ラベル 縄文のビーナス の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 縄文のビーナス の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2021年9月15日水曜日

上を見上げる縄文土偶

 ブログ「芋づる式読書のメモ」2021.09.15記事「鳥が飛ぶ空を見ている弥生時代の顔」で、弥生時代土製品・顔壺の中に上を見ているモノがあり、その解釈として鳥信仰に因り「鳥が飛ぶ空を見ている」と解釈されることを学習しました。そういう見方があるのならば、翻って縄文土偶はどうなんだろうという強い問題意識がうまれました。

多くの縄文土偶は上をみていませんが、中には上を見ているものもあります。なぜ上を見ているのか、何を見ているのか考えることは縄文土偶学習に強い興味をもたらすように直観します。この記事ではまず最初に浮かんだ感想をメモして、今後の縄文土偶学習の端緒とします。

1 上を見ている縄文土偶の例


群馬県郷原出土「ハート形土偶」を図案にした切手

この土偶は目をみても判るように完全に何かを凝視しています。木に生った実(食べ物)でしょうか。あるいは空(天)でしょうか。弥生事例のアナロジーで考えれば、その時の縄文人の信仰(みたいな心の営み)にかかわる対象を見ているのかもしれません。

「この時代の土偶の多くは上を向いている」というような記述をすることで思考を停止終了してしまうような学習だけはしたくないものです。

2 仮面の女神


仮面の女神 https://skfb.ly/oorzv


仮面の女神 https://skfb.ly/oorzv


仮面の女神 https://skfb.ly/oorzv

3Dモデルをいろいろな角度からみて、仮面に隠れた顔は明らかに上を見ています。仮面に角度があること自体が顔が上を見ていることを表現しています。仮面をつかった祭祀の様子がこの土偶に表現されていると考えるならば、その仮面祭祀では上を向くことが重要なポーズであったことになります。空(天)にある世界を見ている、天の世界とコミュニケーションしていると考えたくなってしまいます。

3 縄文のビーナス


縄文のビーナス https://skfb.ly/oo7xE

仮面の女神より複雑な思考が求められる土偶だと思います。土偶の頭部は全体として上を向いています。しかし、飛び出した顔は正面、もっと詳しく観察すると少し下の方向を向いています。頭部と顔の向いている方向がずれています。頭部は出産している女性、顔は産道から出つつある子どもと解釈します。出産女性の頭部が上を向いているのは、空(天)の方向に祖先の住む世界があるからだと考えたくなります。

4 感想

顔がどこを向いているのかということを軸に、しばらくの間土偶学習を進めることにします。


2020年7月9日木曜日

「縄文のビーナス」と系譜を同じにする千葉県出土土偶

縄文土器学習 420

図書館から借り出した28年前の図書「国立歴史民俗博物館研究報告第37集」(1992年)が興味深くて、時間の経つのもお構いなしに読んで、見て楽しんでいます。同時に他の土偶図書も読み、土偶というものに対する知識を集中的に入手しています。
この記事では茅野市棚畑遺跡出土国宝土偶「縄文のビーナス」と同じ系譜の土偶が東京都、千葉県からも出土していることを知りましたので、メモします。

1 茅野市棚畑遺跡出土国宝土偶「縄文のビーナス」

茅野市棚畑遺跡出土国宝土偶「縄文のビーナス」
3Dモデルはhttps://skfb.ly/6TJDr
中期初頭終末期から中期中葉Ⅰ期(貉沢式期)頃つくられたと考えられています。

2 東京都出土河童形土偶

東京都出土河童形土偶
「国立歴史民俗博物館研究報告第37集」(1992年)から引用
「国立歴史民俗博物館研究報告第37集」(1992年)の「東京都の土偶」における中期前半土偶について、8を祖形とし、17~19が河童形土偶であり、棚畑遺跡例に共通する形態であると説明しています。ハート形の顔にフードを被ったような頭を特徴としてます。
説明にはありませんが、顔のない16の体形が「縄文のビーナス」に似ています。

3 千葉県出土河童形土偶
縄文中期前葉五領ヶ台式期の土偶として河童形土偶が出土しています。

河童形土偶(千葉県東金市鉢ヶ谷遺跡出土)
「千葉県の歴史 資料編 考古4(遺跡・遺構・遺物)」から引用

河童形土偶(1:東金市鉢ヶ谷遺跡出土、2:芝山町香山新田新山遺跡(新東京国際空港No.10)出土)
「千葉県の歴史 資料編 考古4(遺跡・遺構・遺物)」から引用
ハート形の顔とフードを被ったような頭の様子が「縄文のビーナス」を彷彿とさせます。
東金市鉢ヶ谷遺跡出土はほぼ完形で出土したもので墓坑の可能性のある土壙から五領ヶ台式に比定される土器と一緒に出土しています。
縄文のビーナスも副葬品として出土したことと合わせて考えると興味深いことです。

4 感想
千葉県中期の土偶出土数はすくないのですが、出土した土偶が河童形土偶で長野県茅野市棚畑遺跡出土国宝土偶「縄文のビーナス」と系譜を同じにすることに驚きました。長野県と千葉県の間に東京都を介在して土偶に関する交流があることが確実です。おそらく土偶に関する文化は長野県から千葉県方向に一方的に流れたのだと思います。
棚畑遺跡で銚子産コハクが出土しているので土偶文化と一緒に受領した物品の返礼に該当する対応がコハクの送付だったのかもしれません。
千葉県では阿玉台式にも土偶がでるのですが、社会の急拡大期である加曽利E式期になると土偶はほとんど出土しなくなり、とても興味深いテーマとなります。

2020年6月30日火曜日

国宝土偶「縄文のビーナス」と子どもへの投資

縄文土器学習 417

2020.06.28記事「国宝土偶「縄文のビーナス」の下腹部陰刻」、2020.06.29記事「国宝土偶「縄文のビーナス」女の一生の意味」に引き続いて、「縄文のビーナス」が副葬品であるか、製作者や所有者はだれか、国宝土偶「仮面の女神」との比較などについて考察してみました。

1 「縄文のビーナス」は副葬品か
小形土壙(径79㎝×70㎝、深さ18.5㎝)の壁際に横たわって「縄文のビーナス」が出土しました。

出土状況
鵜飼幸雄著「国宝土偶「縄文ビーナス」の誕生 棚畑遺跡」(2010、新泉社)から引用
子どもを埋葬した土坑墓の副葬品として「縄文のビーナス」を捉えてよいようです。

2 製作者や所有者はだれか
鵜飼幸雄著「国宝土偶「縄文ビーナス」の誕生 棚畑遺跡」(2010、新泉社)では、この土偶は北環状集落の時代つまり中期中葉Ⅰ(貉沢式期)に作られ、その土偶が集落内で長らく伝世し、南環状集落の時代つまり中期中葉Ⅲ(藤内式期)以降に埋納されたと想定しています。

棚畑遺跡の土器編年
鵜飼幸雄著「国宝土偶「縄文ビーナス」の誕生 棚畑遺跡」(2010、新泉社)から引用

棚畑遺跡の集落全体図
鵜飼幸雄著「国宝土偶「縄文ビーナス」の誕生 棚畑遺跡」(2010、新泉社)から引用

この想定に従えば、「縄文のビーナス」は北環状集落のリーダー家であるとき作られ、代々リーダー家を重要祭具として伝世し、南環状集落に移動した後も同じ家族がリーダー家であったことが想定されます。そしてある時母系社会において跡継ぎになるべき女の子が死亡し、その女の子埋葬の副葬品として「縄文のビーナス」が埋納されたと考えることができます。
跡継ぎになるべき女の子が将来担うであろうリーダーシップの大きさに匹敵するだけの価値あるものとして「縄文のビーナス」が存在したのだと思います。
代々伝世してきた集落重要祭具「縄文のビーナス」を女の子亡骸と一緒に埋納することに集落民一同異議は無かったということです。
それだけ死んだ女の子に期待されていたリーダーシップが大きかったということです。
ここに死んだ女の子が属する家族が他の集落家族と異なる特別な人々だった可能性を推測することができるのだと思います。特別な家柄が存在するという、社会階層化の一端が浮かび上がったということです。
棚畑遺跡集落のリーダー家は「縄文のビーナス」を副葬品として死んだ女の子に持たせました。これは「子どもへの投資」として考えることができます。女の子はあの世に行って「縄文のビーナス」を所持していて、良い家柄の人として上位のポジションを得ることができます。「縄文のビーナス」副葬は財力や権力の世襲を暗示しています。

「縄文のビーナス」を実際に製作した技能者は集落リーダー家の人間とは限らないと想像します。近郷集落で土偶作成技術が特段に秀でた技能者(芸術家)を財力で招へいしたかもしれません。

3 国宝土偶「仮面の女神」との比較

国宝土偶「縄文のビーナス」と国宝土偶「仮面の女神」
ともに3Dモデルから作成した正面オルソ投影画像

ア 類似性
・大型土偶(高さ「縄文のビーナス」27㎝、「仮面の女神」34㎝)
・造形物として完成度が高い
・破壊が少ない(「縄文のビーナス」は破壊なし)
・少女埋葬と推定される土壙から出土(副葬品)
・横たわった出土状況を呈する
・八ヶ岳山麓近隣遺跡から出土(棚畑遺跡と中ッ原遺跡の直線距離は3.9㎞)

棚畑遺跡と中ッ原遺跡の位置

イ 差異性
・作成年代(「縄文のビーナス」は中期中葉初頭、「仮面の女神」は後期前半)
・土偶モチーフ(「縄文のビーナス」は女の一生、「仮面の女神」は集団見合い(成女式)※)
・類似土偶の存在(「縄文のビーナス」は類似土偶少ない、「仮面の女神」は類似土偶多い)
※2020.03.20記事「国宝土偶「仮面の女神」注記付き3Dモデルと想像的解釈」参照

ウ 考察
「仮面の女神」は陰部をことさら強調して露出していることに示されるように、生殖活動を指向している用途で使われたことが直観できます。男女交合が縄文時代の生命復活再生・恵みの豊穣再生産に不可欠な祭祀モチーフであり、その演出道具の一つが土偶であるという認識とよく適合します。
直截的に言えば、「この土偶を祈願道具にして、わが娘の伴侶を早く見つけて、一家をつくれるようにしよう」という現世のご利益にかかわる土偶です。
一方、「縄文のビーナス」は妊娠出産を軸とする女の一生を表現しています。この土偶の用途は「わが娘が幸福な女の一生を送れますように」という祈願になると考えます。
縄文人が今生きているわが娘に「幸福な女の一生を送れますように」と土偶を使って抽象的に祈願することはあり得ないと思います。やはり土偶に託す祈願はあくまでも具体的だと思います。
そういう意味で、「縄文のビーナス」のモチーフが女の一生であるならば、それは死んだわが子に持たせてあの世で良い女の一生が、そして生まれ変わったこの世でも良い女の一生を送れるようにしたのだと思います。
つまり、この「縄文のビーナス」はそのモチーフが抽象的であるという理由から、わが子が死んでから殯期間(数か月とか1年とか)に作って、わが子のミイラを埋葬するときに一緒に持たせた(埋納した)のだと想像することもできます。「縄文のビーナス」の類似土偶が近隣遺跡から出土していないことが、この土偶が長期間伝世していたものではないことを物語っているのかもしれません。

2020年6月28日日曜日

国宝土偶「縄文のビーナス」の下腹部陰刻

縄文土器学習 415

国宝土偶「縄文のビーナス」が「子どもへの投資」として理解できるとして、世襲的地位の継承が存在した可能性があり、縄文中期に社会的成層化が存在した可能性を無下には否定できないとする山田康弘著「縄文時代の歴史」(2019、講談社現代新書)の記述には大いに刺激を受けます。
ブログ「芋づる式読書のメモ」2020.06.27記事「中期の社会構造」参照
この強い知的刺激により「縄文のビーナス」について次のような疑問・興味が生まれましたので、順次検討することにします。
1 下腹部陰刻は何を表象するのか
2 女の一生を表現する意味は何か
3 土偶は副葬品か
4 土偶作成者、土偶所有者はだれか
5 国宝土偶「仮面の女神」との差異性と類似性

この記事では「縄文のビーナス」で今一つそれが表象するものの意味が判らなかった下腹部陰刻の意味について検討します。

1 「縄文のビーナス」下腹部陰刻

「縄文のビーナス」下腹部陰刻
3Dモデルから正面オルソ投影画像に下腹部陰刻を彩色し、3Dモデルで観察できる脚部付け根線を点線で示してあります。
この土偶では下腹部陰刻が脚部に及んでいることが特徴です。

2 下腹部陰刻と妊娠線との対応

下腹部陰刻と妊娠線との対応
下腹部陰刻の範囲と妊娠線の濃い部分が略一致します。妊娠9カ月、10カ月頃顕著になる妊娠線の様子とその中央付近に位置する陰部(陰毛)を合わせた形状が下腹部陰刻の形状であると考えます。この形状が現れると出産間近であるので、出産サインとして土偶に使われたと考えることができます。

3 女の一生

縄文のビーナスにみる女の一生
縄文のビーナスは女の一生を表現しているといわれていますが、下腹部陰刻が出産間近を暗示していることが妊娠線との対応で確かめることができました。
なぜ女の一生が表現されるのかは別に検討します。

4 対称弧刻文
対称弧刻文といわれる陰刻がありますが、これもへそ下付近の妊娠線を表現していると考えることが妥当です。

「子宝の女神ラヴィ」の対称弧刻文と逆三角形
「土偶展」長野県立歴史館から引用加筆
対称弧刻文は妊娠線発達により生まれた下腹の模様を、逆三角形は陰部を表現していると考えます。