2013年8月9日金曜日

趣味におけるWEBプレミアム

たまたま読んだ日経2013.07.15記事「移動端末の効果が急上昇」という論文を読んで刺激を受けて、自分の趣味の特性について意識しました。

1 日経の記事
日経記事の内容は、賃金とICT利用の関係を分析して、パソコンよりも移動端末に賃金上昇の効果があることを述べています。
すなわち、コンピューター・プレミアム(コンピューターをよく使う人ほど所得が高い)という定説と矛盾した結果が現れていて、タブレット、スマートフォン、クラウドコンピューティングなど最先端のICTで可能となった「複数の業務を同時に遂行する新しい働き方」が生まれていると着目しています。

職場ではコンピューターを活用することは当然であり、それでプレミアムが生じる時代は過ぎ去りました。一方、移動端末を有効活用して同時に複数のプロジェクトにかかわる担当者ほど評価が高くなり、「多能事務職」と呼べるような新しい職種がうまれつつあると、この記事は述べています。そして、そうした新しい職種を導入して、グローバル市場の競争を勝ち抜くべきである、と断じています。

2 ICTプレミアム
この日経記事を読んで、世の中にICTプレミアムというものがあり、それが時々刻々と変化していることを意識することができました。

自分の趣味に移動端末活用はほとんど関係せずプレミアムもゼロだと思います。

しかし、自分の場合WEB活用は、私の趣味にプレミアムをもたらしていると意識することができましたので、記録しておきます。

気がついてみると、頭に思い浮かんだものだけでも次のような情報サービスをWEB経由で享受しています。

●国土地理院の電子国土ポータル
全国の2万5千分の1地形図を自分のGIS(地図太郎PLUS)の背景地図として自動利用できる。全国の地名検索ができる。

●国土地理院の地図・空中写真閲覧サービス
旧版地図や過去の空中写真を閲覧できる。(サムネイル閲覧であるが、print screenキーでファイルとして自分のパソコンに取り込めば、精細検討でなければある程度実用できる。空中写真は実体視もできる。)

●国土地理院の基盤地図情報
基盤地図情報(数値標高モデル)5mメッシュ(標高)の入手。(要利用登録)

●千葉県地質環境インフォメーションバンク
千葉県内の地質柱状図を閲覧できる。

●地質調査総合センターの地質図Navi
刊行された地質図を閲覧できる。

●千葉県ふさの国文化財ナビゲーション
千葉県内の埋蔵文化財包蔵地および国・県指定文化財の位置と概要を知ることができる。
リストをファイルとして入手することもできる。

●グーグルマップ、グーグルアース
場所の確認に多用している。

●千葉県内図書館横断検索
千葉県立図書館及び国会図書館、千葉県内の大学図書館、千葉県内のほとんどの公共図書館等を横断して図書所蔵情報を入手できる。

●千葉市図書館所蔵図書検索
千葉市立図書館の所蔵図書を検索できる。

●J-STAGE
明治期以降の学術論文を検索し閲覧できる。代表的な学会誌については網羅されている。

●国立国会図書館の近代デジタルライブラリー
明治期以降に刊行された図書等のデジタル化資料を閲覧できる。(例 日本地理志料、千葉県印旛郡誌等)

●国立情報学研究所のWebcat Plus
文章から連想して図書を検索できる。あるテーマやキーワードに関連して、世の中にどのような図書があるのか知る上で有効。国立歴史民俗博物館からこのサイトの存在を教えていただいた。

●日本の古本屋
古書検索により古書店から古書を購入できる。値段の比較ができるので便利。

●一般のWEB検索
わたしはグーグルを使っています。図書や物品の通販購入、調べ事などに多用している。ある言葉を失念したとき、その関連語をWEB検索すれば、100%思い出せる。

10年前の自分はこれらのWEB機能を最後の2つ以外は全く使っていませんでした。5年前も似たり寄ったりです。
この2~3年でこのようなWEB機能を使い込むようになりました。

自分の過去と比較して現在の自分はWEBプレミアムを大いに享受していると意識できます。

WEBを使うことによって自分の趣味活動における知的生産物の付加価値を大いに高めていると実感できます。

さて、日経記事が指摘するようにICTプレミアムは時代とともに変化してしまいます。

自分にそれを置き換えると、現在のWEBプレミアムの状況に満足していたならば、時間の経過とともに付加価値を意識できるものは無くなってしまうと思います。

要するに現在のWEB活用が当たり前に感じるようになってしまうのは目に見えています。

自分がプレミアムと感じるような新たなICT活用はどのようなものであるか、絶えず意識しておき、その方向を見つけたいと思います。

その方向は、WEBで入手できるようになった多分野の良質で多量の情報を、分析して表現するための各専門ソフトを使いこなすことかもしれないと、うすうす感じています。

花


■□花見川流域を歩く■□にほんブログ村■□花見川流域を歩く■□にほんブログ村■□
にほんブログ村 アウトドアブログ ウォーキングへ にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログ 千葉(市)情報へ にほんブログ村 科学ブログ 技術・工学へ

2013年8月7日水曜日

古代東海道水運支路の直轄港湾、高津・志津・公津

花見川地峡の自然史と交通の記憶 52

高津(たかつ)の他、古代東海道水運支路には志津(しづ)、公津(こうづ)という直轄港湾もあったと考えますので、現在のその見立てを記録しておきます。(2013.08.06記事「律令国家兵部省の高津馬牧への植民ルート」参照)

1 志津
現在地名としての志津は佐倉市に上志津、下志津という字名で残っています。印旛沼から4㎞程度内陸に入りこんでいるため、この地名を「津」(古代直轄港湾)に関連した地名であるという説は存在しないようです。(佐倉地名研究会著「多輪免喜第5号志津の地名」等を参照した結果による)

私の見立てを結論として記述すると、次のようになります。
●志津(という古代の軍事直轄港湾施設)が先崎(まっさき)付近に存在した。
先崎城跡(城館跡、中近世)付近が地形的に志津のあった場所であると見立てます。
●志津を軍事拠点として香取の海からの外敵侵入を阻止した上で、そこに流入する河川流域を植民した。その植民場所を志津(広域地名)と称した。(高津と同じ命名法)
●後世に志津(古代軍事直轄港湾施設)の意味が忘れられてしまい、施設のあった場所の地名から志津が消えた。(高津と同じ)
●広域地名としての志津も、一部地域にのみ残存して他の地域は新たな地名が付けられた。

なお、志津は市津から来ているものと考えます。津に市機能(商業的機能)を備えたことが特徴であったために、そのような名称になったものと考えます。

2 公津
公津は高津や志津とは異なり、港湾機能があったことが伝承として伝わってきています。
「公津村の項:古くは神津と書いた。地名は、式内社麻賀多神社のための港すなわち神津が印旛沼にあったことによるという。」(「千葉県地名大辞典」角川書店)
千葉県埋蔵文化財地図にも、「鷺山遺跡(公津)」(城館跡、古代(古墳)、中世)が記載されていて、古代直轄港湾施設に関連する遺跡であると考えます。

3 高津、志津、公津
高津、志津、公津の位置関係を示すと次のようになります。

古代東海道水運支路の3つの津(古代直轄港湾)(仮説)
基図は「千葉県地名変遷総覧附録 千葉県郷名分布図」

駅家と津、津と津の距離は概略次の通りとなります。

浮嶋-高津 約9㎞(陸路 柏井・高津古代官道約2㎞を含む)
高津-志津 約14㎞
志津-公津 約15㎞

公津からさらに北上して流海に出た付近に津あるいは水駅があるはずですが、その検討は後日にすることとします。

つづく

■□花見川流域を歩く■□にほんブログ村■□花見川流域を歩く■□にほんブログ村■□
にほんブログ村 アウトドアブログ ウォーキングへ にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログ 千葉(市)情報へ にほんブログ村 科学ブログ 技術・工学へ

2013年8月6日火曜日

律令国家兵部省の高津馬牧への植民ルート

花見川地峡の自然史と交通の記憶 51

律令国家兵部省の高津馬牧への植民ルートを考えてみました。

次の図は中村太一著「日本古代国家と計画道路」(吉川弘文館、平成8年)に掲載されている768年~796年頃の道路体系図です

延暦15年(796)頃の道路体系(A図)
出典:中村太一著「日本古代国家と計画道路」(吉川弘文館、平成8年)
引用者が道路を赤色で着色

また、次の図は吉田東伍著「利根治水論考」に掲載されている衣河流海[きぬがわながれうみ]古代(約千年)水脈想定図です。

衣河流海古代(約千年)水脈想定図(B図)
吉田東伍著「利根治水論考」、日本歴史地理学会発行、明治43年12月1日
(画像を濃くしてあります。)

B図を基図として、A図の内容を書きこみ、さらに高津馬牧、高津(古代直轄港湾)、想定される東海道の水運支路を書き込みました。

古代(768年~796年頃)の道路体系と東海道水運支路(想定)

この図から律令国家兵部省が高津馬牧へ植民したルートを考えると、浮嶋駅から方面から高津馬牧に出入りしていたルートがメインであると思考することが合理的であると直感できます。
下総国府との距離が最も短いからです。

当時は台地上の移動がまだほとんどできないという状況がありました。
こうした中で、下総国府が兵部省の拠点であり、そこから高津馬牧を開発しようとしたとき、香取の海方面から印旛沼を遡って最上流部の高津まで到達し、その土地を開拓することは極めて非合理的でありほとんどありえないことと考えてよいと思います。
さらに、印旛沼周辺の各植民地は律令国家に100%忠誠をもつ状況にもなかったと思います。軍事的にも香取の海からさかのぼることはリスキーだったと思います。

このように考えると、浮嶋駅から花見川を遡って杵隈(カシワイ)=船着場に到達し、そこから陸路柏井・高津古代官道を通り、高津(古代直轄港湾)に到達するというルートが高津馬牧へのメインルートであることがはっきりします。

杵隈(船着場)、柏井・高津古代官道、高津(港湾)の整備は律令国家が高津馬牧という植民地開拓のために設けたインフラであったと言ってもよいと思います。

なお、律令国家は浮嶋駅から高津に到り、そこから常陸国府までの水運ルートを構想していたものと考えます。

高津に軍事施設としての土塁(砦)があることから判るように、印旛沼周辺の交通を安全に確保するためには、そのルートの要衝に軍事的拠点つまり、直轄港湾としての「津」
が必要です。

高津から常陸国府に到る区間に「津」(古代直轄港湾)があるかということにも興味が拡がります。

この付近には「志津」「公津」という地名があります。これらの地名は古代直轄港湾の存在を伝えているのではないかと想像しています。

つづく


■□花見川流域を歩く■□にほんブログ村■□花見川流域を歩く■□にほんブログ村■□
にほんブログ村 アウトドアブログ ウォーキングへ にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログ 千葉(市)情報へ にほんブログ村 科学ブログ 技術・工学へ

2013年8月5日月曜日

高津土塁から高津馬牧(延喜式)の位置を考察する

花見川地峡の自然史と交通の記憶 50

1 吉田東伍見立ての正確性が立証される
吉田東伍著「大日本地名辞書 坂東」の「高津」の項に「延喜式に、下総国高津馬牧とあるは、蓋此地とす。」と記述しています。「蓋此地とす」とは「多分この地であろう」という意味だと思います。

延喜式(927)の第28巻の兵部省の項で、諸国馬牛牧として下総国には高津馬牧、大結馬牧、本嶋馬牧、長洲馬牧、浮嶋牛牧の5牧が記述されています。
この記述から、高津馬牧が律令国家の軍事組織が直轄する馬牧であったことがわかります。

吉田東伍は高津という地名を手がかりに、延喜式に出で来る下総国高津馬牧を近世高津村付近に比定しました。

さて、高津土塁(砦)という軍事施設を発見して、その位置から高津土塁が守った地域(高津土塁構築により植民した地域)が高津川流域であることが明白となりました。

吉田東伍の延喜式記述に関する見立ての蓋然性は一層高まりました。

近世高津村の領域と高津土塁の位置関係

2 小金牧周辺野絵図をつかった高津牧領域の検討
次の図は小金牧周辺野絵図(17世紀中頃、千葉県公文書館所蔵)に河川名と内野名等を書き込んだものです。
牧付村が囲い込んだ内野が柿色で、野(外野)の部分が緑色で示されています。幕府の牧が設定されたのは近世初頭以来のことで、小金牧(この付近は小金牧の中の下野牧)の範囲はほぼ緑色(外野)の部分に相当します。

小金牧周辺野絵図
(17世紀中頃、千葉県公文書館所蔵)

この17世紀中頃の牧関係絵図を使って延喜式記載の高津馬牧の範囲を検討してみました。

A案

幕府が設定する小金牧以前に既に開発されていた牧(内野)のうち、高津土塁付近の牧を高津馬牧と考えた案がA案です。

B案

幕府が設定する小金牧以前に既に開発されていた牧(内野)のうち、高津内野という名称の牧を高津馬牧と考えた案がB案です。

A案とB案を比較すると、A案では柏井内野、大和田内野、萱田内野という太古からの交通路に面するものをふくんでいますが、B案では太古からの交通路に含まれない高津内野だけとなっています。
律令国家が高津土塁(軍事施設)を築いて新たに植民したのですから、その範囲は既存交通路に面した地域ではなく、既存交通路に面していない未開地が高津馬牧であると考えます。
律令国家兵部省が高津馬牧を開発した当時、柏井、大和田、萱田はすでに開発されていた(植民されていた)土地であったものと考えます。

従って、B案が高津馬牧の範囲を示すものとして合理的です。
B案は近世高津村の範囲とほぼ一致します。

結論として、高津馬牧はその地名の通り高津村領域であったと考えることが妥当です。

延喜式の高津馬牧という名称が17世紀中頃には高津内野や高津村として伝わり、現代でも大字高津としてしっかり土地に定着しています。地名の継続性に感嘆します。

つづく

「花見川地峡の自然史と交通の記憶」シリーズの記事はサイト「花見川地峡の自然史と交通の記憶」でも掲載しています。このサイトではシリーズ記事の順番リストから記事を閲覧できます。

■□花見川流域を歩く■□にほんブログ村■□花見川流域を歩く■□にほんブログ村■□
にほんブログ村 アウトドアブログ ウォーキングへ にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログ 千葉(市)情報へ にほんブログ村 科学ブログ 技術・工学へ

2013年8月4日日曜日

高津土塁の範囲機能等の想像(仮説)

花見川地峡の自然史と交通の記憶 49

高津土塁の検討を深めるために、現在想像しているその範囲や機能を記録しておきます。
この想像(仮説)を拠りどころに調査検討を進め、想像(仮説)の不適部分を修正し、新たにわかったことを付け加え、高津土塁に関する知識を深めて行きます。

1 高津土塁付近の米軍空中写真
高津土塁付近の米軍空中写真を示します。

高津土塁付近の米軍空中写真
1949年4月撮影

この写真を実体視できる資料を2013.07.26記事「高津に土塁(砦跡)新発見」に掲載しています。

2 土塁付近の地形概要

土塁付近の地形概要とこれまで検討してきた柏井・高津古代官道に関する仮説をまとめて表示しました。

高津土塁付近の地形概要と柏井・高津古代官道(仮説)

土塁本体は崖と急斜面で囲まれた天端平坦面から成り立っています。
天端平坦面の上には砦施設が建設され、周辺地域の監視、出撃基地、籠城拠点としての役割を果たしていたものと考えます。

土塁本体の下に基部平坦面があります。この平坦面には低地から小さい入り江が入っています。砦の兵站施設があったものと考えます。
基部平坦面は東側では土堤がないので、この部分には木戸が付いている柵等が存在していたものと考えます。

基部平坦面の南に土堤があります。この土堤は砦背後から襲撃されないようにつくられた防衛線であると考えます。

3 土塁施設の機能
以上の検討をまとめてみると次のような機能図になります。

高津土塁の範囲と機能図

高津土塁の機能は砦施設、平坦施設、防衛施設の3つのゾーンに区分して考えることができるものと考えました。

4 高津土塁の範囲
高津土塁の概略範囲を現代地図にプロットしてみました。

高津土塁の範囲(イメージ)
基図はDM(デジタルマッピング)データ(千葉市及び八千代市提供)

高津土塁の範囲は柏井小学校だけでなく、周辺住宅地も含む範囲となっています。
高津土塁に含まれる範囲の住宅地を歩くと、宅地開発されたにも関わらず、防衛線としての小土塁の存在を認識できます。この付近の宅地開発は初期の小規模開発であり、地形を大幅に改変されることなく行われたために、そうなったのだと思います。


つづく

■□花見川流域を歩く■□にほんブログ村■□花見川流域を歩く■□にほんブログ村■□
にほんブログ村 アウトドアブログ ウォーキングへ にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログ 千葉(市)情報へ にほんブログ村 科学ブログ 技術・工学へ

2013年8月3日土曜日

高津土塁裾部の地質

花見川地峡の自然史と交通の記憶 48

高津土塁本体の地質については2013.07.31記事「高津土塁(砦跡)の地質」で紹介しました。
この時利用した4本の学校校舎敷地ボーリングデータの他、地形的に1段下がる場所に体育館とプールがあり、それに関するボーリングデータが4本ありますので、それを見てみます。

土塁本体から1段下がる場所のボーリングデータ位置

ボーリングデータを地形と関連付けるために断面C-Dを設定しました。(断面A-Bは2013.07.31記事「高津土塁(砦跡)の地質」参照)

この場所の学校建設前の地形は次の通りです。

1960年測量千葉都市図27(部分)
千葉市立郷土博物館提供

上記2つの地形情報から現在と開発前の地形断面を作成すると次のようになります。

地形断面C-D
現況は10㎝単位の情報、開発前は2m間隔等高線情報から作成。

ボーリング柱状図を地形断面図に投影すると次のような図になります。

ボーリング柱状図の地形断面への投影

プールと体育館のある場所は校舎のある場所より1段低い造成面となってます。
開発前には現状より1m~2m程低い場所に平坦面(河岸段丘)がありそれを盛土して現況の地形をつくった状況が地形断面とボーリングデータからわかります。
なお、この埋没している平坦面は半島状をしていて、この埋没平坦面と土塁本体の乗っていた平坦面との間に舌状に低地が入り込んでいます。その場所が53-1地点です。
53-1地点では3mの盛土が学校敷地造成時に行われています。

現在は埋没してしまったこの1段低い平坦面とそれと土塁本体の間の低地も、この高津土塁(砦)の重要構成要素であったと考えています。

つづく

■□花見川流域を歩く■□にほんブログ村■□花見川流域を歩く■□にほんブログ村■□
にほんブログ村 アウトドアブログ ウォーキングへ にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログ 千葉(市)情報へ にほんブログ村 科学ブログ 技術・工学へ

2013年8月2日金曜日

地名情報活用の成功事例

花見川地峡の自然史と交通の記憶 47

この度の高津土塁(砦跡)の発見は、地名情報を有効活用したモデル的な事例です。
高津土塁そのものの本格検討に突入する前に、忘れないうちに、発見の経緯を記録しておきます。

1 地名情報の的確な活用法について意識する(7月2日)
2013.07.02記事「「戸と津」に関する国立国語研究所のアドバイス」で述べたように、それまで地名情報を物事判断の決定打にしようとしていた考えを改めました。
そして、地名情報は、物事の検討を推進させる触媒(仮説)みたいなものとして捉えるようになりました。

2 小字「上高津」から高津(古代港湾)の位置を仮説する(7月12日)
2013.07.12記事「八千代市高津は古代港湾(仮説)」で小字「上高津」から古代港湾高津のあった場所に関する仮説を設定しました。

小字「上高津」から古代港湾の場所を仮説設定した検討図

3 古代港湾を仮説した場所に土塁発見(7月26日)
2013.07.26記事「高津に土塁(砦跡)新発見」で記述したように、古代港湾存在を仮説した場所の米軍空中写真を判読したところ、そこに土塁を発見しました。

土塁発見を書き込んだ米軍空中写真

「上高津」があるなら、「下高津」があるはずだ、その場所は高津川がカーブしていて、高津川流域に入るためには軍事的に要衝の地となって場所だ。その地に高津(古代直轄港湾)があるはずだ。
このような仮説があったので、米軍空中写真を実体視して、瞬間的にそれが人工工作物(土塁)であることがわかりました。
地名情報の活用法として、まことにモデル的だと思います。

4 地名の活用法
●このように、地名(特に小字)を有効活用すると、これまで不明であった歴史上の施設の位置特定に使えることが判りました。

●地名から施設の機能について知ることもできる可能性があります。
例 「上高津」隣の「堰場」の堰は関所の関で、高津(古代直轄港湾)の機能を表していると仮説できる。

●地名から現存しない、昔の地形を知ることもできると思います。
例 「堰場」隣の「名木」は渚の意味で芦太川と高津川が合流する部分にできた洲を表している。一方、天戸に「なぎ」という小字があり、花見川と犢橋川の合流部に位置する。この付近は天保期印旛沼堀割普請で地形が改変されていて、洲のイメージなどだれも持っていない。しかし、「なぎ」という地名から、洲の存在を復元して考えることができるかもしれない。

●また、地名から当時の人々の地形観(土地の見方)もわかるのではないかと考えています。
例 大字地名「大和田」は「和田」地名が一般にそうであるように川がカーブしているところを表すと考える。高津川が大きくカーブしていることを示している。高津(古代直轄港湾のあった場所)のことを指している。
川が大きくカーブする所は、高津川が平戸川に合流するところにもある。そちらのカーブの方が大きい。しかし、そのカーブは大和田の発祥に係っていない。
つまり、大和田付近の人々は高津川に意識を向けていて、より大きな川である平戸川には意識を向けていないことがわかる。高津川流域の一体感みたいなものを感じさせる。


つづく


■□花見川流域を歩く■□にほんブログ村■□花見川流域を歩く■□にほんブログ村■□
にほんブログ村 アウトドアブログ ウォーキングへ にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログ 千葉(市)情報へ にほんブログ村 科学ブログ 技術・工学へ

2013年8月1日木曜日

郷土資料利用規制緩和と国力

話があまりに大きくなりすぎてしまうので、気が引けてしまいますが、次のような感想を常日頃もっていますので、記録しておきます。

1 郷土資料利用規制緩和を望む
どうしても他で入手できない場合など、地域の公共図書館の郷土資料は大変役立ます。
地域の公共図書館はその地域の郷土資料収集について意識的に取り組んでいて、収集され蓄積した図書は地域の宝となっています。

ところが、公共図書館の郷土資料利用に関して、過剰で必要性が認められない、いわば時代遅れとなった利用規制が存在していて、利用者の足を引っ張っています。

公共図書館の利用規制緩和を望んでいます。

この事情に関しては、2013.06.23記事「図書館利用の規制緩和について」で書きました。

2 郷土資料利用規制緩和と国力
さて、私は花見川流域の散歩活動で郷土資料を利用し、花見川流域の魅力やアイデンティティを探り、そこで得られた情報を少子高齢化時代のまちづくり、かわづくりに活かす方策を発見開発するという趣味活動を展開しています。(このブログの私(クーラー)の自己紹介参照)

そうした趣味活動を展開している立場から、個人レベルの問題ではなく、国レベルの問題としても郷土資料の利用規制緩和が、次のような文脈で、大切であると感じています。

●これからの日本国の輸出品(外貨を稼ぐもの)の重要品目として、インフラ整備や地域づくりのソフトとハードがあります。
●その中には地域の歴史を調べて地域の歴史を尊重したインフラ整備や地域づくりという側面が必須です。

●そのような、インフラ整備や地域づくり関連のソフト・ハード商品は、グローバルな国際競争上の視点から要請されるものですが、地元日本での成功的活動が基礎になります。

●つまり、図書館の郷土資料など、歴史関係者等ほんの一握りの人しか利用しない情報を、一般市民が自分たちの地域づくり、まちづくりに大いに利用するようになる運動が盛んになることが大切です。
●そして、図書館の郷土資料などを活用して、歴史や文化や自然を尊重した地域づくり、まちづくりの実績が各地で生まれ蓄積されるようになると、日本が住みやすい国になります。
●そのような活動から生まれるノウハウは、日本国が海外に輸出できる商品の一部となっていく可能性が高くなると考えられます。

●図書館の利用規制緩和によって図書館の有する貴重な郷土資料の利用が効率化し、地域づくりや街づくりの質がアップするようなシステムができると、日本の地域づくりや街づくりが進む一つの要因となり、住みやすい国ができます。
●グローバル化した現代にあっては、住みやすい国をつくるノウハウが外貨を稼ぐようなものになる可能性があるということです。

●図書館活用のあり方が時代に即応するようになれば、それが国力が増強するということに結びつくことになるのです。

●郷土資料利用規制緩和は、経済面からみれば外貨獲得とか日本国の衰退を避ける商品開発ということにつながります。一方、これを文化面からみれば、日本国が世界に対して、歴史を尊重した地域づくりや街づくりの技術・仕組み等の開発普及に貢献するということです。日本国が、人がより住みやすい世界をつくっていくことに貢献するということです。

●図書館の郷土資料利用規制緩和を進めるということは、日本国の国力増強につながるということに、図書館関係者に気がついてほしいと思っています。


花


■□花見川流域を歩く■□にほんブログ村■□花見川流域を歩く■□にほんブログ村■□
にほんブログ村 アウトドアブログ ウォーキングへ にほんブログ村 地域生活(街) 関東ブログ 千葉(市)情報へ にほんブログ村 科学ブログ 技術・工学へ