2020年8月31日月曜日

Sketchfab投稿3Dモデルが500に達する

 Sketchfab投稿3Dモデルが500に達しました。

2019年2月から3Dモデルを見様見真似で作り始め丁度1年半で500モデルを投稿したことになります。

対象物は縄文土器が大半になりますが、最近は土偶や土製品なども増えています。地形3Dモデルも含まれています。

3Dモデル作成が思った以上に多いと感じますので、その理由についてまとめてみました。

1 「観察記録3Dモデル」という概念の作成利用

Sketchfab投稿3Dモデルのほとんどはマニアがつくる美しい、自慢の3Dモデル「作品」です。ところが、自分の作る3Dモデルはガラス面越しで展示物の片面を撮影してつくる、不完全で難の多い学習記録です。我ながらこれでよいのだろうかと自問する日々もありました。しかし、学習資料として作る3Dモデルであり、美しさや作成技術を自慢するためのものではないと割り切りました。その割り切りを「観察記録3Dモデル」という言葉で表現しました。「観察記録3Dモデル」という言葉を使えば、不完全で難の多い3Dモデルでも、学習上は自分にとって重要な意義があるものであり、正々堂々とSketchfabに投稿できます。

Sketchfabを自慢の優良作品発表の場ではなく、自分の学習資料倉庫として、いわば3Dモデルの自分専用webノートとして利用していることに密かなる痛快感が生まれます。

2 見様見真似の技術習得

見様見真似ですから通常よりはるかに遅い速度になりますが、次の最低限の技術習得がこの18カ月でありました。

・展示物の3Dモデル用撮影技術の工夫…望遠の使い方、ガラス面反射の避け方、撮影枚数の目途など

・3Dモデルソフト(3DF Zephyr Lite)操作技術の習得…マスカレード機能、アニメ機能など

・多量撮影写真の整理保存方法…クラウド利用によるバックアップなど

3Dモデルまわりの技術習得を進めた結果、効率的に3Dモデル作成と投稿ができるようになりました。

3 3Dモデル観察によるアイディア増大

3Dモデルを作成して観察することにより、対象物に関する思考が特段に活性化します。展示会場で対象物を子細に観察することは限界がありますが、自宅パソコン画面で3Dモデルを観察する分には時間的、空間的制限は全くありません。自宅における観察で思考が発展できます。

つくった3Dモデルによりさまざまなアイディアが浮かび、結果として縄文学習が加速されることを実感します。その結果3Dモデル作成が楽しくなります。3Dモデル作成を軸によい学習循環が生まれています。


Sketchfab画面 2020.08.31


2020年8月30日日曜日

ミミズク土偶の異様性

 縄文土器学習 460

千葉市埋蔵文化財調査センターに展示されているミミズク土偶(発掘調査報告書番号288)を3Dモデルで観察しました。

1 安行式ミミズク土偶(千葉市内野第1遺跡)288 観察記録3Dモデル

安行式ミミズク土偶(千葉市内野第1遺跡)288 観察記録3Dモデル

最大高9.3㎝、最大幅5.8㎝、最大厚3.8㎝、刻目列、割れた後二次焼成

観察場所:千葉市埋蔵文化財調査センター

観察日時:2020.08.20

ガラス面越し撮影

3Dモデル写真測量ソフト 3DF Zephyr で生成 v5.006 processing 49 images


展示の様子


展示の様子 特殊モード写真


実測図

千葉市内野第1遺跡発掘調査報告書から引用


3Dモデルの動画

2 観察と考察

ア 顔と乳房と全身の皮剥ぎ

20200829記事「本当に怖いミミズク土偶」で観察した発掘調査報告書番号289ミミズク土偶と同じように顔の皮剥ぎ、乳房の皮剥ぎが認められます。さらに多数の全身に及ぶ皮剥ぎ線が分布します。全身の皮を剥いで苦しみを与えて時間をかけて殺すという大陸で見られる拷問的殺害方法がこの土偶で観察できます。


顔と乳房と全身の皮剥ぎ

地母神殺害神話に基づく土偶祭祀は、地母神(土偶)を殺害して体をバラバラにして、各所にばら撒くと各所で幸が生まれるという神話に基づく活動ですが、地母神に与える苦痛が異様な状況になっています。全身の皮を剥いで激しい苦しみを与え、そのまま死ぬまで待つという拷問的殺害が行われています。特に女性にとって大事な顔と乳房の皮剥ぎが特段に強調されています。

この異様な殺害方法をとるミミズク土偶が女性によってつくられ、それが「幸福を呼ぶための祈願」で使われることに問題意識を持たざるを得ません。

ミミズク土偶が盛んだった縄文後晩期は社会そのものが精神的に病んでいたと仮説します。社会的な精神健康が失われていたと仮説します。

イ 縄文中期土偶の例(東京都)


縄文中期土偶の例(東京都)

縄文中期の土偶の例(東京都)では下腹部陰刻が強調された土偶(妊娠・出産に対する願望)とか、音のなる土偶(子どもをあやす喜びの願望)とか、子どもに授乳する土偶(子育てに対する願望)などが見られます。同じ地母神殺害神話に基づく土偶祭祀でも社会の健全性が感じられます。

ウ 土偶から浮かび上がる後晩期の幸福否定現象

土偶の変遷を子細に検討すれば、中期から後晩期に向かって社会における幸福否定現象が発展した様子がわかると考えます。縄文社会が内部から自壊していくような印象を受けます。


2020年8月29日土曜日

本当に怖いミミズク土偶

 縄文土器学習 459

千葉市埋蔵文化財調査センターに展示されている多数の土偶のうち発掘調査報告書番号289番土偶を3Dモデルで観察しました。

1 安行式ミミズク土偶(千葉市内野第1遺跡)289 観察記録3Dモデル

安行式ミミズク土偶(千葉市内野第1遺跡)289 観察記録3Dモデル

最大高8.4㎝、最大幅5.7㎝、最大厚3.2㎝、刻目列

観察場所:千葉市埋蔵文化財調査センター

観察日時:2020.08.20

ガラス面越し撮影

3Dモデル写真測量ソフト 3DF Zephyr で生成 v5.006 processing 43 images


展示の様子


展示の様子 特殊モード写真


実測図

千葉市内野第1遺跡発掘調査報告書から引用


3Dモデルの動画

2 観察

ア 顔

顔は皮剥ぎの様子を表現していると考えます。

イ 肩から乳房にかけての刻目列

実測図から背中からはじまり肩を経て、乳房まで刻目列が続いています。この範囲の皮を剥いだ拷問の様子を表現していると考えます。恐らく女性専用の拷問(刑罰)であると考えます。

生きた女性罪人の顔の皮を剥ぐ、背中から乳房までの皮を剥ぐという現代社会では想像できないような残酷で猟奇的な拷問(刑罰)が縄文社会に実在していて、その様子が投影されていると考えます。

webで調べると原始古代社会では生きた人間の全身の皮を剥ぐ拷問・処刑が一般的に存在するようですから、縄文社会だけが特殊であったわけではないようです。

ウ 黒顔料

黒顔料が塗られているように観察できます。発掘調査報告書にはその旨の記述はありません。脚部の断面部を見ると、断面の深いところまで黒塗料が染み込んでいるように見えます。

3 感想

この土偶を観察して、「本当は怖いミミズク土偶」などと悠長に話している場合ではなく、本当に怖くなりました。現代社会では決してい認められない猟奇的暴力・拷問などが縄文社会にあります。それは縄文社会に限らずすべての原始社会に存在していたと考えます。

猟奇的暴力・拷問などの存在を無かったことにして学習を進めることはできません。縄文学習を進めるうえである程度の心理的覚悟が必要であると感じました。

残酷・人身御供などの否定的活動が人類社会歴史のなかで減少する方向で変化してきていることは確実です。それを人類進化事象として捉えている心理研究家もいらっしゃいます。一つの興味対象になります。


2020年8月27日木曜日

人面付土版(千葉市内野第1遺跡)の顔解釈訂正

 縄文土器学習 458

2020.08.26記事「本当は怖いミミズク土偶」の検討結果に基づいて、人面付土版(千葉市内野第1遺跡)の顔解釈(2020.0.13記事「千葉市埋蔵文化財調査センター展示室展示物の3Dモデル」)を訂正します。

1 人面付土版(千葉市内野第1遺跡) 観察記録3Dモデルその2 

人面付土版(千葉市内野第1遺跡) 観察記録3Dモデルその2 

縄文時代晩期前葉(約3300年前) 

撮影場所:千葉市埋蔵文化財調査センター 

撮影月日:2020.02.04 

ガラス面越し撮影 

3Dモデル写真測量ソフト 3DF Zephyr で生成 v4.523 processing 63 images


展示の様子


展示の様子


実測図

千葉市内野第1遺跡発掘調査報告書から引用


3Dモデルの動画

2 人面付き土版(千葉市内野第1遺跡)の顔解釈


人面付き土版(千葉市内野第1遺跡)の顔解釈

・2020.0.13記事「千葉市埋蔵文化財調査センター展示室展示物の3Dモデル」では顔に髭があり、アイヌ女性が行うような入れ墨であると考えました。その考えを廃棄し、顔の皮剥ぎの様子を表現しているものと訂正します。

3 感想

・土版自体はひょうきんな表情をしていて、地母神そのものはマスコット、愛玩物のように扱われていたと想定します。しかし、デザインの原義は地母神が殺害され、死体がバラバラにされ、そのプロセスの中で顔の皮が剥ぎ取られるという凌辱の表現です。

・鼻もほとんど表現されていないことから、逆に鼻削ぎも暗示しています。


畑・灌漑施設表現縄文土器 4例目

 縄文土器学習 457

畑と灌漑施設を文様で表現している縄文土器の4例目の検討です。

1 藤内式深鉢形土器(伊那市西箕輪 金鋳場遺跡)

 3Dモデル、展示の様子、動画、GigaMesh Software Frameworkによる展開図を示します。

藤内式深鉢形土器(伊那市西箕輪 金鋳場遺跡) 観察記録3Dモデル 

撮影場所:伊那市創造館 

撮影月日:2019.09.12

 4面ガラス張りショーケース越しに撮影 

3Dモデル写真測量ソフト 3DF Zephyr で生成 v4.523 processing 60 images(Masquerade機能利用)


展示の様子


展示の様子 特殊モード撮影


3Dモデルの動画


GigaMesh Software Frameworkによる展開図

2 文様を構成する記号の解釈


藤内式深鉢形土器(伊那市西箕輪 金鋳場遺跡)の記号の解釈

・灌漑水路網の発達した畑システム(理想郷、桃源郷)をAタイプ畑とBタイプ畑について、それぞれ理想の段階を2段階に分けて示しています。

・A1とB1は最初の理想の段階、A2とB1は水源が増え理想の段階がレベルアップしています。

・畑タイプAとBの文様の違い、つまり畑区画形状の違いは区画蛙蛇畑文土器(藤内遺跡出土藤内期)(武居幸重著「文様解読から見える縄文人の心」(諏訪郷土研究所、2014)、2020.08.21記事「灌漑施設を文様として表現する縄文土器」)と酷似しています。また理想の段階設定の様子も区画蛙蛇畑文土器と同じ発想に基づいていると把握できます。


参考 A系列の畑の理想の段階

2020.08.21記事「灌漑施設を文様として表現する縄文土器


参考 B系列の畑の理想の段階

2020.08.21記事「灌漑施設を文様として表現する縄文土器

3 感想

・伊那市創造館で観覧したこの土器の文様について、これまでは4季を表しているのかもしれないなどと空想しましたが、その意味を自信をもって把握することはできませんでした。しかし、今回の武居幸重著「文様解読から見える縄文人の心」(諏訪郷土研究所、2014)をベースとする検討に基づいて、自分なりに確信をもって文様解釈することができました。

・中期中部高地に灌漑施設網を伴う畑システムの理想の姿を夢想する人々が存在していたことは、土器の存在から証明されました。

・灌漑施設と畑が実在していたからこそ、その理想の姿を夢想できることになります。つまり、どれほど原始的で技術レベルの低いものであったかは別にして、灌漑施設と畑の実在もほぼ証明されました。あとは発掘作業において、遺構としての出土を待つばかりです。

・畑には区画模様が異なるAとB2種類あることから、少なくともメイン作物種は2種類存在していたことがわかります。Aは水をあまり必要としない作物、Bは水を大量に必要とする作物です。


2020年8月26日水曜日

本当は怖いミミズク土偶

 縄文土器学習 456

千葉市埋蔵文化財調査センターで観覧したミミヅク土偶を3Dモデルでじっくり観察すると、「本当は怖いミミヅク土偶」とでもいえる状況が浮かび上がってきましたので、メモします。

1 縄文晩期安行3a式 ミミズク土偶(千葉市内野第1遺跡) 観察記録3Dモデル

縄文晩期安行3a式 ミミズク土偶(千葉市内野第1遺跡) 観察記録3Dモデル

最大高11.4㎝、最大幅10.7㎝、最大厚3.1㎝

撮影場所:千葉市埋蔵文化財調査センター

撮影月日:2020.08.20

ガラス面越し撮影

3Dモデル写真測量ソフト 3DF Zephyr で生成 v5.003 processing 50 images


展示の様子


展示の様子 特殊モード写真


実測図

千葉市内野第1遺跡発掘調査報告書から引用


3Dモデルの動画

2 観察メモ

ア 鼻削ぎ

・鼻の孔が大きくかつ目より上に表現されています。これは地母神を殺す前に鼻削ぎして辱めた様子を表現していると解釈できます。鼻が目より上に表現されているのは、鼻削ぎされて口と鼻の間に空間が広がった様子を誇張しているものと考えます。

イ 顔の皮剥ぎ

・顔の回りに刻みのある隆線が巡っています。これは地母神の顔の皮を剥いだ様子を表現していると解釈します。顔から皮を剥いだ結果、目や口は単なる穴ですから、単純な楕円形として表現されています。

ウ 体の解体

・首下の二十の刻み線や腹脇や妊娠腹を巡る刻み線は体の解体の様子を表現していると考えます。

エ 黒色塗料

顔を巡る隆線の刻みの外側や乳房などが黒く塗料で塗られています。

オ 一部摩滅している

土偶の向かって右部分が摩滅しています。耳も欠落し、乳房の黒色塗料も一部欠落しています。地表に露出した時期に風や水で摩滅したものと推測します。

3 感想

・鼻削ぎや顔の皮剥ぎなど、単なる殺害や死体バラバラだけではなく、陰湿な凌辱を地母神に加えています。神話がそのようになっているということですが、そのような神話が受け入れられる縄文実社会の様子が垣間見えてきます。

・おそらく、ミミズク土偶のころの実社会には刑罰や制裁方法として鼻削ぎや顔の皮剥ぎが存在していたと想像します。

・想像を発展させれば、実際の鼻削ぎや顔の皮剥ぎを伴う残酷な公開処刑開催を人々は楽しみにしていて、その機会は少ないので、疑似体験として土偶祭祀が盛んだったと考えます。


2020年8月25日火曜日

園生貝塚貝層断面3Dモデル

 縄文貝製品学習 7

千葉市埋蔵文化財調査センター展示室に園生貝塚現場から剥ぎ取った貝層断面が展示されています。この貝層断面の3Dモデルを作成しました。

1 園生貝塚貝層断面 観察記録3Dモデル

園生貝塚貝層断面 観察記録3Dモデル

平成20年度確認調査

縄文時代後期~晩期(約4000~3000年前)

断面の大きさ:95㎝×270㎝

撮影場所:千葉市埋蔵文化財調査センター

撮影月日:2020.08.21

3Dモデル写真測量ソフト 3DF Zephyr で生成 v5.003 processing 102 images

展示の様子

展示の様子 特殊モード写真

3Dモデルの動画

2 感想

・近寄ってよく見ると思った以上に凹凸のある断面で、かつ高さが2.7mありますから迫力があります。

・目線近くにイボキサゴ破砕貝層があります。イボキサゴを実ごと砕いてエキスと実から何らかの方法で貝殻を除去したのだと思いますが、その方法に興味が湧きます。またエキスと実からなる製品は液状であったのか、固形物であったのか、粉末であったのか興味が湧きます。


サンダル状土製品の3Dモデル

 縄文土器学習 455

次の記事で、千葉市埋蔵文化財調査センター展示のサンダル状土製品(千葉市内野第1遺跡)が皮革製品としてのサンダルのミニチュアであり、縄文時代皮革製品の具体的姿を示す重要な資料であることに気が付き、メモしました。

2020.08.14記事「サンダル状土製品の巨大意義に突然気がつく

2020.08.16記事「サンダル状土製品観察から推察する革製サンダル原品の様子

しかしサンダル状土製品をメイン対象とした3Dモデルは作成していなかったので、今回作成しました。展示されている対象物をガラス面越しにカメラで望遠撮影して作成したものです。今後対象物を机の上において近接撮影し、より精細な3Dモデル作成を予定していますので、今回の作業はその下準備になります。

1 サンダル状土製品(千葉市内野第1遺跡) 観察記録3Dモデル

サンダル状土製品(千葉市内野第1遺跡) 観察記録3Dモデル

縄文時代後期~晩期前半、長口径5.8㎝、短口径3.8㎝、端部に円孔1ヶ所

撮影場所:千葉市埋蔵文化財調査センター

撮影月日:2020.08.20

ガラス面越し撮影

3Dモデル写真測量ソフト 3DF Zephyr で生成 v5.003 processing 66 images

3Dモデルの動画

2 オルソ投影図の作成

正面 オルソ投影図

上から オルソ投影図

6面図 GigaMesh Software Frameworkにより作成

3DモデルをGigaMesh Software Frameworkに投入することにより、一気にオルソ投影6面図を同縮尺で作成できるので便利です。

GigaMesh Software Frameworkに3Dモデルを投入した様子

3 メモ

・オルソ投影上から図をみるとサンダル先端がわずかに非対象になっていて、まるで左足用サンダルのように見えます。精細3Dモデルを作成すれば、貫通孔の位置関係から、このサンダルが左足用であると確認できそうです。

・オルソ投影正面図をみると、サンダルつま先付近が単純なカーブではなく、凸部があり段になっています。この凸部より下がサンダルの底、上が足を保護する立ち上がり部かもしれません。精細3Dモデルで検討することにします。

・今後作成する精細3Dモデルをじっくり観察して、サンダルの構造や機能について考察することにします。

・精細3Dモデルを切断することも自由にできますから、必要に応じて断面形を検討することにします。

参考 今回作成3Dモデルの切断モデル

・また精細3Dモデルには実寸法を付与しますので、参考までに手で計測することが困難な部位についても計測してみることにします。

2020年8月24日月曜日

畑・灌漑施設を表現した縄文土器 3例目

 縄文土器学習 454

畑と灌漑施設を文様で表現している縄文土器の3例目の検討です。

1 縄文中期前半顔面装飾付深鉢形土器(茅野市下ノ原遺跡)

3Dモデル、展示の様子、動画、GigaMesh Software Frameworkによる展開図を示します。

縄文中期前半顔面装飾付深鉢形土器(茅野市下ノ原遺跡) 観察記録3Dモデル 

撮影場所:尖石縄文考古館 

撮影月日:2020.03.13 

5面ガラスショーケース越し撮影 

3Dモデル写真測量ソフト 3DF Zephyr で生成 v4.530 processing 84 images

展示の様子

展示の様子 特殊モード写真

3Dモデルの動画

GigaMesh Software Frameworkで作成した3Dモデルの展開図

2 文様を構成する記号の解釈

縄文中期前半顔面装飾付深鉢形土器(茅野市下ノ原遺跡)の記号の解釈

・灌漑水路網の発達した畑システム(理想郷、桃源郷)を表現しています。

・文様は同じ構成が2回繰り返しになっていますが、一方は大きな把手部にある双眼の上に細長いくびれ隆線が合計3つ配置されています。もう一方は双眼だけです。

・双眼は水源として解釈します。

・「人面」の2つの目のように見える2つの細長いくびれ隆線は溢れて分流する水(水路)として解釈します。

・双眼から隆線が斜めに走り、その先端に水源が配置されています。この斜め隆線は特定の畑に水を運ぶ重要な導水路であることを、斜めという表現で、示唆しています。

・取水口の記号は例1、例2と同じです。

・畑の記号は沈線でメッシュを描いて示しています。

・畑の存在する場所が台地面であり、そこは水の手当てに苦労するところであるので、理想の畑を表現するとなると、水にあふれた畑になります。

3 感想

・2020.08.21記事「灌漑施設を文様として表現する縄文土器」及び2020.08.22記事「畑と灌漑施設を文様で表現した縄文土器 2例目」で検討した土器記号およびそれが表現している意味について、ほぼ同じような解釈をすることができました。

・縄文中期中部高地の人々が理想の畑イメージとして、灌漑水路網が発達して水に苦労していない畑を共有していたことを知ることができました。

・現実の畑と灌漑施設はどれほど原始的だったとしても、それが存在していたことは確実です。


2020年8月23日日曜日

全面赤彩された山形土偶頭部の3Dモデル

 縄文土器学習 453

千葉市埋蔵文化財調査センター展示室で展示されている全面赤彩山形土偶頭部の3Dモデルを作成して観察しました。

1 全面赤彩された山形土偶頭部(千葉市内野第1遺跡) 観察記録3Dモデル

全面赤彩された山形土偶頭部(千葉市内野第1遺跡) 観察記録3Dモデル

加曽利B式、最大高7.2㎝、最大幅9.4㎝、最大厚4.2㎝

千葉市埋蔵文化財調査センター所蔵

撮影場所:千葉市埋蔵文化財調査センター

撮影月日:2020.08.21

ガラス面越し撮影

3Dモデル写真測量ソフト 3DF Zephyr で生成 v5.003 processing 50 images

展示の様子

展示の様子 特殊モード写真

実測図

内野第1遺跡発掘調査報告書から引用

3Dモデルの動画

2 メモ

ア 断末魔の表情

・飛び出した目玉から火花が四方に散っています。残酷な方法で殺害され、体がバラバラになっている最中の地母神の様子を表現しています。

・口から血の泡を吹いている様子が忠実に表現されています。

・口から横に伸びる隆線は頭蓋と顎が切り離されている様子を表現しています。

・目の上の横隆線は頭蓋が割られている様子を表現しています。さらに頭部にもう一本沈線で頭蓋が割られている様子が表現されています。

・鼻が短く表現されているのは、鼻削ぎされている様子を表現しています。

イ 女性としての地母神

・耳には耳飾りが付けられ、女性としての地母神が表現されています。実測図の裏側に中空を意味する円が描かれ、耳たぶの環にドーナツ状の耳飾りがはめ込まれている様子を表現しています。

ウ 人身御供の代替

・祭祀活動の最後に妊娠女性たる地母神が残酷な方法で殺害されバラバラにされ、各所にばらまかれる土偶祭祀は、生身の人間を生贄として殺害する人身御供祭祀の代替的活動であると見ることもできます。

エ 土偶出土分布図の有用性

・内野第1遺跡発掘調査報告書では定位段丘上の竪穴住居跡から主に出土する耳飾りなどと比べ、土偶は定位段丘上と低地部の竪穴住居跡、包含層、住居内貝層、土壙など広範囲にわたる様々な遺構から出土していることが記述されています。これは土偶祭祀が「幸いを呼び込みたい場所に土偶破片をばらまく」という活動特性から生まれています。したがって、土偶出土場所分布図を正確に作成すれば、人々が集落内のどのような場所に興味を持っていたか、あるいは何を祈願の対象にしたのか、わかることになります。畑存在推定などにも使える資料になる可能性があります。


アリソガイ実験学習の開始

 縄文貝製品学習 6

アリソガイ実験学習をすることになりました。この学習が進むと最初は自明であった経緯、意義、目的、計画等をいつのまにか失念したり、勘違いしてしまう高齢者リスクがありますので、フレッシュな気持ちの最初にメモしておきます。

1 アリソガイが学習テーマとして浮上した瞬間

2020.07.10記事「土偶祭祀基本構造について(学習仮説)」で、土偶祭祀に関する学習仮説を設定しました。その中で、加曽利E式期の千葉・東京湾岸には土偶祭祀が無いのですが、それに対応する海神に対する豊漁祈願、増殖祈願があったに違いないと想像し、その祭祀道具の一つがアリソガイであると空想しました。

ブログ記事におけるアリソガイ記述

2 専門家に問い合わせる

アリソガイが祭祀と関係あるかどうか自分の想像や空想を確かめておく必要がありますから、千葉県貝塚研究の最先端にいらっしゃる千葉市埋蔵文化財調査センター所長西野雅人先生に、アリソガイ実見に関する情報や先生のご意見をおうかがいしました。そうしたところ西野雅人先生ご自身がアリソガイ用途に関する詳しい研究を進めていて、その詳しい情報を提供していただきました。また実験的な手法を含めて学習(研究)展開を薦めていただきました。大変ありがたいことです。またとない機会でもありアリソガイを軸に縄文社会のあれこれの学習を深めることにしました。

西野雅人先生からアリソガイ現物(現生貝)も借用させていただき、机の上のアリソガイを眺めながら、いざとなれば実験的作業も行える学習環境が整いました。

西野雅人先生に感謝申し上げます。

アリソガイ(現生貝)とハマグリ(縄文出土貝) 普通写真

アリソガイ(現生貝)とハマグリ(縄文出土貝) 特殊モード写真

3 アリソガイに関するこれまでの研究

千葉市有吉北貝塚発掘調査報告書以降の研究としてつぎの2つの研究があります。

ア 西野雅人(2002):縄文時代中・後期のヘラ状貝製品について、研究連絡誌62、千葉県文化財センター

イ 西野雅人(2002):縄文時代中・後期のヘラ状貝製品(2)、往還する考古学、近江貝塚研究会

これらの研究からアリソガイ及びハマグリ等のヘラ状貝製品について多様な情報が明らかになっています。アリソガイの入手及び使い方に関しては次の事柄が明らかになっています。

・アリソガイは東京湾奥では入手できない「搬入貝類」である。。

・九十九里の猟場に出かけた集落メンバーが九十九里浜打ち上げ貝を拾い持ち込んだ可能性が高い。

・写真(Aアリソガイ)のように持ち左右に擦った使い方が貝表面顕微鏡観察から判明している。

アリソガイの使い方 左がアリソガイ

西野雅人先生提供写真

4 アリソガイ実験研究

既往のアリソガイ研究ではアリソガイの具体的用途が不明です。そこで具体的用途を特定するために参考となる情報を実験的方法で得ることにします。

実験はアリソガイ用途が「皮なめし」に関連しているという作業仮説に基づいて行います。

実験研究の項目イメージ

ア 基礎調査

・アリソガイ製ヘラ状貝製品や漆喰等に関する出土情報収集整理

・皮なめし関連道具や皮革製品に関する出土情報収集整理

・原始・古代における皮なめし技術・皮革製品製造技術に関する資料収集整理

イ 皮なめし・皮革製品専門家ヒアリング

ウ 実験計画

・実験A(アリソガイ、漆喰・焼貝を使った皮の脱毛・柔軟化実験)

・実験B(自然産物等を使った脱毛・柔軟化実験)

エ 実験実施

オ 実験結果の総合分析

カ 革製品製造実験

・縄文時代出土物から得られる情報に基づいて革製品(例 革製サンダル)を作成し、使用感等を確かめる。

キ とりまとめ

5 学習の発展

ア 土偶祭祀とアリソガイ

・アリソガイが直接的な意味で祭祀道具であった可能性はないようです。

・土偶祭祀に対抗する独自祭祀が中期千葉・東京(湾岸)に存在したという対応関係はないようです。(土偶を破壊して祭祀を完結する)土偶祭祀は中期中部高地に突然現れ、まるで新興宗教のように全国に波及したと考えます。

イ アリソガイ出土の前後

・アリソガイが果たした機能に代替するモノ(道具・材料)がアリソガイ出土前後の時期にも存在していたと考えます。(縄文中期:アリソガイ→縄文後期:漆喰?焼貝?)

ウ 皮なめし方法

・中期から後期にかけて、搔器の変遷や出土量から皮なめしに関してどのような研究がなされているのか学習を深めることにします。

エ 皮革製品の種類

・中期から後期の時期にどのような皮革製品が作られたのか、既存研究を学習することにします。革製サンダルは出土サンダル状土製品から確実に作られたと考えます。もし太鼓が作られていたとすると、アリソガイが間接的に祭祀に関わることになるかもしれません。

6 感想

実験的研究が子どものお遊び程度で終わるのか、考古事象考察の参考になる意味のあるデータが得られるのか、実行してみなければわかりません。

最初から意義の大きい活動になるとは限りませんが、活動チャレンジから大いに刺激を受けることができ、縄文社会を深く認識するうえで有益であると自ら期待します。

2020年8月22日土曜日

畑と灌漑施設を文様で表現した縄文土器 2例目

 縄文土器学習 452

畑と灌漑施設を文様に表現している縄文土器の2例目の検討です。

1 縄文中期前半抽象絵画文深鉢形土器(茅野市一ノ瀬遺跡)

3Dモデル、展示の様子、動画、GigaMesh Software Frameworkによる展開図を示します。

縄文中期前半抽象絵画文深鉢形土器(茅野市一ノ瀬遺跡) 観察記録3Dモデル 

撮影場所:尖石縄文考古館 

撮影月日:2020.03.13 

5面ガラスショーケース越し撮影 

3Dモデル写真測量ソフト 3DF Zephyr で生成 v4.530 processing 73 images

展示の様子

3Dモデルの動画

GigaMesh Software Frameworkによる展開図

2 記号の検討

縄文中期前半抽象絵画文深鉢形土器(茅野市一ノ瀬遺跡)の記号の解釈

3 土器文様の構造把握

縄文中期前半抽象絵画文深鉢形土器(茅野市一ノ瀬遺跡)の文様構造把握

4 土器文様表現の解釈

縄文中期前半抽象絵画文深鉢形土器(茅野市一ノ瀬遺跡)の文様表現解釈

5 感想

2020.08.21記事「灌漑施設を文様として表現する縄文土器」で検討した土器記号およびそれで表現した文様の意義についてほぼ同じ解釈をすることができました。

縄文中期中央高地の人々が灌漑施設整備による畑を運用して生業を営んでいたことは確実です。

しかし、土器に表現された姿は現実には存在しない理想郷、桃源郷であり、現実の畑や灌漑施設は現代からみれば信じられないほどの原始的、初歩的、部分的なものであったに違いありません。

畑と灌漑施設が出土することを期待します。

2020年8月21日金曜日

灌漑施設を文様として表現する縄文土器

 縄文土器学習 451

2020.08.19記事「耕地熟稔の様子を表現する畑文土器」において、武居幸重著「文様解読から見える縄文人の心」(諏訪郷土研究所、2014)で畑文土器が2種類の畑の熟稔の様子を表現しているという仮説を知りました。さらにその仮説を自分なりに発展させて、畑Bは灌漑施設のある畑であると仮説しました。

この記事では武居幸重仮説で「熟稔記号」とされているものが、実は灌漑施設を表現していると想像しましたのでメモします。

1 武居幸重著「文様解読から見える縄文人の心」(諏訪郷土研究所、2014)で検討されている土器展開図

区画蛙蛇畑文土器(藤内遺跡出土藤内期)展開図(一部推定で補っている)

2 記号の意味

記号の意味

文様が「灌漑のある畑」を表現していると仮説すると、記号の意味はスナオに浮かび上がってきます。まるで現代地図記号です。

記号の意味をこのように想像仮説すると土器文様の解釈がより合理的にできるようになります。

3 B系列の畑について

灌漑記号で表現した理想の畑

B系列の畑は豊かな水で潤っている姿を目指して3段階で表現しているように考えられます。季節変化を念頭においた熟稔ではなく、耕地建設の理想の姿を3段階で表現していると考えます。

この解釈により、縄文中期中部高地の人々が灌漑施設を伴う耕地建設をしていたことと、耕地建設の目標(理想)を持っていたことが浮かび上がります。

4 A系列の畑について

灌漑施設のない畑の理想の姿

整然区画され、それが増大していく姿を理想の姿として描いています。

5 感想

縄文中期中部高地の人々が灌漑施設を伴う耕地を建設して農耕に従事していたことはこの土器文様から明らかであると考えます。

整然と区画された多数の畑や泉や噴水まである畑はあくまでも理想であり、現実の姿ではないと直感します。しかし、そのような理想の姿を描いて農耕に従事していた人々の文化(農耕文化)があったということがわかり、感動します。

縄文時代の畑や灌漑施設は、専門家が「あるかもしれない」と思うようになれば、遠からず出土すると思います。


2020年8月19日水曜日

耕地熟稔の様子を表現する畑文土器

 縄文土器学習 450

2020.08.18記事「縄文マメ類栽培」、2020.08.18記事「縄文マメ類栽培評価と農耕意義」が刺激となり、武居幸重著「文様解読から見える縄文人の心」(諏訪郷土研究所、2014)に掲載されている畑文土器の解釈を学習しました。

以前この部分を読んだ時には執筆者には大変申し訳ございませんが、眉唾的印象を受けていました。ところが今回読み直して、これはただならぬ情報であり、土器文様に縄文時代畑が表現されているだけでなく、縄文時代灌漑施設が表現されていると直観しました。縄文時代灌漑施設などという暗示を受けるとは全く予想していなかったので、年甲斐もなく学習に興奮しています。

1 武居幸重著「文様解読から見える縄文人の心」(諏訪郷土研究所、2014)

武居幸重著「文様解読から見える縄文人の心」(諏訪郷土研究所、2014)

尖石縄文考古館で購入しました。

2 畑文土器文様の解釈

ア 地形との対応

「区画蛙蛇畑文土器(藤内遺跡出土藤内期)」の展開文様を2つの畑タイプAとBと考え、台地尾根頂部には短冊型畑(A)が、傾斜部は幾種類かの方向の異なった斜面だから畝方向のことなる畑(B)があり、急傾斜のCは表現されていないと考えています。

土器文様の畑タイプAとB

イ 塾稔記号

次の図に赤で示す記号を塾稔記号としてとらえ、畑の栽培作物の成長を表現しているとしています。

塾稔記号

ウ 時間の経過による塾稔を示す

土器口縁部に近いほうを標高上、遠いほうを標高下と考えています。

AとBをそれぞれ時間経過の異なる2枚と3枚のパネルと考えます。

Aの時間経過による熟稔の様子

熟稔記号が付加する区画が生まれています。→作物が成長した。

小区画1つが分割されて3小区画になっています。→畑の分割

区画列が1列追加になっています。→混み過ぎた苗を間引いて、それの移植による畑造成

Bの時間経過による熟稔の様子

標高上の方から下へむかって熟稔記号が増える畑が増えています。→高所から早く稔り始めることの顕れ

3 まとめ

ア 土器文様が絵文字になっている

畑の様子を2タイプ用意し、それぞれ2時点、3時点の時間経過を絵文字としての文様で表現している土器です。

絵文字は熟稔記号という言葉で概念化されています。

イ 畑タイプは地形との対応でとらえられている

A(尾根部)とB(斜面部)という地形に対応してパネルを捉えています。

4 考察(空想)

武居幸重著「文様解読から見える縄文人の心」(諏訪郷土研究所、2014)の記述を出発点として、空想を交えて思考を深めました。

ア AとBの違いは灌漑施設有無の違い

・畑タイプAとBの違いは地形の違いではなく、灌漑施設有無の違いであると考えます。

畑タイプAとBの違いは灌漑施設の有無

畑タイプBは口縁部に「ふくらみ」の模様が存在する。→水源施設を暗示する。

畑タイプBは熟稔の様子が時間経過とともに下方に及ぶ。→水の流下による影響発現を暗示する。

畑タイプBの口縁部直下の左右は熟稔記号の追加がない。→水取入口の直下流以外は水利用が困難であることを暗示している。

・灌漑施設の水を上流の畑から下流の畑に次々に反復利用していた様子が表現されていると考えます。

・八ヶ岳山麓台地や伊那谷台地などの地形から、灌漑施設のある畑は低地ではなく、台地上の頂部平坦面に整備されたと考えます。

イ AとBの違いは作物の違いを表現する

Aの時間経過は2枚のパネルで、Bの時間経過は3枚のパネルで表現されています。この違いはAとBの作物育成にたいする手の加えようの違いを表現していると考えます。AよりもBの方が生育のためにより手間をかけていて、生育作業区切りが1回多くなっています。これはAの作物よりBの作物の方が重要であったことを暗示しています。

Bは灌漑施設を使っているくらいですから、Aよりもより重要な作物であると考えます。祭祀用に使うマメ類かもしれません。

ウ Aは畑を細分化したり、追加したりする作物

畑を細分化したり、追加するような作物を植えていたのがAです。イメージとしてどんどん増えていってしまう作物です。根茎で増える芋類かもしれません。

5 感想

土器文様に灌漑施設が表現されていることが本当ならば、縄文灌漑施設発見がありうるかもしれません。だれも考えもしない縄文灌漑施設は発見されませんが、縄文灌漑施設の存在を確信できれば、遺構発見の可能性が生まれます。

八ヶ岳台地や伊那谷台地の微地形を詳しく調査すれば、縄文灌漑施設と畑発見の糸口が見つかるかもしれません。