2023年4月17日月曜日

大賀ハスと丸木舟 その4

 花見川よもやま話 第19話


Ohga lotus and dugout canoe Part 4


I read an old paper on the stratum from which Ohga lotus seeds were unearthed. A dugout canoe was unearthed on the marine gray clay deposited by the Jomon Transgression, and lotus seeds were unearthed from the freshwater peat layer deposited on top of it. I dreamed that it would be very meaningful if the excavation and experiments conducted by Dr. Ohga were retested as part of a public participation project.


大賀ハスの実が出土した地層に関する古い論文を読みました。縄文海進による海成灰色粘土の上から丸木舟が、その上の海退で堆積した泥炭層下部からハス実が出土したようです。大賀博士の発掘・実験の追試を市民参加プロジェクトで行えば意義が大きいと夢想しました。


大賀ハス(平成23年7月4日千葉公園)


大賀ハス(平成23年7月4日千葉公園)


大賀ハス(平成23年7月4日千葉公園)

5 大賀ハスの発見

5-1 大賀ハスに関する主な経緯

 千葉市立郷土博物館編集発行の冊子「大賀ハス」(昭和63年3月)に大賀ハスに関する経緯や取組が詳しく書かれています。丸木舟発掘と大賀ハス取り組みが親和的関係にあることが理解できます。この冊子から私が理解した内容をメモしました。

ア 大賀博士と古代ハス

・大賀博士は昭和7年に千葉県滑川で出土した須恵器(1200年前)に入っていたハスの実を発芽実験し、発芽に成功させた。古ハスはまもなく枯死した。

・検見川出土丸木舟とともにハスの果托が出土したという記事を見た大賀博士は関係者に協力を求め古ハスの実の発掘が実現することになった。

イ 大賀ハス実発掘

・昭和26年3月3日に発掘調査が開始された。場所は丸木舟発掘場所であった。

・表土、草炭層、青泥層と掘り進んだ。湧き水に作業が難渋し、3月7日に丸木舟発掘層位に到達する予定が27日になり、30日の夕方「発掘に携わった人夫、生徒や関係者達が、一切の手がつくされて、これ以上はもう不可能であるといいだした午後5時10分頃、花園中生徒、西野真理子さんがふるっていた青泥底層の土の中から一粒のハスの実が発見された。」

・4月6日にさらに二粒の実がふるい出された。

ウ 古ハス実の発芽成長

・古ハスの発芽実験は、昭和26年5月6日に府中市の大賀博士宅で行われ、9日に発芽した。3粒のうち1粒は発芽後まもなく枯死し、2粒が生育した。

・1つの実生苗が千葉県農業試験場で生育され、別の場所に移され、昭和27年7月に開花した。

エ 天然記念物指定

・検見川出土の古ハスの実から成立した「検見川の大賀蓮」は、昭和29年に千葉県天然記念物に指定され、この時から「大賀ハス」と呼ばれるようになった。

オ 分根

・大賀ハスは国内各地に分根されるとともに、世界各国にも分根され友好の使者となっている。

【参考】大賀ハスに関するWEBページ

大賀ハス何でも情報館 このページには大賀ハスの開花情報をはじめ大賀ハスに関する各種情報が掲載されています。



坂口豊論文掲載の泥炭層基底地形図

出典:坂口豊「東京湾北部の泥炭地について」(資源科学研究所彙報34、1954)

後述引用する地層柱状図地点2箇所に赤丸を追記しました。

5-2  大賀ハス出土層位

 坂口豊「東京湾北部の泥炭地について」(資源科学研究所彙報34、1954)に大賀ハス発掘地点の地層柱状図が掲載され、詳しく説明されていますので、引用紹介します。

 柱状図につけたア~カの印は説明文の引用区分のために引用者が加えたものです。


大賀ハス発掘地点の地層柱状図

 右の柱状図が大賀ハス発掘地点(Excavation Point of Seeds of Lotus)、左の柱状図は花見川沖積地武石付近です。

ア black peaty Soil

「表面30cmは周辺の崖に露出する成田層の黄褐色の微砂の団塊を含んだ黒色の泥炭土で、人工的にかくらんされている。」

イ H-3 dark brown Peat

「その下250cm迄は暗褐色の泥炭層で分解はあまり進まず、L. von PostのSkalaでいうとH-3(極僅か分解、或いは僅かdyを含む。濁った水であるが、泥炭物質を含まず、残渣は粥状を呈せず)にあたる。」

ウ drifting timbers

「100-140cmと200-260cmには多数の木の小枝が含まれている。発掘中にはスコップで簡単に切れる位に分解した径20cm位の樹幹部も多数見られた。」

エ chocolate-colered compact Peat

「140-200cmの間はかなり緻密なチョコレート色の泥炭であった。」

オ H-5 gray black Peat

「270-370cmの間は灰黒色の分離のやや進んだ泥炭である。(PostのSkalaではH-5、即ち適度に腐植化し、Dyを含有sる。植物組織はまだ見られる。握ると泥炭物質と非常に濁った水が出る。残滓は著しく粥状を呈する。)」

カ gray Clay

「370cm以下は灰色の粘土である。丸木舟は灰色粘土上にあった。ハスの実は確実にその位置をきめる事は出来ないが、ハスはヨシ等と共存しないという事から粘土層中にあったものと考えられるが、他所から流れよったものであるとすれば泥炭層の中でもよいわけである。しかしいづれにも泥炭層の下部である事には誤りはない。1.5mの検土杖によってたしかめられた所によるとこの左側支谷の中は谷頭にいたるまで泥炭及び黒泥土でうめられている。」

 以上の記述から、丸木舟及びハス実は、谷津の奥深くまで入った縄文海進の海が海退に転じていく時代において、海水が淡水に替わったころで、泥炭形成が開始するまさにその時に埋積したことが判ります。あるいは、海水が淡水に替わり、谷津の上流側から泥炭形成(ヨシ原)が迫ってきた頃埋積したということだと思います。

 この論文で丸木舟・大賀ハスの出土層位と堆積環境がきれいに理解できました。

なお、この記事の本題とはすこしずれますが、3.11を体験した後ですから、泥炭層中2箇所のdrifting timbersが気になります。

 この論文の中では次のように検討しています。

「支谷では二回にわたって著しく流木の多い時期がみられ、この間にやや異質の泥炭を見るのは水面変化によるものと推定される。即ち流木を含む部分では他の部分より幾分水位が上がり、季節風等によってこの支谷の中にふきだめられたものとみられる。しかし、この水面変動が潮の干満によるもので、これが二回あるのはたまたま、発掘地点でのみ見られる局部的現象なのか、或いは干満による水面変動より高次の変動によっておこされたものであるか不明である。」

 3.11津波の巨大エネルギーを映像でまざまざと見せつけられると、2箇所のdrifting timbersが過去の津波痕跡かもしれないと気になります。



大賀ハス

5-3 シードバンク、古代木製品遺物バンクとしての沖積層

 縄文丸木舟と大賀ハスについて、出土物を閲覧し、発掘に関わった人々が書いた資料を読み、現場を歩くなどして、次のような感想を持ちました。

ア 花見川流域谷津の沖積層が、縄文時代以降の植物種子を休眠状態で保存しているシードバンクであるということ。

イ 谷津沖積層は、同時に古代人が使った舟などの木製品遺物バンクでもあるということ。

ウ どのような場所に休眠状態の植物種子や丸木舟がありそうか、昭和20年代の調査で肝心な情報が得られたこと。(海退時に形成された砂堆背後の「自然のミナト」環境+泥炭・地下水による種子や遺物の保存環境など)

エ しかし、縄文丸木舟と大賀ハスの全国や世界に伝えられた華々しい成果にも関わらず、花見川流域や近隣流域で、谷津沖積層を対象とした追加調査、追試が行われたという情報に接することが出来なかったこと。

オ 終戦直後の昭和20年代と現代を較べれば、地層の調査技術や試掘・発掘技術の進歩は格段のものがあると考えられること。

 以上のような感想は次のような夢想を発生させました。

カ 大賀博士の行った発掘・実験の追試を、専門家の指導・協力を得ながら、市民・行政・企業等が参加するイベント(プロジェクト)として実施できれば、いろいろな効果があるに違いない。

・まず地域の自然史や古代歴史を事前に十分に調査する必要があることから、地域の特色や魅力を深く知ることができる。

・発掘や発芽実験追試はそれ自体学術的意義が大きい。

・偶然の僥倖があれば木製品遺物を発見できるかもしれない。

・市民参加プロジェクトとして実施することにより、市民・行政・企業・専門家などのコミュニケーションを深めることができる。

・地域の学校教育の一環として取り組めるし、活動自体をさまざまな形で教材化できる。

・花見川流域や近傍流域の堆積環境の類似する場所でプロジェクトを実施する。(発掘検討地域、場所を選定すること自体が取り組みの重要な活動となる。)


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次のサイトでシリーズ記事「花見川よもやま話」を集成して掲載しています。

花見川よもやま話



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