2014年1月22日水曜日

柏井橋架替工事

柏井橋の架け替え工事が昨年末から始まり、現在仮橋設置中です。

柏井橋仮橋設置工事
手前は現在の柏井橋

柏井橋仮橋設置工事

柏井橋仮橋設置工事

柏井橋仮橋設置工事

柏井橋仮橋設置工事
工事作業ヤードの様子

柏井橋が完成すれば、橋から花見川の風景写真を命の危険をかえりみながら撮るということも無くなります。
通学する小学生をハラハラしながら眺めるということもなくなります。

花見川サイクリングロード
今朝の風景は雪と霧と月と青空の組み合わせでいつもと違っていました。


2014年1月21日火曜日

地形パターン妄想

花見川流域の小崖地形 その102 (千葉県北部地形の学習 7

次の図に示したように、向斜軸、背斜軸の先端に矢印のように見える、次元の低い向斜軸(小さな沈降軸)、背斜軸(小さな隆起軸)からなるパターンが存在し、気になります。

地形パターン妄想

矢印パターンは向斜軸や背斜軸の地表に現れた終端のような感じがします。

向斜軸や背斜軸の始点(というようなものがあれば)は地下にあるので地表にはその構造は現れないのかもしれません。

矢印の方向に力が加わり、軸の終端で地殻にシワができたような印象を受けます。

専門家ならおそらくご存じの構造に違いありませんが、現在のところ自分は妄想するしかありません。

妄想も、いつか解答が得られると思うと、また楽しみの一種です。


2014年1月20日月曜日

追補 印旛沼筋曲流の謎が解ける

花見川流域の小崖地形 その101 (千葉県北部地形の学習 6

2014.01.18記事「妄想か発見か 印旛沼筋曲流の謎が解ける」で作成した図「地殻変動前の鹿島川の流れ」と「鹿島川が流れた沈降軸」の主要部をGoogle earthに投影して斜め空中写真の中で眺めた画像をつくってみました。

地図としての情報内容は同じでも、鳥瞰的に(斜めに)見ると、また周辺の状況(空中写真)と一緒に見ると、受ける印象は異なってきます。

新たな発想(思考)が生まれる可能性が高い確率で生じます。

また、土地勘(地理感覚)も強化されます。

Google earth画面

地殻変動前の鹿島川の流れ

地殻変動前の鹿島川の流れ
半透明

鹿島川が流れた沈降軸

鹿島川が流れた沈降軸
半透明

参考 標準地図
電子国土ポータルによる

参考 標準地図
半透明

電子国土ポータルによる

2014年1月19日日曜日

予期せぬ薄雪化粧

未明に予期せぬ雪が降り、花見川サイクリンロードが薄雪化粧しました。

花見川サイクリングロード

花見川サイクリングロード

花見川サイクリングロード

花見川サイクリングロード

花見川サイクリングロード


横戸緑地(印旛沼堀割普請捨土土手遺構)

2014年1月18日土曜日

妄想か発見か 印旛沼筋曲流の謎が解ける

花見川流域の小崖地形 その100 (千葉県北部地形の学習 5

2014.01.17記事「地表面が巨大露頭であることに気がつく」で、これまで単なる模様に見えていた地形段彩図が、地殻変動の結果を表現している地図に見えだしたことを書きました。

毎日飽きもせず地形段彩図とにらめっこしてきた甲斐があったようです。

1 印旛沼筋北岸の変動地形図の作成
次の図は印旛沼北岸に限って地形から判定できる主な隆起軸と沈降軸を描いたものです。

印旛沼筋北岸の変動地形

隆起軸(つまり小さな背斜軸)と沈降軸(ちいさな向斜軸)が交互に出現しており、その全体パターン自体が鋭角的になっているところもあります。

また、印旛沼が曲流する付近のパターンとそれより北西にあるパターンとは連続していません。

参考 活構造図
50万分の1地質図(活構造図)東京第2
地質図Naviによる
凡例等注記を書き込み

2 印旛沼筋曲流の謎がわかる
鹿島川の流路は、下総下位面の分布から次のように考えられています。

地殻変動前の鹿島川流路のイメージ

しかし、下総下位面形成後の地殻変動により、鹿島川の流路が現在のようになりました。

鹿島川が現在の流路をとるに至った理由は、変動地形の分布から知ることができます。

つまり、鹿島川が起源の異なる幾つかの沈降軸を経由して(利用して)現在の利根川低地方向に出ることができたということです。

鹿島川の出自について有力な仮説を持つことができました。

鹿島川が現在の利根川低地方向に流れるために利用した沈降軸(向斜軸)

これで、印旛沼が極端な曲流をしている姿の謎が解けました。

3 印旛沼筋河川争奪の原因の一つの有力情報を得る

鹿島川は沈降軸(小さな向斜軸)を利用して現在の利根川低地方面に流れることができました。
一方、古平戸川は隆起軸(小さな背斜軸)に阻まれて手賀沼方面へ流れることができなくなったと考えることができます。

古平戸川の口は隆起軸で塞がれた

地殻変動により古平戸川がダムアップしてしまい、一方鹿島川はダムアップを免れれば、鹿島川の浸食力が古平戸川より勝ることになりますから、河川争奪(河道逆行争奪)が発生する必然性が生じます。


2014年1月17日金曜日

地表面が巨大露頭であることに気がつく

花見川流域の小崖地形 その99 (千葉県北部地形の学習 4

2014.01.16記事「構造地形模様の妄想」で2つの類似する地殻変動パターンに着目したことを述べました。

この二つの地形パターンはきれいな楕円の姿を含んでいるように見えてなりません。幾何的模様です。自然地形では珍しいものと言っていいと思います。

ふと、これと同じ楕円模様を描いたことを思い出しました。

次の図です。

立川断層トレンチ公開で、コンクリート円柱を断層粘土と誤った状況

円柱を斜めに切れば楕円になります。

それを巨大にすれば、向斜構造や背斜構造が地表面で楕円の模様を描いて当然です。

これまで、身近な千葉県北部の台地地形でこのような地質構造が、大規模かつ直接的に地形として表現されているとは全く考えていなかったので、一瞬ショックを受けました。

アメリカ西部の砂漠地帯みたいたところで見られる地質構造が、自分の居住地のすぐそこで見られることを初めて認識しました。

地表面が巨大露頭であることに気がつきました。このような思考(というか感情)をもったのは初めてです。

地質構造を示す地形の幾何模様

地質構造が直接地形として表現されていると気がつくと、これまで気がつかなかったことが次から次へと気がつきます。


次の記事で図解します。

2014年1月16日木曜日

構造地形模様の妄想

花見川流域の小崖地形 その98 (千葉県北部地形の学習 3

次の図はいつも掲示している、主として標高1835mの地形を考察するための地形段彩図です。

地形段彩図

この地形段彩図から、次のような地形模様(類似する地殻変動パターン)が気になっているので、特段の検討成果データがあるわけではないのですが、紹介します。

類似する地殻変動パターン

古平戸川地区と鹿島川地区とした2つの地区に類似した地殻変動パターンが見られます。

古平戸川地区では、この地殻変動パターンは向斜軸(地質図記載)に対応して生起しているように観察できます。そして、古平戸川の旧流路は向斜軸に沿って(縦断して)います。

鹿島川地区では、この地殻変動パターンは背斜軸(想定)に対応して生起しているように観察できます。そして、鹿島川の旧流路は、背斜軸を横断しています。

現在(2014.01.16)では、特段の合理的理由を得ていることはないのですが、この類似する地殻変動パターンと古平戸川、鹿島川との関係の違いが、印旛沼筋河川争奪に関係するかもしれないと感じています。

「類似する地殻変動パターン」に特定の呼称があり、その成因が明らかであるような、ミクロな地殻変動研究がこの世の中にあれば、地形の理解が飛躍的に進むと思います。


2014年1月15日水曜日

分布が移動するモグラ塚

ミクロな自然観察ですが、散歩道の畑のモグラ塚が増殖しているのですが、その分布範囲が移動しているように感じるので記録しておきます。

129日撮影
モグラ塚はわずかです。

1228日撮影
モグラ塚は撮影地点の方向に向かって増殖しています。

113日撮影
モグラ塚はさらに増えるとともに、当初あった人家付近をメインに、つくられたモグラ塚がペチャンコになり塚の体をなさなくなっているものが増えています。

補修されていないモグラ塚だと思います。

補修されていないモグラ塚は使われていないと考えると、モグラ塚の分布重心は人家から撮影地点の方向へ移動しているように感じました。


モグラ塚

2014年1月14日火曜日

今朝の花見川

弁天橋から日の出の写真を久しぶりに撮りました。

弁天橋から撮った花見川の日の出
2枚の写真をフォトショップの機能で接合

水面では、カワウが二羽盛んに餌をとっていました。

弁天橋から下流方向

早朝散歩は主にフィジカル効果を期待して継続していますが、最近は頭の中では印旛沼筋河川争奪仮説のあれこれを考えています。これぞというアイディアは殆ど早朝散歩中に浮かびます。


今朝の散歩では、昨日書いた柱状図の記事内容を反芻する中で、河川争奪要因の一つが地質柱状図から読み取れるかもしれないことに気がつきました。興味が深まりましたので、さらに検討を深めたいと思います。

2014年1月13日月曜日

印旛沼筋付近の下総下位面柱状図

花見川流域の小崖地形 その97 (千葉県北部地形の学習 2

2014.01.12記事「印旛沼筋=古利根川旧流路説を誘発したキーワード」で杉原(1970)論文の中に「名残川」というキーワードがあるため、そのキーワードから誘発されて印旛沼筋=古利根川旧流路説が生れたというストーリーを述べました。

地形的には、地図をよく見れば、おそらく誰でも、古利根川の分流が流れたという方向の反対の方向に河川が流れたと直感することになります。

この記事では、杉原(1970)論文掲載の地質柱状図を学習して、上記問題を考えてみます。

次の図は杉原(1970)論文掲載地形分類図と下総下位面柱状図です。(原図はモノクロでもう少し精細なデータですが、ここでは理解しやすくするために「千葉県の自然誌」掲載のカラー版図版を使います。)

杉原(1970)論文掲載地形分類図と下総下位面柱状図の位置
この図には印旛沼筋の地質検討に関連する5箇所のポイントに印を付けてあります。

この5箇所のポイントの柱状図を標高に対応させて配置し直してみました。

印旛沼筋の柱状図を標高に対応して配置した図

地層の状況は柱状図180197169と柱状図162227に分けて考えることができると直感します。

柱状図180197169は竜ケ崎砂層+常総粘土層+下末吉ローム層を合わせた層厚が5mほどあります。
ところが、柱状図1621mほど、柱状図2272.5mほどです。

柱状図180197169は下総上位面分布域(陸域)の外側に位置していて、地層が堆積していく環境が強かったことを示していると思います。

一方、柱状図162227は下総上位面分布域(陸域)の内側に位置していて、地層が堆積していく環境があまり強くなかったことを示していると思います。

つまり、柱状図180197169は平野的環境を、柱状図162227は相対比較的に山地的環境を表現しています。

柱状図180197169の地形面及び竜ケ崎砂層基底面が低く、柱状図162227のそれが高いのは100%地殻変動(関東造盆地運動)によるものであると考えることは現実的ではないと思います。

地形面形成当時においても、柱状図180197169付近の標高は低く、柱状図162227付近の標高は高かったと考えることが、柱状図から読み取れる平野的環境と山地的環境の差に整合的です。

一般論から云えば、印旛沼筋の谷津は山地的環境から平地的環境に流れたと考えることができます。

地質柱状図から言えることは、地形から言えるのと同じように、印旛沼筋は北西方向に向かって(手賀沼方向に向かって)流れたということです。


杉原(1970)の地質柱状図から判明する印旛沼筋の流れと、現在の流れの方向が真逆ですから、印旛沼筋河川争奪仮説を考えざるを得ません。