花見川地峡史-メモ・仮説集->3花見川地峡の利用・開発史> 3.4〔仮説〕律令国家の直線道路、東海道水運支路の検討>3.4.318 「延命祭祀」に関する違和感
「千葉県の歴史 通史編 古代2」(千葉県発行)の墨書土器記述に関する墨書土器に関する記述(第2編第4章第4節集落遺跡と墨書土器)の中に「延命祭祀」という小項目があります。(397ページ)
参考までにその書き出しと掲載図版の一つを引用します。
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延命祭祀
古代の房総地域のなかでも、下総国印播郡から埴生郡、香取郡および上総国武射郡にかけての地域を中心にして、多文字の墨書土器が出土している。そのほとんどが土師器坏形土器の体部に文章として多文字を墨書したもので、なかには、文字とともに人面を描いたものもある。これらの多文字墨書土器の大半は、古代の人々が死から、冥界から必死に免れようとする"延命"祭祀にかかわったものと考えられている。
八千代市権現後遺跡の竪穴住居から出土した人面墨書土器は、土師器坏形土器の体部外面に、横位に人面が描かれ、その後に「村神郷丈部国依甘魚」と文字が墨書されていた。その文字内容と描かれた人面から、この土器は「(下総国印播郡)村神郷の丈部国依が疫病の本復を祈願」するために、供膳具(坏形土器)に疫病神と思われる人面と自分の本貫地の郷名(村神郷)と名前(丈部国依)を書いたのである。そして、その器の中には疫病神への賄賂である御馳走(甘魚)を入れ、心願の成就を願ったものと理解された。
多文字墨書土器
「千葉県の歴史 通史編 古代2」(千葉県発行)から引用
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この書き出しの後では多文字墨書土器の内容が延命祈願であることが「日本霊異記」の説話にもとづいて詳しく説明されています。
その内容は墨書土器理解の上で大変参考になる学術成果のように感じます。
上記引用図版の中の1、3、4はこれまでこのブログで何回も紹介してきたものです。
さて、ここで常日頃、強い違和感を感じていることがありますので、メモしておきます。
延命祭祀という言葉です。
言葉尻を捉えるような疑問・違和感ですからあまり本質的なものではありませんが、自分が迷わないようにするために必要なので、メモしておきます。
多文字墨書土器の内容が延命祈願であることはよくわかりました。
しかし、その多文字墨書土器出土をもってして延命祭祀の存在を記述することに違和感を覚えます。
祭祀というからにはある程度の社会性の含みを感じてしまいます。
この図書では「竈神と竈祭祀」という言葉も出てきます。竈祭祀は全く違和感を感じません。竈神を封じ込めるという説明があり、土器を竈に伏せておくなどの行為が具体的です。また家族という社会性をもった祭祀です。
しかし延命祈願の多文字土器は、その「祭祀」の具体的行為がまったくわかりません。観念的にはそれを使って個人が延命祈願したことはよくわかりますが、それを「祭祀」と呼んでよいものか大変疑問です。
また社会性の存在も極めて疑問です。社会性がゼロではないだろうかと考えます。
たとえ集落のリーダーであったとしても、その個人の延命の祭祀が社会性を持って行われたかはなはだ疑問です。
親が子供の延命を祈願する祭祀ならありうると思います。
疾病の流行から集団の命を守ろうという祭祀もありうると思います。
しかし、多文字を墨書できるほどの教養(と権力)のある成人の延命を、社会が集まって祈願する祭祀が果たして存在したのか、はなはだ疑問です。
延命祈願多文字墨書土器は社会の上層に位置する個人が自分の教養や権力・富を誇示するために存在しているように思えてなりません。
延命祈願多文字墨書土器は社会性のある祭祀とは対極にある、個人が密かに愛玩する宝物だったような気がします。
延命祈願多文字墨書土器の出土を持って、延命祭祀の存在を叫ぶのはいかがなものでしょうか。
上記図版の1は鳴神山遺跡出土ですが、鳴神山遺跡発掘調査報告書では1出土地点で延命祭祀が行われていたと書かれていました。
しかし、社会的な延命祭祀が行われた証拠は全くありません。延命祈願文字のある土器が出土しただけです。個人が延命祈願行為を行ったことは否定できませんが、祭祀とよべるような器物の配置なり、行為のスタイルなりの証拠はありません。ましてや社会集団性を示す証拠はありません。
多文字墨書土器に関して延命祭祀という言葉が独り歩きしてしまっているようです。
西根遺跡では流路から沢山の土器が出土しています。その中には多文字延命祈願土器もあります。
その多文字延命祈願土器出土について、もし延命祭祀という概念を反射的に適用すると、西根遺跡の持つ意義を把握できなくなると考えます。
2016.03.10記事「西根遺跡 出土物から見る空間特性 その2」参照
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