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2021年8月29日日曜日

サイト「地名「千葉」は縄文語起源 梅原猛仮説」をリニューアルしました

 サイト「地名「千葉」は縄文語起源 梅原猛仮説」をリニューアルしました。これまでのPDF画像貼り付けから、全5記事を1つのweb画面にまとめまて読みやすくしました。


サイト「地名「千葉」は縄文語起源 梅原猛仮説」リニューアル画面

地名「千葉」の起源について梅原猛の仮説を軸に、梅原猛に影響を与えたであろう武田宗久(千葉市縄文貝塚研究の基礎を築いた考古学者)の地名「千葉」起源研究を基礎として学習を展開しました。

梅原猛の仮説(「千葉」はチパ(=ヌササン(イナウによる祭壇))なり)は武田宗久の考え方(「千葉」はチハ(枕詞チハヤフルと同根)なり)と共鳴するものであり、共にその起源を原始(原史)に展望しています。共に植物繁茂説を否定しています。

この学習により自分は縄文時代の地名が現代にまで途切れることなく伝来して来ているという事象存在に確信を持ちました。縄文学習の魅力がますます増大します。


2018年10月5日金曜日

地名「千葉」縄文語起源記事の通覧サイト開設

「地名「千葉」は縄文語起源 梅原猛仮説」というシリーズ名で連載記事をかきはじめました。当初は数編の記事掲載を予定し、梅原猛の仮説を詳しく紹介するという予定でした。
しかし、記事を書くために資料を詳しく読むと、梅原猛の仮説が自分の中でたんなるアイディアとしての興味ではなく、「本当かもしれない」という確信を含む興味に変化してきました。この仮説の蓋然性を高めるために縄文後晩期-弥生-古墳-奈良平安と連続して考古遺跡や史料を調べる価値があると感じました。
そこで長期戦を想定してこのテーマに取り組むことにします。
今後散発的になりますが多数のブログ記事を書くことにしますので、あとから通しで読む便利を用意しておくことにし、そのために記事を順番につなげたpdfを作成し新設サイトに掲載しました。

新設サイト「地名「千葉」は縄文語起源 梅原猛仮説」
ブログ「花見川流域を歩く」ではいろいろなテーマの記事が錯綜しますので地名「千葉」語源だけの記事を通しで読むためには便利になると思います。
ブログ記事を追加するごとにpdfにその記事を追加します。

新設サイト「地名「千葉」は縄文語起源 梅原猛仮説」