2019年1月18日金曜日

加曽利貝塚博物館企画展「加曽利E式土器展」

縄文土器学習 6

千葉県出土縄文土器の形式学習を縄文草創期から始めていていますが、加曽利貝塚博物館で企画展「あれもE これもE -加曽利E式土器(千葉市内編)-」を3月3日まで開催中であるとのニュースを見て、見逃す可能性もあるので急遽観覧してきました。加曽利E式土器は縄文中期後半の土器です。

企画展パンフレット表紙から

1 展示の様子
50~60点の加曽利E式土器(主に深鉢土器)がEⅠ式→EⅡ式→EⅢ式→EⅣ式の順に並べられていて、土器形式学習を始めようと考えている自分にとってはとても素晴らしい展示でした。

加曽利EⅡ式土器

加曽利EⅢ式土器

展示の様子

特大深鉢(加曽利EⅡ式土器)

土器の模様がどのような縄文原体からつくられたのかという見本資料が展示されていて、それも参考になりました。

縄文原体見本資料

2 加曽利E式土器の変遷
うれしいことにガイドの方から土器細分の詳しい説明を聞くことができました。口縁部の変化、縦方向の磨消縄文、底部面積変化など多数の指標により文様と形状の変化が分析されて形式分類されていることを理解することができました。

加曽利E式土器の移り変わり
企画展パンフレット「あれもE これもE -加曽利E式土器(千葉市内編)-」から引用

3 感想
この企画展展示物を詳しく観察することにより加曽利E式土器の器形や模様変遷を詳しく知ることができますから、今後2-3回この企画展に通って1点1点の土器について詳細観察して、自分なりの学習を深めたいと思います。計らずも、隆起線文土器より加曽利E式土器の観察・撮影が先行しました。なお、隆起線文土器閲覧も2月には実現しそうですから隆起線文土器学習と加曽利E式土器学習を併行して進めることにより土器形式学習の口火をきることにします。

帰りがけに南貝層の貝層断面観覧施設を観覧してきました。何回見ても迫力がある展示です。

貝層断面観覧施設

2019年1月17日木曜日

前三舟台遺跡 隆起線文土器出土遺跡

縄文土器学習 5

千葉県出土縄文土器の形式学習を始めていて、その最初として隆起線文土器について取り組んでいます。隆起線文土器出土遺跡を「千葉県の歴史 資料編 考古1(旧石器・縄文時代)」(千葉県発行)掲載事例により学習を進めています。この記事では富津市前三舟台遺跡を学習します。

1 前三舟台遺跡の位置

前三舟台遺跡の位置
小糸川下流左岸にあり、三舟山(標高138m)の北麓に広がる緩斜面に位置します。

2 遺物集中地点と出土物
「縄文時代草創期の土器・石器・礫によって構成される2か所の遺物集中地点(第1、第3遺物集中地点)を検出した。両地点は、互いに30mほど離れているが、いずれも、急斜面の三舟山と麓の緩斜面との傾斜変換地点にある。出土層は、暗褐色の漸移層から立川ローム層最上部のソフトローム層上部である。」

第1遺物集中地点出土遺物実測図
「千葉県の歴史 資料編 考古1(旧石器・縄文時代)」(千葉県発行)から引用
「第1地物集中地点からは、縄文時代草創期の土器177点と石器462点が出土した。また、礫群1基が検出できた。
土器には、 隆起線文土器・爪形文土器・縄の圧痕をもつ土器・無文土器がある。隆起線文土器は、口縁部直下に1・2条の粘土紐を貼り付け押圧している。隆起線が1条の例は、口唇部に押圧やキザミを施し、2条の隆起線と同様の効果をあげている。垂下する隆起線を組み合わせた例もある。
石器には、槍先形尖頭器・有舌尖頭器・削器・打製石斧・敲石があり、このほかに、尖頭器類の未成品とその製作過程で生じた剥片(石くず)が多量にともなっている。石器の製作技術は、拳よりもやや小振りの円礫を台石の上に置き、これを両極打撃によって尖頭器類の素材となる剥片を生産している。同時に、残された石核も尖頭器類の素材に供されたと思われる。石材は、全体の8割以上が安山岩で、これに砂岩・ホルンフェルスなどが加わる。」

→南原遺跡の土器拓本は小さすぎて記述を実感として理解できませんでしたが、前三舟台遺跡隆起線文土器の説明「口縁部直下に1・2条の粘土紐を貼り付け押圧している。」は画像として理解できます。しかし、それ以上の詳しい説明は実物と拓本との関係を知らない者にとってはどれを指すのかわかりません。是非とも実物(あるいは鮮明な写真)を観察したいと思います。

→石器生産場所から土器が出土しているのですから、ある程度その場所で定住している様子がうかがえます。礫群の存在もその場所が狩周遊ルートにおける礫保管場所であった可能性があります。

第3遺物集中地点出土物実測図
「千葉県の歴史 資料編 考古1(旧石器・縄文時代)」(千葉県発行)から引用
「第3遺物集中地点からは、少量の土器に、石鏃・掻器・削器などの製品18点が出土した。石材は、すべて半透明の黒曜石である。遺跡内で製作された形跡がないことから、別の場所で製作され、搬入したものと考えられる。」

→少量とはいえ土器が石器とともに出土するのですから、隆起線文土器の時代には全てのグループが土器を使っていたという仮説を支持する材料になります。

→黒曜石の産地が気になります。旧石器時代にはすでに神津島の黒曜石も房総では使われています。

3 まとめ
「以上のように、 2か所の遺物集中地点は、石器の組成、石材の構成、分布の形状と規模などがきわめて対照的な様相を示している。遺物集中地点の形成過程は不明であるが、両地点は異なる作業空間として機能し、短期間に形成されたと考えられる。」

→隣接する2箇所の遺物集中地点の間に時間のズレと集団のズレがあると考えると、この場所が狩前後にキャンプする場所として好都合だった場所であるからだと考えます。定住がはじまる初期の様子、つまり立地有利な場所でキャンプが繰り返し行われる様子を前三舟台遺跡は表現していると推測します。急斜面と緩斜面の傾斜変換点という立地から飲み水(湧水)の存在が重要な要件になっていたのかもしれません。

4 参考 千葉県の隆起線文土器出土遺跡

千葉県隆起線文土器出土遺跡

千葉県隆起線文土器出土遺跡

2019年1月16日水曜日

南原遺跡 隆起線文土器出土遺跡

縄文土器学習 4

千葉県出土縄文土器の形式学習を始めていて、その最初として隆起線文土器について取り組んでいます。この記事から隆起線文土器出土遺跡を「千葉県の歴史 資料編 考古1(旧石器・縄文時代)」(千葉県発行)掲載事例により学習を始めることにします。最初は市原市南原遺跡です。

1 南原遺跡の位置

南原遺跡の位置
養老川左岸標高約80mの台地縁辺部に位置します。
→地形をよく見ると小櫃川から延びる支谷の最上流部に遺跡が位置していて、この付近が台地平坦面の狭窄部になっていることがわかります。台地面を移動する獣を待伏せして捕獲するにはうってつけの場所です。

2 隆起線文土器

「出土層位はソフトローム層上部の暗褐色土層で、ソフトローム層中からの遺物出土はほとんど無かった。」

出土土器
「千葉県の歴史 資料編 考古1(旧石器・縄文時代)」(千葉県発行)から引用
「出土した隆起線文土器には、貼付した粘土紐をキザミによって短く分断したもの(図2-1)、 貼付した粘土紐を指頭圧により波状にしたもの(2~6)、 きわめて細い粘土紐がジグザグ状を呈するもの(7・8)、 口縁端部のつまみあげによる盛り上がり部分か波状を呈するもの(9)、 粘土紐の上に刺突・キザミを施すもの(10~13)がある。このほかに、粘土粒を貼り付けたもの(14・15)もある。なお、5については胎土中に獣毛もしくは人間の毛が混入されている可能性がある。」

→図版の模様を説明文により理解することが、残念ながらほとんどできませんでした。肝心要の情報を直観レベルで感得できません。写真や実物を見る機会を設けたいと思います。

追記 2019.01.19
市原市埋蔵文化財調査センターに問い合わせたところ、出土土器現物は南山大学(名古屋)が所蔵していて、センターでは写真もないとのことです。残念ですが、この遺跡の土器閲覧はとりあえず諦めます。

→記述を読むと少なくとも6種の異なる模様の作り方があるようです。それだけ多種の模様の土器が同じ時間断面で使われていたことがどのような意味があるか、着目して学習を進めます。6種の異なる模様土器が異なる個人(あるいは集団)の作で、それがこの場所にそろった(集合した)ということであるのか、6種の異なる模様は流行の時間差を表現していて、ある程度の長期間その場所に廃用土器のかけらが継続して捨てられたということなのか…、多様な推測が成り立ちます。

→出土土器片が小片ばかりです。全国の遺跡でも草創期土器はほとんど小片ばかりの出土のようです。小片ばかりが出土することにどのような意味があるか、今後着目して学習をすすめます。廃用土器は徹底して破壊したという特別な行為があったのではないだろうかと、後代縄文人の土器破壊行為から、憶測します。

3 有舌尖頭器

出土石器
「千葉県の歴史 資料編 考古1(旧石器・縄文時代)」(千葉県発行)から引用
「出土した石器(写真1)には,有舌尖頭器・尖頭器・石鏃・削器・石錐・石斧・彫器・楔形石器などがある。有舌尖頭器(写真1)は18点が出土している。石材は黒色緻密質安山岩が最も多く、ついで細粒砂岩・珪岩が若干ある。大きさは、最小のもので約2cm、 大きなものでも約7~ 8cm程度、主体となるものは約4~5cmの小型のものである。扶りの入る狭長の逆三角形の舌部を有するもの、舌部両側縁が緩やかに内湾して裾広がりの形態を示すもの、一側縁のみ湾曲する非対称な形態のものがある。」

4 まとめ
「南原遺跡の調査時点では、隆起線文士器の調査事例は少なく、隆起線文土器群と有舌尖頭器の出土は、草創期土器群の研究の進捗に大きく寄与するものとなった。」

5 参考 千葉県の隆起線文土器出土遺跡

千葉県隆起線文土器出土遺跡

千葉県隆起線文土器出土遺跡

2019年1月15日火曜日

ブログ開設8周年通過にあたって

本日(2019.01.15)がこのブログ開設8周年通過日となります。

8周年の通過が出来たのは、ひとえに多くの方々にこのブログを閲覧していただき、コメントをいただき、さまざまな心強いご協力をいただいたおかげです。

日本と世界の皆様方に心から感謝申し上げます。

これまでの過去8年の1月15日に次のようなブログ開設記念記事を書いてきています。
今年も前例にならい、2019年のささやかな夢をメモすることにします。

●過去のブログ開設記念記事
2012.01.15記事「ブログ開設1周年
2015.01.15記事「2015年ささやかな夢リスト 趣味生活における埋土種子群落
2016.01.15記事「ブログ開設5周年通過
2017.01.15記事「ブログ開設6周年通過
2018.01.15記事「ブログ開設7周年通過にあたって

1 ブログ花見川流域を歩くの8年間の足取り

ブログ花見川流域を歩く8年間2415記事の分類と主なテーマ
私の趣味活動は自宅近くの戦争遺跡や河川争奪地形の調査から始まり、この数年は考古歴史分野に特化しつつあります。
なお、ブログ花見川流域を歩くの記事数が毎年少しずつ減っていますが、ファミリーブログとしてブログ花見川流域を歩く番外編、ブログ花見川流域を歩く自然・風景編、ブログ世界の風景を楽しむ、ブログ芋づる式読書のメモに記事を書いていますので、趣味活動における総ブログ記事数は毎年増加しています。

2 2019年のささやかな夢
2-1 縄文時代学習の夢
縄文時代学習の今年の最大の夢は縄文土器に詳しくなることです。特に次の活動をワクワク、ドキドキしながら始めようとしています。
・土器形式に詳しくなり、土器形式の較正年代資料や分布資料を私家版として作成する。
・全ての土器形式について手に取って観察する。自分で撮影した写真で私家版土器形式リスト(図鑑)を作成する。(そのために博物館・資料館や教育委員会のお世話になる。)
これ以外に次のような活動についてもとりかかりたいと思います。
・海岸線、植生等の自然環境変遷資料作成
詳しくは既に2019.01.08記事「縄文時代学習計画」に書いています。

2-2 空間分析手法の習熟と応用力増強の夢
操作技術的な意味で高嶺の花であり憧れのソフトであったQGISも、最近では通常レベルで使えるようになりました。データベースソフトFile Makerの有用性も実践的に理解しつつあります。
Google earth proやQGISやFile Makerを連携して行う空間分析手法により習熟し、問題解決に役立つような応用力増強に2018年に引き続き2019年もはげみたいと思います。

2-3 世界各地の考古歴史情報に興味を持つ夢
参考情報として世界各地の考古歴史情報に興味を持ち、あわよくば自分の興味テーマである縄文時代や古代学習との接点を見つけたいと思います。当面ジャレド・ダイアモンド著「銃・病原菌・鉄」の学習をすすめます。
次の3つの項目に強い関連が生れ、自分の考古歴史学習視野が世界に広がるキッカケができればうれしいと夢見ます。
・ジャレド・ダイアモンド著「銃・病原菌・鉄」学習
・自分の海外旅行体験、海外知識知見
・縄文時代や古代に関する学習興味(これまでのブログ趣味活動)

今後もブログ花見川流域を歩くをよろしくお願い申し上げます。

花見川の風景 2019.01.13

2019年1月13日日曜日

隆起線文土器

縄文土器学習 3

「千葉県の歴史 資料編 考古4(遺跡・遺構・遺物)」(千葉県発行)の「2-1-2縄文時代(1)土器の変遷一縄文時代一」を軸に千葉県出土土器形式の学習を草創期から順を追って学習します。この記事では隆起線文土器について学習します。

1 隆起線文土器以前
県内では今のところ発見されていない。

2 隆起線文土器群
県内では鎌ヶ谷市林跡遺跡・市原市南原遺跡・富津市前三舟台遺跡・東金市大谷台遺跡多古町一鍬田甚兵衛山南遺跡下総町成井遺跡・印旛村瀬戸遠蓮遺跡・印西市地国穴台遺跡などから出土する。

隆起線文土器は,文様購成や隆起線文の種類よって大きく3つ(I・Ⅱ・Ⅲ式)に分けることができる。
I式は幅広の隆帯を口縁部に数条巡らすものであり,長崎県佐世保市泉福寺洞穴から出土した豆粒文土器もこの時期であろう。南原遺跡・前三舟台遺跡がこの時期に属する。

Ⅱ式は細隆起線文を直線・波状に巡らし,なかには文様帯を有するものもある。県内では林跡遺跡・一鍬田甚兵衛山南遺跡など, この時期のものが多い(写真3)。

写真3 隆起線文土器(多古町一鍬田甚兵衛山南遺跡)
「千葉県の歴史 資料編 考古4(遺跡・遺構・遺物)」(千葉県発行)から引用

Ⅲ式は微隆起線文の一群で,前二者が口縁部近くに施文するのに対し,底部近くまで全面施文するものが多い。大谷台遺跡もこの時期に属する。

隆起線文土器
「千葉県の歴史 資料編 考古4(遺跡・遺構・遺物)」(千葉県発行)から引用

3 千葉県隆起線文土器出土遺跡
千葉県の隆起線文土器出土遺跡リストとその分布を手元の資料から整理すると次のようになります。

千葉県隆起線文土器出土遺跡

千葉県隆起線文土器出土遺跡

4 参考 東日本・南関東地方の隆線文土器の変遷

参考 東日本・南関東地方の隆線文土器の変遷
「縄文はいつから!?」(小林謙一/工藤雄一郎/国立歴史民俗博物館編、新泉社)から引用
「縄文はいつから!?」(小林謙一/工藤雄一郎/国立歴史民俗博物館編、新泉社)では隆線文土器の変遷について次のように記述しています。この記述から千葉県の隆起線文土器の分類変遷と東日本・南関東の分類変遷は大筋で対応していると捉えられます。
「口縁部の加飾から隆線文土器がはじまり、最初はやや太い隆線が単条のみめぐるが、時期が下がると数条になり、横走だけでなく波状などモチーフを持つタイプもあらわれ(Ⅱ期)、Ⅲ期には多条に細い隆線文がめぐらされる。」

5 参考 隆起線文土器のC14年代測定と較正年代
れきはくデータベース「遺跡発掘調査報告書放射性炭素年代測定データベース」を検索したところ千葉県出土隆起線文土器のC14年代測定資料は無いようです。
全国の隆起線文土器付着物測定結果を検索すると次のようになります。

隆起線文土器付着物のC14年代測定データ
この表で早見較正年代は上記れきはくデータベースの付録「較正年代早見表(IntCal13)」から得た値です。
C14年代測定値平均値をIntCal13原本資料でみると確かに早見較正年代と対応します。

IntCal13原本資料でみるC14年代測定平均値と対応する較正年代
隆起線文土器C14年代測定値の平均値からみると、その較正年代は13300年前頃ということになります。

6 参考 隆起線文土器の時代イメージ

縄文のはじまりをめぐる時代区分の比較
「縄文はいつから!?」(小林謙一/工藤雄一郎/国立歴史民俗博物館編、新泉社)から引用
小林謙一の説に従えば隆起線文土器の時代が縄文時代のはじまりになります。

縄文時代のはじまりころの狩猟具の変遷
「縄文はいつから!?」(小林謙一/工藤雄一郎/国立歴史民俗博物館編、新泉社)から引用
隆起線文土器の時代は氷期の温暖期にあたります。







 

2019年1月11日金曜日

縄文時代遺跡の土器出土率

縄文土器学習 2

縄文土器形式の学習に入る前に、そもそも縄文時代遺跡ではどの程度の遺跡から土器土製品が出土しているのか、その感覚を得るための統計を私家版千葉県遺跡DBからとってみました。

千葉県縄文時代遺跡土器土製品出土有無
縄文時代遺跡6680件のうち土器土製品出土遺跡は6420(96.1%)、土器土製品非出土遺跡は262(3.9%)という結果になりました。
ほとんどの遺跡から土器が出土しているということから、土器の検討が縄文時代遺跡の検討で大きな役割を果たすことを確認することができました。
逆に縄文人の生活の痕跡にはほとんど土器が残されていると考えることもできます。なぜ生活の痕跡から96.1%もの確率で土器が出土するのか?その理由検討が重要な学習テーマになると考えます。
私は土器(土器片)が遺跡に残される理由として、その場で煮炊き炊事や水の汲み置きなど本来用途としての土器が残存したということ以上に別の大きな理由があると仮説しています。西根遺跡は日常生活の場ではありませんが大規模な土器片集積がみられます。また各所に土器塚と呼ばれる土器集積遺跡がみられます。あるいは土偶や獣面把手は破壊されて住居ではない場所に散布されます。このように日常生活で使われた土器が廃用土器になると第二の用途として再生祈願行為としての土器破壊活動散布の対象となったことをあげることができると考えます。再生祈願行為における土器破壊散布行為の場所は居住空間とは限らないので各所に土器片がばら撒かれ、結果として沢山の場所から土器片が出土していると考えています。
大膳野南貝塚学習の中間とりまとめ 参照

土器土製品が出土しない縄文時代遺跡の出土物・遺構は石器、貝層、丸木舟、陥し穴などとなっています。
参考までに土器土製品出土有無別地図を作成してみました。

縄文時代遺跡土器土製品出土有無別 私家版千葉県遺跡DBから作成
土器土製品が出土しない遺跡は今後詳しく検討する価値があると考えています。
次のような状況を推察しています。
・丸木舟が出土した場所は元来は水面であり、丸木舟に関連した何らかの祭祀が行われたとしても、丸木舟出土場所にはもともと土器はなかった。
・陥し穴からはほぼ完全に近いほど土器片がみつからない。陥し穴は人の日常生活施設ではないので廃用後にそこで祭祀が行われることはなかった。従って土器片出土はない。



2019年1月9日水曜日

縄文土器学習の開始

縄文土器学習 1

しばらくの間、縄文土器学習をシリーズで行います。

1 縄文土器学習目的と項目
学習目的と学習項目は次の通りです。
●学習目的
出土土器による遺跡編年資料作成
●学習項目
・縄文土器形式変遷の学習
・縄文土器形式と較正年代の対応表作成(参考資料)
・遺跡別出土土器形式資料の作成
・遺跡編年資料作成

2 縄文土器を実感として知る活動
まずは千葉県における縄文土器形式変遷を実感レベルで知る活動を行いたいと考えています。そのために次の3つの活動を最初に行います。
なお、学習に「千葉県」という縛りを掛ける必然性はないので、興味と活動容量が許せば関東や全国の縄文土器についても実感レベルで知りたいと思っています。
2-1 資料学習
「千葉県の歴史」等の資料から千葉県における縄文土器形式についてその変遷、特性や意義について整理して把握します。

2-2 千葉県出土全縄文土器形式の実見
次の画像は「千葉県の歴史 通史編 原始・古代1」(千葉県発行)に掲載されているものです。

縄文土器の移り変わり 「千葉県の歴史 通史編 原始・古代1」(千葉県発行)から引用
このような画像を全て自分が撮影した土器写真で作成してみることにします。
主要なものの撮影は博物館・資料館展示物の写真撮影で可能であると考えますが、バリエーションの変化をどこまで追うか、あるいは移入土器をどのように考えるかなどは活動を始めてから、「歩きながら」考えることにします。申請による資料閲覧・撮影も適宜おこなうつもりです。

申請による資料閲覧で撮影した加曽利B式土器(西根遺跡出土物)

2-3 土器形式別遺跡分布図の作成
私家版千葉県遺跡DBの活用を基本にして、他資料による情報を加えて千葉県出土縄文土器形式について、その出土遺跡分布図を作成します。

例 加曽利B式土器分布図
加曽利B1式土器分布図などの作成も可能です。

参考 「千葉県の歴史」による縄文土器形式の変遷
参考 「千葉県の歴史」による縄文土器形式の変遷
早期の形式区分が他の時期より多いのは何故であろうか?
2つの土器形式が併記されているものが多い。これは諸磯と浮島のように始祖が異なる2集団が共存していたことを示すのであろうか?

2019年1月8日火曜日

縄文時代学習計画

1 縄文時代学習の経緯
2016年12月から大膳野南貝塚学習を始めました。1つの発掘調査報告書(4分冊の大著)を自分なりに徹底して分析しましたがその中でFile Maker、QGISなどのアプリも活用し、自分レベルでは高度といえるスキルも総動員しました。結果としてデータをいじくりまわす楽しみを存分に味わい、かつ多数の問題意識を獲得することができました。
その学習結果は「大膳野南貝塚学習中間とりまとめ」としてまとめましたが、幸運にも千葉県貝塚研究最先端者の西野雅人先生にコメントしていただくことができました。学習が大いに深まりました。
こうした経緯のなかで2018.09.24記事「ブログ学習活動の経緯と学習テーマ」で次の4点を今後の学習テーマとして設定しました。
1 中期~後期・晩期の貝塚集落消長
2 なぜ谷奥台地に貝塚集落が立地するのか?
3 竪穴住居の漆喰貝層有無の理由
4 土器形式年代と海岸地形との関係

2 これまでの縄文時代学習の位置づけ
2018年までの縄文時代学習は千葉県における縄文時代研究の蓄積をほとんど知らないで、特定遺跡の分析に血道をあげた活動です。
この活動を自分が千葉県縄文時代研究(千葉県における知識の総体)に対する威力偵察活動と位置づけます。
千葉県縄文時代研究がどれほどのものであるのか、自分のつたない興味や知識などとの相対関係がどのようなものであるのか、実感できた活動であったと位置づけます。
大膳野南貝塚という1遺跡をピンポイントで深く分析することにより千葉県縄文時代研究(千葉県における知識の総体)の壮大さ・奥深さ、汲み尽くせないほどの多様なインタレストを感じ取ることができました。同時に、踏み込んで検討すれば解答を得られるに違いないというテーマが無数に存在している様子も感得できました。
威力偵察活動は立派に任務を果たしました。

3 2019年縄文時代学習のイメージ
2018年までの威力偵察活動としての学習を踏まえ、2019年学習は本格学習に取り組むことにします。本格学習の最初はやはり基礎知識の習得がメインになると考えます。千葉県縄文時代研究(千葉県における知識の総体)の壮大さ・奥深さ、汲み尽くせないほどの多様なインタレストを十分に知らないで学習するわけにはいきません。
2019年は学習のための基礎体力増強の年にしたいと思います。基礎体力増強の状況に応じて、順次学習テーマに視点を移動させたいと思います。

4 縄文時代学習計画
4-1 知識の習得
「千葉県の歴史」の記述を読み直す、そこに引用されている主要文献を取り寄せ学習する、これまで入手した論文を学習するなどに集中して知識獲得活動を精力的に行います。学習はブログ「芋づる式読書のメモ」を舞台に行うことにします。このブログをメモ帳代わりに利用しますので恐らく記事数が飛躍的に増えると予想します。

4-2 出土土器による遺跡編年資料作成
本格縄文時代学習の有力ツールとして「出土土器による遺跡変遷資料」を自作することにします。このツール自作は知識獲得活動にも位置付けることができますし、テーマ学習の入り口としても位置付けることができると考えます。
4-2-1 縄文土器形式変遷の学習
・縄文時代土器形式変遷の様子を詳しく学習します。
・資料学習では土器を実感できませんから博物館や資料館で見学したり、主要なものは閲覧申請して「手に取って」学習します。

縄文土器の変遷

4-2-2 縄文土器形式と較正年代の対応表作成(参考資料)
専門家の研究成果を活用して(あるいはご教示を受けて)縄文土器形式と較正年代の対応表を可能な範囲で作成します。学術資料ではなく学習用参考資料として作成します。

4-2-3 遺跡別出土土器形式資料の作成
私家版千葉県遺跡DBから遺跡別出土土器形式資料を作成します。

4-2-4 遺跡編年資料作成
「縄文土器形式と較正年代の対応表」と「遺跡別出土土器形式資料」から出土土器形式を基礎とした遺跡編年一覧表を作成します。この資料作成により土器が出土した遺跡の多くをより詳しく編年資料に組み込むことができます。この資料は縄文時代学習の有力なツールになると考えます。

4-3 海岸線、植生等の自然環境変遷資料作成
・縄文海進とその後の海退に関する資料、植生変化に関する資料等を収集して千葉県の縄文時代自然環境の様子をできるだけ詳しく知ります。
・同時に自然環境の特徴を表現する遺跡(遺構・遺物)があれば私家版遺跡DB等から体系的に収集します。
・それらの情報から集落消長と自然環境変化との間に何らかの関係があるのか、ヒントを見つけます。

これまでの学習で、例として次の2点について強く気がかりになっています。
・有吉北貝塚のガリー浸食とその保全工事跡(薪資源の取りつくしによる集落周辺裸地化と集落崩壊の関係)
・縄文後・晩期の獣骨出土増大と海退による海岸平野拡大(獣すみかとしての樹林・草原拡大)の相関
このようなヒントを多数見つけたいと考えます。

集落立地台地に発達したガリー浸食とその拡大防止工事跡と考えれる遺跡

4-4 テーマ学習
テーマ学習は当面は材料を蓄積し温めることに専念し、本格取り組みは4-1~4-3のメドが立ってからにします。
1 中期~後期・晩期の貝塚集落消長
2 なぜ谷奥台地に貝塚集落が立地するのか?
3 竪穴住居の漆喰貝層有無の理由
4 土器形式年代と海岸地形との関係

……………………………………………………………………
追記
縄文時代学習は単なる知識習得活動ではなく、テーマに沿った(テーマ追究型)学習です。そしてそれはあくまでも趣味活動の一環です。学術研究を目指していません。
趣味活動の一環ですから縄文時代学習の目的を究極まで煎じ詰めれば、それは楽しさ、ワクワク感、ドキドキ感というプラス感情(自己満足感)を得ることに到達します。

2019年1月6日日曜日

私家版千葉県遺跡DB地図帳の一覧とりまとめ

私家版千葉県遺跡DB地図帳 24 私家版千葉県遺跡DB地図帳の一覧とりまとめ (シリーズ終わり)

私家版千葉県遺跡DBの全レコード(20130)を分布図を通じて概観する活動を行ってきましたが、その総集編サイトをつくりました。

サイト「私家版千葉県遺跡DB地図帳

このサイトには2018.12.06記事「千葉県遺跡分布地図帳 全遺跡」から2019.01.05記事「千葉県遺跡分布地図帳 加曽利B式土器」までに作成した全遺跡地図119枚を順番に従って掲載しています。遺跡地図だけを通覧したり、特定遺跡地図を即座に閲覧する時にはブログ記事をたどるよりも便利になると考えて作成したものです。
このサイトはBloggerブログ構造を利用して作成したもので、デスクトップパソコンではダイナミックビューフリップカード表示になります。モバイルではページ順表示(地図001からの順番表示)になります。

サイト「私家版千葉県遺跡DB地図帳」のデスクトップパソコン表示

サイト「私家版千葉県遺跡DB地図帳」のモバイル表示

このサイトにとりまとめた遺跡地図は、私家版千葉県遺跡DBの使い勝手を検証しつつDBが有する情報全体像を概観するために作成したものであり、あくまでも予察的な地図帳です。将来本格的な遺跡地図帳を作成する機会を作りたいと考えています。

興味のある方はサイト「私家版千葉県遺跡DB地図帳」を覗いてみてください。

この記事で私家版千葉県遺跡DB地図帳シリーズを終わります。

2019年1月5日土曜日

千葉県遺跡分布地図帳 加曽利B式土器

私家版千葉県遺跡DB地図帳 23 加曽利B式土器

私家版千葉県遺跡DBの全レコード(20130)を分布図を通じて概観する活動を行っています。2019.01.04記事「千葉県遺跡分布地図帳 諸磯式土器と浮島式土器」でDBから土器形式別分布図の作成が容易であり、その情報が思いのほか高い価値を有していると直観できました。この記事では土器形式の次の例として縄文時代後期の代表的土器形式である加曽利B式土器の分布図を作成してみました。

1 加曽利B式土器の分布

私家版千葉県遺跡DB地図帳 加曽利B式土器分布 110

私家版千葉県遺跡DB地図帳 加曽利B式土器(貝塚)分布 111
加曽利B式土器出土遺跡で遺跡種別が貝塚(貝塚・集落を含む)であるものです。

私家版千葉県遺跡DB地図帳 加曽利B式土器(集落)分布 112
加曽利B式土器出土遺跡で遺跡種別が集落(貝塚であるものを除く)であるものです。

私家版千葉県遺跡DB地図帳 加曽利B式土器(包蔵地)分布 113
加曽利B式土器出土遺跡で遺跡種別が包蔵地等(貝塚、集落を除く)であるものです。

私家版千葉県遺跡DB地図帳 加曽利B式土器(種別)分布 114
青丸…貝塚、赤丸…集落、灰丸…包蔵地

私家版千葉県遺跡DB地図帳 加曽利B式土器分布ヒートマップ 115
加曽利B式土器出土遺跡が密集する空間ほど黒く表現されています。

私家版千葉県遺跡DB地図帳 加曽利B式土器分布(背景ヒートマップ) 116
青丸…貝塚、赤丸…集落、灰丸…包蔵地

私家版千葉県遺跡DB地図帳 加曽利B式土器分布(種別・背景ヒートマップ) 117
青丸…貝塚、赤丸…集落、灰丸…包蔵地

私家版千葉県遺跡DB地図帳 千葉県中北部 加曽利B式土器分布(種別・背景ヒートマップ) 118
青丸…貝塚、赤丸…集落、灰丸…包蔵地

私家版千葉県遺跡DB地図帳 千葉県中央部 加曽利B式土器分布(種別・背景ヒートマップ) 119
青丸…貝塚、赤丸…集落、灰丸…包蔵地

2 メモ
・加曽利B式土器の分布をみると塊状になっているように観察できます。
・加曽利B式土器は遺跡種別貝塚(貝塚・集落を含む)・集落(貝塚を除く)・包蔵地のセットで存在しているように観察できます。
・ヒートマップを背景に分布図を見ると、塊状分布がよくわかります。塊状の部分がまとまった地域社会(広域行政連合?)を表現していると考えて間違いないと思います。
・ヒートマップを背景にして種別分布をみると貝塚・集落・包蔵地がセットで存在していてそのセットが生活空間の基本構造になっているように空想(仮説)できます。この地図は縄文後期社会の空間構造検討の有力な情報素材になると考えます。
・その図を拡大すると、貝塚・集落・包蔵地のセット構造があからさまになるように感じることができます。塊状部分(黒い部分)に沢山の貝塚・集落・包蔵地セット単位が存在するように見られ、それらが単位地域社会(村?)の生活跡であると空想したくなります。
・DBから土器形式別遺跡情報を汲みだすと極めて有用な基礎情報を得ることができるとこの作業でわかりました。作業を改めて千葉県の縄文時代全土器形式の情報を体系的に汲みだすことにします。
・参考 西根遺跡(低地遺跡)から大量の加曽利B式土器が出土していて、それは近隣集落の合同収穫祭跡であると見立てていますが、その近隣集落の場所が上記地図ヒートマップ黒の一つの塊状に対応する可能性が濃厚になりました。

2019年1月4日金曜日

千葉県遺跡分布地図帳 諸磯式土器と浮島式土器

私家版千葉県遺跡DB地図帳 22 諸磯式土器と浮島式土器

私家版千葉県遺跡DBの全レコード(20130)を分布図を通じて概観する活動を行っています。現在、項目(フィールド)「遺構・遺物」の記載キーワードを検索してその地物を含む遺跡の分布図例を作成しています。この記事では土器形式の例として縄文時代前期の諸磯式土器と浮島式土器の分布図を作成してみました。

1 諸磯式土器と浮島式土器の分布

私家版千葉県遺跡DB地図帳 諸磯式土器分布 107

私家版千葉県遺跡DB地図帳 浮島式土器分布 108

私家版千葉県遺跡DB地図帳 諸磯単独・浮島単独・諸磯浮島共伴分布 109
赤丸…諸磯式土器単独出土遺跡、青丸…浮島式土器単独出土遺跡、燈丸…諸磯・浮島共伴遺跡

参考 諸磯式土器と浮島式土器が出土する遺跡数(千葉県)

2 メモ
・大膳野南貝塚学習で縄文時代前期集落に諸磯式土器優勢竪穴住居と浮島式土器優勢竪穴住居と2形式が混在した竪穴住居が存在することを学習しました。縄文時代前期には諸磯式土器を使う集団と浮島式土器を使う別集団が存在し、その2集団が共住していた集落も存在していたということです。
・このような観点から諸磯式土器と浮島式土器が出土する遺跡の分布図を作成しました。予想以上に分布状況が異なります。諸磯式土器は房総半島の広域に分布する様相を呈しますが、浮島式土器は下総台地にほぼ限定されるような分布となります。
・諸磯式土器と浮島式土器が共伴する遺跡は諸磯式土器出土遺跡の集中域と浮島土器出土遺跡集中域が重なった地域に限定されるように観察できます。2集団が近接して生活した地域では2集団の共住が生れたような印象を受けます。2集団がお互いに婚姻の相手であったことがわかります。

参考 大膳野南貝塚前期集落 優勢土器別竪穴住居
2018.06.07記事「諸磯・浮島2集団の関係