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2020年11月24日火曜日

アリソガイの使用法推定

 縄文貝製品学習 30

アリソガイ製ヘラ状貝製品の使用法について推定してみました。

1 アリソガイ製ヘラ状貝製品の観察結果

アリソガイ製ヘラ状貝製品の3Dモデルを作成して擦痕や形状を観察しました。


アリソガイ製ヘラ状貝製品の観察結果 総集


アリソガイ製ヘラ状貝製品の観察結果 千葉市有吉北貝塚出土372図2表面

腹縁部の摩耗が激しく、立体的には曲線状を呈します。この曲線状形状は下記の資料に示すように、ある平面を擦って磨耗した結果であると考えられます。

ついで側縁部の摩耗が顕著です。しかし側縁部の形状が大きく変化するまでの使い込みはありません。

貝殻表面に多様な擦痕・磨耗が見られます。この磨耗は腹縁部や側縁部と比べて軽度です。


腹縁部摩耗による曲線状形状出現説明資料

2 アリソガイ製ヘラ状貝製品の使用法推定

1の観察から次の3種の使用法が浮かび上がります。

ア 使用法1

腹縁部の使用法推定です。


使用法1

対象物表面の小さな付着異物・油等の被膜・汚れ等を腹縁部エッジ(刃)で掻きとる(こそぎ取る)機能が考えられる使用法です。

イ 使用法2

側縁部の使用法推定です。


使用法2

対象物表面の付着異物・油等の被膜・汚れ等をザラザラした貝殻表面で擦って落とす機能、軽石やたわしで擦るのと同じような機能が考えられる使用法です。

ウ 使用法3

貝殻表面の使用法推定です。


使用法3

対象物表面を磨く機能が考えられる使用法です。

3 メモ

・道具としてのアリソガイ製ヘラ状貝製品の使用法と機能の重要性は使用法3→使用法2→使用法1の順に増すと考えられます。

・道具としての使用頻度も貝殻磨耗の様子から、使用法3→使用法2→使用法1の順に増したと考えられます。

・3Dモデルによる観察結果から浮かび上がる使用法と機能から、その具体的利用目的の推定が絞られることが期待できます。次の記事で検討します。





2020年11月18日水曜日

参考資料 アリソガイ製ヘラ状貝製品とハマグリ製貝刃の比較

 縄文貝製品学習 29

参考資料としてアリソガイ製ヘラ状貝製品とハマグリ製貝刃を同一スケールで並べて比較できる3Dモデルを作成しました。

1 アリソガイ製ヘラ状貝製品とハマグリ製貝刃

アリソガイ製ヘラ状貝製品とハマグリ製貝刃

●アリソガイ製ヘラ状貝製品(磨貝)(千葉市有吉北貝塚)372図2表面 観察記録3Dモデル 

縄文中期、L、殻長105.3㎜、殻高77.9㎜ 

撮影場所:千葉県教育庁森宮分室 

撮影月日:2020.09.18 

許可:千葉県教育委員会許可による撮影・掲載 

3Dモデル写真測量ソフト 3DF Zephyr で生成 v5.009 processing 24 images

●ハマグリ製貝刃(千葉市有吉北貝塚)362図26表面 観察記録3Dモデル

縄文中期、L、殻長77.2㎜、殻高59.7㎜ 

撮影場所:千葉県教育庁森宮分室 

撮影月日:2020.09.18 

許可:千葉県教育委員会許可による撮影・掲載 

3Dモデル写真測量ソフト 3DF Zephyr で生成 v5.007 processing 35 images


3Dモデル画面


3Dモデル画面


3Dモデルの動画

2 メモ

・アリソガイ製ヘラ状貝製品はどのような作業に使われたのかまだしっかりした定説はありません。

・ハマグリ製貝刃は魚のヒレ、ウロコなどの不用部除去や切断・開き作成などに使われた万能包丁であったと想定できます。

・ハマグリ製貝刃よりアリソガイ製ヘラ状貝製品のほうが一回り大きく、特段の根拠はありませんが、アリソガイ製ヘラ状貝製品はサバ程度の魚よりも大きな対象物に対応していたような直観を持ちます。

・ハマグリ製貝刃のいかにも鋭利な刃と比べて、アリソガイ製ヘラ状貝製品はとても繊細な形状をしています。対象物に対して丁寧な作業をしていたことは確実です。対象物を仕上げる、磨き上げる、汚れを落とすとか色などのムラをなくすとか、柔らかくするとかのイメージが生まれます。相手が傷つかないようにアリソガイ製ヘラ状貝製品を使っていたことは確実です。

2020年11月17日火曜日

アリソガイ製ヘラ状貝製品の曲線的磨耗成因検討資料2の作成

 縄文貝製品学習 28

1 アリソガイ製ヘラ状貝製品の曲線的磨耗の成因検討資料 2

アリソガイ製ヘラ状貝製品の曲線的磨耗の成因検討資料 2

手前は有吉北貝塚出土アリソガイ製ヘラ状貝製品(372図2)、後2つは現生アリソガイ

【資料の意味】2つの平面と現生アリソガイを交差させ、その断面線で現生アリソガイを切断した。そうすると、縄文中期アリソガイ製ヘラ状貝製品にみられる曲線的磨耗の形状が現れることを示す。アリソガイ製ヘラ状貝製品は腹縁部を直角に近い角度である平面に継続して擦ったために磨耗したと想定できる。 

3Dモデルを 3DF Zephyr v5.009でアップロード。


3Dモデルの動画

2 メモ

・観察から、貝殻形状を磨耗により変形させるような利用(メインの利用)は腹縁部を直角に近い角度で対象物に擦りつける行為であることがわかりました。貝殻表面を対象物に擦りつけた跡もありますが、それにより貝殻が大きく変形していないので、サブ的な利用であると考えます。対象物にこびりついたものを腹縁部で掻きとるような行為がメイン利用として、その場所を貝殻表面で擦って平滑にするような行為がサブ利用として想定できます。

2020年11月3日火曜日

アリソガイ製ヘラ状貝製品の地理的分布異常

 縄文貝製品学習 27

アリソガイ製ヘラ状貝製品の用途究明の学習を続けています。この記事では地理的分布異常とも感じられる事象をメモしておきます。


アリソガイ製ヘラ状貝製品の地理的分布の特殊性

アリソガイ製ヘラ状貝製品の用途究明の作業仮説として、それが皮なめしに関連する道具であると考え、情報を収集・分析しています。

そのような作業仮説からみると、アリソガイ製ヘラ状貝製品の出土は地理的分布異常のように見えてしまいます。

狩猟がメインの遺跡である養安寺遺跡ではアリソガイ製ヘラ状貝製品が出土しません。さらに養安寺遺跡ではサブ生業として漁労も行っていて、その漁場(九十九里浜)ではアリソガイが生息しています。

一方、有吉北貝塚は漁労がメイン生業です(狩猟はサブです)。漁場ではアリソガイは生息していません。しかしアリソガイ製ヘラ状貝製品が多数出土し、全て九十九里浜から持ち込まれたものと考えられます。

アリソガイ製ヘラ状貝製品が皮なめし道具であるとすれば、狩猟では房総随一と考えられる養安寺遺跡でアリソガイ出土が皆無である理由を見つけなければなりません。

アリソガイ製ヘラ状貝製品が内湾漁労に役立つ道具である可能性も、検討俎上にあげる必要があると考えだしました。

2020年11月2日月曜日

アリソガイ製ヘラ状貝製品の曲線的摩耗の成因検討資料作成

 縄文貝製品学習 26

アリソガイ製ヘラ状貝製品がどのような目的でどのように使われていたか3Dモデル観察により検討しています。

この記事ではアリソガイ製ヘラ状貝製品の曲線的磨耗成因に関わる検討資料を作成しました。

1 アリソガイ製ヘラ状貝製品の曲線的磨耗の様子


アリソガイ製ヘラ状貝製品の曲線的磨耗の様子
2020.09.30記事「使い込まれたアリソガイ製ヘラ状貝製品の観察

アリソガイ製ヘラ状貝製品(磨貝)(千葉市有吉北貝塚)372図2表面

2 アリソガイ製ヘラ状貝製品の曲線的磨耗の成因検討資料

アリソガイ製ヘラ状貝製品の曲線的磨耗の成因検討資料

【アリソガイ製ヘラ状貝製品の3Dモデル諸元】

アリソガイ製ヘラ状貝製品(磨貝)(千葉市有吉北貝塚)372図2表面 観察記録3Dモデル 

縄文中期、L、殻長105.3㎜、殻高77.9㎜ 

撮影場所:千葉県教育庁森宮分室 

撮影月日:2020.09.18 

許可:千葉県教育委員会許可による撮影・掲載 

3Dモデル写真測量ソフト 3DF Zephyr で生成 v5.007 processing 35 images

https://skfb.ly/6Wnnv

【平面の意義】

アリソガイ製ヘラ状貝製品にみられる曲線的磨耗が、ある平面と貝殻との交差断面線であることを示す。腹縁部がある平面にほぼ直角に交差して継続して擦られたために磨耗したと想定できる。


参考 思考補助平面なし アリソガイ製ヘラ状貝製品


参考 思考補助平面あり アリソガイ製ヘラ状貝製品


3Dモデルの動画

3 メモ

・アリソガイ製ヘラ状貝製品にみられる曲線的磨耗が、貝殻腹縁部とほぼ直角に交わる平面との交差断面線であることがわかりました。

・腹縁部には貝殻を左右ではなく上下に動かしたときのギザギザ傷が残っています。コインの縁のようなギザギザです。

・貝殻はある平面的対象物にたいしてほぼ直角の角度で前後に継続的に擦ったために摩耗したと考えられます。

・アリソガイ製ヘラ状貝製品は貝殻表面でモノを擦っているとともに、腹縁部でモノを擦っていて、磨耗のほとんどは腹縁部利用により生じています。

・アリソガイ製ヘラ状貝製品のより具体的用途はさらに情報を集めてから行います。


2020年11月1日日曜日

アリソガイ製ヘラ状貝製品等観察の中間総括

 縄文貝製品学習 25

アリソガイ製ヘラ状貝製品がどのような道具であるのか究明することを目的に、有吉北貝塚出土製品8点(うち2点はハマグリ製)を3Dモデル観察しました。この記事ではその中間総括をします。

1 観察対象、方法、結果

アリソガイ製ヘラ状貝製品6点、ハマグリ製ヘラ状貝製品2点を3Dモデル観察しました。

観察は対象物の肉眼観察(一部は拡大鏡と手持ちライト照射利用)及び周回撮影(ライト使用)→3Dモデル作成→3Dモデル観察です。

観察結果は画像にメモ書きしました。


ヘラ状貝製品の観察画像メモ

2 考察

2-1 使用痕

ア 擦痕のない削剥

肉眼及び3Dモデルでは擦痕が見つからない削剥部(貝殻成長線が形成する表面の微細な凹凸が平滑化された平面)は全対象で観察できました。相手が柔らかいモノを擦ったため(顕著な)擦痕が付かなかったと考えられます。

なお、顕微鏡的に観察すれば、何らかの擦痕が観察できる可能性は濃厚です。

イ 擦痕のある削剥

肉眼及び3Dモデルで擦痕が見つかる削剥部はアリソガイ製ヘラ状貝製品全てで観察できます。ハマグリ製では観察できません。

肉眼で擦痕が観察できるほどですから、擦った相手は硬い微細な凹凸が存在していたことになります。

擦痕の方向や粗密、幅から擦った方向や擦り方の強さ、相手(表面)の微細形状が想定できます。

削剥が顕著な部分では貝殻成長線の分布が異常になります。

削剥が顕著な部位は貝殻左右端に局在する傾向があります。

なお、擦痕のある削剥が顕著なため貝殻が損耗して、それが主因で貝殻形状が変化するという事実は観察できませんでした。(擦痕のある削剥部と貝殻形状が損耗で凹んだ場所が一致しません。)

ウ 貝殻表面が凹むほどの削剥

ア1に貝殻表面が凹むほどの削剥が観察できます。細長い硬いモノを継続的に擦り続けた跡のようです。

エ 腹縁部の削り跡

全ての対象で腹縁部が削られている部分があります。腹縁部がエッジになっていて、その断面はギザギザになっています。

腹縁部が削られたために全ての対象で貝殻形状が変形しています。

貝殻形状の変化は1腹縁部がそのまま後退したもの(ア1、ア15、ア18、ハ10)、2腹縁部中央が尖って残るようなもの(ア2、ア5、ア13)、3局部だけ凹んだもの(ハ11)の3つに分類できます。この分類は使い方の違いを表現していて、使う個人のクセとか対象物の置き方の違い(作業環境の違い)などに関わっている可能性があります。

腹縁部が削られその断面がギザギザになっているということは擦った相手が硬いモノであることを示しています。貝殻表面で擦る場合と比べて腹縁部で擦れば相手と接する面積は極めて小さくなりますから、相手には大きな力が加わります。擦った相手は皮というよりも骨とか石とか土器のイメージになります。

オ 色素沈着

色素沈着がア13に顕著に観察できます。なめし液や染色液の塗布に使われた跡かもしれません。

2-2 5種使用痕の相互関係

上記のア~オ5種使用痕の相互関係があるのか、ないのか考えることがこの製品の使い方を考える上で重要です。

ア 5種使用痕に相互関係があると考えた場合

5種使用痕に相互関係があると考えた場合とは、1つの作業(例 皮なめし)で生じるさまざまな場面で生まれる個別動作が多数あり、そのうち5つの動作がアリソガイ製ヘラ状貝製品で賄われたと考える思考です。

皮なめしという作業のなかで、ア柔らかいモノを擦る、イ擦痕ができるほどのモノを強く擦る、ウ細長いモノを強く擦る、エ硬いモノを腹縁部で強く擦る、オ色素のある液体を塗布する。

このような作業が果たして皮なめしであったかどうか、別の作業ではどうであるのか、考察する必要があります。

イ 5種使用痕に相互関係がないと考えた場合

アリソガイ製ヘラ状貝製品は万能工具であり、いろいろな作業のいろいろな場面で使われたと考えることが可能であるか、検討しておく必要があります。思考を深めれば、この万能工具説はおそらく棄却できると思います。

3 引き続き検討する課題

3-1 3Dモデル観察方法

今後、使用痕をより鮮明に表現できる写真撮影方法、3Dモデル作成方法をまとめます。

同時に顕微鏡等を使ったよりミクロな観察・撮影を行い、その結果を3Dモデルにする方法や効果について検討します。

3-2 遺跡におけるアリソガイ製ヘラ状貝製品の有無の理由検討

加曽利EⅠ~Ⅱ式頃、狩猟中心の養安寺遺跡では九十九里に近いにもかかわらずアリソガイ製ヘラ状貝製品は出土しません。下総ではアリソガイは九十九里にのみ産します。

同時期の有吉北貝塚では漁労が中心で九十九里に遠いにも関わらずアリソガイ製ヘラ状貝製品が多数出土します。

この地理現象理解がアリソガイ製ヘラ状貝製品の用途説明のヒントになるかもしれません。

2020年10月16日金曜日

アリソガイ(373図18)観察

 縄文貝製品学習 22

千葉県教育委員会の許可で閲覧した有吉北貝塚出土縄文中期アリソガイ製ヘラ状貝製品の観察を3Dモデルを活用しながら行っています。この記事では有吉北貝塚出土アリソガイ製ヘラ状貝製品の最後6点目として373図18を観察します。

1 アリソガイ製ヘラ状貝製品(磨貝)(千葉市有吉北貝塚)373図18表面 観察記録3Dモデル

アリソガイ製ヘラ状貝製品(磨貝)(千葉市有吉北貝塚)373図18表面 観察記録3Dモデル

縄文中期、R、殻長126.6㎜、殻高106.4㎜ 

撮影場所:千葉県教育庁森宮分室 

撮影月日:2020.09.18 

許可:千葉県教育委員会許可による撮影・掲載 

ハイパス調整画像

3Dモデル写真測量ソフト 3DF Zephyr で生成 v5.008 processing 24 images


撮影の様子


参考 裏面


実測図

有吉北貝塚発掘調査報告書から引用


3Dモデルの動画

2 観察


観察画像メモ

・表面の下部はほぼ全面にわたって削剥部になっています。擦り作業で表面が摩耗しています。

・腹縁部は本来の形から後退しています。腹縁部の端はエッジとなっています。そのエッジはその部分を硬いモノに強く擦って形成されたと推測できます。

・エッジを硬いモノに擦りつけ摩滅させることが腹縁部後退の主因であると推測します。


腹縁部の先端付近の様子

2020年10月11日日曜日

アリソガイ(373図15)観察

縄文貝製品学習 21 

千葉県教育委員会の許可で閲覧した有吉北貝塚出土縄文中期アリソガイ製ヘラ状貝製品の観察を3Dモデルを活用しながら行っています。この記事では5点目として373図15を観察します。

1 アリソガイ製ヘラ状貝製品(磨貝)(千葉市有吉北貝塚)373図15表面 観察記録3Dモデル

アリソガイ製ヘラ状貝製品(磨貝)(千葉市有吉北貝塚)373図15表面 観察記録3Dモデル

縄文中期、L、殻長118.0㎜、殻高97.5㎜ 

撮影場所:千葉県教育庁森宮分室 

撮影月日:2020.09.18 

許可:千葉県教育委員会許可による撮影・掲載 

ハイパス調整画像

3Dモデル写真測量ソフト 3DF Zephyr で生成 v5.008 processing 23 images


撮影の様子


参考 裏面


実測図

有吉北貝塚発掘調査報告書から引用


3Dモデルの動画

2 観察


観察画像メモ

・この貝殻には生物付着痕などあり、道具として使い始めた時の表面は荒れた状態だったようです。

・腹縁部左右端に擦痕が観察され、その部分は顕著な削剥部になっています。

・貝殻の中央部にも広く削剥部が認められます。

・腹縁部は削れて新鮮な断面が観察できます。腹縁部断面を硬いモノに擦りつけていたことが確認できます。腹縁部の後退は表面削剥により進んだのではなく、腹縁部断面が削れて進んだように観察できます。

・表面の削剥されていない場所を中心にして、ミクロな溝の底に茶色物質がこびりついています。貝殻裏側には特に茶色が濃い場所が見られます。

3 感想

・この貝殻も2020.10.08記事「アリソガイを獣皮タンニンなめしに使った可能性」で検討した372図13と同じように茶色色素を含む液体を何度も浴びています。

・獣皮タンニンなめしにおいて、この貝殻を使ってタンニン溶液を獣皮に塗布したのかもしれません。あるいはタンニン溶液でぬれた皮をこの貝殻で擦ったのかもしれません。

・腹縁部断面が削り取られて新鮮な断面を現出しています。断面がギザギザしているので石製品など硬いモノを擦ったようです。

・アリソガイ製ヘラ状貝製品の用途について考えをまとめるのはまだ早いと思いますが、これまで5点観察して、多様な機能が1つの貝殻に備わっていたような印象を受けます。単機能の専門道具というよりも、幾つかの機能を有する専門道具であるように感じます。(腹縁部両端の強い擦り、表面中央部の擦り、腹縁部の硬いモノを対象とした擦り、茶色液体(タンニン溶液?)の塗布)


2020年10月8日木曜日

アリソガイを獣皮タンニンなめしに使った可能性

 縄文貝製品学習 20

千葉県教育委員会の許可で閲覧した有吉北貝塚出土縄文中期アリソガイ製ヘラ状貝製品の観察を3Dモデルを活用しながら行っています。この記事では4点目として372図13を観察します。

1 アリソガイ製ヘラ状貝製品(磨貝)(千葉市有吉北貝塚)372図13表面 観察記録3Dモデル

アリソガイ製ヘラ状貝製品(磨貝)(千葉市有吉北貝塚)372図13表面 観察記録3Dモデル

縄文中期、R、殻長120.7㎜、殻高93.4㎜ 

撮影場所:千葉県教育庁森宮分室 

撮影月日:2020.09.18 

許可:千葉県教育委員会許可による撮影・掲載 

ハイパス調整画像

3Dモデル写真測量ソフト 3DF Zephyr で生成 v5.008 processing 19 images

(撮影写真点数が少ないせいか、一部結像できなかったことは残念です。)


撮影の様子


撮影の様子


参考 裏面


実測図


3Dモデルの動画

2 観察


観察画像メモ

・擦痕は一部でしか観察できません。恐らく顕微鏡サイズの事象なので、出土個体によって肉眼や写真撮影ではっきり見えるものと見えないものがあるのだと思います。この個体も顕微鏡で観察すれば多数の擦痕を観察することが必ずできると考えます。

・削剥部が腹縁ではない場所に数か所存在しています。この個体では腹縁部がメインの擦り場所とは言い切れないようです。

・中央部腹縁付近に大きな丸い色素沈着部があります。この色素沈着は裏面にまで到達しています。

・貝殻表面の各所に色素沈着があります。擦痕部では小溝の中に色素が沈着しています。貝殻表面に色素が沈着して、それが擦り行為で除去され、小溝の中の色素だけ除去をまぬかれたという様相です。

・裏面には色素が広範囲に残っています。

・腹縁部は擦り行為で薄くなっているということは特段にはないようです。また、裏面を観察すると凸部になっている腹縁部に幅の狭い削剥部が存在します。これらの事象から、腹縁部も表面擦痕や削剥部とは別意味の擦り行為に使われたと推定できます。

3 感想

・大きな色素沈着は、貝殻表面に色素液体を浸けて、その液体を別のモノに塗りつけるような用途に使われ、その使用が長期にわたったため色素が裏面にまで到達したと想定できます。つまり、このアリソガイはハケのような使われ方をされたのだと考えます。

・この個体でモノを擦るときには、ハケとしての機能中心部分(円形色素沈着部分)を避けて、別の部分を使ったため、削剥部が表面の各所に及んだと考えます。

・色素を有する液体を他のモノに塗りつけるハケとしての機能がこの個体の役割ですから、この貝殻はいつも色素まみれで、そのため表面裏面の各所に色素が残存したと考えます。

・色素を含んだ液体が何であるかは、残存色素を削り取って分析すれば判るかもしれません。

・これまでの学習積み重ねでは獣皮タンニンなめしにおけるタンニン液である可能性が浮かび上がります。あるいは単純な獣皮染色かもしれません。

・もしこの貝殻からタンニンが検出されれば、縄文時代列島においてタンニンなめしが行われていた物的証拠となります。おそらく列島のみならず人類史的にみて貴重な情報になると思います。


2020年10月6日火曜日

貝殻成長線と擦痕を強調した3Dモデルの作成

 縄文貝製品学習 19

アリソガイの通常撮影写真では貝殻成長線や使用に伴う擦痕の様子を把握するのは困難です。しかし写真をハイパスフィルター処理するとそれまで見えなかった貝殻成長線や擦痕が浮かび上がり観察しやすくなります。

この体験的に知った事象を利用して3Dモデルをつくれば、3Dモデル自身に貝殻成長線や擦痕を浮かび上がらすことができる可能性があります。そこで試してみました。

有吉北貝塚出土372図2のアリソガイ製ヘラ状貝製品をテスト対象としました。

1 アリソガイ製ヘラ状貝製品(磨貝)(千葉市有吉北貝塚)372図2表面 画像ハイパス調整3Dモデル 

アリソガイ製ヘラ状貝製品(磨貝)(千葉市有吉北貝塚)372図2表面 画像ハイパス調整3Dモデル 

縄文中期、L、殻長105.3㎜、殻高77.9㎜ 

撮影場所:千葉県教育庁森宮分室 

撮影月日:2020.09.18 

許可:千葉県教育委員会許可による撮影・掲載 

3Dモデル写真測量ソフト 3DF Zephyr で生成 v5.008 processing 35 images

同上 通常写真による3Dモデル


画像ハイパス調整3Dモデルと通常の観察記録3Dモデルの画面比較

2 3Dモデルの動画


画像ハイパス調整3Dモデルの動画


通常写真による動画

3 写真


画像ハイパス調整3Dモデルと通常の観察記録3Dモデルの写真比較

4 テスト成功

元写真をハイパスフィルター調整してぼんやりとした画質をクッキリとさせて、それで3Dモデルを作成すると3Dモデルもクッキリとした画像になることを確認できました。

肉眼では不明瞭な貝殻成長線や擦痕が浮かび上がるのですからグッドです。

5 画像ハイパス調整3Dモデル作成に必要な基礎テクニック

数十枚から100枚以上の写真を1枚1枚Photoshopでハイパスフィルター処理すると膨大な時間がかかるため、この作業はバッチ処理テクニックで対処することが必須です。

6 感想

今後のアリソガイ製ヘラ状貝製品学習では画像ハイパス調整3Dモデルを標準3Dモデルとして活用することにします。

アリソガイ製ヘラ状貝製品の観察が周回写真撮影により通常の肉眼観察以上の精度と効率でできることがわかりました。

ハイパス調整3Dモデルはアリソガイ製ヘラ状貝製品に限らず縄文土器などの3Dモデルにも有用な技術であるかどか今後確かめることにします。

7 参考 Photoshopハイパスフィルター処理

「カラーが極端に変化している部分で指定した半径内のエッジのディテールを保持し、それ以外の部分についてはエッジのディテールを抑えます。」AdobePhotoshopマニュアルより


2020年10月4日日曜日

有吉北貝塚出土アリソガイ3点目の観察

 縄文貝製品学習 18

千葉県教育委員会の許可で閲覧した有吉北貝塚出土縄文中期アリソガイ製ヘラ状貝製品の観察を行っています。この記事では3点目として372図5を観察します。

1 アリソガイ製ヘラ状貝製品(磨貝)(千葉市有吉北貝塚)372図5表面 観察記録3Dモデル 

アリソガイ製ヘラ状貝製品(磨貝)(千葉市有吉北貝塚)372図5表面 観察記録3Dモデル 

縄文中期、L、殻長108.4㎜、殻高91.3㎜ 

撮影場所:千葉県教育庁森宮分室 

撮影月日:2020.09.18 

許可:千葉県教育委員会許可による撮影・掲載 

3Dモデル写真測量ソフト 3DF Zephyr で生成 v5.008 processing 29 images


撮影の様子


実測図

有吉北貝塚発掘調査報告書から引用


3Dモデルの動画

2 観察


375図5


372図5の観察図

ア 顕著な擦痕

・貝殻の中ほどに顕著な擦痕5本が腹縁方向に伸びています。

・石製品と想定される硬いモノを強く擦っています。それぞれ1回だけの行為で、同じ場所を繰り返し擦るということはないです。

・顕著な擦痕は腹縁に近づくにしたがって不明瞭になる様子から、最初に顕著な擦痕がつけられ、その後に不明瞭な擦痕を残す擦りが行われたと観察できます。

イ 不明瞭な擦痕

・顕著な擦痕から腹縁の間に不明瞭な細線の擦痕が多数観察できます。面的なモノを繰り返し擦ったためにできた擦痕であると考えられます。

・貝殻成長線の観察から、擦り行為による摩耗による腹縁部の後退(貝殻の損耗)が確認できます。

・貝殻を右から、あるいは左から使うために、貝殻損耗が少ない場所は中央部になります。

・表裏を含む3Dモデル(あるいはキャリパー等)で詳しく測定すれば、利用されていないアリソガイと比べて、ヘラ状貝製品の貝殻厚さは中央部で同じで残存腹縁部でゼロに近づく人工変化をみせると想定できます。

ウ 明瞭なエッジ削剥部

・写真向かって右の腹縁部のエッジに細長い削剥部が見られます。角(エッジ)を利用して強く擦った跡です。貝殻表面を利用して擦る仕方と異なります。より強く擦っています。

エ 372図5の擦り方まとめ

・石製品を強く擦って貝殻に大きな傷をつけた擦り方、貝殻の面を利用した擦り方、エッジを利用した擦り方の3つの擦り方が観察できます。

3 感想

・顕著な擦痕は何か象徴的な活動であるような印象を持ちます。

・1回限りの活動であり、この貝殻に最初につけられた跡です。擦った相手(石製品?)が問題ではなく、この貝殻に明瞭な傷を付けたことに意味があるのかもしれません。例えば、この貝殻の持ち主を特定できるような印をつけたのかもしれません。

・アリソガイは擦った相手に何らかの効果をもたらした道具であり、現代人からみても実利的効果が期待できる道具であったと想定します。同時に、アリソガイがマジカルな効果(呪術的な効果)をもたらしていたという妄想が強く発生していて払拭できません。今後じっくり検討する密かなる楽しみです。「縄文中期ハンドパワー強化先端技術がアリソガイの利用であった。」


2020年9月30日水曜日

使い込まれたアリソガイ製ヘラ状貝製品の観察

 縄文貝製品学習 17

千葉県教育委員会の許可で閲覧した有吉北貝塚出土縄文中期アリソガイ製ヘラ状貝製品の観察を行っています。この記事では相当使い込まれて摩耗変形した製品372図2を観察します。

1 アリソガイ製ヘラ状貝製品(磨貝)(千葉市有吉北貝塚)372図2表面 観察記録3Dモデル 

アリソガイ製ヘラ状貝製品(磨貝)(千葉市有吉北貝塚)372図2表面 観察記録3Dモデル 

縄文中期、L、殻長105.3㎜、殻高77.9㎜ 

撮影場所:千葉県教育庁森宮分室 

撮影月日:2020.09.18 

許可:千葉県教育委員会許可による撮影・掲載 

3Dモデル写真測量ソフト 3DF Zephyr で生成 v5.007 processing 35 images


撮影風景


実測図


3Dモデルの動画

2 擦痕観察のための画像処理

擦痕等を観察するためにPhotoshopハイパス機能を使った画像処理をしました。


撮影写真と画像処理写真

3 擦痕等の観察


擦痕等の観察

・貝殻成長線を切るように多数の擦痕や大きな傷が観察できます。また放射肋由来と考えられる模様も一部観察できます。

・アリソガイ製ヘラ状貝製品が何かを擦る道具として使われた痕跡は多数の擦痕が該当すると考えることができます。

・多数の擦痕はほとんどが貝殻成長線と斜交して付いています。その角度は40~60度程度の傾きが多くなっています。この傾斜はアリソガイの使い方を表現しているとともに、使用目的を推定するための有力な材料となると考えられます。

・現状では擦る方法を貝殻成長線と斜交させることによって、より効果的に貝殻成分を対象物に塗布していたと考えます。

・貝殻成長線と斜交させて対象物をこするためにはどうしても貝殻の左右の部分を使うことになります。その結果、左右が摩耗で少しずつ消失すると、372図2のような形状になります。

・擦痕の存在は、その傷をつけるほどの細く硬いモノに触れたことを意味します。また擦痕が多いといっても、その分布密度は限定的です。

・このような擦痕の付き方はアリソガイを使って擦った相手のモノの特定に役立つ情報です。

・現状ではシカやイノシシ獣皮の一応の皮なめしが済んで、それを最後に仕上げる時、皮をアリソガイで擦れば、毛根内に残存している毛がこのような擦痕を付ける可能性が濃厚です。男が髭をそるとき、剃刀の刃がこぼれることがあるのと同じような感じを想像します。実験的に確かめることが大切です。

4 感想

・通常の撮影写真もPhotoshopで画像処理すれば擦痕が浮かび上がってくることは感動的ですらあります。

・擦痕の様子からアリソガイ製ヘラ状貝製品がどのような目的で使われたのか、その範囲をかなり絞ることができそうです。

・この372図2の観察結果は、アリソガイ製ヘラ状貝製品が皮なめし関連で使われたと考えることと整合します。


2020年9月29日火曜日

アリソガイ製ヘラ状貝製品の予察観察 その2

 縄文貝製品学習 16

2020.09.28記事「アリソガイ製ヘラ状貝製品の予察観察」のつづきです。

1 貝殻成長線強調写真の作成

Photoshopハイパス機能を利用した貝殻成長線強調写真が他の写真でも可能であるか試してみました。


撮影写真と貝殻成長線強調処理画像

撮影写真は貝殻成長線強調処理が可能です。


3Dモデル画像と画像処理による貝殻成長線強調画像

3Dモデルから取得した画像でも貝殻成長線強調が可能です。3Dモデルではオルソ投影や好みの角度からの画像を作成できますから、分析の幅が広まります。

2 貝殻成長線を利用した使用痕跡の発見

貝殻成長線は過去の腹縁を示しています。腹縁は平です。したがって貝殻成長線はある部分だけを見れば平行線で等高線のように扱うことができます。この特性から、貝殻成長線の凹凸を見つければ、それにより貝殻の微細な削剥の様子を観察できるはずです。

このような観点からアリソガイ製ヘラ状貝製品372図1を観察するとこれまで気が付かなった微細な削剥面を発見することができました。よく見ると、擦痕がその場所に存在します。


貝殻成長線のわずかな分布異常から見つかる摩耗削剥部と擦痕

この削剥面の深さはおそらく0.1㎜前後程度かそれ以下だと想像します。(貝殻の厚さは1㎜前後です。)

3 硬いモノを擦ったと推定できる削剥面と強い擦痕


硬いモノを擦ったと推定できる削剥面と強い擦痕

貝の後端の貝殻成長線が密集して凸形になる部分が平らに削剥されています。その削剥面には直線の強い擦痕が残り、末端では顕著な細溝になっています。硬いモノを擦った跡のように考えることができます。

4 メモ

・貝殻成長線に着目すれば効率的にアリソガイ製ヘラ状貝製品の使用痕を見つけることができるようです。

・ライトとルーペで観察した擦痕の一部は撮影写真画像処理で観察できるようです。

・この製品(372図1)は硬いモノも擦っているようですが、それがこの製品(372図1)だけの事象であるのか、それとも製品一般の事象であるのか大いに気になるところです。


2020年9月28日月曜日

アリソガイ製ヘラ状貝製品の予察観察

 縄文貝製品学習 15

1 アリソガイ製ヘラ状貝製品等の閲覧撮影

有吉北貝塚出土縄文中期アリソガイ製ヘラ状貝製品をメインにハマグリ製貝刃、赤彩ハマグリ、赤彩アリソガイ全部で15点を千葉県教育委員化の許可を得て閲覧・3Dモデル作成用撮影を行いました。

2 アリソガイ製ヘラ状貝製品の予察観察

アリソガイ製ヘラ状貝製品のうち1点の3Dモデルを作成し、その使用痕について予察観察しました。

2-1 アリソガイ製ヘラ状貝製品(磨貝)(千葉市有吉北貝塚)372図1表面 観察記録3Dモデル

アリソガイ製ヘラ状貝製品(磨貝)(千葉市有吉北貝塚)372図1表面 観察記録3Dモデル

縄文中期、R、殻長102.5㎜、殻高79.5㎜

撮影場所:千葉県教育庁森宮分室

撮影月日:2020.09.18 

許可:千葉県教育委員会許可による撮影・掲載

3Dモデル写真測量ソフト 3DF Zephyr で生成 v5.007 processing 21 images


撮影の様子


撮影の様子


実測図

有吉北貝塚発掘調査報告書から引用


3Dモデルの動画

2-2 予察観察

ア 3Dモデルの観察

・アリソガイ製ヘラ状貝製品の使用痕を詳細に観察すれば、アリソガイ製ヘラ状貝製品が何に利用されていたか検討する基礎資料を得ることができる考えます。そこで、使用痕についてまず予察観察をしてみました。

・3Dモデルをいじって観察するとみると腹縁部だけでなく、殻頂部付近にも使用痕があるようです。また使用痕と貝殻成長線の状況が密接に関係しているようです。そこで貝殻成長線を浮き彫りにした画像を作成し予察検討することにしました。

イ 貝殻成長線強調写真の作成

Photoshopハイパス機能を利用して貝殻成長線強調画像を作成しました。


貝殻成長線強調画像の作成

ウ 予察観察

・貝殻成長線強調画像をみると、貝殻成長線が途切れていることから摩耗で消失した部分が確認できます。腹縁部付近は全面的に摩耗しているようです。写真撮影の際にライトを横から当てて目を近づけて観察すると擦痕が観察できるのですが、3Dモデルではわかりません。撮影写真から擦痕を抽出できるかどうか、今後の課題です。

・貝殻左右端と殻頂に近い部分に強く擦って凹んだ部分が沢山存在します。よく見ると面的なモノを擦った跡、棒状のモノを擦った跡などの区別がつきます。


使用痕予察観察

2-3 メモ

・アリソガイ製ヘラ状貝製品の使用痕は腹縁部に限定されることなく、殻頂部付近も含めて全面に及ぶ可能性を予察観察で感じ取ることができました。

・アリソガイ製ヘラ状貝製品を道具として、擦った相手の製品は平面状のものとは限らず棒状のもの(凸のもの)もあるようです。

・アリソガイ製ヘラ状貝製品の利用方法(擦り方)は局限されたものではなく、ある程度汎用的に使われていたことが感じられます。

・以上の予察観察結果を参考にしながら、3Dモデルを有効活用した使用痕把握方法を検討したいと思います。