2016年8月10日水曜日

上谷遺跡 墨書文字「万」の事前検討 その1

上谷遺跡で4番目に出土数が多い墨書土器文字は「万」です。

この記事は上谷遺跡出土墨書土器文字「万」に関する事前予備検討の第1回目です。

1 上谷遺跡出土主要墨書文字の全国出土数

次に上谷遺跡出土主要墨書文字「得」「西」「竹」「万」の全国出土数を整理してみました。

上谷遺跡出土主要墨書文字の全国出土数 表

上谷遺跡出土主要墨書文字の全国出土数 グラフ

全国的にみれば上谷遺跡の「得」「西」「竹」出土数割合は高く、上谷遺跡の検討が全国のその文字の検討と直結することが想定されます。

ところが、「万」は全国の出土数が多く、上谷遺跡での検討を安易に全国に敷衍するような発想は許されないことが想定されます。

全国レベルでの「万」の検討と上谷遺跡における「万」の検討を同時並行的に進める必要性があると直観できます。

「万」の出土数は全国的に見ても多いのですから、その検討を深めることができれば全国レベルの墨書土器文字検討にとっても大きな意義があることになります。

「万」の検討を上谷遺跡の情報だけに限定して、そのローカルデータの範囲内で解釈しようとするれば、あまり成果を期待できないと考えます。

2 上谷遺跡出土文字「万」の特性

上谷遺跡出土文字「万」の釈文別文字を次に示します。

上谷遺跡 釈文 万

「万」1文字で観察されたデータが61で最も多いのですが、「億万」「七万」「十万」「大万」「廿万」(廾万)「八万」という6つの熟語も同時に出土しています。

3 発掘調査報告書における「万」解釈

発掘調査報告書(第5分冊)では「万」について次のような解釈を行っています。

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多数の「得」「福」「富」や「万」「七万」「八万」「廿万」「大万」などは、いずれも福徳の祈願と関係するものだろう。

「千葉県八千代市上谷遺跡 (仮称)八千代市カルチャータウン開発事業関連埋蔵文化財調査報告書Ⅱ -第5分冊-」(2005、大成建設株式会社・八千代市遺跡調査会)から引用

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発掘調査報告書の「万」解釈は、万が「非常に多くの数」「よろず、たくさん、すべて」という意味に着目して、多くの富を得たいという祈願であると考えたのだと思います。

しかし、なぜ「万」だけではなく「七万」「八万」「十万」「廿万」「億万」「大万」というバリエーションがあるのか説明はありません。

発掘調査報告書では、それらは具体的な数量ではなく、福徳祈願の意味だとだけ記述しています。

以上の発掘調査報告書の「万」解釈は、このブログでこれまでに検討してきた近隣遺跡における「万」解釈と対照させると、残念ながら次の2点から満足できるものではありません。

1 「万」が政所(マンドコロ)を意味する場合があるという認識が欠落している。

2 「万」熟語の数詞(例「七」)等にはそれぞれ具体的意味があるという認識が欠落している。

例えば、鳴神山遺跡では「七万」はシチマンドコロと読み、質政所の意味で解釈しました。

同時に鳴神山遺跡出土「七・知益」の解釈を、漆(シチ)・汁液の意味としました。

2016.04.04記事「漆業務発展祈願の墨書文字を認識した瞬間」参照

「万」解釈を福徳祈願で十把一絡げで処理してしまうのは思考節約が過ぎると考えます。

4 参考 墨書文字「政所」(マンドコロ)、「万所」(マンドコロ)の出土状況

上谷遺跡の「万」の検討において、「万」がたくさんの意味とは別に、それとは全く異なる政所(マンドコロ)の意味が含まれているかどうかが一つの重要な焦点になります。

そこで、参考として、墨書文字「政所」(マンドコロ)、「万所」(マンドコロ)の出土状況を調べて分布図にしてみました。

墨書・刻書土器「政所」「万所」出土遺跡

この分布図から「政所」「万所」が墨書土器文字として出土していたことが確認できます。

大網山田台遺跡群№10地点(小西平台遺跡)の「山邉万所」の山邉(ヤマノベ)は和名抄にみえる上総国山邉郡に対応していると考えますから、「山邉万所」の万所が古代郡行政とかかわる政所であることは確実です。

2016.05.27記事「古代地名「~ベ(部)」の千葉県検索結果」参照

つまり万所=政所です。

さらに「万」一文字で政所(マンドコロ)と読み、意味するかどうか、次の記事で検討します。



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