このブログでは千葉県小字データベースの試用として鏡味完二の地名型について千葉県小字を検索して予察的検討をしています。
この記事では地名型「田代」を検討します。
1 参考 鏡味完二の地名型
鏡味完二の地名型
2 鏡味完二の検討 地名型「田代」
……………………………………………………………………
Tasiroの地名
"田代"は疑なく開墾地名である。
その分布は大体,Yasikiと大同小異であるが,四国の大半が開拓地域から充実地域に進化している点で異り,それだけ時代の進行を示している。
"田代"の地名は柳田先生の指摘のように,峡谷(ここに"軽井沢"の地名あり)を越えて入り込んだ,山間の小盆地にこの田代の地名があるという傾向が存在するのは,近畿文化の最後の時期の開墾が,このような山間部に及ばなければならなかった事情として考えられる。
〔地図篇,Fig.269〕
(Fig22.No.14)
鏡味完二(1981)「日本地名学(上)科学編」(東洋書林)(初版1957年) から引用
……………………………………………………………………
3 学習 柳田國男の田代と軽井沢
鏡味完二が言及しているように柳田國男は「地名考説」のなかで「田代と軽井沢」という項目をたてて田代の意味と田代と軽井沢の関係を検討してます。
そのうち、田代に関する部分を引用します。
……………………………………………………………………
此序に一言したいのは輕井澤と田代と云ふ地名との關係である。此二地が縷々相接してあることはよもや偶合ではあるまい。例へば、
伊豆田方郡函南村大字輕井澤
同 同 同 大字田代
岩代大沼郡東川村大字輕井澤
同 同 同 大字田代
羽後雄勝郡田代村大字輕井澤
同 同 同 大字田代
同 北秋田郡十二所町大字輕井澤字輕井澤
同 同 同 大字葛原字田代
少し離れては居るが上野吾妻郡嬬戀村大字田代なども、淺間山の東側を傳つて碓氷の輕井澤と通うて居る。
この田代と云ふ地は全國に何百とあるが意味の深い地名だ。
田代と云ふ語は近世の書物には單に耕地の意味に用ゐられて居るのもあるが、其字義から推しても又其所在が多く入野の奥であることを考へても、もとは唯水田適地と云ふことで、上古の文書に墾地などゝあるのと同じ意味であつたらしい。
天平十六年の大安寺資財帳に、伊勢國三重郡采女郷十四町の内譯、開田二町五段未開田代十二町、同員辨郡宿野原五百町、開田三十町未開田代四百七十町などゝある。
この未開田代はやがては田代と云ふ地名の起原であらうと思ふ。
降つて績左丞抄に探録した建久六年の若狭の國富保の文書などには、前には田三十四町一反餘の内譯、見作(現作)二十五町三段餘、田代八町八段餘とあり、後には同じ敷字を再起して、見作田何程荒何程としてある。
要するに開けば水田に成るべき地のことゝ考へられる。
其田代が今は大抵開かれて一區の村里の名になつて居ることは、以前其下流又は隣接地に本村などがあつて、早くから水田適地として此地に着目して居たのを人口が増すにつれて開作に手を下したと云ふことを意味し、多くの田代が随分の山奥にあるのは、今日でも北海道樺太の新村で米を栽培したがると同一の人情で、水の手の乏しい高地を拓くに至り、愈ゝ米作の希望を痛切にした結果が、地名となつて残つたものと思ふ。
而うして其田代に接近して存する輕井澤が、負搬してまでも道路を求めた人間移動の流れの溝口を意味するとすれば、是だけでも昔の田舎の生活が偲ばれる。
伊豆の今一つの田代などは、源平時代に既に狩野氏の分家が入つて住んで居た。
柳田國男「地名考説」(定本柳田國男集第20巻)から引用
……………………………………………………………………
柳田國男は軽井沢(馬も通れない急峻な峠を人が荷を背負って運んだことに因む地名)と田代がツインで存在していることに着目して、田代とは山奥の水田適地のことを意味していたと考察しています。
鏡味完二はこの考察を踏まえて地名型として田代を設定したと考えます。
なお、辞書では田代の説明を次のように行っていて、柳田國男説と同じく田にするための土地(まだ開田されていない湿地)の意味も含めています。
……………………………………………………………………
た‐しろ【田代】
〖名〗 田地。田となっている土地。また、田にするための土地。でんだい。
多度神宮寺伽藍縁起資財帳(801)延暦二〇年一一月三日「合墾田并田代捌拾町肆段参〓肆拾歩」
山家集(12C後)下「たしろ見ゆる池の堤の嵩添へて湛ふる水や春の夜のため」
補注 現在も山中の湿地について田代と呼んでいる例が少なくないから、まだ開田されていない湿地をいうか。
『精選版 日本国語大辞典』 小学館 から引用
……………………………………………………………………
4 千葉県における小字「田代」検索結果
小字「田代」は37件ヒットし所在市町は市原市、君津市、富津市、大多喜町、館山市、鴨川市、南房総市に限られました。
その分布図は次の通りです。
「田代」小字分布
「田代」は房総半島の南部に偏在し、かつ地形の険しい土地に多くなっていることがわかります。
「田代」が房総半島の南部に偏在している理由や田代の意味がかつて開発適地であったことを意味しているかどうかという検討は今後の課題とします。
なお、小字「軽井沢」は柏市に1個所あります。
「軽井沢」と「田代」とは、千葉県では関係ないと考えてよいと思います。
0 件のコメント:
コメントを投稿