10 柏井高校及び横戸台団地付近の捨土土手
私が第2区間とした区域で、25mおきに25番断面図~50番断面図を作成し、断面形状から捨土土手を検出しました。
予察作業で見つけたように、横戸緑地として指定されている土手だけでなく、その下に土台を形成する部分があることを発見しました。
分布図で示すと次のようになります。
捨土土手の分布
捨土土手は西岸では柏井高校付近でグラウンド造成のために若干削られています。
また東岸では鉄道連隊架橋付近で局所的に削られています。
しかし、両岸ともに連続して分布していることを確認することができました。
東岸横戸台団地の住宅となっている部分に存在する捨土土手の土台部分は私にとって新発見です。(世の中にこの捨土土手に興味を持っている人は殆ど皆無だと思いますので、おそらく、世の中的にも新発見になると思います。)
横戸台団地造成以前の地形図にすでにこの土台部分が表現されているので、団地造成の際に人工的にわざとつくられた可能性は無いとおもいます。
この団地は、団地造成の際には当時の地形をほとんどそのまま利用して土工事の量を最小化しているように感じる団地です。
確認のために、団地造成工事の図面資料を関係機関にお願いして閲覧して確かめる予定です。
この捨土土手土台部分が自然地形ではないことを確認するために、捨土土手分布を地形段彩図にプロットして、地形との関係を見てみました。
捨土土手の分布と地形との関係
この地形段彩図で赤っぽいところが下総上位面(下末吉面相当)、青っぽいところが下総下位面(小原台面相当?)であり、下総上位面が現在の花見川筋のところで下総下位面の浅い谷で分断されている様子を示しています。
捨土土手(土台部)分布は捨土土手分布と対応して存在しており、自然地形的な成因の可能性を見つけることはできないと考えました。
ボーリング資料があれば捨土土手であることが判ることですが、住宅地なのでありません。
西岸の捨土土手は古柏井川谷底から積上げている可能性が濃厚と考えますが、証拠だてる材料は見つけていません。
39番断面
東岸の黒色部分(「横戸緑地」として指定されている園地部分)が、私がこれまで考えていた捨土土手です。しかし、東岸にはその土台となる部分があります。また、西岸の捨土土手は古柏井川谷底から積上げている可能性があります。
これまで普請の掘削土量をイメージすると、「それにしても少なすぎる」という感情に支配されることが多かったのですが、そうした疑問を解決できる可能性が出てきました。
46番断面
周辺の地形から、西岸の捨土土手は古柏井川谷底から積上げていることは確実です。
つづく
海老川乱歩です
返信削除捨土土手土台のような捨て方は(土砂崩れしないので)納得です。
土手状に土を捨てたのは労働力を最小限にするためだったのでしょうか。
タイムスリップで過去に戻れるなら、土手状に土を捨てた当時の責任者に
話を聞いてみたいですね。
海老川乱歩さんこんにちは
返信削除捨土土手土台と見立てた部分がなぜそのような形状であるのか、次のような可能性があると思っています。
1 最初に土台部分を作って、その上に土手を作った。
2 団地開発で土手の中腹が削られ、土台があるような形状になった。
3 雨水の浸食でこのような形状になった。
4 天明期の普請で土台部分が作られ、天保期普請でその上に土手が乗った。
などです。
4番などの結論になると面白いのですが、どうも2番の結論に落ち着きそうで、楽しみが少し減りました。
なお、団地開発した千葉県住宅供給公社に問い合わせたところ、工事前の測量成果や土工事の計画図などの資料は10年間保存し、その後すべて焼却処分しているとのことで、団地開発の資料は存在しないことがわかりました。
なお、全体に土手が堤防のように分布しているのは乱歩さんがおっしゃる通り、労働量を最小化しようとした結果だと思います。