子和清水遺跡の位置
1出土物を手に取って観察したくなる
花見川流域の散歩の中で古代遺跡に興味を持ち出しています。
近々花見川流域全体の古代遺跡の分布特性について学習したいと思っていますが、まだしていません。
しかし、子和清水遺跡については、その報告書を読んでみました。また子和清水の由来について考えたことがあります(2011年7月29日記事「子和清水遺跡」)。そこで、古代遺跡について深く考える一つのきっかけとして、子和清水遺跡について、その出土物を自分の手で触って観察してみたいと思いました。
実際の出土物を間近で見ると、書物からの情報では得られない「豊かな発想の展開」が期待できるであろうことは、検見川出土の縄文丸木舟の閲覧で体験しています(2011年8月9日記事「縄文丸木舟と大賀ハス7」)。
思い切って千葉市教育委員会に閲覧を申請したところ、許可していただきました。
子和清水遺跡の報告書
2 出土物の保管状況
8月下旬に千葉市埋蔵文化財調査センターにて出土物を閲覧させていただきました。
閲覧に先立ち出土物の整理保管状況について教えていただきました。
出土物は箱、コンテナに整理され保管されています。報告書が出土物の台帳を兼ねているとの説明でした。調査は4半世紀前に実施されたものであり、デジタルカメラやパソコンを使うことなく実施されたものです。
出土物の保管状況
3 旧石器時代出土物
報告書で尖頭器と記載されている先の尖った石器をいくつか手に取ってみました。
材質はチャート、砂岩などです。出土物は水洗いし陰干しするという処理がされたそうです。出土物は表面が風化しており、手から離した後、皮膚にかすかに残留物を感じました。
旧石器時代尖頭器(チャート)
旧石器時代尖頭器(砂岩)
旧石器時代尖頭器(砂岩)
これらの尖頭器は、木の柄につけて投げ槍として、動物の狩りに用いられたものと想像しました。
これが無い時代は石を投げたり、手に持った石で動物に立ち向かったり、石に弦や木を括り付け投げ打った時代もあったと想像します。尖頭器による投げ槍が生まれた時の狩猟効率の向上は、大きなものがあったと思います。
しかし、この尖頭器では一撃で動物を絶命させることは困難です。長時間に及ぶ闘争、追跡が必須であり、まだ人と動物の関係に非対称が殆どないと感じます。
この時代には弓矢はまだ発明されていなかったようです。
この尖頭器を作るスキルに関心しました。別の石を使って端から欠いていったのだと思いますが、その時使った道具(台座、ハンマー用石、怪我を避ける防具など)や工作場所(工作に集中できる場所)に思いが馳せます。何しろ力いっぱいひっぱたけば完成するものではありません。石の割れ方特性の知識と力の入れ方加減が大事な精密加工スキルです。
また、尖頭器の材料となる石の入手方法についても興味がわきます。自ら遠征して石を求めたのか、交易(交換、贈与)により得たのか、近くで手に入るのか(堆積地層中の礫層や海川の漂着物)。旧石器時代の交易ネットワークの広がりは想像以上だったと思います。この付近で出土する黒曜石については箱根由来のものが多いようです。
旧石器時代黒曜石出土物
この出土物は動物の皮や筋を裂いたり、切ったりする時に使えると感じました。あるいは皮から脂肪を削ぐときにも使えるように感じました。植物についても裂いたり、削ぐことができます。
石核(玄武岩)
報告書では「打面が周囲に設定されている円盤状の石核である」と説明されています。石核をWEBで調べると「石核(せっかく、core)とは、一般に打製石器の素材とされる剥片(flake)をはがし取った際に残った原石のことをいう。」(ウィキペディア)と出ています。
(つづく)
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