2019年5月31日金曜日

縄文早期形式不明条痕文土器 市川市雷下遺跡(5)地点 観察記録3Dモデル

縄文土器学習 141

市立市川考古博物館に展示されている雷下遺跡(5)地点出土の縄文早期形式不明条痕文土器の観察記録3Dモデルを作成しました。

縄文早期形式不明条痕文土器 市川市雷下遺跡(5)地点 観察記録3Dモデル
撮影場所:市立市川考古博物館
撮影月日:2019.05.24
強反射ガラス面越し撮影
参考 右側土器は茅山上層式土器

メモ
・口縁部は2単位波状のようです。波状の凹部(右側)は復元未完のようです。(直上からみると3単位であったようにも見えます。)
・直射日光の強い反射がガラス面にある悪条件下での観察記録のためゴミが多く発生しています。(ゴミを除去しても別の場所により不都合なゴミが発生する場合が多いことと、ゴミ発生場所に正常な3D画面を生成することは原理的に出来ませんから、観察記録3Dモデルでのゴミ除去は最小限作業とします。)

加曽利B2式土器 西根遺跡 補修孔付き5単位波状口縁土器

縄文土器学習 140

西根遺跡出土加曽利B2式土器の観察を行っています。この記事では補修孔付き5単位波状口縁土器を観察します。

1 377番土器

377番土器 (千葉県教育委員会所蔵)
・5単位の波状口縁土器です。

377番土器 部分拡大 (千葉県教育委員会所蔵)
・横走沈線で区画視された部分に沈線で矢羽状線文が描かれています。

377番土器報告書掲載写真
西根遺跡発掘調査報告書から引用

377番土器挿図
西根遺跡発掘調査報告書から引用

377番土器観察表
西根遺跡発掘調査報告書から引用

2 発掘調査報告書における377番土器の記載
「377は5単位の波状口縁で、胴部中位の横走の沈線区画内に矢羽状線文を充填する。施文は下位から上位に向かって行われている。無文部は丁寧なミガキがなされる。口縁部に補修孔がみられる。」
西根遺跡発掘調査報告書から引用

3 377番土器内部

377番土器内部 (千葉県教育委員会所蔵)

補修孔
・波状口縁の凹んだ付近に補修孔1点が観察できます。土器内面から孔を丁寧に掘っています。孔は正円に近い形状です。
・波状口縁の凹んだ付近は力学的に弱い部分で、この部分に入ったヒビが拡大しないように2つの補修孔を開け紐で結んだものと想像します。

4 メモ
・第4集中地点出土、口径29.0cm、底径10.4cm、器高29.0cm、容量3.9リットルの5単位波状口縁精製深鉢です。残存率は70%です。
・被熱を受けています。
・補修孔があることからヒビが入ってからも丁寧に扱われたことがわかります。またヒビが入ってからは、少なくとも補修孔より上まで液体を満たしたことはないと想像します。

2019年5月29日水曜日

加曽利B2式土器 西根遺跡 漆塗り算盤珠形土器

縄文土器学習 139

西根遺跡出土加曽利B2式土器の観察を行っています。この記事では漆塗り算盤珠形土器を観察します。

1 446番土器

446番土器 (千葉県教育委員会所蔵)
・算盤珠形土器といわれる器形をしています。土器下部には被熱痕が観察できます。
・土器全体が黒色です。

446番土器部分拡大 (千葉県教育委員会所蔵)

446番土器報告書掲載写真
西根遺跡発掘調査報告書から引用

446番土器挿図
西根遺跡発掘調査報告書から引用

446番土器観察表
西根遺跡発掘調査報告書から引用

2 発掘調査報告書における446番土器の記載
「446~462は算盤珠形の精製鉢形土器L類であり、肩部に磨消縄文帯がある。446は肩部の文様は5単位で、対弧文と円形文があり、円形文中央に縦に区画する貼付文を垂下し、その上側に連続した刻みを加え、垂下文の両側に沈線を配している。この部分の縄文のみ沈線の後で縦方向施文する。屈折部に連続した刻み、胴部上半に円形竹管文を垂下沈線と横走沈線の切れ目にほぼ2列に入れる。文様帯部分の地文に細かいLRの縄文を施している。施文順位は縄文、沈線、円形竹管の順である。胴部中位以下はミガキが施される。」
西根遺跡発掘調査報告書から引用

3 446番土器内部

446番土器内部 (千葉県教育委員会所蔵)

漆残存部分
・土器内面の一部に明瞭な漆残存を観察できます。この土器は漆塗りの鮮やかな黒色土器であったと考えられます。
・漆はC14年代測定が行われその較正歴年代は3270±60calBPという結果が出ています。

4 メモ
・第4集中地点出土、口径21.1cm、底径6.8cm、器高24.8cm、容量6.2リットルの精製鉢(算盤珠形土器)です。残存度は75%です。
・被熱を受けています。
・漆による黒色処理が行われています。低地遺跡であることから漆が残存したと想定できます。
・漆のC14年代測定は3270±60calBPという結果が出ています。

2019年5月28日火曜日

縄文草創期隆起線文土器片の3Dモデル化成功

縄文土器学習 138

縄文草創期隆起線文土器のかけらに観察される微細な模様・凹凸を3Dモデルにすることができました。2月の観察では初歩的なミスで失敗したのですが、5月27日の資料閲覧での撮影写真でようやく3Dモデル化に成功しました。

一鍬田甚兵衛山南遺跡出土隆起線文土器片の3Dモデル 44図-5土器 (千葉県教育委員会所蔵)

44図-5土器の挿図
一鍬田甚兵衛山南遺跡発掘調査報告書から引用
土器片の大きさは大よそ3.5cm×3.5cmです。

隆起線文と口唇部の微細な刻みを3Dモデルで表現することができました。自分の技術レベルでは「快挙」です。
ボーっとしながら撮った写真を見返すだけではこれらの模様・凹凸を観察できるとは限りません。
閲覧した隆起線文土器片5点と共伴出土尖頭器5点・矢柄研磨機1点の3Dモデルを作成して順次観察考察できることは素晴らしい学習体験となります。
一鍬田甚兵衛山南遺跡出土資料の閲覧を2回にわたり許可していただいた千葉県教育委員会に感謝します。

加曽利B2式土器 西根遺跡 オコゲべったり土器

縄文土器学習 137

西根遺跡出土加曽利B2式土器の観察を行います。この記事ではオコゲがべったりつく容量46リットルの大きな粗製深鉢を観察します。

1 64番土器

64番土器 A面 (千葉県教育委員会所蔵)

64番土器 B面 (千葉県教育委員会所蔵)

64番土器挿図
西根遺跡発掘調査報告書から引用

64番土器観察表
西根遺跡発掘調査報告書から引用

2 64番土器写真拡大

64番土器A面1 (千葉県教育委員会所蔵)

・上部はススで真黒くなっています。

64番土器A面2 (千葉県教育委員会所蔵)

・下部は被熱で白くなっています。土器の底付近まで白くなっているので、土器の底付近から焔を受けていたと考えられます。

64番土器B面1 (千葉県教育委員会所蔵)

・土器上部はススで完全に真っ黒になっています。

64番土器B面2 (千葉県教育委員会所蔵)

・土器下部の焔で白くなった部分の途中に黒い帯があります。その黒い帯は炉の土器固定具の跡であると想定します。炉の土器固定具は廃用土器リサイクル品であったのではないだろうかと想像します。

3 64番土器内部写真

64番土器内部写真 (千葉県教育委員会所蔵)

・土器内側口縁部直下に太い2本の沈線が刻み込まれています。

64番土器内部写真 拡大 (千葉県教育委員会所蔵)

・土器内部底付近にオコゲが分厚くこびり付いています。

4 メモ
・第1集中地点出土、口径49cm、底径13.2cm、器高55.2cm、容量46.2リットルの粗製深鉢です。残存度は全体で90%です。
・被熱の跡が顕著です。内部底部に分厚くオコゲが付着しています。大量堅果類の煮沸に使われたと想定できます。
・ほとんど完形の姿を残す巨大廃用土器をわざわざ丸木舟で西根遺跡まで運び、そこで破壊したと想定できます。

5 空想
この土器を破壊する時の様子を以前次のように空想しました。

土器破壊の空想



2019年5月27日月曜日

加曽利B2式土器 容量約70リットルの巨大壺

縄文土器学習 136

西根遺跡出土加曽利B2式土器の観察を行います。この記事では容量約70リットルの巨大壺を観察します。

1 437番土器

437番土器 A面 (千葉県教育委員会所蔵)

437番土器 B面 (千葉県教育委員会所蔵)

437番土器挿図
西根遺跡発掘調査報告書から引用

437番土器観察表
西根遺跡発掘調査報告書から引用

2 437番土器写真拡大

437番土器A面1 写真倒立 (千葉県教育委員会所蔵)

437番土器A面2 写真倒立 (千葉県教育委員会所蔵)

437番土器B面1 写真倒立 (千葉県教育委員会所蔵)

437番土器B面2 写真倒立 (千葉県教育委員会所蔵)

3 メモ
・第4集中地点出土、口径35.7cm、底径8.8cm、器高74.1cm、容量69.7リットルの粗製壺で西根遺跡出土土器の最大級のものです。残存度は90%で底部外側下端が摩滅しています。
・強く被熱していて大量堅果類の煮沸に使われたと想定できます。
・ほとんど完形の姿を残す巨大廃用土器をわざわざ丸木舟で西根遺跡まで運び、そこで破壊したと想定できます。

2019年5月26日日曜日

加曽利B2式土器 西根遺跡 その1

縄文土器学習 135

縄文土器を形式別に観察しています。
この記事から加曽利B2式土器の学習を始めます。しばらくの間、西根遺跡出土加曽利B2式土器について少し深い学習を行います。
なお、「総覧縄文土器」が手元に到着しましたので、それによる加曽利B式土器編年図を掲載します。

1 「総覧縄文土器」による加曽利B式土器編年図

「総覧縄文土器」による加曽利B式土器編年図 左

「総覧縄文土器」による加曽利B式土器編年図 右

手元資料では「総覧縄文土器」の加曽利B式土器説明が他書より詳しくかつ最新情報であると捉えることができます。加曽利B2式土器に関して西根遺跡発掘調査報告書成果も反映(検討評価対象)されています。

2 西根遺跡加曽利B2式土器閲覧について
2017年6月28日に西根遺跡出土物(縄文~奈良平安時代の土器、木製品計23点)を閲覧する機会を得ました。この中に加曽利B2式土器10点が含まれていますので、このシリーズ記事で閲覧土器について改めて観察するとともに、西根遺跡における加曽利B2式土器の分布や出土状況等について検討を深めることにします。

閲覧土器 例1 西根遺跡出土加曽利B2式土器 精製深鉢 (千葉県教育委員会所蔵)

閲覧土器 例2 西根遺跡出土加曽利B2式土器 粗製深鉢 (千葉県教育委員会所蔵)

閲覧土器 例3 西根遺跡出土加曽利B2式土器 精製鉢 (千葉県教育委員会所蔵)

西根遺跡発掘調査報告書では出土土器を形態と文様から40に分類して分布状況等との関連を分析しています。この分析に対して「総覧縄文土器」が詳しく言及評価していますので、両方を合わせて順次学習することにします。

縄文土器変遷図(一部分)
西根遺跡発掘調査報告書から引用

次の記事以降から西根遺跡加曽利B2土器について学習を行います。

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学習チェックリスト






2019年5月25日土曜日

めまいと浦島太郎感

市立市川考古博物館を訪問しました。
貝塚は幼稚園の遠足で見る者がなんともうれしくなる光景となっていました。

堀之内貝塚の幼稚園の遠足

縄文土器の3Dモデル作成のための写真撮影という取材目的は達成することが出来たと思います。430シャッター×5フィルター=2150ファイル(13.3G)がカメラに貯まりました。

最後に館で販売している図書を購入しまたが、待っている間に展示されている4000年前の堀之内貝塚付近の様子を写真に撮りました。

約4000年前の推定海岸線
堀之内貝塚から台地をくだり、谷津を通って海に出た様子がしのばれます。

この後、館の外にでてすぐそばにある展望ポイントから付近を眺めました。

市立市川考古博物館脇の展望ポインからの展望

ア めまい
急に明るいところに出たせいか、軽くめまいがしました。しかし、単なるフィジカルなめまいではないようす。

イ 浦島太郎感
風景をよく見るとどうも本来の尾根が全部そのまま削除されてしまったような大規模地形改変の現場のようです。さらによくみると外環道の地上部分道路が走っています。外環道の堀割の上部も見えます。
めまいの原因のひとつが地形改変と外環道を直視したことにあることに気が付きました。幼稚園児が遊ぶレトロな雰囲気の公園のすぐ近くにこのような光景が存在していることを全く予期していなかったので、めまいがしたのだと思います。同時に浦島太郎感のような感情が湧きました。自動車でこの道路を走った時は感情を味わう余裕はありませんでしたが、風景としてみると、未来世界に迷い込んだような感情が湧きだします。長い間待たされてようやく実現した外環道と自分の年齢を一緒に考えたのだと思います。

ウ 縄文人に説明する
自分を浦島太郎というほどならば、もしこの場に堀之内貝塚縄文人がきてこの光景をみたらどうなるか、想像が想像を呼びました。
縄文人がただただ驚き、状況を理解できないであろうことは想像に難くありません。
かりに私に縄文語が話せる能力があったとして、どのようにこの光景を説明するか空想してみました。
外環道について理解してもらおうと空想しました。
1 「道路」
空想を始めたとたん、「道路」(道)という言葉が縄文語にあるかどうか確認する必要があることに気が付きました。
集落から谷津におりる縄文時代道路遺構がありますから、また集落間をむすぶ固定通路は当然存在していたであろうから「道路」概念はあったと思います。
しかし、構造物としての道路(人が土木工事をして計画的につくる道路)の意識は極めて弱かったかもしれないと空想します。
はたして縄文人に構造物としての道路(風景としての道路)の存在を理解してもらえるかどうか不安です。
2 「乗り物」
道路を走る「乗り物」という言葉が縄文語にはないから説明できないだろうと考えました。縄文時代にある「乗り物」は人の肩と丸木舟(や筏)、(動力源のない)ソリくらいだけだと理解します。丸木舟やソリを一般化して「乗り物」という概念が生れていたとは考えづらいです。馬も車輪もないのですから陸上の「乗り物」は説明困難です。

めまいの感覚のなかで、その他いろいろと空想しました。

エ めまいのなかで得た気づき
フィジカルなめまいの後ろに人生の浦島太郎感があり、さらにその先に縄文人との会話がありました。
まったくたまたまの例ですが、思考実験的に、縄文人と道路とか乗り物について話をしようとすると、自分が縄文人が持っている概念・言葉について何も知らないことがわかりました。
縄文人が持っている概念・言葉そのものは直接わからなくても、縄文遺跡・遺構・遺物を子細に観察すれば、縄文人の概念・言葉が現代と比較してどうだったのか、その差分イメージを類推することはできるかもしれないと直観(楽観)しました。

縄文の興味は煎じ詰めて煎じ詰めて行けば、最後は遺跡・遺構・遺物そのものではなく、それ作った・使った縄文人という人間そのものにあることを確認できました。

縄文学習の目的は遺跡・遺構・遺物を媒介にして縄文人と会話できるようになることであると考えました。





2019年5月23日木曜日

獣面把手土器ドラマチックトーンバージョン3Dモデル

縄文土器学習 134

海老ケ作貝塚出土獣面把手土器を対象に、撮影時に設定していた好みの写真フィルターで3Dモデルが作成できるかテストしてみました。

1 リーニュクレール画像による3Dモデル作成チャレンジ
リーニュクレール画像(劇画風画像)は自分が大好きな画像ですから、これで3Dモデルが作成できれば土器学習が楽しいものになります。

リーニュクレール画像

大いに期待して3Dモデル作成作業をおこなったのですが、ソフトが日本語で「厄介です」と答えてきて作成失敗しました。
残念です。

2 ドラマチックトーン画像による3Dモデル作成
ドラマチックトーン画像はコントラストが高くなり、同時に影が濃くなるフィルターです。

ドラマチックトーン画像

このフィルター写真では3Dモデルが作成できました。

船橋市海老ケ作貝塚出土獣面把手土器3Dモデル(ドラマチックトーンバージョン)

しかしこの3Dモデルよりも、下に示すいつも使うフィルター写真による3Dモデルの方が見やすいように感じます。

今回はリーニュクレール画像では3Dモデルは出来ないこととドラマチックトーン画像では出来るということに気がつくことができました。ドラマチックトーン画像による3Dモデルの活用場面があるか、選択肢が増えたことで満足することにします。

参考 最初に作成した船橋市海老ケ作貝塚出土獣面把手土器3Dモデル

3Dモデル作成に使った画像

 

加曽利B1式土器 加曽利貝塚出土

縄文土器学習 133

縄文土器を形式別に観察しています。
この記事から加曽利B式土器の学習を始めます。

1 加曽利B式土器区分
加曽利B式土器はB1式、B2式、B3式に細分されています。その細分を示す図版を3種類示して自分の脳裏に焼き付けることにします。

「千葉県の歴史 資料編 考古4(遺跡・遺構・遺物)」の加曽利B式土器細分図版

「日本土器事典」の加曽利B式土器細分図版
上赤囲みが加曽利B1式、その下囲み無しが加曽利B2式、下赤囲みが加曽利B3式

「縄文土器大観」の加曽利B式土器細分図版

・加曽利B式土器では粗製土器と精製土器が出土する。
・特殊器形としての異形台付土器が伴う。
・加曽利B1式では堀之内2式から連続性のある3単位の波状縁の深鉢が代表的である。口縁部裏に沈線が引かれるものがある。
・加曽利B2式では3単位波状縁深鉢のほかに算盤玉状に張る独特の器形が登場する。
・加曽利B3式では3単位波状縁深鉢が衰退し把手は扁平な対称形のものとなる。

2 加曽利B1式土器(加曽利貝塚出土)の観察

加曽利B1式土器(加曽利貝塚出土)
加曽利貝塚博物館展示

参考 双口異形土器(加曽利B1式)(加曽利貝塚出土)複製
加曽利貝塚博物館展示

参考 口縁部裏側に沈線のある加曽利B式土器(古期)
左は横浜市高田貝塚出土、右は千葉市矢作貝塚出土 山内清男編「日本先史土器図譜」から引用
口縁部裏側沈線は堀之内式土器からの影響であると山之内清男は述べています。

3 加曽利B式土器の較正年代

加曽利B式土器の較正年代
小澤政彦先生講演「東関東(千葉県域)の加曽利E式」資料(2019.02.24)では加曽利B式土器の較正年代が3900~3420年前calBPとなっています。

加曽利B式土器の分布は別記事で検討します。
引き続き加曽利B2式、B3式の観察を行います。

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学習チェックリスト