「縄文人の世界」(小林達雄、朝日選書、1996)の縄文土器の意義を記述している部分に「土器のもたらしたもの」という小項目があり、その中に次のような記述があります。
「つまり煮炊きするようになって初めて、従来食べられなかったものがたちまち食料に早変わりするのである。
そうしたものは、植物ばかりではない。
その本格的利用は土器の発明よりいくぶん遅れたと思われるが、貝類もこうした種類の食品である。
堅く殻を閉じたアサリやハマグリを、旧石器人は最後まで食料に結びつけることに関心を示さなかった。
それを開発し、積極的な利用を進めたのは、縄文早期人である。
土器に海水を加えて煮れば、素晴らしいスープができ、貝はふたを開けて容易に肉を食べられるようになる。」
太字は引用者
縄文時代を対象とした図書とはいえ、旧石器時代人はアサリやハマグリを食べなかったという説明には納得できません。
現在発掘できる旧石器時代遺跡は全て当時の海岸線や河川から隔絶した場所であるので、海や川の狩猟採取に関する遺跡が見つからないだけだと思います。
旧石器時代の海にもアサリやハマグリが生息していて、土器が無くても火があるのですから、その貝類を旧石器時代人は食べていたと考えます。
旧石器時代人が貝類を食べなかったという考えはいくらなんでもあり得ないと思います。
旧石器時代人も含めて、どの時代の人類も、地球上のどの地域でも、海の貝は食べていたと思います。
次の地図は旧石器時代の海岸線位置図です。
最終氷期(約6万~1万年前)の海岸線
水深100m程度くらいの場所が最終氷期最盛期の海岸線です。
海岸で生息し、海から食物を得ていた旧石器時代人の生活遺跡は全て水没していて、その情報を得ることは、現在の科学技術力ではできないということです。
旧石器時代の河川も次の図に示すように、全てその後の縄文海進で沖積堆積物に覆われています。
旧石器時代(最終氷期最盛期)の谷津形状の検討(想像)
2014.08.23記事「旧石器時代の谷津形状の検討」参照
河川で漁をして食糧を得ていた旧石器時代人の生活遺跡が人の目に触れることは将来もないと思います。
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参考 最終氷期の海岸線を示す資料
日本第四紀地図Ⅱ先史遺跡・環境図 最終氷期
日本第四紀地図(日本第四紀学会、1987)から引用
日本第四紀地図Ⅱ先史遺跡・環境図 最終氷期
日本第四紀地図(日本第四紀学会、1987)から引用
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