2021年1月21日木曜日

阿玉台Ⅲ式期に始まる時代画期

 縄文社会消長分析学習 74

有吉北貝塚初期の土器型式である阿玉台式土器について事例を3Dモデルで観察してきました。それにより阿玉台式土器の器形や文様にイメージをある程度持つことが出来るようになりました。この記事では阿玉台式土器変遷の途中に縄文社会の大きな時代画期が存在していることを学習します。

1 阿玉台Ⅲ式期を始めとする時代画期


阿玉台Ⅲ式期を始めとする時代画期


阿玉台Ⅲ式期前後における貝塚分布の相違

「千葉県の歴史 考古4(遺跡・遺構・遺物)」(千葉県発行)によれば五領ヶ台式期~阿玉台Ⅰ・Ⅱ式期頃の貝塚分布は古鬼怒湾水系の小野川・黒部川水系に大型貝塚群が形成され、東京湾沿岸での貝塚形成は低調でした。ところが阿玉台Ⅲ式期以降東京湾沿岸で一斉に大規模な集落・貝塚群が史上最も多く形成されました。

土器型式名称は阿玉台式で同じですが、阿玉台1・Ⅱ式期の社会と阿玉台Ⅲ・Ⅳ式期社会ではその様相が根本的に異なります。

2 有吉北貝塚の阿玉台式土器出土状況

有吉北貝塚の阿玉台式土器出土状況を南斜面貝層でみると、阿玉台Ⅰ・Ⅱ式と較べてⅢ・Ⅳ式の数が増えています。


南斜面貝層出土阿玉台式土器

また、竪穴住居数も阿玉台Ⅰ・Ⅱ式と較べてⅢ・Ⅳ式の数が増えています。


有吉北貝塚 中期 土器分類別竪穴住居軒数

なお、発掘調査報告書では阿玉台Ⅳ式(土器分類第5群)が「南斜面貝層の初現が当該期の可能性」と判断しています。


有吉北貝塚中期土器分類

このような情報から、有吉北貝塚でも阿玉台Ⅲ式頃社会画期があり、人口が増え貝塚形成が始まったと考えることができます。その直後の中峠式期に社会急成長があるのですが、その礎が阿玉台Ⅲ式期頃に見られると判断できます。

3 阿玉台式土器分布図について

千葉県資料を原典とする阿玉台式土器出土遺跡分布図を作成しました。527遺跡がプロットされています。


阿玉台式土器出土遺跡分布図


阿玉台式土器出土遺跡分布ヒートマップ

遺跡データベースにおいて阿玉台式土器細分(Ⅰ~Ⅳ)を記述した遺跡はほとんどないので、細分別分布図は作成できません。しかし、阿玉台Ⅲ式期以降中期中葉の大規模集落・貝塚群が東京湾沿岸に形成されたことを勘案すると、上記分布図及びヒートマップは阿玉台Ⅲ式以降の様子を主に表現しているとみることができます。

4 感想

阿玉台Ⅰ・Ⅱ式頃までは東京湾沿岸の貝塚形成(漁労活動)が低調で古鬼怒湾の貝塚形成(漁労活動)が高揚していたという背景に何があるのか、今後詳しく学習することにします。大きな地理的分布が関わる事象ですから、海退に伴う沿岸部環境・海況変化が関係していたと想像します。漁労するには不都合な海岸環境的地形的条件が東京湾沿岸に存在していた可能性が考えられます。

阿玉台Ⅲ・Ⅳ式頃には東京湾沿岸での漁労条件の改善が生まれた可能性があります。有吉北貝塚における人口増は貝塚形成(漁労活動)がもたらしたものであると考えます。古鬼怒湾貝塚集落が東京湾沿岸を開拓した可能性を否定できないと考えます。

その後中峠式期に人口急増しますが、この人口急増は中峠式土器の本場である松戸とか柏とかの方面から良好漁労環境を当てにした開拓者集団が入って、それまでの阿玉台式土器利用住民を圧倒したのかもしれません。


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