12 古墳時代出土物 小型甕
古墳時代出土小型甕
出土時写真(報告書図版24)
小型甕スケッチ(報告書112ページ)
小型甕観察表(報告書113ページ)
手にとった土器は使用感は感じられず、底面と胴の成す角(かど)は鋭利な状態でした。供献用の土器であることを実感できます。
出土後口縁部の一部を補修しています。
古墳時代の遺物として多数の完形小型甕が出土しています。
古墳時代の住居址は2軒で、時代を異にしています。「台地縁辺部に単独で存在している点や遺物が1点を除けば全て小型甕形土器である点から特殊な遺構と思われる。」、また「供献用の土器がその大半を占め、割合は1:9ないし1:5に及ぶ。」「集落の本体からはずれた位置に独立して単期間形成された住居であり、儀式の場とも考えられる。」(報告書)
古墳時代の建物(場所を途中移すが1軒が存在)は子和清水の泉を祀る祭祀の場であったと想像します。
子和清水は「こわ(強)い」(干天でも枯れることのない強靭な湧水力を有する)水源であり、
1 この時代の水田耕作の農業用水源として大切であり
2 水田耕作に従事する住民の飲料水水源として大切であり
3 狩猟時代以来の祖先の命を育んできた歴史的水源として大切であった
ことから、特段に重要な水源であり、その水源を守り、祀る気持ちが、そこに祭祀の場を作ることになったのだと思います。
同じような水源で、船橋市三山には二宮神社が現在もあります。
子和清水は「こわ(怖)い」(思いもよらない不思議な力がある)水源であり、
1 病気治癒のために大切な水であり
2 健康増進のために大切な水であり
3 酒にも匹敵する美味しい水である
ことから、特段に重要な水源であり、その水源を守り、祀る気持ちからそこに祭祀の場ができるとともに、民話「子和清水」が生まれたのだと思います。
古墳時代の祭祀跡の存在から、縄文時代以来、この地に住んだ人々が、子和清水の水量と水質の双方について注目して、大事にしてきたことを想像することができます。
(つづく)
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