2021年9月29日水曜日

294土器破片の分布と出土層準 下流部編

 この記事では2021.09.26記事「294土器破片の分布と出土層準 上流部編」につづき下流部について検討します。

1 294土器破片の全体分布と下流部作業図


294土器破片の分布と断面図との対比


294土器作業図 下流部

2 294土器の下流部破片分布


294土器下流部破片分布図

・破片14~19が貝層あるいは貝層直近で分布し、ある程度まとまっています。しかし、破片20は貝層から離れて孤立的に分布します。

・破片14~20が上流部から流れてきて堆積したと仮定すると破片14→15→16・17→19と堆積高度が上昇することは説明できません。従って破片分布は水流流下以外の要因によることが明白です。平面分布でも破片19はガリー流路から離れていて上流部からの流下という視点で捉えることはできません。

3 294土器の下流部出土層準


第11断面 破片14の投影


第12断面 破片15~17の投影


第13断面 破片18・19の投影


第15断面 破片20の投影

ア 第11断面における294土器の出土層準


第11断面における294土器の出土層準

発掘調査報告書ではこの断面を第1段階から第4段階まで時間順に区分していますが、294土器破片は第1段階と第3段階の境付近から出土しています。

イ 第12断面における294土器の出土層準


第12断面における294土器の出土層準

斜面を下るように分布する純貝層(ピンク)下の混貝土層(黄色)の途中から294土器破片が出土します。この関係は第11断面と同じです。

ウ 第13断面における294土器の出土層準


第13断面における294土器の出土層準

破片19は実際は貝層から出土していますが、50㎝離れた第13断面に投影表示した結果土層から出土したような表現になっています。しかし、破片19の断面上の位置は明らかに図左から右に下る斜面であることを確認できます。この資料から破片19はガリー流路に沿って上流から運ばれてきたものでないことが確実に確認できます。

エ 第15断面における294土器の出土層準


第15断面における294土器の出土層準

破片20はガリー流路の端から出土しています。

4 感想・メモ

ア 貝層の対比

294土器が破壊されてその破片が広域に分布していますが、それが出土した断面図上の位置、つまり出土層準が略推定できました。断面図上にその位置を点線で示してあります。その点線が294土器破片が分布した時点の地形面を表現していると考えることができます。断面図間の対比は発掘調査報告書でも行っていませんが、それができる可能性を294土器破片の検討から確かめることができました。破片が断面図をまたぐ土器を使って統計的に出土層準情報を処理して断面図間の貝層対比作業を行い、北斜面貝層の発達史を浮かび上がらせることにします。

イ 294土器破片の分布要因

294土器破片の分布は下流部ではガリー流路水流による運搬ではないことを知ることができました。人による散布以外に考えることはできません。上流部でも水流による運搬では説明が困難な分布となっています。これらを総合すると294土器は破壊され破片となってからガリー流路沿いに人によって運搬散布されたと仮説できます。今後他の土器の様子も観察しながら、土器破片分布要因特定の最終結論を得たいと思います。


2021年9月28日火曜日

縄文時代と鳥

 突然ですが縄文時代と鳥との関係について自分の興味が深まっていますのでメモします。

1 縄文出土物と鳥(空想)

以前から縄文時代出土物に鳥イメージを天真爛漫に投影してその思考を楽しむことが多くありました。


イナウと鳥に関する空想

2018.08.20記事「縄文後期イナウ似木製品に関する考察

●棒状木製品と水鳥に関する空想


飛翔する水鳥の形状


飛翔する水鳥の首から頭部にかけての形状区分


雷下遺跡出土棒状木製品アと水鳥形状区分


亀田泥炭遺跡出土棒状木製品アと水鳥形状区分


渋谷貝塚出土棒状木製品アと水鳥形状区分

2019.06.10記事「雷下遺跡等3遺跡から出土した棒状木製品に関する鳥形作業仮説


鳥をイメージしていると空想した舟形土器

2019.05.13記事「阿玉台式土器 注口付舟形鉢形土器(ヲサル山遺跡出土) 展示3Dモデル

2 縄文時代と鳥に関するある図書の記述

土偶に関連して学習している設楽博己著「顔の考古学 異形の精神史」(2021、吉川弘文館)の中で、弥生時代の鳥信仰に関連した次のような記述を見つけました。

「鹿にしても鳥にしても、縄文時代に信仰の対象ではなかつた。すくなくとも好んで土製品や絵画の材料にされることはなかつた。鹿や鳥の絵は弥生時代になるとにわかに増えるのに加えて、それらが稲作と結びついているところからすれば、この思想は大陸から農耕とともにもたらされたと考えるのが妥当であろう。縄文時代にはなかつた土偶の頭頂部の隆起帯は、こうした鳥の信仰によって縄文時代の土偶が変化したことを物語る。」

鳥が縄文時代に信仰の対象ではなかったと断言されているところに大いにショックを受けました。自分がこれまで鳥を縄文遺物に投影して思考してきたことが全面否定されたと感じたからです。

この図書は最初つまみ食い的に縄文土偶の知識を入手し、あとは軽く流して読めばよいとタカをくくっていました。ところが、読むうちにその内容の重要性・重大性に気が付き、すっかり設楽博己ファンになっていたので、縄文時代鳥信仰否定は大ショックでした。

また、この頃Twitter美華さんが次のようなツィートをされて、自分の縄文の鳥に関する問題意識が否が応でも高まりました。

「弥生時代

農耕の影響や外来の影響はあれど

鳥を神聖視し、後の神道への影響にまで続く

縄文人は鳥にどんな概念を持っていたか.

鳥、食べてはいるんですよね

宗教観や死生観にどんな変化があったか

鳥を どう見ていたか...

凄く気になる...

弥生時代 鳥の格好にも見えるシャーマン(写真)」美華さん2021.09.07ツィート引用

3 鳥との関係が確実視される縄文出土物

そんな中で自分が鳥との関係が確実視されている縄文出土物を既に観察していたことに偶然気が付きました。


鳥形突起

ブログ記事も書いていて、3Dモデルを作成しいろいろと感想をメモしています。

2021.04.01「千葉市動物公園に展示されている鳥形突起(縄文後期初頭)

この観察を思い出し「鳥は縄文時代には信仰の対象ではなかった。」という断言をそのまま無批判的に受け入れる必要はないことに気が付きました。この断言が正しいという保証は無いことに気が付きました。むしろ時期や地域を限定すれば信仰の対象であったからこそその遺物が出土していると考えるようになりました。

このような経緯があり、縄文時代と鳥との関係を継続的に、細々になるかもしれませんが、学習していくことにします。

「1縄文出土物と鳥(空想)」で列挙した空想がどれだけ間違っているのか、あるいは合っているのか、そのおおよその評価ができる程度まで学習を深めたいとおもいます。

4 縄文時代と鳥

web検索や縄文土器総覧を読むと縄文後期に関東一円で鳥形把手のついた土器が出土し、三反田蜆塚貝塚(茨城県ひたちなか市)では埋葬されたオジロワシ全身骨格が出土し、鳥形土製品も出土していることを知りました。

また、称名寺式深鉢の一部には鳥形把手が口縁部に内側を向くようにつけられているものがあり、土器自体を鳥とみなし、羽根をひろげて求愛ダンスのようにも見えると考えられていることも知りました。千葉市動物公園展示鳥形突起はまさにその土器の把手であったようです。


称名寺式のトリ

総覧縄文土器から引用


北陸の「鳥さん土器」

総覧縄文土器から引用

今後情報を収集し、縄文鳥学習を楽しむことにします。

2021年9月26日日曜日

294土器破片の分布と出土層準 上流部編

 294土器の分布と出土層準を上流部と下流部に分けて検討します。この記事では上流部について検討します。


294土器破片の分布と断面図との対応


294土器作業図

破片1~13を上流部、破片14~20を下流部として扱います。

1 294土器の上流部破片分布


294土器上流部破片分布図

・破片1が最上流部に孤立して分布していて不自然に感じます。この場所は異常降水時にガリー侵食地形が発達した場所です。しかし、流域面積は極小ですから異常降水時といえども水量はあまりありません。従って水流が土器破片を運搬する力はあまりありません。破片1の場所で土器が破壊され、その場所に全部置かれた場合、その付近に大きな破片が残り、小さな破片が遠方まで運ばれるという分布になると考えられます。

・最大破片13が上流部域最下流にあり、不自然です。また破片13は被熱していて風化が進んでいます。


最大破片13の出土の様子


破片13被熱・風化の様子

・破片1,破片2~10、破片11・12、破片13の4つのグループに分かれて分布するように観察できます。

・破片1~13はガリー流路の縦断勾配に沿って分布するように観察できます。294土器破片分布がガリー流路存在と深く関わっていることは確実です。

2 294土器の上流部出土層準


第1断面図 破片1の投影


第2断面図 破片1~10の投影


第4断面図 破片11・12の投影


第5断面図 破片13の投影

ア 破片1の出土層準

破片1は第1断面図、第2断面図の双方からおよそ2m離れていて、その出土層準略推定が困難ですが次の情報を得ることができました。

以前下総層群上面高度分布図を作成しましたが、その図に破片1の場所を書き込んでみました。


下総層群上面高度分布図と破片1

この図から破片1の場所の下総層群上面高度(基盤地形高度)は28mと少々の値になります。一方破片1の出土高度も28m少々です。この関係から破片1の出土は混貝土層(黄色の貝層)の最下部付近にあたるのではないかと推定できます。

破片1のある付近はガリー流路谷頭部の平坦面が発達する場所ですが、その上に厚く堆積する混貝土層(黄色の貝層)のほとんどは294土器破片1以後の堆積であると考えてよさそうです。


完掘して現出した谷頭部の平坦面(下総層群上面の地形)

一番奥平坦面が294土器破片1が出土したと考える平坦面です。

イ 第2断面における294土器の出土層準

破片2~10を第2断面に投影しましたが、断面からの距離が離れているものは正確性がかけます。断面に近い破片6を参考にすると、294土器破片が堆積した時点の層準は次の図で示すことができます。


第2断面図 294土器推定出土層準

この付近では既に混貝土層の堆積があり、その上に294土器破片が堆積したと考えます。

ウ 第4断面図における294土器の出土層準

破片11と12を第4断面図に投影しました。この結果から次に示すような294土器推定出土層準図を作成しました。


第4断面図 294土器推定出土層準

図の注記で「第205図における土器出土層準」が線で示されていますが、実際は線で示される貝層の上に土器が乗っている様子が現場写真から確認できます。

第4断面図も第2断面図と同じく、294土器は既に形成された混貝土層の上に堆積しました。

エ 第5断面図における294土器の出土層準

破片13を第5断面図に投影しました。この結果から次に示す294土器推定出土層準図を作成しました。


第5断面図 294土器推定出土層準


294土器破片13出土の様子(中央白い三角が破片13)

図の注記「第205図における土器出土層準」で示される土層(茶色)の上に破片13があり、さらにその上に混貝土層(黄色)があることを確認できます。

この付近では294土器堆積以前に貝層の発達はほとんど無いようです。

3 感想・メモ

・294土器破片の分布はガリー流路と深いかかわりがありますが、水流により上流から下流に運ばれ分布したことがメインにはならないようです。人によって運ばれ要所要所に置かれたという行為が最初にあり、それが水流の影響を受けて修飾されたという印象を受けます。

・294土器の出土層準略推定により294土器堆積前と堆積以後の地層を区分できました。断面2~4では294土器破片堆積前に混貝土層の堆積が既にあり、それより上流と下流ではそれがないことをイメージできました。北斜面貝層の形成史を考える上で画期的な知識になります。

2021年9月25日土曜日

294土器破片の分布・高度・出土層準作業図の作成

 同一土器破片分布図作成のための資料を作成しましたので、試しに294土器について分布図を作成し、出土高度を把握し、断面図にプロットして出土層準を確認する作業を行ってみました。

2021.09.23記事「同一土器破片分布図作成のための資料作成」参照

1 294土器


294土器 加曽利貝塚博物館で展示されたときの様子

294土器は加曽利EⅡ式キャリパー形土器で、有吉北貝塚出土最大級土器です。294土器が含まれる第11群土器の発掘調査報告書における説明を次に掲載します。

「第11群(273~338) 加曽利EⅡ式の最終段階にあたる。連弧文系土器が減少してキャリパー形土器が主体となるが、第10群段階にみられた整った渦巻文が崩れだし、円文化の傾向が現れる。文様の施文方法も粗雑化し、器形的にも緩やかなカーブを描く整ったキャリパー形から次第に直線的なものが多くなる。加曽利EⅢ式の特徴である磨消懸垂文の幅広化や口縁部文様帯との癒着傾向が早くも現出し始める段階でもある。第10群段階では皆無に等しかった、波状口縁を呈するものや突起、把手が付される例も存在している。有吉北貝塚の北斜面貝層への投廃棄は本段階が最も盛んであるといえる。」

2 294土器破片の分布・高度・出土層準作業図


294土器破片分布と断面図投影との関係

294土器破片は20個が分布図に掲載されています。それらの破片を直近の断面図に投影して出土層準を略推定します。


作業図上流部


作業図下流部

作業図を作成することにより、294土器破片の分布・高度・断面図出土層準の略推定ができました。出土層準のコメントは説明的な図面を作成してから行います。この記事では分布と高度について感想をメモします。

3 294土器破片分布・高度に関する感想

ア 分布の全体像が納得できない。

294土器がある場所で破壊されて多くの破片になり、それがガリー水流の営力で下流にながされて堆積したと仮定してみます。その仮定で20個破片の平面分布をみるとあまり納得できません。2から13番までは水流の力で運ばれて分布が広がったと考えて問題は生まれません。しかし、1が一つだけ最上流部に孤立して分布します。不自然です。また14~20が2~13とかけ離れて分布します。これも不自然です。

イ 下流部の高度分布が異状


上流部の高度分布

上流部の高度分布は河床勾配に従っているようにみえます。


下流部の高度分布

下流部14~20破片の高度分布は14→17、18→19で逆勾配となります。破片が水流で下流に運ばれたと考えると矛盾であり、異常です。

ウ 294土器破片がばら撒かれた可能性

アとイから、294土器破片分布は単純な水流による拡散ではなく、人為的にばら撒かれた可能性が浮かび上がります。

今後出土層準情報による分析を含めて詳しく検討することにします。

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4 関連情報 294土器に関する2019.03.08記事での分析

2019.03.08記事「加曽利EⅡ式円文楕円形区画文土器の観察」で破片13が被熱していることを分析しています。

被熱は土器破壊後であることが明白ですから、294土器は破壊された後北斜面貝層で、おそらく破片13出土場所で被熱したことになります。破片13に関連して何らかの祭祀が行われたことが想像できます。


被熱し損傷しているピースの存在

つづく


2021年9月23日木曜日

同一土器破片分布図作成のための資料作成

 有吉北貝塚北斜面貝層出土同一土器について、その破片分布図をつくるための基礎資料を作成しました。個別土器についての名寄せ作業をしたことになります。

1 同一土器破片分布図作成用資料

北斜面貝層土器破片分布図は4枚の図面にわかれて記載されていますが、そこに掲載されている全土器番号をメッシュごとに整理して、土器番号からその分布情報を検索できる資料を作成しました。


同一土器破片分布図作成用資料(一覧表)Excel画面部分


同一土器破片分布図作成用資料(図面)illustrator画面部分

第2群土器(阿玉台Ⅰb式土器)から第12群土器(加曽利EⅢ式土器)までの185土器の破片分布図が作成可能になりました。

2 土器破片分布図の試作

ア 294土器と395土器破片分布図の正確性の確認

2021.09.21記事「同一土器破片の広域分布に気が付く うれしい誤算」で作成した294土器と395土器破片分布図の正確性を、今回作成した資料で確認しました。


294土器


294土器破片分布図


395土器


395土器破片分布図

イ 245土器(連弧文系土器)破片分布図


245土器


245土器破片分布図

ウ 246土器(連弧文系土器)破片分布図


246土器


246土器破片分布図

エ 339土器(加曽利EⅢ式キャリパー形土器)破片分布図


339土器


339土器破片分布図

3 感想

ア 断面図をまたぐ貝層層準の対比

185土器の破片平面分布図と破片投影断面図分布を対応させて、破片出土層準を略推定し、断面図をまたぐ層準対比図作成にチャレンジすることにします。(発掘調査報告書では断面図をまたぐ検討は行われていません。)

イ 土器片分布要因の検討

5土器の破片分布図を並べて観察するとガリー流路沿いに分布しています。今後、断面図に対応させて破片別に出土層準を略推定した資料を作成して、分布の意義について検討することにします。現時点では次のような2つの要因について検討になるのではないかと考えています。

土器片分布要因に関する可能性

1 どこかで土器が破壊され、その場所から出水時のガリー水流で流され、広域に分布するようになった。(主に自然営力で分布)

2 どこかで土器が破壊され、その破片を縄文人が流路沿いにばら撒いて歩いた。(主に人為活動で分布)