2017年9月1日金曜日

西根遺跡と小字「西根」

印西市小字「西根(ニシネ)」の位置を確かめると次のようになります。

印西市小字「西根(ニシネ)」

この分布範囲と西根遺跡との位置関係をGISで確かめると次のようになります。

西根遺跡と小字「西根(ニシネ)」

さて西根の語源はどのようなものでしょうか?
私は西根遺跡の学習の中で次のような仮説を1回メモしました。

1 西根の語源 仮説1
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戸神川沖積地の左岸サイドに「西根」があります。
西根の東側は船尾白幡遺跡の中心拠点(Dゾーン)が控えています。
また西根遺跡から多数の出土物がみつかり、西根遺跡付近が船尾白幡遺跡のミナトであり、祭祀の場であることもわかってきています。
このような情報から、小字「西根」の意味を次のように想像します。
船尾白幡遺跡が新規開発地として建設された時、その西側に位置する戸神川低地は開発地(集落)と外部を結ぶ重要なミナトであり、そのミナトを通じて船尾白幡遺跡は外部とつながっていました。
つまり船尾白幡遺跡からみると、地先の戸神川低地は西側に伸びる根のような存在であったと考えます。
船尾白幡遺跡からみて地先戸神川低地は自らの根元の部分に当たると考えて、「西根」という地名が生まれたと考えます。

参考 印西町字界図(昭和63年印刷)平成13年4月印西市復刻
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参考
ね【根】
1 〖名〗
二 物の基礎となり、それを形づくる根本となる部分。ねもと。つけね。
① 生えているものの下部。毛、歯などの生えているもとの部分。
*万葉(8C後)四・五六二「いとま無く人の眉(まよ)根(ね)をいたづらに掻かしめつつもあはぬ妹かも」
*あきらめ(1911)〈田村俊子〉七「頭髪の根が痛くって仕様がないよ」
② 立っているものが、地に接する部分。ふもと。すそ。
*書紀(720)神代上(兼方本訓)「譬ば海(うな)の上(うへ)に浮(うか)べる雪の根(ネ)係所(かかること)無(な)きが猶し」
*真景累ケ淵(1869頃)〈三遊亭円朝〉五一「手水鉢(てうづばち)の根に金が埋めて有るから」
『精選版 日本国語大辞典』 小学館から引用
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2 西根の語源 仮説2
西根遺跡の学習を深めるなかで奈良・平安時代の水辺祭祀だけでなく、縄文時代こそ最も活発な水辺祭祀が行われていたことを学習しました。
そして縄文時代水辺祭祀がその後の弥生・古墳・奈良平安時代に少なからず影響を与えたようだという印象を持つにいたりました。
このような学習進行のなかで、西根の語源を次のように仮説します。

西は印西の西と同じで印旛浦の西側という意味です。
根は「つけね」「ふもと」「すそ」という意味合いであり、西根は印旛浦の西にある「付け根」という意味合いになると考えます。
西根遺跡の空間が古代人にとって遠い昔から(原始時代から)伝わってきた祭祀空間であることから、つまり印旛浦の西にある信仰上の拠点空間であることから、西根という地名が生まれたと考えます。

なお、根が「根の国」(ニライカナイ)と関係するのかどうか、さらに検討していくつもりです。
古代人は西根遺跡空間付近で破壊縄文土器の圧倒的な露出風景を見ているでしょうから、その光景をみて「根の国」「黄泉の国」を想像したかもしれないと空想しています。

西根という地名はおそらく古墳時代か奈良平安時代につくられたと想像します。

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