る事実は、イノハナという地名が花見川沿いの谷底平野を指していることです。このことは、イノハナのイが「泉や流水から、水を汲みとるところ」という意味であったがために、生じた現象であると解釈するのが自然です。

            字猪の鼻の範囲
基図は旧版1万分の1地形図「大久保」(大正6年測量)

            「天戸村字訳絵図 1876(明治9年)3月」(天戸村湯浅正夫家所蔵)部分

 花見川流域外に目を転じると、千葉市中央区に亥鼻1~3丁目(旧亥鼻町)の地名があります。「絵で見る図で読む千葉市図誌上巻」(千葉市発行)の71ページには亥鼻の町名由来として次の説明があります。

『本土寺過去帳』『吾妻鏡』などに「井花」「猪鼻」あるいは「湯花」などと記されている。台地の下の湧水には「お茶の水」伝説もあるが、海岸平野に突出した台地の形状から呼称されたものであろう。

この説明から、中央区のイノハナも「泉や流水から、水を汲み取れる」条件を有したハナ(端=台地)と考えることができると思います。

 なお、イノハナの「ノ」は日本語の助詞です。従って、ハナは縄文語由来であるとしても、イノハナは弥生時代以降につけられた地名であると考えます。

 イノハナは、生活資源のありかを示す当時の一般名称でしたが、それを指す土地に定着したと考えます。その後、言葉の原義は大方忘れられたけれども、地名として現在まで伝わってきているものと考えます。
(つづく)

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