花見川流域の自然・歴史を知るための図書紹介 10
栗原東洋著「印旛沼開発史」を紹介します。
1 栗原東洋について
私は著者栗原東洋について、その幅広い興味の持ち方に前々から興味を持っています。
そのため、栗原東洋のプロフィールについて最初に詳しく紹介したいのですが、WEBで調べても全く情報が出てきません。
没後33年経っているので、千葉県内でも、もう知っている人はほとんどいないのかもしれません。
手元の資料をめくって、いろいろ探していたら、栗原東洋没直後発刊された「四街道市史 兵事編 中巻」の巻末に「著者略歴」がありましたのでそれを紹介します。
栗原東洋略歴
残念ながら、このプロフィールでは栗原東洋の人となりはあまりわかりません。
いつの日にかこれ以上の情報を得た時には、記事で紹介したいと思います。
印旛沼開発史も四街道市史も恐らく他の著書も、栗原東洋が企画、取材、執筆、編集から校正に到るまで全て一人で完全主導していたものと思います。
そのため、「本に著者プロフィールを掲載する」という著者思考とは次元が異なる編集者的思考、出版社的思考が本づくりに入りこむ余地が無かったものと推察します。
2 印旛沼開発史の構成と諸元
発刊された印旛沼開発史
書名
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諸元・内容・目次
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印旛沼開発史
第1部 上巻
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【諸元】A5判 798頁 昭和47年3月15日刊、絶版
著者:栗原東洋、発行:印旛沼開発史刊行会
【内容】印旛沼開発事業の展開
【目次】
第1章 印旛沼開発史と要約
第2章 東日本の経営と関東運河の計画
第3章 享保期の印旛沼開削工事
第4章 田沼老中と天明期の工事
第5章 天保の水野工事と挫折
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印旛沼開発史
第1部 上巻
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【諸元】A5判 883頁 昭和48年1月31日刊、絶版
著者:栗原東洋、発行:印旛沼開発史刊行会
【内容】印旛沼開発事業の展開
【目次】
第6章 維新前後における印旛沼開削の計画
第7章 織田完之と二十年の苦闘
第8章 古市公威と阿部知事
第9章 利根治水協会と水害とのたたかい
第10章 至誠会から開拓期成同盟会へ
第11章 食料増産と印旛沼干拓計画
第12章 昭和放水路から印旛疏水へ
第13章 印旛沼開発事業の展開
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印旛沼開発史
第2部
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【諸元】A5判 737頁 昭和51年7月20日刊、絶版
著者:栗原東洋、発行:印旛沼開発史刊行会
【内容】印旛沼水系誌・その自然と歴史
【目次】
第1章 印旛沼流域の自然と伝承
第2章 印旛沼流域の地貌と河川
第3章 印旛沼流域における地下水と湧水
第4章 印旛沼流域における谷頭の溜池
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印旛沼開発史
第3部
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【諸元】A5判 1087頁 昭和55年5月20日刊、絶版
著者:栗原東洋、発行:印旛沼開発史刊行会
【内容】印旛沼流域の開発と水とのたたかい
【目次】
第1章 印旛沼への千葉氏の挑戦
第2章 印旛沼干拓の前史
第3章 印旛沼水系における治水史、その築堤と管理
第4章 印旛沼流域の水害史
第5章 印旛沼水系と水防
第6章 水旱害と用排水施設の整備
第7章 印旛沼土地改良区の設立と発展
第8章 水質汚濁と環境保全への道
第9章 吉植の干拓新農法から印旛文化の成立まで
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印旛沼開発史
左から第1部上巻、第1部下巻、第2部、第3部
印旛沼開発史は著者栗原東洋の死去により第3部まで発刊して打ち止めとなりました。
第3部には続刊予定として次の第4部の目次が掲載されています。
第4部 印旛の湖水利用と高度化への道
第1章 戦前における開削挫折からの印旛沼漁業史
第2章 戦後の開発事業と印旛沼漁業
第3章 印旛湖水の高度利用への道
第1部下巻では、第5部、第6部、別巻の刊行予定も次のように案内されています。
第5部 年表・文献紹介・人物伝
第6部 写真集
別巻 人物伝
3 この図書の特徴
● 印旛沼開発史の全体像が生き生きと記述されている(第1部 上下巻)
この本では戦後印旛沼開発に到るまでの印旛沼開発の歴史が、明治期以来の利根川治水との関連で、幕府と明治政府の内陸水運構想との関連で記述されています。
また享保期・天明期・天保期開削工事や明治期開削計画の顛末が詳しく記述されています。
さらに、地元要望や千葉県政と関連づけて印旛沼開発事業の展開が詳しく記述されています。
花見川流域の歴史背景を理解する上で必読の1書です。
第1部上巻の序説で、印旛沼開発史を検討する問題点として、1国家プロジェクトとしてどうであったか、2住民・地元の受け止めと対応がどうであったか、3中央政府が地元の要求をどう受け止め、近づき、軌道修正したかという3点を挙げています。
このような問題意識からこの本全体が執筆されているので、本のストーリ展開にメリハリが生れ、生き生きしているように感じます。
また、この本は、栗原東洋という博識があり、かつ思考力が特段に開発された個人の興味のあり方が直接表現された本ですから、アクが強い点で、行政が企画執筆する市史のようなスタンダード著作物からは決して得られない魅力を感じることができます。
著者の興味が読者に感染していくような本です。
なお、1特定専門分野に囚われていない記述、2利用資料の量が特段に多いこと、3行政や政治の仕組みを詳しく理解した上での記述などもこの本の特徴として挙げることができます。
● 印旛沼流域の自然の魅力が地誌としてまとめられている(第2部)
第2部は印旛沼流域の自然を水の諸相(河川、地下水、湧水、谷頭、溜池)から検討しまとめています。第2部だけで一種の自然地誌としてまとめられています。
執筆時(昭和50年頃)の状況は、地域開発が進んだ今となっては過去の記録として貴重な価値を有するものであり、現在の自然・水・河川やこれからの自然・水・河川のあり方を考える際の参考となります。
花見川流域の自然・水・河川を考える際にも、欠くことのできない参考資料です。
● 治水と地域開発の相互関連の歴史がまとめれらている(第3部)
第3部は印旛沼流域の治水史と地域開発史が関連付けられ、その絡み合いが記述されています。
治水と水防・水害、干拓と土地改良、洪水と伝承・信仰、水質問題等幅広い項目についの記述が歴史的視点からなされていて、印旛沼流域の理解にとても役立ちます。
花見川流域の理解にも参考になります。
満鉄調査部、小林英夫、講談社学術文庫、p136、満鉄調査部事件検挙者一覧の中に、栗原東洋、北海道帝大予科中退、満州評論社(40)、1942年9月21日検挙とありました。
返信削除ntj会長様 そういう隠れた経歴があったのですね。驚きました。貴重な情報ありがとうございます。それで私が栗原東洋さんに抱いてていた不可解さがかなり解けました。本来はもっと大きな仕事をするとか、社会的により重要な役割をはたすべき人が、下の方に降りてきて愚直な仕事をしていた。その背景には一度つまずいている。より一層栗原東洋さんが魅力的になりました。感謝します。
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