私の散歩論

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2020年7月5日日曜日

「縄文後晩期の気温低下人口減少論」メモ

縄文社会消長分析学習 35

縄文後晩期の気温は汎世界的にみれば低下していません。
2020.07.04記事「縄文社会消長と気候変化」参照
日本列島だけ全く別の気温変化挙動が存在していて、気温低下期であったという想定は困難です。
日本列島でも地球全体と類似傾向の気温変化が存在していたとすれば、「縄文後晩期には気温が低下し、堅果類の植物生産量が減少し(資源量が減少し)、そのために縄文人口が減少した。」というストーリーは成り立ちません。このストーリー「縄文後晩期の気温低下人口減少論」に対して最近深めている感想をメモしました。

1 「縄文後晩期の気温低下人口減少論」の例とそれに対する違和感
次の新聞記事は2019.06.18日経夕刊に掲載されたものです。

2019.06.18日経夕刊記事
DNA解析で縄文晩期から弥生時代にかけて人口が1/3になったことが確認できたという記事です。すばらしい研究です。
その人口急減理由として「縄文時代晩期は世界的に寒冷化した時期であり、気温が下がったことで食料供給量が減ったことが、急激な人口減少の要因の一つではないかと思われる。」と述べています。
「縄文時代晩期気温低下→堅果類減少→人口減少論」の典型です。
そもそも気温低下期ではないのですから、違和感を感じます。
2019.06.24記事「縄文時代終盤人口急減の説明」参照

2 「縄文後晩期の気温低下人口減少論」の原典
1で例示したような「縄文後晩期の気温低下人口減少論」は追跡するとすべて次の論文に行き着くことができます。
小山修三・杉藤重信「縄文人口シミュレーション」(1984、国立民族学博物館研究報告9-1)
この論文を一般向けに解説したものが次の図書です。

小山修三著「縄文時代 コンピュータ考古学による復元」(1984、中公新書)
縄文時代の人口について扱っている専門論文や一般図書はすべてこの論文「縄文人口シミュレーション」や図書「縄文時代 コンピュータ考古学による復元」を引用して、それをベースに検討しているといって過言ではないとおもいます。

図書「縄文時代 コンピュータ考古学による復元」では次のように記述しています。
「ところが日本列島の気候は6000年前頃から急転して寒冷化へむかう。気候の寒冷化によって、食糧の生産の場である森林は打撃を受けた。生産力が落ち、人口支持力が低下する。人口はじりじりと減少へむかう。なかでもその影響をはげしく受けたのが関東・中部などの地域だったと考えられる。そこがもともと人口量の多い社会であったため、その影響は深刻だった。一人あたりの栄養量が低下し、社会全体が慢性的な栄養不足の状態にあるという暗澹たる社会像がうかんでくる。」

要するに気温低下で食料不足になり、その結果人口が減少したという説を、生業技術の発展による困難克服や人口爆発等の専門概念を駆使して詳細解説しています。
この説に対して強い違和感を覚えました。
縄文社会の自然変化に対する対応を動物社会の対応と同じに考えています。
「それでは縄文人社会は結局は動物社会と同じじゃないか。縄文社会の人口は森林生産量で決定されているというのか…」というのが私の率直な感想でした。
そして、この私の率直な感想が次に示すように本当だったのです。

3 「縄文後晩期の気温低下人口減少論」の理論的背景

小山修三・杉藤重信「縄文人口シミュレーション」(1984、国立民族学博物館研究報告9-1)部分引用
縄文人口論の原典ともいうべきこの論文で、縄文社会はまさに動物社会として扱われています。トナカイ、ショウジョウバエ、バクテリア社会と同じレベルで扱われています。

「人間の文化や社会はまことに複雑で変化にとみ,何らの方向性や規則性をもたないかのごとくみえる。しかし,それを雑持する集団の動きやメカニズムにはつねに法則性がみとめられ,集団の増加や変動は基本的には公式や数式によって表現することができる。PopulationEcologyの分野で,人間集団の人口動態がトナカイやショウジョウバエ,バクテリアなどとほとんど同じレベルであつかわれ,説明されている[PlANKA1978]ことからみても,人間の社会が一見どんなに複雑にみえようとも,根本的には法則性をもち,科学的な方法であきらかにしうることをしめしている。この点でも民族学や先史学の分野が人口動態をつねに視野に入れておくことの重要性があるといえる。」

縄文社会をトナカイやショウジョウバエやバクテリアと同類にあつかって、正しい知見が得られるとは素人なのでとても思えません。縄文社会といえども人類社会ですから、それも文化が発達した社会ですから、社会の独自の選択があるはずです。餌があればそして捕食者がいなければ、いつでも極限まで増殖する動物社会とは異なります。
考古専門家の方々は縄文社会人口挙動をトナカイやショウジョウバエやバクテリアと同類に扱っているのでしょうか???
考古専門家の方々の心の奥底に分け入って、その中を覗いてみたくなります。

4 「縄文後晩期の気温低下人口減少論」の破綻

気温変化と縄文時期別対応
「縄文後晩期の気温低下人口減少論」は縄文後晩期が特段の気温低下期ではないことから破綻していると考えます。
縄文後晩期の人口減少は単純な気温低下の継続→食糧の継続的不足→慢性的栄養不良→人口減少で説明することはできません。
また、縄文後晩期にもミクロな気温低下期=異常気象期が存在し、それが縄文社会に打撃を与えたと考えても、後晩期全体が特段の気温低下期ではないので、それで縄文社会が徐々に衰退していく姿を説明できません。

縄文後晩期の社会衰退の主因を気温低下という要因一つで説明する思想(縄文社会の本質は動物社会なんだという思想)が破綻していると考えます。

5 「縄文後晩期の気温低下人口減少論」に代わるストーリー
「縄文後晩期の気温低下人口減少論」に代わるストーリーとして、次のような多数要因を俎上にあげて、それらの軽重を検討することが大切だと考えます。
縄文社会は人類社会で動物社会ではありませんから、その消長は食糧資源多寡に影響を受けつつも社会内部要因(社会独自文化による選択)にも大いに影響を受けると考えます。

ア 社会複雑化による文化的要因
縄文社会の価値観が中期急成長期(加曽利EⅡ式期)と後晩期では異なって、それが人口減少に結び付いた可能性も考えられます。
例、食糧獲得よりも奢侈品獲得に社会の興味が移動してしまった。→実務社会の脆弱化、虚構社会の肥大化。
例、漁業環境劣化に際して、生業としての漁業を放棄するという社会の選択。(漁業を維持する[=漁民になりきる]という選択もあり得たとおもいます。そのような選択をすれば房総晩期人口減少は弱かったかもしれません。

イ 環境破壊
祭祀活動の活発化や生活レベル向上で燃料消費が増加し、森林が荒廃し減少する。薪が得られなくなり社会を圧迫。森林荒廃による土地の荒廃(ガリー発達など)など。燃料面における人口許容量の低下。

ウ 生活レベルの向上による1人当たり必要食糧の増大
生業技術の発達や調理方法開発等により美味しい食べ物が増え、一人当たり必要食糧の量や質が増大し、自然が養える人口を実際の人口がオーバーしてしまう。

エ 交易ネットワークの複雑化
社会に必須な物品(祭祀物品も含む)の交易ネットワークが複雑になり広域間の相互依存度が高まる。そのため異常気象などの危機に遭遇すると広域社会全体が機能しなくなる脆弱性を内包してしまった。広域ネットワークに依存しすぎたために、危機に際して全部一緒にダメになる。(逆に広域ネットワークが弱ければ、危機は局部で収まる。)

オ 異常気象の継続等による一時的打撃
異常気象等数年継続すること等によって食糧入手が減少し社会崩壊する。

カ 大陸からの疫病伝来
縄文晩期の弥生文化伝来前に大陸からの疫病(結核)が伝来し、人口減少する。

キ 大麻利用の拡大 (2020.07.06 追記)
祭祀等での大麻利用拡大による健康悪化蔓延に起因する社会虚弱化(出生率低下)。(器台→異形台付土器出土数増加に対応か?)
 
以上に例示したような多様な社会衰退・崩壊要因について、それぞれがどの程度寄与しているのか、検討することが大切だと思います。
1つの主要要因(例 寒冷化)だけで、狩猟採集社会とはいえ文化の発達した縄文人類社会の消長モデルを作成することははなはだ不適切です。

縄文社会をトナカイやショウジョウバエやバクテリア社会と同列に扱おうとした背景には、現存する狩猟採集民末裔の生活空間の多くが極地や砂漠など極限環境にあることにも関係していると想像します。それらの生活空間では、わずかな自然環境変化が生存の死活問題となるような状況下にあります。

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