2021年5月31日月曜日

有吉北貝塚 北斜面貝層 土器出土状況の予察観察

 縄文社会消長分析学習 95

有吉北貝塚北斜面貝層土器出土状況資料を整理して予察観察を行いました。

1 有吉北貝塚北斜面貝層土器出土状況の予察観察


有吉北貝塚北斜面貝層土器出土状況

有吉北貝塚発掘調査報告書掲載資料を引用編集

この土器出土状況図を予察的に検討して、その結果を次にまとめました。


有吉北貝塚北斜面貝層土器出土状況の予察的検討

1-1 土器分布は大局的に上流側と下流側に分かれる

上流側(南側)では土器分布は主にガリー谷底と考えられる場所に集中的に出土します。下流側(北側)の土器分布は斜面と谷津谷底に分かれて分布し、上流側と比較すると分布密度が低くなっています。上流側と下流側の間には土器分布が散漫になる場所があります。

1-2 土器型式構成が上流側と下流側で異なる

上流側では加曽利EⅡ式土器がメインです。一方下流側では中峠式土器が目立ちます。

1-3 貝層形成時期と形成原理が上流側と下流側で異なる可能性

貝層形成時期は下流側が古く、上流側が新しい可能性があります。また上流側では大型土器をその場で破壊して大形土器片が残るという出土状況であり、祭祀活動が想定できるので、土器片出土密度が低い下流側とは形成原理が異なる可能性があります。

1-4 上流側に新旧ガリー谷底の存在が想定できる

上流側に新旧ガリー谷底と考えられる縦断勾配緩と縦断勾配急の断面が観察できます。

1-5 流水で貝層外に土器片が流出している

下流側では貝層分布から離れて、外に向かって土器片分布が観察できます。これは流水によって貝層から土器片が運ばれた結果であると考えられます。

つぎの土器出土状況図(拡大図)からも有用な情報を汲み取ることができます。


土器出土状況(拡大図)による検討

1-6 土器破壊直後の状況で土器が出土する

かなりの土器が土器破壊直後の状況で出土しています。

1-7 大形破片が出土する

大型土器を破壊して大形破片を形成してそれが出土しています。これはこのガリー谷底に一人では運べない大型土器を運び込み、その場で破壊したという意識的活動が行われたことを示しています。さらにその活動が加曽利EⅡ式期の前後に継続して行われたことも判ります。

1-8 土器片には覆瓦状構造が観察される

土器片には覆瓦状構造(imbrication)が観察されますから流水の影響をうけたことは確実です。しかし、土器片のおおくが破壊直後の状況で出土するので、流水の影響はかなり小さかったといえます。これはガリー谷底が普段は流水がなく、大雨の時だけ流水があるという特性によるものと考えます。流水の影響が小さいことは、上流側の土器片が下流側まで届いていないことからも首肯できます。


覆瓦状構造

2 感想

発掘調査報告書資料を整理すると、驚くべきことに、接合を図示した出土全土器片平面分布図とそれの投影断面プロット図が掲載されていました。土器片には発掘調査報告書番号と群別情報が描かれています。驚嘆に値する精細な情報です。自分は眩暈をこらえてこの資料を眺めました。これほどの詳細情報をつくる手間・エネルギーは膨大なものであったと考えます。この貴重な資料から多くの有用情報を汲み出すことで、発掘調査報告書作成にかかわった人々に敬意を払いたいと思います。



2021年5月30日日曜日

有吉北貝塚 基底部土器出土状況図の3D表示

 縄文社会消長分析学習 94

有吉北貝塚北斜面貝層断面図3D表示(改良版)の3D空間に基底部土器出土状況図をプロットしました。貝層形成プロセスの理解及び廃用大型土器破壊による大形土器集積層形成実態理解のために必須の作業です。

1 有吉北貝塚 基底部土器出土状況図の3D表示

有吉北貝塚 基底部土器出土状況図の3D表示  

有吉北貝塚発掘調査報告書掲載資料塗色引用  

3DF Zephyr v5.019でアップロード  


参考 有吉北貝塚北斜面貝層下部土器出土状況

有吉北貝塚北貝塚発掘調査報告書から塗色引用


参考 有吉北貝塚北斜面貝層断面図

有吉北貝塚発掘調査報告書から引用


画面1


画面2


画面3


画面4


画面5


3Dモデルの動画

2 メモ

2-1 正確性について

・北斜面貝層下部土器出土状況図の平面図プロットは北斜面貝層グリッドに基づいていますので正確です。ただし、スキャン作業や拡大縮小作業に伴う誤差はあり得ますが小さなものです。

・立体表示はその概要を示していて、特に上流側と下流側で正確性が担保されていません。状況図は横断図4枚(3~6)と交差していますが、上流側3枚(3~5)の横断図にはその位置が描かれているので、その区間ほぼ正確です。横断図3より上流側及び横断図5より下流側はその傾斜が3~5の傾斜と同じである保証はなにもありませんからその正確性は担保されていません。

2-2 感想・問題意識

・貝層が収納されている窪地地形は全体として南から北に向かう谷地形を成しています。その谷地形の右岸側に一貫して水路があったことが堆積物から判ります。

・左岸側中下流は崩壊地形の跡に出来た緩斜面を利用してその上に貝層が形成されています。その純貝層は断面図で3層にわたっていることが確認できるので、かなり長期間にわたる集落消長に対応して貝層形成プロセスがあったと考えられます。


3層に分かれて発達する純貝層

・横断図3~6にみられる谷底土器層は10群土器~12群土器が散逸しない状況を伴って出土しているので、その期間継続した活動により形成された層であると考えられます。(加曽利EⅡ式中期~加曽利EⅢ式初期)

・次のような仮説の適否検討を念頭に学習を継続することにします。

ア 中峠式頃から北斜面貝層形成が活発化した。

イ 集落消長に応じて3層の純貝層が中下流左岸側緩斜面に形成した。

ウ 10群土器終~11群土器始頃、谷頭ガリー浸食が大規模にはじまった。

エ 新たにうまれたガリー浸食谷底で大型土器の破壊活動が行われた。近くで純貝層も形成された。(断面2)

オ ほどなく集落が消滅した。ガリー浸食地形はその後発達することなく台地面からの流入土砂で埋まった。

・左岸崩壊地形の発生→ガリー浸食の発生→その後の停止の要因について、今後合理的な作業仮説を持ちたいと思います。人口増→薪多量採取→斜面裸地化→崩壊発生・ガリー浸食というプロセスが観察できるのかどうか、興味が湧きます。

・ガリー浸食の発生→深い谷底における大型土器破壊活動→集落終焉は一連の出来事であり、因果関係で説明できる事象だと空想します。集落立地に不可欠な水場破壊が関係していると空想します。

2021年5月28日金曜日

斜面貝層3Dモデルの改良

 縄文社会消長分析学習 93

有吉北貝塚北斜面貝層断面図3D表示を見やすく改良しました。

1 有吉北貝塚北斜面貝層断面図3D表示(改良版)

有吉北貝塚北斜面貝層断面図3D表示(改良版)

有吉北貝塚発掘調査報告書掲載資料塗色加工引用

3DF Zephyr v5.019でアップロード


有吉北貝塚北斜面貝層断面図3D表示(改良版)の動画

2 北斜面貝層の全体像

改良版により北斜面貝層の全体像が一望できるようになりました。精細な地形3Dモデルや精細な貝層分布3Dモデル作成のための有用な基礎資料になります。


3Dモデル画像 1


3Dモデル画像 2


3Dモデル画像 3


北斜面貝層の発掘風景

「千葉県の歴史 資料編 考古1(旧石器・縄文時代)」から引用


2021年5月27日木曜日

有吉北貝塚北斜面貝層断面図の3D表示

 縄文社会消長分析学習 92

有吉北貝塚北斜面貝層学習の最初のステップとして、貝層が収まる窪地地形そのもの、貝層の立体的分布そのものを知る必要があります。そこで、本格的な3Dモデル作成の前に予察的活動として北斜面貝層断面図を3D表示してみました。

1 有吉北貝塚北斜面貝層断面図3D表示

有吉北貝塚北斜面貝層断面図3D表示

有吉北貝塚発掘調査報告書掲載資料塗色引用

3DF Zephyr v5.019でアップロード


元資料

有吉北貝塚発掘調査報告書から引用


3Dモデルの動画

2 感想

縦断図1面、横断図14面合計15断面図を塗色し、立体的に並べる作業をするなかで次のような問題意識を持つことができました。3Dモデル作成作業の学習効果が絶大です。

2-1 ガリー浸食地形

窪地地形が斜面崩壊に起因するガリー浸食地形である可能性が濃厚です。

2-2 谷底大型土器片堆積以前の貝層がある

層準から、谷底における廃用大型土器破壊活動より以前に貝層形成が行われていたと考えられる場所があります。貝塚形成は発掘調査報告書にいう加曽利EⅡ式土器からではなく、中峠式頃まで遡る可能性があり、ガリー浸食もその頃に遡るようだと考えます。

2-3 水源の可能性

窪地地形が、有吉北貝塚集落の主要水源であった可能も検討視野に入ります。水源の枯渇と谷底大型土器片堆積が関連するかもしれないと考えます。また、水源より下流かつ低い標高に貝塚本体を置いたのは水源の衛生を考慮したためかもしれません。

2-4 上流側と下流側で貝層の機能が異なる?

北斜面貝層は上流側(断面6より上流)と下流(断面7より下流)に分けられる可能性が高いです。上流側では谷底で廃用大型土器破壊活動を行ったと考えられ、祭祀活動の可能性が濃厚です。貝層からの遺物出土状況をみると上流側と下流側で検討に値する差異があるようです。

2-5 混土貝層と混貝土層 

混土貝層と混貝土層が形成される要因を詳しく知る必要があります。上方に純貝層がない場所に広く分布しているところがあり、単純に純貝層から流出したという考えでは分布を正確に説明できないかもしれないと考えます。意図的に貝を撒いた可能性は?

3 有吉北貝塚北斜面貝層断面図3D表示の作成方法

発掘調査報告書スキャンJPGファイル作成→illustratorで塗色→PhotoshopでWabefront(.obj)ファイル作成→Blenderで3Dモデル組み立て→Wabefront(.obj)書き出し→3DF Zephyr LiteでSketchfab投稿&動画作成。


2021年5月25日火曜日

有吉北貝塚 北斜面貝層の学習計画

 縄文社会消長分析学習 91

有吉北貝塚の土器学習が第12群まで進みました。学習すべき事項はまだまだ山ほどありますが、とりあえず有吉北貝塚土器学習の最初段階の区切りが付いたことにして、次のステップに進みたいと思います。有吉北貝塚土器学習のふりかえり・とりまとめ・追補や関連土器学習はその必要性に応じて随時行うことにします。

この記事から有吉北貝塚中期遺構学習計画(2021.01.06記事「有吉北貝塚 中期遺構学習計画」)に基づいて次のステップとして北斜面貝層学習を始めることにします。

1 これまでの北斜面貝層学習

2018.09.07記事「事例学習 有吉北貝塚

2021.05.07記事「有吉北貝塚北斜面貝層の概要

有吉北貝塚発掘調査報告書掲載分布図は大縮尺分布図(例 土器片分布の様子を示した「第205図、第206図北斜面貝層基底部土器出土状況」)もQGISプロットにすでに成功しています。


有吉北貝塚発掘調査報告書掲載資料のQGISプロット

2 学習項目と取り組み

2-1 貝層基底面地形の3Dモデル作成

発掘調査報告書掲載貝層断面図とその平面位置図から貝層が収まる窪地地形の精細な3Dモデルを作成します。


発掘調査報告書掲載貝層断面図と平面位置図

有吉北貝塚発掘調査報告書から引用

2-2 貝層の3Dモデル作成

貝層断面図から貝層を読み取り、2-1と同じ方法で貝層の精細な3Dモデルを作成します。


発掘調査報告書掲載貝層断面図(注記版)例

有吉北貝塚発掘調査報告書から引用

2-3 立体空間における土器・遺物分布把握

発掘調査報告書掲載土器出土位置とその投影断面図から土器出土状況3Dモデル作成にチャレンジします。


発掘調査報告書掲載土器出土状況図 例

有吉北貝塚発掘調査報告書から引用

2-4 立体的分布を踏まえた土器・遺物に関する分析

2-1~2-3に基づいて土器・遺物の出土状況から判る事柄をメモします。

2-5 北斜面貝層が立地する崩壊地形の成因考察

北斜面貝層が収まる窪地地形の地学的成因を3Dモデルに基づいて考察します。

2-6 北斜面貝層堆積プロセスに関する発掘調査報告書記述の確認と考察

2-1~2-3に基づいて北斜面貝層堆積プロセスに関する発掘調査報告書記述を確認・吟味し、その蓋然性について考察します。

2-7 北斜面貝層の遺物投棄活動意義に関する考察

北斜面貝層における遺物投棄活動においてどのような祭祀が執行されたのか、考察します。

3 参考 北斜面貝層基底部土器出土状況

2021.05.07記事で掲載した北斜面貝層基底部土器出土状況の土器群分類が間違っていた(12群土器が全て11群土器になっていた)ので訂正版を掲載します。


北斜面貝層基底部土器出土状況

この図は2-3で詳しく分析的に検討する予定です。

……………………………………………………………………

土器学習から北斜面貝層学習に舵を切るに際して、自分が学習の森の中でどの位置にいるのか、そのマップをメモしておきます。

参考1 有吉北貝塚 中期遺構学習項目の中間チェック(2021.01.06記事「有吉北貝塚 中期遺構学習計画」参照)

A…活動している、B…活動していない

1 縄文中期土器分類基準学習 A

2 遺跡地形3Dモデル構築 A

3 竪穴住居分布図・DB構築 A

4 土坑分布図・DB構築 A

5 埋設土器・ピット群学習 B

6 斜面貝層分析学習 A

7 埋葬遺構学習 B

8 遺物学習

8-1 土器 A

8-2 石器 B

8-3 土製品 A

8-4 貝製品 A

8-5 骨角歯牙製品 B

8-6 自然遺物 B

9 総合分析 B

参考2 2021年活動リストの中間チェック(2021.01.15記事「ブログ開設10周年通過にあたって」参照)

A…活動している、B…活動していない

1 縄文社会消長分析学習 A

2 有吉北貝塚学習 A

3 養安寺遺跡学習 B

4 加曽利貝塚等関連遺跡学習 B

5 アリソガイ製ヘラ状貝製品学習 B

6 信頼のおける縄文時代気候資料入手分析 B

7 原始神話学学習 B

8 使い勝手の良い学習参考資料作成 A

9 近隣展示施設観覧 A

10 全国展示施設観覧 B

11 3Dモデル技術向上 A

12 GIS技術、DB技術向上 A

13 画像と表現技術向上 A

14 webメディア操作技術向上 A

2021年5月23日日曜日

有吉北貝塚北斜面貝層から出土した加曽利EⅢ式土器(紙上観察)

 縄文土器学習 611

前の記事で有吉北貝塚竪穴住居から出土した加曽利EⅢ式土器(第12群土器)の紙上観察を行いましたが、この記事では有吉北貝塚北斜面貝層出土加曽利EⅢ式土器(第12群土器)の紙上観察を行います。

1 第12群土器の例

1-1 キャリパー形土器

発掘調査報告書では当該期のキヤリパー形土器の特徴として、曲線的なキャリパー形の器形が崩れて直線的になること、口縁部文様帯と胴部文様帯の癒着が顕著であること、磨消懸垂文を描出する沈線が縄文施文帯の上部で逆のU字状に連結したり懸垂文が胴部中位で左右に連結して対弧状になる資料が出現すること、磨消懸垂文の幅広化が進んで縄文施文部と磨消部のどちらが懸垂文であるか明確でなくなること等を挙げています。


339

4単位の把手を有するもので、口縁部文様帯の渦巻文や区画文の配置が複雑になることによって文様帯下端が水平でなくなっており、胴部文様帯の磨消懸垂文や縄文が重複あるいは著しく接近して施されています。


343

磨消懸垂文の一部が左右に連結し、連結部が対弧状になっています。発掘調査報告書では「入組系横位連携弧線文土器と深い関連を持つ資料であろう」と記述しています。


参考 横位連携弧線文土器

1-2 口縁部文様帯が省略されたキャリパー形土器


355

胴部文様は一般的なキャリパー形土器と同様で、上端が逆Uの字状に連結している。口縁部に円形刺突列が2条と沈線1条が巡っています。

1-3 大木様式系土器


384

「口縁部文様帯は第10~11群キャリパー形土器とほぼ同じで、若干の頸部無文帯を介して渦巻文やパネル状の区画文、渦巻文等を組み合わせた胴部文様帯が存在する。大木8b式と思われる資料で、本来は第7群~11群の広い時期に対応するのであるが、便宜上ここに掲載した。」→第12群ではないということか?

1-4 鉢形土器及び有孔鍔付土器


392

鉢形土器。胴部文様帯は上端が逆Uの字状に連結した磨消懸垂文内に蕨手状の沈線が1条垂下している。

自分が「杖状文」とか「渦巻文(垂下文付)」などと呼んだ文様がここでは「蕨手状沈線」という名称で記述されています。蕨手の向きが1つだけ異なる事象がここでも観察できます。この事象は土器正面を表示するなどの機能があると推察します。

2021.05.20記事「杖状文と渦巻文(垂下文付)


395

有孔鍔付土器。「球状を呈する胴部に直立する口縁部が接続し、屈折部に2個1単位の孔を有する鍔が貼付されている。胴部に沈線による渦巻形を基本とする文様を描出し、文様内の一部にLRL複節縄文を充填している。」

2 メモ

2-1 波状沈線区画文土器出土がほとんどない

北斜面貝層から出土する加曽利EⅢ式土器のうち深鉢はキャリパー形土器と口縁部文様帯が省略されたキャリパー形土器が多くなっています。


有吉北貝塚北斜面貝層出土の主な加曽利EⅢ式土器

埼玉編年(1982)で加曽利EⅢ式を特徴づけるとされている2群土器(波状沈線区画文を基本とするもの)がほとんど出土しません。


埼玉編年 加曽利EⅢ式

有吉北貝塚集落の最後期が加曽利EⅢ式期であることから、キャリパー形土器が駆逐されて波状沈線区画文土器が盛行する前に集落が終焉したのかもしれません。そのあたりの様子を今後詳しく検討することにします。

343土器の説明で、磨消懸垂文の一部が左右に連結し、連結部が対弧状になっている様子を、発掘調査報告書では「入組系横位連携弧線文土器と深い関連を持つ資料であろう」と記述していることが、ヒントになるかもしれません。

2-2 意匠充填系土器の出土が北斜面貝層からほとんどない

竪穴住居からは意匠充填系土器が主に出土しました。

2021.05.22記事「有吉北貝塚竪穴住居から出土した加曽利EⅢ式土器(紙上観察)

ところが北斜面貝層から意匠充填系土器の出土はほとんどありません。この理由解明が今後の遺跡理解の糸口になるかもしれないと興味を持ちます。意匠充填系土器はその形状が大きく、日常の鍋料理ではなく大釜を必要とするような活動(大規模な調理、収穫物の多かった時の保存食作成、染色、植物繊維加工…)に使われた可能性を想像すると、その出土竪穴住居が集落から離れた縁辺にあることに何か意味があるかもしれません。

なお、395有孔鍔付土器に使われている渦巻文は意匠充填系土器につかわれている渦巻文とほぼ同じです。


意匠充填系土器


2021年5月22日土曜日

有吉北貝塚竪穴住居から出土した加曽利EⅢ式土器(紙上観察)

 縄文土器学習 610

この記事では有吉北貝塚竪穴住居から出土した加曽利EⅢ式土器(第12群土器)の紙上観察を行います。

1 第12群土器の特徴

第12群加曽利EⅢ~EIV式

埼玉編年のⅩⅢ~ⅩⅣ期に対応する。遺構数は極端に滅少し、遺物も少量が出土しているにすぎない。

加曽利EIV式の資料がほとんどみられないため両者を一括して第12群とした。キヤリパー形土器では、2段構成が崩れ、口縁部と胴部の両文様帯の癒着傾向が現れる。また、胴部文様帯の磨消懸垂文が幅広になって縄文施文帯との懸垂文効果が不明瞭になり、沈線が縄文施文帯の上端で逆Uの宇状に連結する例等も存在する。連弧文土器は消滅し、波線文土器や横位連繫弧線文土器と呼ばれる類型が出現するが、その出土量は少ない。

(有吉北貝塚発掘調査報告書から引用)

2 第12群土器の例


sb225-1

波状口縁部に文様帯はなく、胴部上部に大きな渦巻文が描かれています。


sb236-1

小型の土器で縄文施文部が懸垂文のようになり、口唇部で逆U字を呈します。


sb236-2

小さな波状があります。胴部上部に大きな渦巻が描かれている意匠充填系土器です。


sb236-4

波状口縁で口縁部はなく、大きな渦巻が胴部に描かれています。

3 渦巻について

竪穴住居から出土した加曽利EⅢ式土器は渦巻が胴部に大きく描かれる意匠充填系土器が多くなっています。しかし、発掘調査報告書の実測図及び写真では土器表面の1/3くらいしか詳細に観察できません。そこで、参考に加曽利貝塚博物館R2企画展展示の類似土器について展開写真をつくり、渦巻を並べて観察してみました。

3-1 加曽利EⅢ式深鉢(No.23)(船橋市新山貝塚)


3Dモデル画像


GigaMesh Software Framework展開写真に文様トレース

括れ部を境に文様が判れ、上段は渦巻文横方向につながっています。下段は渦巻文かもしれません。

3-2 加曽利EⅢ式深鉢(No.49)(柏市小山台遺跡)


3Dモデル画像


GigaMesh Software Framework展開写真に文様トレース

縄文が地、磨消が文様をつくる図となっています。括れ部で文様のテーマが異なり、上段は2つの渦巻文が繋がる文様が楕円区画文を挟んで展開しています。下段は中抜き楕円区画文と楕円区画文が展開しています。

3-3 加曽利EⅢ式深鉢(No.52)(流山市桐ケ谷新田第Ⅱ遺跡)


3Dモデル画像


GigaMesh Software Framework展開写真に文様トレース

括れ部を境に、上段は渦巻文が横位に連携して配置され、下段は垂下文が描かれます。渦巻文は口縁部小突起に併せて配置されています。

3-4 加曽利EⅢ式深鉢(No.64)(我孫子市鹿島前遺跡)


3Dモデル画像


GigaMesh Software Framework展開写真に文様トレース

括れ部を境に文様が2段にわかれますが、いずれも渦巻文が配置されます。観察できる範囲では上下段の渦巻文ともに2つの渦巻が繋がって描かれています。

3-5 メモ

GigaMesh Software Framework展開写真に文様トレースした例を見ると、胴部に大きく描かれた渦巻が単独で孤立しているものはありません。2つがペアになっているか、横位に次々につながっているかどちらかです。

また、上下段に渦巻が描かれるものもありますが、下段が垂下文あるいは区画文になっているものがあります。

これらの観察から、sb225-1、sb236-2、sb236-4の渦はいずれも横位に2つペアか、連続してつながっていたと考えます。

sb236-4は胴部下部の文様が垂下文である可能性が濃厚です。

【意匠充填系土器の渦巻文に関する問題意識メモ】

・渦巻が二つペアになっているものはいわゆるS字状文と同じ意義があるのではないかと考えます。2つの渦巻が結ばれる線がどのようなカーブを描くかというデザインはいろいろあり得ますが、2つの渦巻が結ばれるという原理の意味解読の方が重要です。

これまでの自分の空想では、水のネットワーク(泉のネットワーク…理想郷の環境)がS字状文や渦巻文連携の意味だと考えています。しかし、2つの渦が結ばれるというデザインはもっと深い意味があるに違いありません。今後じっくり思考していくことにします。土器に描かれた渦が豊かで新鮮な水が土器内部に注がれるという暗喩があるとすれば、2つの渦のうちもう1つの渦は土器内部から美味しい鍋料理が生まれ出るという別の暗喩があるかもしれません。土器内部と外部は別次元の世界で、それを結ぶ装置が渦模様である。(?)




2021年5月21日金曜日

加曽利EⅢ式土器10器の3Dモデル総集を作成する

 縄文土器学習 609

今年の2月まで加曽利貝塚博物館で開催された令和2年度企画展「あれもEこれもE -加曽利E式土器 北西部地域編-」で展示された加曽利E式土器のうち加曽利EⅢ式土器10器について観察記録3Dモデルを作成しましたので、それを並べた総集モデルを作成しました。自分自身のための学習教材として利用します。

1 加曽利EⅢ式土器10器 観察記録3Dモデル総集

加曽利EⅢ式土器10器 観察記録3Dモデル総集

撮影場所:加曽利貝塚博物館令和2年度企画展「あれもEこれもE -加曽利E式土器 北西部地域編-」

撮影月日:2020.11.27 2021.02.09 2021.02.16

ガラス面越し撮影

3Dモデル写真測量ソフト 3DF Zephyr で生成

左から

1 加曽利EⅢ式深鉢(No.23)(船橋市新山貝塚) 観察記録3Dモデル

2 加曽利EⅢ式深鉢(No.24)(船橋市新山貝塚) 観察記録3Dモデル

3 加曽利EⅢ式深鉢(No.45)(柏市小山台遺跡) 観察記録3Dモデル

4 加曽利EⅢ式深鉢(No.46)(柏市小山台遺跡) 観察記録3Dモデル

5 加曽利EⅢ式深鉢(No.48)(柏市小山台遺跡) 観察記録3Dモデル

6 加曽利EⅢ式深鉢(No.49)(柏市小山台遺跡) 観察記録3Dモデル

7 加曽利EⅢ式深鉢(No.52)(流山市桐ケ谷新田第Ⅱ遺跡) 観察記録3Dモデル

8 加曽利EⅢ式深鉢(No.61)(流山市中野久木谷頭遺跡) 観察記録3Dモデル

9 加曽利EⅢ式深鉢(No.64)(我孫子市鹿島前遺跡) 観察記録3Dモデル

10 加曽利EⅢ式深鉢(No.67)(我孫子市古戸貝塚) 観察記録3Dモデル

10器の縮尺は同一

3DF Zephyr v5.019でアップロード

アノテーション移動は番号クリックあるは「K」で前進、「J」で後退。

Sketchfab画面の移動方法:Shiftキー+右押で移動(Shiftキーを先に押す)

個別3Dモデルも全てSketchfabサイト「arakiminoru」に掲載しています。


Sketchfabパソコン画面 通常


Sketchfabパソコン画面 シアターモード


Sketchfabパソコン画面 全画面表示


3Dモデルのアノテーション移動動画

2 感想

土器から土器への移動が便利になり、土器比較が自由にでき、学習が楽しくなります。

1 キーボード「K」でアノテーションを前進、キーボード「J}でアノテーションを後進。

アノテーションを利用することにより、当該土器が正面になりかつ土器諸元・展示様子写真が表示されます。

2 アノテーション番号で移動

3 Shiftキー+右押で画面を移動(Shiftキーを先に押す)



縄文中期初頭イノシシ形土製品(八千代市上谷遺跡) 観察記録3Dモデル

 縄文土器学習 608

八千代市立郷土博物館で現在開催中の企画展「印旛沼南西岸の縄文文化~やちよの縄文~」(2021.04.24~06.13)で展示されている縄文中期初頭イノシシ形土製品(八千代市上谷遺跡)の観察記録3Dモデル作成を楽しみました。

1 縄文中期初頭イノシシ形土製品(八千代市上谷遺跡) 観察記録3Dモデル

縄文中期初頭イノシシ形土製品(八千代市上谷遺跡) 観察記録3Dモデル

撮影場所:八千代市立郷土博物館2021年度企画展「印旛沼南西岸の縄文文化~やちよの縄文~」

撮影月日:2021.05.13

ガラスショーケース越し撮影

3Dモデル写真測量ソフト 3DF Zephyr で生成 v5.019 processing 43 images


展示の様子 1


展示の様子 2


展示の様子 3


3Dモデルの動画

2 観察メモ

2-1 観察

観察結果を写真にメモしました。


上谷遺跡出土イノシシ形土製品

2-2 発掘調査報告書情報


実測図

「9はK8-36-2グリッドより出土した。イノシシ形である。頭部は突出する。左目のみ刺突、耳は粘土の貼付で表現され、口・鼻は表現されていない。背はつままれており、後部では右側に曲がる。背に細い穿孔がある。尾は粘土をつまんで表している。四足は短い。土製品の表面には調整のあとがある。文様はない。残存状況良好で、ほぼ全体が残る。長さ36.5㎜、高さ23㎜、幅21㎜、重さ13g。製作時期は伴出土器と動物形土製品の類例が縄文時代中期にみられることから、五領ヶ台式期のものであろう。」

「上谷遺跡の動物形土製品の製作時期は縄文時代中期初頭であり、出現期の資料の一つである。中期の動物形土製品は、丁寧な製作技法・無文・写実的形態という共通性があり、動物形土製品の形態からも一つのタイプとして考えられるであろう。また出土状況・残存状況にも共通性が確認された。この結果、動物形土製品の出現期の縄文時代中期の特徴が明らかにされた。」上谷遺跡発掘調査報告書第5分冊から引用


動物形土製品出土位置 1


動物形土製品出土位置 2

ブログ「芋づる式読書のメモ」2018.04.02記事「上谷遺跡動物形土製品

2-3 感想

・この小さなイノシシ形土製品を狩猟に出かける時に使う背負袋などに結んでいる様子を想像すると、学生生徒がランドセルやリュックに同じような好みの小物をぶら下げている様子とイメージが重なります。

・イノシシ形土製品は狩猟における豊猟祈願の意味があったことは確実です。

・このイノシシ形土製品は台地縁辺で出土していることから、谷津と対岸台地を見渡す見晴らしのよい場所で執行された狩猟祈願祭祀で最後に使われ、埋められたと想像します。

・上谷遺跡の水場(断層により出口のなくなった台地上の浅い谷)から数軒の五領ヶ台式期竪穴住居が出土しています。このことから、この場所が遊動的狩猟の一つの拠点になっていたと想像します。まだしっかりした定住は無かったかもしれません。

参考 2016.09.08記事「上谷遺跡の縄文時代住居跡と水場

3 3Dモデル作成技術メモ

ア 手振れ

小さな対象物であり高倍率撮影になります。手振れには最大限注意しましたが、多くの写真で手振れが発生しました。展示物を高倍率で撮影して3Dモデルを作成することは今回のように劣悪な質を覚悟しなければならないことを再確認します。なお、今回のモデルは低質ですが、より低レベルを想定していたので、それを踏まえると多少はマシなものが出来たとも、自分をなぐさめます。

千葉県立中央博物館企画展で小さな琥珀製品の3Dモデルを作成した時は、結局撮影を3回チャレンジしてようやく低質モデルができました。

イ 撮影不可能側面

展示物の置かれた位置とショーケースの配置からイノシシ頭部の右側は完全に撮影不可能でありモデルが無様に欠けてしまいました。

ウ 三脚を使った全周撮影

近い将来八千代市教育委員会に閲覧申請して、このイノシシ形土製品の全周撮影をターンテーブル等を使ってある程度専門的撮影をしてしっかりした3Dモデルを作成することにします。

その3Dモデルを3Dプリントして、それにストラップを付け、カメラバッグにでも取付け、家族の怪訝な顔を気にしないで散歩に出ることにします。