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2016年11月16日水曜日

上谷遺跡 竪穴住居敷地内における墨書文字「得」「万」のヒートマップ

被熱ピットが存在していることから小鍛冶遺構であると推定しているA102a竪穴住居について、ミクロな検討を続けています。

この記事では墨書土器文字「得」と「万」の出土分布ヒートマップを作成して、この遺構と集落内集団との関係を考察します。

1 墨書土器文字「得」「万」の集落内における出土領域

上谷遺跡では代表的な墨書文字として「得」「万」「竹」「西」の4つがあげられます。

これまでの検討で、これら4つの代表的墨書文字は居住地を異にする別々の生業集団と対応していると考えてきています。

「得」「万」「竹」「西」を代々伝える4つの集団が上谷遺跡付近集落を構成していたと考えています。

その4つの文字概略分布は次のように図化することができます。

上谷遺跡 代表的墨書文字の出土領域と存被熱ピット竪穴住居

A102a竪穴住居は「得」出土領域と「万」出土領域の中間に位置しています。

またこの付近の存被熱ピット竪穴住居(小鍛冶遺構想定)はほとんどが「得」領域に分布しています。

墨書文字「得」と「万」の出土領域は空間的に棲み分けしていますが、小鍛冶遺構は「得」と「万」二つの集団が合同で運営していたような印象を持つことができる分布になっています。


2 A102a竪穴住居内の「得」「万」分布

A102a竪穴住居 墨書土器「得、万」分布図

この遺構から「得」と「万」の双方が出土していることが一つの特徴です。

同時に「万」は覆土層の上層から出土していて、「得」は「万」より上層に位置していることが読み取れます。

「万」の遺構内持ち込みの後に「得」の持ち込みがあったように観察できます。

3 「得」と「万」のヒートマップ

墨書土器文字「得」と「万」の出土平面位置分布ヒートマップを示します。

上谷遺跡 A102a竪穴住居 墨書土器「得」分布ヒートマップ

上谷遺跡 A102a竪穴住居 墨書土器「万」分布ヒートマップ

得、万ともにその分布は出入り口ピット(西側)付近から竪穴住居に降りて、穴の壁沿いに半周した範囲に多いように観察できます。

竪穴住居中央部に祭壇とか祈祷を行う機能が存在していて、その場所を避けて墨書土器を埋めたと仮想します。

4 A102a竪穴住居から墨書土器文字「得」と「万」が共伴出土する理由

1、2、3から、A102a竪穴住居で墨書土器文字「得」と「万」が共伴出土する理由を次のように空想します。

・小鍛冶機能(鉄器修繕、鉄器流通)は得集団と万集団が共有して所有(運営)していた。その主導権はA102aがその機能を有していた頃は得集団であった。

・小鍛冶機能を有する有力家であるA102a竪穴住居が廃絶したので、その有力家が属する得集団が廃絶跡地の祭祀を行っていた。


・【ケース1】しかし集落全体が衰退する中で「得」集団が衰退して祭祀を行うエネルギーが無くなり、最後の祭祀は「万」集団が代わって挙行した。

・【ケース2】しかし、「得」集団と「万」集団の力関係が変化して、A102a竪穴住居付近が全て「万」集団の支配域となり、最後の祭祀開催権を「万」集団が「得」集団から奪った。


2016年7月21日木曜日

船尾白幡遺跡 墨書文字に関する空間思考

2016.07.20記事「船尾白幡遺跡 ゾーン別年代別墨書文字推移」で自分が想定していた以上に、墨書文字の詳しい年代的空間的状況を把握できたと感じました。

この有用性の強いデータの咀嚼をより一層進めるために、出土墨書文字表(画像)を全墨書土器分布図に散布してみました。

さらに参考として鉄鏃と刀子の出土数グラフも散布してみました。

船尾白幡遺跡 墨書文字、鉄鏃、刀子 ゾーン別年代別出土状況

この分布図を見ながら、船尾白幡遺跡の墨書土器検討を箇条書きでまとめます。

1 Ⅰ期からⅤ期まで墨書文字が出土するのはDゾーンだけであり、またDゾーンは他のゾーンよりⅡ、Ⅲ期の墨書文字出土数が多くなっています。これからDゾーンが船尾白幡遺跡の中枢拠点であることがわかります。

2 FゾーンはⅡ期からⅤ期まで墨書土器が期毎に倍増していて、発展が最も顕著なゾーンです。Fゾーンの北に広がる台地が生産の現場となっていて、その生産現場に対する拠点であったと想定します。

3 Ⅳ期(9世紀第2四半期)になるとAゾーン、Cゾーン、Eゾーン、Gゾーンで墨書土器が出土します。この年代に開発が一気に進んだことが判ります。

4 Ⅳ期では帀(アマ)が各ゾーンで多数出土し、船尾白幡遺跡全体に関わる共通の祈願語であったことがわかります。帀(アマ)は集落支配勢力の影響下にある人々が使ったと考えらます。Ⅳ期に既成集落支配勢力の影響力(求心力)が最大になったと考えられます。

5 Ⅳ期になるとEゾーンで千(セン)が、Gゾーンで門(カド)が多数出土するようになります。集落の再開発が行われ、そこに外部化から千や門を祈願語として使う集団が入ってきたと考えます。
Eゾーン、GゾーンともにⅤ期になると帀(アマ)が出土しなくなるので、既存の集落支配勢力が弱体化した様子が観察できます。

6 Ⅴ期(9世紀第3四半期)になるとFゾーンで大(オオ)、大万(オオマンドコロ)が多出します。Ⅳ期の代表的文字任(ミブ)が全く出土しなくなり、それと交代したような印象を受けます。つまり任勢力が大・大万勢力に駆逐されたという印象を受けます。

7 中枢拠点のDゾーンでも、大・大万がⅤ期に出土します。同時に帀(アマ)出土数が激減します。これから、Ⅴ期になると集落全体の支配に大・大万勢力が重要な位置を占めていたことが判ります。権力の交代があったのかもしれません。

8 乾漆に関わる墨書文字がAゾーン(Ⅳ期)、Dゾーン(Ⅱ、Ⅴ期)、Fゾーン(Ⅲ期)から出土しました。

9 養蚕に関わる墨書文字がBゾーン(Ⅴ期)、Cゾーン(Ⅳ期)、Dゾーン(Ⅳ期、Ⅴ期)、Fゾーン(Ⅴ期)から出土しました。

10 BゾーンⅤ期から寺が出土し、寺院の存在が推定できます。

11 武器である鉄鏃、刀子と墨書土器分布の関係を観察しましたが、墨書土器出土数と鉄鏃・刀子出土数がほぼ相関し、それ以上の特徴はとらえられませんでした。

しかし、CゾーンⅣ期の刀子出土数6だけが突出していて、その理由は不明です。

Cゾーンの東には宗像神社を祀る古墳時代から続く既存集落があります。ですから、船尾白幡遺跡つまり新開発地と当時の既存集落の間に武力に関わるような緊張関係があったことを示す可能性もあります。

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船尾白幡遺跡の検討をこの記事でとりあえず終了します。

墨書文字「大万」(オオマンドコロ)を千葉県墨書土器データベースで検索したところ、別の複数の遺跡から多数検出されましたので、その検討を次に記事で行います。

墨書文字「大万」を共通に使う勢力の実在が感じられます。