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2019年2月23日土曜日

加曽利EⅡ式台付土器が三足土器であることの感想

縄文土器学習 41 加曽利貝塚博物館企画展展示土器の観察 19

加曽利貝塚博物館企画展「あれもE これもE -加曽利E式土器(千葉市内編)-」(3月3日まで開催)の展示土器38点の個別観察をメモしています。この記事ではNo.17の加曽利EⅡ式台付土器が三足土器であることの感想をメモします。

1 加曽利EⅡ式台付土器No.17が三足土器であることの観察

加曽利EⅡ式台付土器No.17の脚部
土器材質が擦れてむき出しになっている赤色部分とそれを区切る凹みが観察できます。この土器の器形表現は正確には台付土器ではなく、三足土器とするべきだと考えます。

加曽利EⅡ式台付土器No.17の写真
「千葉東南部ニュータウン19 -千葉市有吉北貝塚1(旧石器・縄文時代)-第3分冊(写真図版)」(平成10年3月、住宅・都市整備公団・財団法人千葉県文化財センター)から引用
脚部のつくりが丸みを帯びていて特徴的です。通常の加曽利E式土器の脚部はこのように丸みを帯びたつくりにはなっていません。

2 三足土器出土の事例

青森県今津遺跡、虚空蔵遺跡出土三足土器
WEBサイト「日本人の起源」から引用

これらの縄文時代三足土器は中国竜山文化の影響を受け、縄文人が見様見真似でデザインだけを当てはめて土器をつくったのではないかと言われています。

中国竜山文化では次のような鬲(れき)と甑(こしき)が出土しています。

鬲(れき)(下)と甑(こしき)(上)
『平凡社 改訂新版 世界大百科事典』 日立ソリューションズから引用
鬲(三足土器)のデザインがふっくらしていることが特徴です。
鬲(三足土器)出土の竜山文化C14年代測定例では4600前頃から4000年前頃という値があり、加曽利E式土器の時期と重なることは確実です。

3 感想(空想)
No.17土器が丸みを帯びた三足土器であることから、加曽利E式土器の時代に中国の竜山文化の影響が列島縄文社会にあり、その影響が巡り巡って千葉に到来し、No.17土器が膨らんだ三足の土器というエキゾチックなデザインになったと空想します。
もしこの空想が当たっていれば、土器模様や他の遺物に中国竜山文化影響の痕跡を見つけることができるかもしれません。

あるいはこの土器は甑を上にのせる鬲として作られたのかもしれません。この土器を鬲として使うというサインが三足なのかもしれません。