大膳野南貝塚前期後葉集落の竪穴住居に関して発掘調査報告書では4つのグループについてその位置近接性からその関連性を指摘し、「これらの住居には時期的な前後関係があるものと推定される。」と記述しています。
2017.04.18記事「複数竪穴住居の関連性検討」参照
この記事ではそのうちのCグループ(J72、J113)について検討します。
J72、J113の位置関係
1 出土物等による検討
次の2つの表に示す通り、出土物などからJ72とJ113の関連性を見つけ出すことは困難です。
大膳野南貝塚 前期後葉集落 獣骨出土量
2 竪穴住居柱穴分析による検討
J72とJ113の柱穴分類を発掘調査報告書の記述に従い図化しました。
J72柱穴分類
J113柱穴分類
J113の柱穴分類は出土遺構が断片的であるため壁柱穴のみとなっています。従って柱穴の検討を深めることができません。
柱穴の検討からJ72とJ113の関連性を検討することは無理のようです。
出土物等からの検討もできませんから、J72とJ113は位置が近接しているという情報以外に関連性を検討できる有力情報は、残念ながら集まらなかったという結論になります。
しかし、関連性を否定する情報もないのですから、発掘調査報告書の通り関連性ありと想定します。
3 J72の柱穴分析
J72の柱穴情報を分析してみました。
J72 説明のない柱穴の分布
発掘調査報告書で説明のない柱穴としているものの分布を、近いものを線でつないでなぞってみたのが上図です。
説明のない柱穴とは主柱、壁柱以外の柱の穴ということで、建物構造に関係しない柱穴であり、それらのほとんどが祭祀用柱の穴であると想定しています。
次のような特徴が浮かびあがります。
・主柱で囲まれる範囲を超えて説明の無い柱穴が連続するように分布しています。これから、建物主柱が取り払われた後(つまり上物撤去後)、設置された祭祀用柱があるとうことがわかります。
・B地点を中心に3重程度の同心円のような模様で祭祀用柱(つまり祭壇)が設置されたような印象を受けます。幾度かの送り祭祀があり、その途中で建物上物が除去され、それらの重合結果の姿かもしれません。
・Aは竪穴住居最後に使われた炉ですが、この炉付近は祭祀用柱は立てなかったようです。その場所に特定の物(土器や獣骨など)が置かれていたのかもしれません。
縄文人にとって故人の送りと故人が使った炉の送りとは同一事象であり、炉の場所で土器や石器や獣骨の送りが行われたのかもしれません。
私は故人の送り、炉と竪穴住居空間の送り、土器の送り、石器の送り、動物の送り…が故人の送りを軸に展開する全て同一の「送り」として営まれたと考えています。
故人の送りを盛大に行うためにはその一環として炉送りが営まれ、さらにその炉送りの一環として土器送り・石器送り・動物送りが存在したと考えます。
・C地点に大きな柱とそれを囲む柱が存在していたようです。上物が除去された後、この場が送り場であることを遠方からでもわかるような背の高い幟などが建てられたのかもしれません。
0 件のコメント:
コメントを投稿