上谷遺跡の墨書文字「万」の検討の事前調査の一環として、全国墨書土器データベース(明治大学)から文字「万」を含む事例を全部抽出して統計的に分析してみました。
次の表は「万」が熟語中のどの部分に現れるか整理して、出現頻度の高いものだけを事例的に示したものです。
釈文に万が含まれる墨書土器文字 一部
全国墨書土器データベース(明治大学)による
この表から墨書土器「万」の特徴について検討し、箇条書きでまとめてみました。
1 語尾出土と単独出土「万」の重要性
語尾に万がくる熟語が最多(1671)であり、次いで万単独出土(1332)、語頭に万(426)、語中に万(242)という順番になります。
語尾に万がくる熟語と万単独出土の数が他より特段に多く、その二つの語法に万の主要な意味が隠されていると考えます。
2 □や○で囲まれた「万」の意味
万の単独出土には「□で囲む」「○で囲む」や記号で囲むものが7-8%含まれていて他の文字には見られない特徴となっています。
万を「□で囲む」「○で囲む」のは、万の意味が単純な豊かさ祈願・福徳祈願ではなく、祈願すべき社会的機能の存在を暗示しているように感じます。
万を「□で囲む」「○で囲む」のは万が政所(マンドコロ)を指しているという仮説を支持する情報であると考えます。
近世から現代でも、質屋は質に○、酒屋は酒に○などがあり、囲み文字が屋号となったものがあります。
万を○で囲む例 北海道遺跡
万を□で囲む例 大網山田台遺跡群 猪ヶ崎遺跡
現代の質屋、酒屋、米屋のロゴ例
3 語尾「万」の前の文字には意味がある
語尾に万がくる熟語では万の前の文字の多くは数詞を含めてそれぞれ意味があると考えます。
数詞はその読み(音)からその意味をたどることができると考えます。
数詞が意味のない「多数を表すにすぎない」とする上谷遺跡発掘調査報告書の説明には賛成できません。
上記表に出ている万の前の文字の意味を全て解釈することは出来ませんが、上谷遺跡近隣遺跡の検討を参考にすると次のように解釈できる可能性があります。
千…銭(取引)
廿(廾)…ツヅラ(衣服)
中…上中下の中(組織の中の位置)
大…「大」を祈願文字とする集団
上…上中下の上(組織の中の位置)
六…陸奥
七…質、漆(シチ)
生…生糸
得…犢(子牛)
牛…牛
山…耕地
稲…稲
寺…寺
語頭の同じ文字の意味が遺跡によって異なる可能性があると考えます。
特に数詞は文字をほとんど知らない人も読める可能性が高い文字ですから、その読み(音)を利用して数とは別の意味を表現するという方法が墨書土器では一般的であったと考えます。
4 語尾「万」がつくる熟語の2つの解釈
語尾に万がくる熟語の解釈候補として次の2つをあげることができます。
ア 豊かさ(数量の多さ…福徳)の祈願
イ 政所(マンドコロ…社会統治機構末端の現場拠点)活動の発展祈願
語頭の文字と万の組み合わせは、イの場合(政所の場合)すべて解釈することができます。
しかし、アの場合(数量の豊かさの場合)、中、大、上、六、七(質の場合)、山、寺では祈願の解釈が困難です。あるいは複雑な思考を前提とすることになります。
アの祈願であるか、イの祈願であるかの直接判断は遺跡毎に他の出土物との関係等を踏まえておこなうしか方法はないと考えます。
しかし、近隣遺跡の既学習から、集落が大発展した時期が9世紀中葉から後葉であると考えられます。
その時期には俘囚の反乱などがあり集落の武装化も進んでいますから、現場の末端統治機構(つまりマンドコロ)の役割は大きくなってきています。
集落の生産活動組織と統治機構とは同じと考えてよいと考えられますから、私は「~万」の解釈はほとんど全てイの政所(マンドコロ)活動の発展として考えることが適切であると考えます。
5 語頭「万」熟語は豊かさ祈願
語頭に万がくる熟語は豊かさ(福徳)の祈願として解釈できるものが多いという印象を持ちます。
最多出土文字の万足はマンゾク(満足)と読めます。
(自分が願っている物、活動等が)十分であること、たりることを祈願していると考えます。
万足を「政所の活動がたりること、十分であることの祈願」として解釈するこは論理的に不可能ではありません。
しかし、そのような思考(祈願)は積極性に欠け、現状維持のような印象を受けますからおそらく正解としての可能性は低いと考えます。
6 文字に挟まれた「万」の多くは人名
熟語の中に挟まれている万のほとんどは~万呂であり人名であると考えます。
人名以外に重要な事例もこの中に含まれています(例 山邉万所 など)がすでに検討しました。
2016.08.11記事「墨書文字「万」が政所(マンドコロ)を意味している事例」参照
0 件のコメント:
コメントを投稿