2019年2月22日金曜日

2段構成連弧文土器の観察

縄文土器学習 38 加曽利貝塚博物館企画展展示土器の観察 16

加曽利貝塚博物館企画展「あれもE これもE -加曽利E式土器(千葉市内編)-」(3月3日まで開催)の展示土器38点の個別観察をメモしています。この記事ではNo.15の2段構成連弧文土器を観察します。

1 2段構成連弧文土器 No.15

2段構成連弧文土器 No.15
有吉北貝塚出土

2段構成連弧文土器 No.15
有吉北貝塚出土

2 発掘調査報告書における記述
No.15土器は有吉北貝塚北斜面貝層から出土していて、「千葉東南部ニュータウン19 -千葉市有吉北貝塚1(旧石器・縄文時代)-第1分冊(本文)」(平成10年3月、住宅・都市整備公団・財団法人千葉県文化財センター)(以下発掘調査報告書等として適宜略称)ではこの土器単独の記述はありませんが、次の情報を読み取ることができます。

・当該土器(№15)は模様が2段構成になっている連弧文土器である。(3段構成の連弧文土器も出土している。)
・連弧文土器は加曽利EⅡ式とほぼ運命をともにする土器である。
・口縁部に交互刺突文が巡る例が一般的であるが粗雑なものが多い。
・地文には撚糸文、縄文、条線の3者が採用されており、その数に大きなへだたりはない。

出土土器挿図
発掘調査報告書から引用

出土土器写真
発掘調査報告書から引用

3 観察と感想
3-1 器形と模様
・器形そのものは加曽EⅡ式土器と区別できないと感じます。
・逆U字型沈線の模様部分が下、上の波線模様部分が上という2段構成の連弧文土器です。

3-2 土器下部の摩耗
・土器下部に被熱して橙色化した部分の地文が摩耗していることから、展示のための器具あたりまで炉の灰の中に埋めて使われていたのかもしれません。

3-3 模様の詳細観察
・口縁部模様などが撮影写真では暗くて見えないので、写真を調整して詳しく観察しました。

詳細観察用写真

口縁部の詳細観察

3-4 参考 3Dデータについて
3Dデータ作成を意識して写真を8枚撮ったのですが、満足のゆく3Dデータは作成できませんでした。恐らくショーケース隅に土器が展示されているため撮影角度が類似してしまうことと、照明がいかにも不足していてガラス面に写る別情報が激しいことによると考えました。
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展示会場風景

2019年2月21日木曜日

加曽利EⅡ式器台再観察及び器台と一般土器との関係考察

縄文土器学習 37 加曽利貝塚博物館企画展展示土器の観察 15

加曽利貝塚博物館企画展「あれもE これもE -加曽利E式土器(千葉市内編)-」(3月3日まで開催)の展示土器38点の個別観察をメモしています。この記事では加曽利EⅡ式器台の再観察を行うとともに、器台と一般土器との関係を考察します。

1 加曽利EⅡ式器台 No.12 再観察

加曽利EⅡ式器台 No.12 再観察
割れ目から器台内部を覗くと縄文らしき模様とススらしき黒色部が観察できます。

加曽利EⅡ式器台 No.12 再観察
割れ目から器台内部を覗くと縄文らしき模様とススらしき黒色部が観察できます。
暗くて詳細な観察は不可能ですが、器台内部は器台外面とは違った様相を呈していることは確実です。
縄文が施文され、火焔を受けた可能性が浮かび上がります。
器台を裏返して内部を観察することが必須です。

2 加曽利EⅡ式器台の発掘調査報告記載
以下は加曽利EⅡ式器台に関する「千葉市中野僧御堂遺跡-千葉東金道路建設に伴う埋蔵文化財調査報告1-(千葉市中野地区)」(1976、財団法人千葉県文化財センター)(以下発掘調査報告書と略称)の全記述です。

「ネ80グリットをグリット発掘すると、器台形土器がほぼ完形で単独出土した(第144図,図版44-2)。土層状態をみると、上層より、耕作土が10cm、表土層が30cm、黒色土層が40cm、以下硬質暗褐色土層となって堆積している。土器は、第Ⅳ層の硬質暗褐色土中に安定した状態で出土した。付近は何ら遺構の痕跡はなかった。」

遺物出土状況
発掘調査報告書から引用

遺物挿図
発掘調査報告書から引用

遺物出土状況写真
発掘調査報告書から引用

遺物写真
発掘調査報告書から引用

3 器台と一般土器との関係に関する考察
器台と一般土器との関係を次のように推測しました。

一般土器と器台の内面・外面対応関係の想定
器台の側面と内部は一般土器の内面と外面に対応する、つまり逆転していると考えます。その逆転の意味は一般土器が土器外面で火を受け、土器内面に液体をいれるのですが、器台は土器内部で火を受けるためです。
器台が土器内外面を逆転して、内部で火を受ける仕組みにしたのは、器台を使って行われる祭祀(おそらく覚醒作用を利用した祭祀)の特性、つまり精神世界を現実世界に呼び出してしまうという特性(逆転的特性)と密接に結びついていると想像します。
器台が香炉であるという作業仮説の検討を材料を集めながら深めていくことにします。

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2019.02.23追記
当初、器台の上に祭祀等で使う特別な土器(調理用土器)を置いていたと空想していました。器台を一種の神棚のように捉えていました。
しかし、器台が少量液体蒸発装置であると気が付くと、祭祀用とは限定しても調理用土器をそこに載せることは平仄が全く合いません。同時に料理の入った土器を器台に載せることは器台の強度からしてあり得ないのではないだろうかという疑問も生まれます。
器台の上に置いたモノがあるとすれば、それは液体から蒸発した気体を効果的に吸引するための道具ではないだろかという思考が生れます。
器台=あぶり器、器台の上に置いたモノ=吸引具ということになります。吸引具の具体的形状は異形土器としてその利用方法が判らないもののなかにあると考えます。

一瞬ドキリと・・・

現在加曽利E式土器学習に熱中していて、その関連で発掘調査報告書を借り出すために昨日急遽千葉市中央図書館を訪問しました。

2月16日に加納実先生講演を聞くためにこの施設を訪問した時はロビー広間で弥生狩猟民展が開催され、押すな押すなの盛況でした。

2月16日弥生狩猟民展の様子

ところが昨日その場に足を踏み入れると、土偶おひな様だけが中央に安置され、人っ子一人いません。

2月20日ロビーの土偶おひな様

一瞬ドキリとしましたが弥生狩猟民展は近くに場所を変えて開催していました。

弥生狩猟民展の学習メモを忘れないうちに作成するつもりです。

弥生狩猟民展パンフレット

2019年2月20日水曜日

加曽利EⅣ式器台の観察 香炉の可能性

縄文土器学習 36 加曽利貝塚博物館企画展展示土器の観察 14

加曽利貝塚博物館企画展「あれもE これもE -加曽利E式土器(千葉市内編)-」(3月3日まで開催)の展示土器38点の個別観察をメモしています。この記事では急遽予定を変更してNo.36器台を観察します。加曽利EⅡ式器台(№12)観察と一緒に観察・考察して器台の意義についての学習を深めるためです。2019.02.19記事「加曽利EⅡ式区画文土器等の観察」参照

1 加曽利EⅣ式器台 No.36

加曽利EⅣ式器台 No.36
広ヶ作遺跡出土

加曽利EⅣ式器台 No.36
広ヶ作遺跡出土

2 発掘調査報告書における記述
No.36器台は縄文時代中期竪穴住居(2号住居跡)の床直上から出土していて、「広ヶ作遺跡調査報告」(1984、千葉市遺跡調査会)(以下発掘調査報告書と略称)では次に記述されています。

「2は器台形土器である。深鉢形土器の胴部下半を切断し上下逆にしたような形状をしめしている。通常の土器底部と異なる点は、器台上面が上げ底風に深く窪んでいる点で、この面には特に念入りな調整が施されている。また周囲には3対6個の透し孔があけられているほか、文様は施文されていない。土器の内面の調整は粗雑で、この土器は内面を問題にしていなかったことがわかる。」

器台挿図
発掘調査報告書から引用

器台出土状況写真
発掘調査報告書から引用

器台写真
発掘調査報告書から引用

3 観察・分析・感想
3-1 器形
No.12器台と形状や大きさが類似しています。孔があいている点も一緒です。No.36の表面には模様はありません。またNo.12のような物理的キズ(土器を置いたような擦り切れ)は見つかりません。
No.12とNo.36は形状がほぼ一致しているのでその用途は同じであると想定して考察します。

3-2 分析
器台上面の凹んだ部分の模様をよく観察すると黒い部分、白い部分、喫水線様の黒い円形筋線が観察できます。喫水線様の黒い円形筋は2本以上観察できます。

器台上面の模様

器台上面の模様 中心部の喫水線様の黒い円形筋線

黒い部分はオコゲ(炭素)、白い部分は液体が蒸発した後に残ったミネラル、黒い円形筋線は液体が蒸発して消失した最後に残した残留物線のように観察できます。
特に中心部の黒い円形筋は、縄文時代にはロクロが存在しておらず、ロクロによる器材の微細な表面模様であることが確実に否定できるので、液体が蒸発した際にできる模様であることの確証になります。
つまり、器台上面へこみに液体を少量いれ、下から熱して蒸発させる行為が確認できます。
器台側面の孔は器台内部下に存在した火源の煙を逃がす、あるいは新鮮な空気を取り込む機能であったことが推定できます。火源とは灰の中に半分かくれた熾火のような状態をイメージできます。
器台は特殊な液体少量を熱して匂いや覚醒成分を得るアロマテラピーに似た活動の道具だった可能性が浮かび上がります。つまり香炉です。器台用途が香炉であるという作業仮説を構築できました。

3-3 器台内面の状況
発掘調査報告書の器台内面のスケッチではメの細かい櫛で引掻いたような多数筋が描かれています。これは模様ではないかと推測します。
発掘調査報告書では「土器の内面の調整は粗雑で、この土器は内面を問題にしていなかったことがわかる。」と書かれていますが、それは土器内面はつるつるに仕上げることがスタンダードだという考えに基づていると考えます。器台内面が実は土器外面に相当すると気がつけば、「土器の内面には模様がある。」と記述されたのではないかと憶測します。器台内面の観察が必須です。そこに模様があり、ススがあることによって器台用途が「香炉」であったという推定の確からしさがさらに高まります。

3-4 No.12器台の再検討
「器台=香炉」作業仮説にもとづいてNo.12器台の再観察、再検討を行うことにします。

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企画展展示の様子

2019年2月19日火曜日

加曽利EⅡ式渦巻文楕円形区画文土器の観察

縄文土器学習 35 加曽利貝塚博物館企画展展示土器の観察 13

加曽利貝塚博物館企画展「あれもE これもE -加曽利E式土器(千葉市内編)-」(3月3日まで開催)の展示土器38点の個別観察をメモしています。この記事ではNo.13土器、No.14土器を観察します。

1 加曽利EⅡ式渦巻文楕円形区画文土器 No.13

加曽利EⅡ式渦巻文楕円形区画文土器 No.13
荒屋敷貝塚出土

加曽利EⅡ式渦巻文楕円形区画文土器 No.13
荒屋敷貝塚出土

・口縁部に隆帯と沈部によりつくられた渦巻文と楕円形区画文が交互に配置され、胴部には2本の沈線に挟まれた磨消文が多数本垂下しています。
・口縁部縄文模様とづ部縄文模様の方向が一致していてこの時期としては少数派になっています。
・ショーケースの端に位置するため観察できる範囲が極限されています。

2 加曽利EⅡ式渦巻文楕円形区画文土器 No.14

加曽利EⅡ式渦巻文楕円形区画文土器 No.14
有吉北貝塚出土

加曽利EⅡ式渦巻文楕円形区画文土器 No.14
有吉北貝塚出土

No.14土器は有吉北貝塚北貝層から出土しています。
「千葉東南部ニュータウン19 -千葉市有吉北貝塚1(旧石器・縄文時代)-第1分冊(本文)」(平成10年3月、住宅・都市整備公団・財団法人千葉県文化財センター)(以下発掘調査報告書等として適宜略称)におけるこの土器(218)に関連する記述を抜き書きすると次のようになります。

第10群(218~237)加曽利EⅡ式を3細分したうちの第2段階にあたる。数量的にはかなりまとまってくるが、次群と比較すれば未だ北斜面貝層の主体をなすとはいいがたい。完形個体や復元実測個体が多いため、破片資料は省略した。キャリパー形土器の胴部文様帯に磨消懸垂文が成立し、口縁部文様帯内の渦巻文が整然としている点が特徴である。もうひとつの特徴として連弧文系土器の盛行があげられるが、この類型については第11群との明確な分別が困難であり、本群の次に1項を設けて提示することとする。
218~228は口縁部から底部ないし胴下部までが遺存する資料である。平縁を基本とし、口縁部文様帯はいずれも4~6単位の正円に近い整った渦巻文と楕円形区画文で構成されており、胴部には磨消懸垂文が垂下している。この段階の磨消懸垂文は縄文施文部と比較して幅が狭く、沈線の施文も概して丁寧である。地文として施される縄文はRL単節縄文とLRL複節縄文、すなわち0段がrの原体を使用したものが多く、口縁部と胴部の文様帯では施文方向が転換される例が圧倒的である。
注 第10群・・・胴部磨消懸垂文成立以後の加曽利EⅡ式で、連弧文土器が盛行する段階

出土土器挿図
発掘調査報告書から引用

出土土器写真
発掘調査報告書第3分冊から引用

・口縁部楕円形区画文の縄文方向をよく見ると2つの区画文で方向が異なり、めずらしい例となっています。
・ショーケース端に位置していて観察域極限やガラス面反射により土器観察条件が劣悪となっています。

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企画展における土器展示の様子

加曽利EⅡ式区画文土器等の観察

縄文土器学習 34 加曽利貝塚博物館企画展展示土器の観察 12

加曽利貝塚博物館企画展「あれもE これもE -加曽利E式土器(千葉市内編)-」(3月3日まで開催)の展示土器38点の個別観察をメモしています。この記事ではNo.10土器、No.11土器、No.12器台を観察します。

1 加曽利EⅡ式区画文土器 No.10

加曽利EⅡ式区画文土器 No.10
上谷津第2遺跡出土

・口唇部に1本の沈線を巡らし、口縁部に沈線で区画する区画文を配置しています。区画文の下に胴部との境をなす沈線があるようです。胴部には沈線磨消帯が垂下します。
・区画文の縄文方向と胴部縄文方向が違います。
・渦巻文は観察できません。

加曽利EⅡ式区画文土器 No.10の沈線の様子

2 加曽利EⅡ式渦巻文付区画文土器 No.11

加曽利EⅡ式渦巻文付区画文土器 No.11
芳賀輪遺跡出土

・隆帯により区画文を形成して口縁部と胴部を分けています。区画文の隆帯が渦巻文に連続的に変化するので渦巻文が付属する区画文といえます。胴部には多数の沈線が垂下します。
・口縁部縄文模様と胴部縄文模様は90度の角度を成します。

加曽利EⅡ式渦巻文付区画文土器 No.11の隆帯(ピンク)と沈線(ブルー)の様子

3 加曽利EⅡ式器台 No.12

加曽利EⅡ式器台 No.12
中野僧御堂遺跡出土

・上面の輪状の擦れ跡、及び渦巻文の存在から土器置台であると想像します。祝祭などで利用する非日常用大型土器を安置するためであると空想しておきます。

加曽利EⅡ式器台 No.12の特徴

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展示会場の様子

2019年2月18日月曜日

加曽利EⅡ式連結渦巻文対向土器の観察

縄文土器学習 33 加曽利貝塚博物館企画展展示土器の観察 11

加曽利貝塚博物館企画展「あれもE これもE -加曽利E式土器(千葉市内編)-」(3月3日まで開催)の展示土器38点の個別観察をメモしています。この記事はNo.9土器です。

1 加曽利EⅡ式連結渦巻文対向土器 No.9

加曽利EⅡ式連結渦巻文対向土器 No.9
有吉北貝塚出土

加曽利EⅡ式連結渦巻文対向土器 No.9
有吉北貝塚出土

2 発掘調査報告書における記述
No.9土器は縄文時代中期土坑(SK780)から出土していて、「千葉東南部ニュータウン19 -千葉市有吉北貝塚1(旧石器・縄文時代)-第1分冊(本文)」(平成10年3月、住宅・都市整備公団・財団法人千葉県文化財センター)(以下発掘調査報告書等として適宜略称)ではつぎのように記述されています。

1は土坑底面に穿たれたピット上に、土坑底面のレベルで横倒しの状態で検出された。口縁部文様帯は、隆帯と沈線による渦巻文を連結した文様を対向する2か所に配し、またその間には中央の円形区画文とそれを挾む2つの楕円形区画文という文様構成の部分と、長楕円形区画文のみの文様構成の部分とが非対称に対向している。胴部には12単位の磨消懸垂帯がほぼ等間隔に配されている。底部は粘土紐の接合部分できれいに剥落しており、遺存していない。出土した土器は加曽利EⅡ式がまとまり、磨消文成立以前のものも含むが、1のあり方から10群土器の時期に比定する。
注 10群土器・・・胴部磨消懸垂文成立以後の加曽利EⅡ式で、連弧文土器が盛行する段階

出土土器挿図
発掘調査報告書から引用

出土土器写真
発掘調査報告書第3分冊から引用

3 観察と感想
3-1 器形と模様
企画展パンフレットに加曽利EⅡ式の代表例として掲載されています。

企画展パンフレットの説明
企画展パンフレットから引用

3-2 口縁部文様帯
発掘調査報告書記載を図解すると次のようになります。

口縁部文様帯の様子

感想追記 2019.02.19
縄文の模様方向が口縁部と胴部で90度異なります。胴部模様作成後に口縁部模様を作成したようです。口縁部模様を作る時にその前に存在した胴部模様を使わないで(チャラにして)、上書きしたように見えます。口縁部の細長い部分に縄文を入れる操作(縦方向に原体を転がす)によりそのようになったのですが、口縁部の意匠独自性を強調するためにわざと胴部と模様方向を変えたと感得します。
口縁部意匠がこの土器の命であると考えます。
対向する区画文が非対称であることなど、この土器を1品生産する時に強い「思い」があり、それを表現したと考えます。漫然とそれらしいデザインをしたのではないと考えます。
土器意匠に強い思いを投影して土器を作った特定個人がその土器を使ったと考えます。
発掘調査報告書に掲載されている多数土器の全てが個別1品生産で、全てデザインが異なり、それが個人に対応していると考えます。

3-3 土器内面と土器外面下部の様子
土器内面にわずかに喫水線様黒模様が残っています。この土器が煮沸に使われたことを指標しています。
土器外面下部の縄文模様は摩滅していて、炉の灰の中に下部が挿入されていたことを指標しています。

3-4 参考 3Dデータ
14枚の写真を使って3Dデータを作成しました。実際に計算に使われた写真は12枚です。

3Dデータの様子
ガラス面反射が表現されてしまっています。ただし画像レベルの表現であり、凹凸(3D位置)には関係していません。ガラス越し写真でも3Dデータ作成が可能であることが判りました。

3Dデータの様子
複数写真が重ならない側面や裏側の3dデータは当然ながらできません。

3Dデータの様子
ガラス面の濃い白反射がかなりある写真が多数含まれているにもかかわらず一定の満足感の持てる3Dデータを作成することが出来ました。
写真では暗くて詳細が判らない部分や影の影響が強い部分の形状が一目瞭然になるので便利です。
土器を手元に置いてじっくり観察できる機会のない一般の土器学習者にとって3Dデータは有力な学習ツールになることがわかりました。

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展示会場におけるNo.9土器の場所




加曽利EⅠ式前段階土器 追補

縄文土器学習 32 加曽利貝塚博物館企画展展示土器の観察 10

この記事は2019.02.13記事「加曽利EⅠ式前段階土器の観察と感想」の追補です。

1 加曽利EⅠ式前段階土器(No.2)の出土遺跡訂正
加曽利貝塚博物館への問い合わせに返答をいただき、加曽利EⅠ式前段階土器(No.2)の出土遺跡表記が(誤)有吉北貝塚→(正)荒屋敷貝塚と訂正されました。

2 加曽利EⅠ式前段階土器(No.2)の発掘調査報告書記述
加曽利貝塚博物館から情報を提供していただきました。この土器の発掘調査報告書記述は次の通りです。

26深鉢。把手部のみ破損。器高31.5、口径26.0、胴径16.9、底径8.4cm。胴部に施文原体Lを用いた縄文を縦方向より施文。頸部には横位の沈線3本周回。口唇部は、平滑になでられており、その端部には刻み目を施す。把手は一部のみ接合しているが、接合不能な破片が2点あることから、3ヶ所一対であったと思われる。器内面は横位のナデ、胴土には砂粒を含む。色調黒褐色。059出土。

出土土器挿図
掲載報告書名:1978『千葉市荒屋敷貝塚‐貝塚中央部発掘調査報告‐』(発行:建設省関東地方建設局、日本道路公団東京地方建設局、財団法人千葉県文化財センター)

3 把手部の位置推定
接合している把手部のほか、写真左口唇部に出っ張りが観察できるのでその場所がもう一つの把手部であったと推察できます。

把手部位置の推察

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参考 加曽利EⅠ式前段階土器(No.2)の展示位置

加曽利貝塚博物館の情報提供に感謝します。