2020年9月30日水曜日

使い込まれたアリソガイ製ヘラ状貝製品の観察

 縄文貝製品学習 17

千葉県教育委員会の許可で閲覧した有吉北貝塚出土縄文中期アリソガイ製ヘラ状貝製品の観察を行っています。この記事では相当使い込まれて摩耗変形した製品372図2を観察します。

1 アリソガイ製ヘラ状貝製品(磨貝)(千葉市有吉北貝塚)372図2表面 観察記録3Dモデル 

アリソガイ製ヘラ状貝製品(磨貝)(千葉市有吉北貝塚)372図2表面 観察記録3Dモデル 

縄文中期、L、殻長105.3㎜、殻高77.9㎜ 

撮影場所:千葉県教育庁森宮分室 

撮影月日:2020.09.18 

許可:千葉県教育委員会許可による撮影・掲載 

3Dモデル写真測量ソフト 3DF Zephyr で生成 v5.007 processing 35 images


撮影風景


実測図


3Dモデルの動画

2 擦痕観察のための画像処理

擦痕等を観察するためにPhotoshopハイパス機能を使った画像処理をしました。


撮影写真と画像処理写真

3 擦痕等の観察


擦痕等の観察

・貝殻成長線を切るように多数の擦痕や大きな傷が観察できます。また放射肋由来と考えられる模様も一部観察できます。

・アリソガイ製ヘラ状貝製品が何かを擦る道具として使われた痕跡は多数の擦痕が該当すると考えることができます。

・多数の擦痕はほとんどが貝殻成長線と斜交して付いています。その角度は40~60度程度の傾きが多くなっています。この傾斜はアリソガイの使い方を表現しているとともに、使用目的を推定するための有力な材料となると考えられます。

・現状では擦る方法を貝殻成長線と斜交させることによって、より効果的に貝殻成分を対象物に塗布していたと考えます。

・貝殻成長線と斜交させて対象物をこするためにはどうしても貝殻の左右の部分を使うことになります。その結果、左右が摩耗で少しずつ消失すると、372図2のような形状になります。

・擦痕の存在は、その傷をつけるほどの細く硬いモノに触れたことを意味します。また擦痕が多いといっても、その分布密度は限定的です。

・このような擦痕の付き方はアリソガイを使って擦った相手のモノの特定に役立つ情報です。

・現状ではシカやイノシシ獣皮の一応の皮なめしが済んで、それを最後に仕上げる時、皮をアリソガイで擦れば、毛根内に残存している毛がこのような擦痕を付ける可能性が濃厚です。男が髭をそるとき、剃刀の刃がこぼれることがあるのと同じような感じを想像します。実験的に確かめることが大切です。

4 感想

・通常の撮影写真もPhotoshopで画像処理すれば擦痕が浮かび上がってくることは感動的ですらあります。

・擦痕の様子からアリソガイ製ヘラ状貝製品がどのような目的で使われたのか、その範囲をかなり絞ることができそうです。

・この372図2の観察結果は、アリソガイ製ヘラ状貝製品が皮なめし関連で使われたと考えることと整合します。


2020年9月29日火曜日

アリソガイ製ヘラ状貝製品の予察観察 その2

 縄文貝製品学習 16

2020.09.28記事「アリソガイ製ヘラ状貝製品の予察観察」のつづきです。

1 貝殻成長線強調写真の作成

Photoshopハイパス機能を利用した貝殻成長線強調写真が他の写真でも可能であるか試してみました。


撮影写真と貝殻成長線強調処理画像

撮影写真は貝殻成長線強調処理が可能です。


3Dモデル画像と画像処理による貝殻成長線強調画像

3Dモデルから取得した画像でも貝殻成長線強調が可能です。3Dモデルではオルソ投影や好みの角度からの画像を作成できますから、分析の幅が広まります。

2 貝殻成長線を利用した使用痕跡の発見

貝殻成長線は過去の腹縁を示しています。腹縁は平です。したがって貝殻成長線はある部分だけを見れば平行線で等高線のように扱うことができます。この特性から、貝殻成長線の凹凸を見つければ、それにより貝殻の微細な削剥の様子を観察できるはずです。

このような観点からアリソガイ製ヘラ状貝製品372図1を観察するとこれまで気が付かなった微細な削剥面を発見することができました。よく見ると、擦痕がその場所に存在します。


貝殻成長線のわずかな分布異常から見つかる摩耗削剥部と擦痕

この削剥面の深さはおそらく0.1㎜前後程度かそれ以下だと想像します。(貝殻の厚さは1㎜前後です。)

3 硬いモノを擦ったと推定できる削剥面と強い擦痕


硬いモノを擦ったと推定できる削剥面と強い擦痕

貝の後端の貝殻成長線が密集して凸形になる部分が平らに削剥されています。その削剥面には直線の強い擦痕が残り、末端では顕著な細溝になっています。硬いモノを擦った跡のように考えることができます。

4 メモ

・貝殻成長線に着目すれば効率的にアリソガイ製ヘラ状貝製品の使用痕を見つけることができるようです。

・ライトとルーペで観察した擦痕の一部は撮影写真画像処理で観察できるようです。

・この製品(372図1)は硬いモノも擦っているようですが、それがこの製品(372図1)だけの事象であるのか、それとも製品一般の事象であるのか大いに気になるところです。


2020年9月28日月曜日

アリソガイ製ヘラ状貝製品の予察観察

 縄文貝製品学習 15

1 アリソガイ製ヘラ状貝製品等の閲覧撮影

有吉北貝塚出土縄文中期アリソガイ製ヘラ状貝製品をメインにハマグリ製貝刃、赤彩ハマグリ、赤彩アリソガイ全部で15点を千葉県教育委員化の許可を得て閲覧・3Dモデル作成用撮影を行いました。

2 アリソガイ製ヘラ状貝製品の予察観察

アリソガイ製ヘラ状貝製品のうち1点の3Dモデルを作成し、その使用痕について予察観察しました。

2-1 アリソガイ製ヘラ状貝製品(磨貝)(千葉市有吉北貝塚)372図1表面 観察記録3Dモデル

アリソガイ製ヘラ状貝製品(磨貝)(千葉市有吉北貝塚)372図1表面 観察記録3Dモデル

縄文中期、R、殻長102.5㎜、殻高79.5㎜

撮影場所:千葉県教育庁森宮分室

撮影月日:2020.09.18 

許可:千葉県教育委員会許可による撮影・掲載

3Dモデル写真測量ソフト 3DF Zephyr で生成 v5.007 processing 21 images


撮影の様子


撮影の様子


実測図

有吉北貝塚発掘調査報告書から引用


3Dモデルの動画

2-2 予察観察

ア 3Dモデルの観察

・アリソガイ製ヘラ状貝製品の使用痕を詳細に観察すれば、アリソガイ製ヘラ状貝製品が何に利用されていたか検討する基礎資料を得ることができる考えます。そこで、使用痕についてまず予察観察をしてみました。

・3Dモデルをいじって観察するとみると腹縁部だけでなく、殻頂部付近にも使用痕があるようです。また使用痕と貝殻成長線の状況が密接に関係しているようです。そこで貝殻成長線を浮き彫りにした画像を作成し予察検討することにしました。

イ 貝殻成長線強調写真の作成

Photoshopハイパス機能を利用して貝殻成長線強調画像を作成しました。


貝殻成長線強調画像の作成

ウ 予察観察

・貝殻成長線強調画像をみると、貝殻成長線が途切れていることから摩耗で消失した部分が確認できます。腹縁部付近は全面的に摩耗しているようです。写真撮影の際にライトを横から当てて目を近づけて観察すると擦痕が観察できるのですが、3Dモデルではわかりません。撮影写真から擦痕を抽出できるかどうか、今後の課題です。

・貝殻左右端と殻頂に近い部分に強く擦って凹んだ部分が沢山存在します。よく見ると面的なモノを擦った跡、棒状のモノを擦った跡などの区別がつきます。


使用痕予察観察

2-3 メモ

・アリソガイ製ヘラ状貝製品の使用痕は腹縁部に限定されることなく、殻頂部付近も含めて全面に及ぶ可能性を予察観察で感じ取ることができました。

・アリソガイ製ヘラ状貝製品を道具として、擦った相手の製品は平面状のものとは限らず棒状のもの(凸のもの)もあるようです。

・アリソガイ製ヘラ状貝製品の利用方法(擦り方)は局限されたものではなく、ある程度汎用的に使われていたことが感じられます。

・以上の予察観察結果を参考にしながら、3Dモデルを有効活用した使用痕把握方法を検討したいと思います。

2020年9月27日日曜日

称名寺式土器(千葉市餅ヶ崎遺跡)の透視観察が実現

 縄文土器学習 477

偶然3Dモデルの透視観察ができるようになりました。3Dモデルの穴埋め方法をあれこれ工夫している最中、3Dモデルソフト3DF Zephyr Liteのこれまでほとんど見たことのない高密度点群の画面をたまたま見ました。この画面が土器内面と外面を点群で正確に表示しています。それに気が付きました。早速2020.09.26記事「サンダル状土製品を容器として見立てる」でその画面を動画にして掲載しました。この記事では土器内面まで撮影して作成した称名寺式土器3Dモデルで透視観察を実施してみました。

1 称名寺式土器(千葉市餅ヶ崎遺跡)の透視観察


称名寺式土器(千葉市餅ヶ崎遺跡)の透視観察 動画


参考 称名寺式土器(千葉市餅ヶ崎遺跡)3Dモデルの動画


3Dモデルテクスチャ画面と高密度点群画面の対比

高密度点群画面は対象物を透視する技術として意義づけることができ、それを使って対象物特徴の直観的理解が可能となると考えます。


3Dモデルテクスチャ画面と高密度点群画面の対比


参考 低密度点群画面

低密度点群は粗すぎて表現手法、観察技術としては使えないようです。

2 メモ

・3DF Zephyr Liteにおける高密度点群は3Dモデルの素となる原点群です。写真測量としての精度確保が高密度点群で担保されています。つまり高密度点群から浮かび上がる土器内面、外面の様子はまさに土器を透視して浮かび上がっている画面です。透視観察が比喩ではなく、科学的方法で実現しています。

・3DF Zephyr Liteではそれで作成した3Dモデルファイルなら高密度点群を利用することができアニメ表現することができます。しかし高密度点群そのものを3Dモデルファイルとして出力したり、Sketchfabにアップロードすることはできないようです。

・高密度点群だけの3Dモデルファイル出力ができるようになり、Sketchfabアップロードもできるようになれば、3Dモデルを活用した縄文土器観察学習における表現がより豊かになります。


サンダル状土製品の容器としての倒位置3Dモデル

 縄文土器学習 476

1 サンダル状土製品について

2020.09.26記事「サンダル状土製品を容器として見立てる」でサンダル状土製品(ミニチュア土製品)の原品が皮革製サンダルではなく、注口付き片口土器であると見立て変更しました。アリソガイ製ヘラ状貝製品の学習でそれが皮なめし道具との作業仮説を立てていますが、頭脳細胞が皮なめしに満たされてしまったため、サンダル状土製品がより皮革製サンダルに見えてしまったようです。

(小学生の頃、切手収集に熱中していて、街を歩いていると、路上の紙屑の多くが切手かもしれないと見えてしまい、ゴミをことごとく確認していた記憶があります。現在の縄文皮なめし興味はそれに類似した心理現象を惹起しているようです。)

千葉市埋蔵文化財調査センターの許可を得てサンダル状土製品の閲覧撮影により詳細観察ができたおかげで、それが皮革製品のミニチュアでないことが確認できてよかったです。ガラス面越し観察撮影では対象物が小さいため、この確認はいつまでたってもできなかったと思います。千葉市埋蔵文化財調査センターに感謝です。

また、この遺物の原品が特殊な用途で使われる注口付き片口土器と想定でき、それ自体に新たに大いなる興味が深まります。単なる酒器とは到底考えられない特殊性に興味が深まります。縄文後晩期呪術社会を知る上での格好の思考材料になりそうです。

2 サンダル状土製品(千葉市内野第1遺跡)容器掌握の倒位置 観察記録3Dモデル

サンダル状土製品(千葉市内野第1遺跡)容器掌握の倒位置 観察記録3Dモデル 

縄文時代後期~晩期前半、長口径5.8㎝、短口径3.8㎝、端部に円孔1ヶ所 

撮影場所:千葉市埋蔵文化財調査センター 

撮影月日:2020.09.11 

許可:千葉市教育委員会の許可による撮影

3Dモデル写真測量ソフト 3DF Zephyr で生成 v5.007 processing 79 images


撮影の様子


撮影の様子


3Dモデルの動画

3 メモ

・上記3Dモデルはサンダル状土製品を容器として見立てた時、それが容器として掌握されるときの位置の倒位置をイメージして背面を示したものです。遺物が平面の上に漫然と置かれた状況ではこの土製品の意味があいまいになりますから、意識して掌握倒位置の3Dモデルにしました。

・背面を示す遺物を平面においた通常どおりの3DモデルのURLは次の通りです。

https://skfb.ly/6V8Vz

・3Dモデル(オルソ投影)の「上から」画像と「左から」画像を示します。


3Dモデル(オルソ投影)上から画像


3Dモデル(オルソ投影)左から画像

土製品先端部の背面の様子がよくわかります。二つの穴が見え、上の穴は内面に貫通しています。下の穴はくぼみであり、同時に先端部の欠けにつながっています。

4 技術課題

サンダル状土製品を置いて3Dモデルにし、また裏返して3Dモデルにするということは見様見真似のフォトグラメトリー技術でできます。しかしその二つを統合して完全なる3Dモデル(遺物の完全な姿が空中に浮いているような3Dモデル)をつくる方法は自分にとって未知であり、その道具もありません。今後早急にその技術を入手したいと思います。

2020年9月26日土曜日

サンダル状土製品を容器として見立てる

 縄文土器学習 475

2020.09.25記事「サンダル状土製品(千葉市内野第1遺跡)の周回写真撮影」でサンダル状土製品の精細な3Dモデルをつくり、じっくり観察して、原品を皮革製サンダルから注口付き片口土器に見立てし直しましたのでメモします。

1 サンダル状土製品3Dモデルから読み取った特徴

サンダル状土製品3Dモデルから次のような特徴を読み取りました。

・底面のカーブが著しい。

・内面の形状が円環状であり、平面が存在しない。

・先端部の貫通孔の回りが盛り上がっている。

・先端部外面に凹みがある。また先端部の一部が欠けているように表現されている。

・左右をつなぐバンド状部分(把手のような部分)の形状がほぼ円形である。

2 ミニチュア土製品「サンダル状土製品」が表現している原品

当初、サンダル状土製品は皮革製サンダルのミニチュアであると想定していましたが、1で読み取った特徴から原品は容器(土器)であると見立てることがより合理的であるととの考えに至りました。

この容器は手で持った時(掌握した時)小孔のある先端部が上を向くような位置で利用されたと想定します。


サンダル状土製品の掌握時の正位置

このサンダル状土製品は「注口付き片口」であると考えます。

先端部の小孔が注口であると想定します。

小孔が盛り上がった部分に開いていることから、この容器を水平に近づけ先端部に液体が到達した時、液体が小孔から直ちに流れるのではなく、盛り上がり部を越えて初めて流れる仕組みであり、いわば流れにくい構造をわざと作っていると想像します。

なお先端部外側の凹みと先端部の一部が欠けているように表現されているのは、そこに注口の詮のヒモが存在していたのではないだろうかと空想しました。

この容器の注口には普段木の枝などで作られた詮がしてあり、実際に容器の外に液体を注ぐときに初めて詮を抜いて注口から液体を外に注いだと想像します。


注口の詮が付属していた様子の想像

小さな注口から詮を抜いて液体を注げば、微量の液体を定量だけ外に注ぐことができます。

この容器は手に取って初めて容器正位置を保つことができるという異常な形状をしています。また微量の液体を定量だけ注ぐ機能を有していたと想定できます。このような特徴から、この容器は特殊な用途で使われる注口付き片口土器であると見立てます。

特殊用途の意味を妄想すれば、この注口付き片口土器に入れられた液体は極少量で効果を発揮する特効的劇薬であると考えます。死者(死んだ父母や子ども)が自分に憑依する祭祀(=死者が生き返る祭祀)とか、死者の国に行って帰ってくるような祭祀とかに使われたのかもしれません。単なる酒器としての片口以上の特殊性を有しているように想像します。

なお、サンダル状土製品原品が容器である可能性についての示唆を千葉市埋蔵文化財調査センター所長西野雅人先生からいただきました。自分の見立て変更の参考になる示唆であり感謝します。

3 サンダル状土製品(千葉市内野第1遺跡)容器掌握の正位置 観察記録3Dモデル

サンダル状土製品(千葉市内野第1遺跡)容器掌握の正位置 観察記録3Dモデル 

縄文時代後期~晩期前半、長口径5.8㎝、短口径3.8㎝、端部に円孔1ヶ所 

撮影場所:千葉市埋蔵文化財調査センター 

撮影月日:2020.09.11 

許可:千葉市教育委員会の許可による撮影

3Dモデル写真測量ソフト 3DF Zephyr で生成 v5.007 processing 93 images


サンダル状土製品(千葉市内野第1遺跡)容器掌握の正位置観察記録3Dモデルの動画


サンダル状土製品容器掌握の正位置観察記録3Dモデル(高密度点群)の動画

2020年9月25日金曜日

サンダル状土製品(千葉市内野第1遺跡)の周回写真撮影

 縄文土器学習 474

以前から気になっているサンダル状土製品(千葉市内野第1遺跡)の周回写真撮影が千葉市埋蔵文化財調査センターから許可をいただき実現しました。早速3Dモデルを作成しました。

1 サンダル状土製品(千葉市内野第1遺跡)正置 観察記録3Dモデル

サンダル状土製品(千葉市内野第1遺跡)正置 観察記録3Dモデル 

縄文時代後期~晩期前半、長口径5.8㎝、短口径3.8㎝、端部に円孔1ヶ所 

撮影場所:千葉市埋蔵文化財調査センター 

撮影月日:2020.09.11 

許可:千葉市教育委員会の許可による撮影

3Dモデル写真測量ソフト 3DF Zephyr で生成 v5.007 processing 93 images


撮影の様子


撮影の様子


3Dモデル画像


3Dモデルの動画

2 メモ

・これまでガラス越しで十分に観察できなかったサンダル状土製品が手に取るように観察できるようになりました。

・小さな穴が貫通している部分なども詳しく観察できます。

・3Dモデルをよく観察すると、これまで想像していた形状とは別の形状も確認できました。作業仮説「皮革製サンダルのフィギュア」が果たしてそうであるか疑問も湧いてきます。詳しい観察と新しい見立てを次の記事で描くことにします。

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参考 センター資料館内利用許可書


センター資料館内利用許可書

2020年9月24日木曜日

頭骨の耳の位置から出土した土製耳飾2点

 縄文土器学習 473

君津市三直貝塚土製耳飾で人骨出土遺構から出土したものがありますので学習します。

1 頭骨の耳の位置から出土した土製耳飾2点

2020.09.24記事「縄文後晩期臼形土製耳飾(君津市三直貝塚)3点 観察記録3Dモデル」で観察したSX-038出土1番は発掘調査報告書を確認すると2番とともに2点が人骨(頭骨)と一緒に出土しています。その様子を発掘調査報告書から把握します。

ア 人骨出土遺構SX-038の発掘調査報告書記載

「3C-55に所在する。貝層直下から人骨が出土した。明瞭に部位が判明したのは頭部骨のみで、他は確認できなかった。頭部の耳の位置から耳飾が出土している。出土状況から、加曽利B式期の人骨であると考えられる。」

なお、発掘調査報告書の人骨詳細記述ではSX-038に関する記述はありません。

イ 土製耳飾実測図、調査表


土製耳飾実測図

君津市三直貝塚発掘調査報告書から引用


調査表

君津市三直貝塚発掘調査報告書から引用

2 SX-038出土1番土製耳飾の観察

3DモデルからSX-038出土1番を拡大して観察します。


SX-038出土1番の3Dモデル拡大画像


SX-038出土1番の3Dモデル拡大画像


SX-038出土1番の3Dモデル拡大画像

赤彩塗料(ベンガラか)がべったり塗られてそれが残存しています。

3 考察

ア 被葬者は少年少女か

頭骨の耳の位置から土製耳飾が出土しているのですから、被葬者がこの土製耳飾を着装して埋葬されたものと考えられます。したがって、この被葬者は少年少女の世代だと想定できます。

イ 被葬者は通過儀礼前の年齢か

赤彩され2つの土製耳飾の寸法は全く同じです。しかしその形状は異なっています。一方は凹み中央部の凸部に刺突があり、一方はありません。この2つの土製耳飾がペアとして作られたものではないことを物語っています。ハレの通過儀礼で着装する人生最初の土製耳飾がペアで新調されたものであると想定すると、この土製耳飾がペアでないことは次のような意味をもっているかもしれません。

[想像]「被葬者(子ども)は土製耳飾を着装する年齢に近いがまだその年齢には到達していなかった。そのため新調したペア土製耳飾は作っていなかった。しかし子どもが突然死んだため、親は子どもがせめて土製耳飾を着装する通過儀礼をこの世でしてから(それだけこの世を楽しんでから)あの世に送りたいと希望した。そこで、仲間が協力して余っている土製耳飾で同じような大きさのものを2つ集め、赤彩して、子どもに着装させて葬った。」

ウ 土製耳飾は両耳に着装することが一般的

当たり前のことですが、この事例から土製耳飾は両耳に着装することが一般的であると捉えることができます。土製耳飾は片方しか出土しないことが一般的ですが、その理由は土製耳飾が呪術活動(例 シャーマン殺し)の意思表示道具としても使われたためであると考えます。

エ 赤彩の意味

出土土製耳飾の約1割が赤彩されています。逆に約9割は赤彩されていません。この割合から、土製耳飾は本来用途(通過儀礼や祭祀における着装)では赤彩されることはなく、赤彩は被葬者に着装させる場合など特殊な場合に限定されていたと考えます。赤彩するということはあの世とのコミュニケーションを円滑の行うために必要な行為であると感じます。赤はあの世に住む神様が好む色です。あの世の神様が見つけやすい色が赤です。


この記事で君津市三直貝塚土製耳飾学習をいったん区切ります。

縄文後晩期臼形土製耳飾(君津市三直貝塚)3点 観察記録3Dモデル

 縄文土器学習 472

君津市三直貝塚出土土製耳飾の観察をしています。

1 縄文後晩期臼形土製耳飾(君津市三直貝塚)3点 観察記録3Dモデル

縄文後晩期臼形土製耳飾(君津市三直貝塚)3点 観察記録3Dモデル

発掘調査報告書記載 上:グリッド出土、18番、径15.5㎜、幅9.5㎜、質量1.33g、赤彩臼形で上下面が大きく抉れる。

発掘調査報告書記載 下左:SX-038出土、1番、径(22.0㎜)、幅12.0㎜、厚さ21.0㎜、質量2.30g、赤彩:凹み部に多くのこり、外面(側面)にも少し残る。胎土精良。焼成:やや軟。臼形耳飾り。凹みの中央に凸があり、その上に刺突文。

発掘調査報告書記載 下右:グリッド出土、127番、径22.0㎜、幅12.0㎜、質量2.76g、赤彩、胎土精良。焼成:良。臼形耳飾。底の部分が盛り上がる。(両面)

撮影場所:加曽利貝塚博物館 ミニ企画展示「県内縄文遺跡展」-千葉県の縄文時代研究を彩った遺跡たち- 君津市三直貝塚編 

撮影月日:2020.08.28 

ガラス面越し撮影 

3Dモデル写真測量ソフト 3DF Zephyr で生成 v5.007 processing 47 images


展示の様子


展示の様子


上(グリッド出土18番)の実測図
君津市三直貝塚発掘調査報告書から引用


下右(SX-038出土1番)の実測図
君津市三直貝塚発掘調査報告書から引用


下左(グリッド出土127番)の実測図
君津市三直貝塚発掘調査報告書から引用


3Dモデルの動画

2 メモ

ア 大きさの体感

直径が1.55㎝、2.2㎝と小さい土製耳飾ですが、現場での観察と3Dモデルでの観察で、何か大きさの実感が湧きません。具体的には上の土製耳飾の直径1.55㎝を基準にすると下の2つはもっと直径が大きいような気がしてきます。そこで3Dモデルで寸法を計測してみました。


実寸法を付与した3Dモデル

ショーケース手間に折尺を置いて、それが写るように撮影して3Dモデルを作成して、3つの臼形土製耳飾の直径を計測してみました。


実寸法が無い3Dモデルでの計測

実寸法を付与していないけれども精細な3Dモデルで3つの臼形土製耳飾の寸法を計測し、相対的に比較してみました。

これらの作業により、3つの土製耳飾の大きさは発掘調査報告書の調査表通りであり、自分の視覚体感に錯覚的な現象があったことがわかりました。


3つの土製耳飾のオルソ投影画像 立面

イ 少年少女用土製耳飾

3つの土製耳飾は直径が小さく、少年少女が通過儀礼として耳たぶに穴を開け最初に着装したものであると想像します。

耳たぶの穴を最初から1.55㎝とか2.2㎝にすることはできませんから、時間をかけて徐々に広げていったに違いありません。痛みに耐えて体を徐々に変形させる最初の身体変工が土製耳飾着装だったようです。

耳たぶの穴は壮年熟年では最大8㎝以上にまでなります。これ以外に抜歯、入れ墨、ペニス異形化など苦痛を伴う身体変工が少年少女達に待ち受けています。

ウ 赤彩の意味

この3点は赤彩土製耳飾を選んで展示したようです。赤彩されているものの数は少ないです。グリッド出土土製耳飾133点でみると13点が赤彩です。約1割ということになります。普通に着装される土製耳飾は赤彩されないで、特殊な場合に赤彩されることが想定されます。

その特殊な場合の例として遺体を埋葬する際の着装土製耳飾があります。

下右(SX-038出土1番)土製耳飾は頭部人骨付近から出土していて、その実例のようです。

次の記事でSX-038出土1番土製耳飾について検討を深めます。


2020年9月23日水曜日

縄文後晩期土製耳飾(君津市三直貝塚)20 観察記録3Dモデル

 縄文土器学習 471

君津市三直貝塚出土土製耳飾の観察をしています。

1 縄文後晩期土製耳飾(君津市三直貝塚)20 観察記録3Dモデル

後晩期土製耳飾(君津市三直貝塚)20 観察記録3Dモデル

発掘調査報告書記載:グリッド出土、径(64.0㎜)、内径(41.0㎜)、幅20.0㎜、厚さ12.0㎜、質量25.44g、胎土:良。焼成:良。上辺は入り組み沈線文。ミガキは入念。(外面と上面)下端は摩滅のため残っている所が少ない。

撮影場所:加曽利貝塚博物館 ミニ企画展示「県内縄文遺跡展」-千葉県の縄文時代研究を彩った遺跡たち- 君津市三直貝塚編

撮影月日:2020.08.28 

ガラス面越し撮影

3Dモデル写真測量ソフト 3DF Zephyr で生成 v5.007 processing 39 images


展示の様子


展示の様子


実測図

君津市三直貝塚発掘調査報告書から引用


3Dモデルの動画

2 メモ

・土製耳飾に表現されている文様や断面形状などは血族などの集落構成要素としての小集団毎に特定のものが使われていたのではないかと想像しています。家紋に近いものだと考えます。

・この土製耳飾の文様は次のように理解しました。


後晩期土製耳飾(君津市三直貝塚)20の文様理解

画像は3Dモデル正面オルソグラフィック投影

一筆書きの渦巻模様ではなく、2つの渦が絡み合っている模様のようです。

2020年9月21日月曜日

縄文後晩期土製耳飾(君津市三直貝塚)72 観察記録3Dモデル

 縄文土器学習 470

君津市三直貝塚出土土製耳飾の観察をしています。

1 縄文後晩期土製耳飾(君津市三直貝塚)72 観察記録3Dモデル

縄文後晩期土製耳飾(君津市三直貝塚)72 観察記録3Dモデル

発掘調査報告書記載:グリッド出土、径81.0㎜、内径41.0㎜、幅21.0㎜、厚さ18.0㎜、質量52.40g、胎土:長石、砂を多量に混入。焼成、やや不良。風化。砂粒の多い胎土。放射状に4ヶ所3条の沈線が引かれる。3つの破片が接合する。

撮影場所:加曽利貝塚博物館 ミニ企画展示「県内縄文遺跡展」-千葉県の縄文時代研究を彩った遺跡たち- 君津市三直貝塚編

撮影月日:2020.08.28 

ガラス面越し撮影

3Dモデル写真測量ソフト 3DF Zephyr で生成 v5.007 processing 51 images


展示の様子


展示の様子


実測図

君津市三直貝塚発掘調査報告書から引用


3Dモデルの動画

2 メモ

・直径8.1㎝で重さは一部欠けて52.4gですから土製耳飾では最大級です。これだけの大きさをはめ込む耳たぶ輪は長さが25㎝以上になります。ひも状になった耳たぶが実はいかに強靭であるかを物語っていると捉えられます。(そんな大きく重いものを耳たぶにはめたら耳たぶが切れてしまうと心配するのは現代人だからのようです。)身体の可塑性と強靭性は想像以上のようです。

・耳たぶに開けた穴が直径1.5㎝以下の場合、その穴は身体の自動修復機構で穴が埋まる方向で推移するそうです。しかし、直径が1.5㎝以上になると穴の自動修復機構は働かなくなるそうです。


マサイ族の耳飾り

https://www.pinterest.jp/pin/675821487826264685/

大きいですが軽そうです。

3 夢

縄文人の顔(首上の頭部)を3Dモデルでリアルに作成し、それに出土耳飾3Dモデルを埋め込んで、着装姿を3Dモデルで観察できるようになりたいと思います。2年後にはそれが見様見真似でできる程度の3Dモデル技術獲得を夢みながら学習を続けることにします。


安行3a式土製耳飾(君津市三直貝塚)126 観察記録3Dモデル

 縄文土器学習 469

土製耳飾が単純な装飾品ではなく、土偶とともに後晩期縄文社会の呪術的本質に迫るようなアイテムであるとの確信を持ちました。そこで手持ち撮影写真でまだ3Dモデル化していないものを全部モデル化して、土製耳飾観察に関する場数を踏んで、その呪術的意味に少しでも近づくことにします。

1 安行3a式土製耳飾(君津市三直貝塚)126 観察記録3Dモデル

安行3a式土製耳飾(君津市三直貝塚)126 観察記録3Dモデル

発掘調査報告書記載:遺構SI-011B、径60.0㎜、内径52.0㎜、幅18.0㎜、厚さ6.5㎜、質量11.19g、薄手、沈線による変形I字文。上端に貼付文が施される。

撮影場所:加曽利貝塚博物館 ミニ企画展示「県内縄文遺跡展」-千葉県の縄文時代研究を彩った遺跡たち- 君津市三直貝塚編

撮影月日:2020.08.28 

ガラス面越し撮影

3Dモデル写真測量ソフト 3DF Zephyr で生成 v5.007 processing 38 images


展示の様子


展示の様子


実測図

君津市三直貝塚発掘調査報告書から引用


3Dモデルの動画

2 メモ

・直径6㎝の薄手土製耳飾で、内面に沈線で文様が描かれています。2種類の貼付文も付けられています。

・薄手にすることと、内面にさりげなく文様を描くことなどが縄文装飾(おしゃれ)の一端を示していると考えます。

・外面に内面の文様が浮かび上がってくるほどの薄さですから当然壊れやすく、日常で使用していたことは100%考えられません。重要な祭祀でのみ着装したものだと考えます。

・千葉市内野第1遺跡での検討(想像)結果を援用すれば、この土製耳飾は壮年熟年用、装飾性中(一般住民用…非シャーマン用、非下層民用)という性格のものだと捉えることができます。

・この土製耳飾(126番)と一緒に類似土製耳飾2点もSB-011住居址の同じポイントからに出土していて、何らかの祭祀で複数人が同時に片方の土製耳飾を廃棄したことが想定できます。千葉市内野第1遺跡での検討(想像)では、このような状況は一般住民がシャーマンと離反(シャーマン殺害、追放)する時の祭祀を意味するものだと空想しました。

3 3Dモデル作成技術メモ

安行3a式土製耳飾(君津市三直貝塚)126 観察記録3Dモデルはいわば失敗作です。臥薪嘗胆の意味で敢えて記事にして掲載しました。

ガラス面越しに望遠撮影する際のピントを対象物の手前に合わせたため、写真のほとんどが奥にある内面がぼやけてしまいました。したがって3Dモデルもピンボケとなり、その動画もひどいものです。

望遠撮影してもピントが合う範囲を広げる技術を習得(あるいはその機能があるカメラ購入使用)することが大切です。

それが出来なければ、手前にピントを合わせた写真と奥にピントを合わせた写真を2枚づつ撮影して3Dモデル処理して、その出来ばえを確かめる必要があります。

4 展示物観察力の虚弱性

加曽利貝塚博物館 ミニ企画展示「県内縄文遺跡展」-千葉県の縄文時代研究を彩った遺跡たち- 君津市三直貝塚編は開催期間中に3回ほど出向き、安行3a式土製耳飾(君津市三直貝塚)126も毎回観察し撮影しています。しかし、発掘調査報告書の実測図を見るまで内面に沈線文様が存在していることに気が付きませんでした。(その理由もあって、写真ピントを合わせなかったのです。)

自分の展示物観察力の現状を認識させられました。この体験は次からの展示物観察力向上の糧になると思います。