2014年2月8日土曜日

このブログの棚卸

このブログでは、昨年の9月頃から「花見川流域の小崖地形」シリーズ記事が主となってきています。

自分の下総台地地形に関する学習・認識が少しだけ進展したので、台地地形を対象とした趣味活動がより面白くなって、ブログ記事が続いてきたということです。

ということで、特定テーマに関する趣味活動の面白さに明け暮れて今年度も残すところ50日となってしまいました。

さて、私は以前から情報発信しているように、日々のブログ記事発信だけではなく、「花見川流域地誌」なるものをつくろうと考えています。
ページ「7つの課題と地誌作成」参照

残り50日となり、これからの趣味活動は「花見川流域地誌 現況と興味・仮説編」作成を主としたいと思います。

当面はこのブログの棚卸(ブログコンテンツ資産の確認、整理・体系並べ替え等)を行い、同時に年度内に「花見川流域地誌 現況と興味・仮説編」をまとめたいと思っています。

またブログ棚卸結果に基づいて、次年度以降のブログ活動の計画をたて、より充実した活動ができるようにしたいと思っています。(地形、古代交通、地名をこのブログの3つの柱にしたいとイメージしています。)

なお、地形関係記事など一定レベル以上の内容の濃さを確保した記事を日々作成することと、ブログの棚卸および「花見川流域地誌」作成を時間的に両立させることは困難です。

従って、当面このブログでは日々の散歩・観察・感想やブログ活動に関連する図書・情報・機関等の紹介を主な記事とします。これらの記事作成は消費する時間を比較的節約できるからです。

「花見川流域の小崖地形」シリーズは204.01.07記事「5mメッシュ利用域再拡大」をもって終わりとします。このシリーズで、これまでに培ってきた問題意識はそのまま保持し、今後あらためて別シリーズとして展開していきます。

ブログ棚卸や「花見川流域地誌」作成、今後の活動計画等に関して情報発信できるコンテンツや成果が出来れば、随時情報発信します。

ブログ「花見川流域を歩く」をよろしくお願いします。


早朝の花見川(2014.02.05

2014年2月7日金曜日

5mメッシュ利用域再拡大

花見川流域の小崖地形 その117

2014.02.04記事「5mメッシュ利用拡大」を書いたばかりですが、記事を書く中で5mメッシュがこのブログで特別枢要なツールであることをあらためて再認識しました。

同時に、5mメッシュ利用域をさらに拡大する障害は特段何もないことにも気がつきました。

そこで、利用域を再度拡大して、花見川流域の自然や歴史等を考える際の関連地域の5mメッシュカバー率を抜本的にアップしました。

5mメッシュの利用域(2014.02.07
地形段彩図

2.5万分の1地形図87面分でファイル数(3次メッシュ数)は7686になります。

5mメッシュ数は7686×33750=2.6億になります。

データファイルの容量は3.31GBで、これをGISに取り込むと使用物理メモリーは1.62GB増加して5.64GBとなりました。パソコンには16GBのメモリーを搭載してありますので、メモリー容量の余裕という点では全く問題ありません。

花見川流域の理解を深めるために、地形、古代交通、地名等に関して次のような図に示される範囲について問題意識を拡大してきましたが、そのほとんどの地域について5mメッシュでカバーすることができるようになりました。

古東京湾の堆積環境 鳥趾状三角州期(10-8万年前)
岡崎浩子・増田富士雄(1989):古東京湾の流系、堆積学研究会会報、31号 より引用
2014.01.06記事「印旛沼筋河川争奪メモ」参照)

花見川流域の地形を千葉県北部の下総台地の中で考えるだけでなく、県境という一種の岩盤規制(?)を取り払い、利根川低地とその対岸の茨城県側に拡がる台地地形をも参照しながら考えようというつもりです。

古代(768年~796年頃)の道路体系と東海道水運支路(想定)
基図は「衣河流海古代(約千年)水脈想定図」(吉田東伍著「利根治水論考」、日本歴史地理学会発行、明治43121日)
2013.08.25記事「古代東海道水運支路が機能していた時代推測」参照)

古代交通における花見川地峡の役割を考える際に、現在の印旛沼や霞ケ浦を含んだ香取の海の交通上の意義が判らないで、思考を続けることはできません。香取の海全体について5mメッシュを整備して精細な地形を知ることができるようになったので、古代交通に関する学習・思考も加速することが出来ると思います。



海夫及び霞ケ浦四十八津、北浦四十四ケ津の津々分布図
出典 網野善彦:霞ケ浦・北浦-海民の社会と歴史、1983、網野善彦著作集第10巻、岩波書店
2013.06.27記事「14世紀文書「海夫注文」における戸と津」参照)

戸地名など地名検討についても、以前から千葉県と茨城県という県境で作業を区分けすることが検討を加速するうえで障害であると考えていました。5mメッシュの整備により、これからは例えば香取神宮と鹿島神宮に関連する地名を同時に精細地形を参照しながら検討することができます。

これで、5mメッシュによる精細地形情報をもとに地形、古代交通、地名等の検討を行えるようにできる基盤整備を進めることができました。

参考 地形段彩図のGoogle earth表示

参考 地形段彩図のGoogle earth表示
地形段彩図は半透明

参考 地形段彩図付近のGoogle earth表示

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追記(2014.02.09)

突然のことになってしまいましたが、2014.02.08記事「このブログの棚卸」で述べたように、この記事を持って「花見川流域の小崖地形」を終了します。
このシリーズの内容については強い興味が膨らむばかりですが、体制を立て直してから再度新たなシリーズとして取り組む予定です。
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2014年2月6日木曜日

気になる円弧状地形模様 追補

花見川流域の小崖地形 その116

2014.02.05記事「気になる円弧状地形模様」のイメージ(妄想レベル)図を追補します。

円弧状地形模様の成因イメージ(妄想)

牧の原オタマジャクシ状地形付近の変動地形も円弧状地形模様といえますが、地形から明瞭な隆起軸、沈降軸が読み取れます。そしてその地形が古平戸川を堰き止めるなどの要因となっています。従って牧の原地区付近では円弧状地形模様が変動地形であることに異を挟む余地はないと思います。

ところが、ここで問題にしている栗山川上流の栗源(くりもと)地区の地形模様は、牧の原地区のように変動地形としての明瞭性に欠けます。ただ、模様が重なる部分があるので、地層の差別侵蝕による地形とは区別することが出来ると考えています。


同じような円弧状地形模様としての変動地形でも、牧の原地区と栗源地区では関係するプレートが異なるので、その様式が微妙に異なるのかもしれません。

2014年2月5日水曜日

気になる円弧状地形模様

花見川流域の小崖地形 その115

5mメッシュの利用域を拡大したのは、たまたま気がついた地形があり、それが5mメッシュのそれまでの利用域で途切れていたからです。(201.02.04記事「5mメッシュ利用域拡大」参照)

気になる地形とは、地形段彩図に表現される円弧状模様です。

次の図は地形段彩図です。

地形段彩図

この地形段彩図を見ると、成田空港の北東側方面に円弧状模様が沢山出てくる地区があることが判ると思います。

私が円弧状と感じた地形模様をピックアップすると次の図になります。

円弧状地形模様の抽出図

円弧状地形模様は次のような地形成分と関わって表れているように感じられます。

●円弧状地形模様の成分
・谷津筋線
・尾根筋線
・谷津密度の差異
・標高分布

円弧状地形模様は、地殻変動の結果形成された変動地形がその後の水蝕作用で修飾されて、今ある地形になったと考えて間違いないと思います。

この抽出図と地質図(活構造図)をオーバーレイすると次のようになります。

円弧状地形模様と活構造図のオーバーレイ図

私は、円弧状地形模様の大半が栗山川活向斜軸の西側に分布していることに強く興味を持ちます。

以前私は、印旛沼筋向斜軸(柏-佐倉向斜軸)の北側に牧の原オタマジャクシ状凹地があり、勝田川・高津川筋向斜軸の北側に勝田台オタマジャクシ状凹地があり、その二つの事象から向斜軸形成の運動とオタマジャクシ状凹地形成の運動に、フィリピン海プレートが陸側プレートに沈み込む方向との関係から、関連性があるのではないかという考察(妄想的検討)をしました。


印旛沼筋等における私の考察を踏まえると、栗山川活向斜軸の西側に円弧状地形模様が沢山あるという事象を次のように考えることは極自然の思考です。

印旛沼筋向斜軸(柏-佐倉向斜軸)とその北側の牧の原オタマジャクシ状凹地の二つの地学事象に関連性が存在すると考える。その関連性と同じものが、栗山川向斜軸と円弧状地形模様の間にもある。
印旛沼筋向斜軸(柏-佐倉向斜軸)とその北側の牧の原オタマジャクシ状凹地はフィリピン海プレートが陸側プレートに沈み込むことと関連しているが、栗山川向斜軸と円弧状地形模様は太平洋プレートが陸側プレートに沈み込むことと関連している。

2014.01.27記事「オタマジャクシ状凹地の妄想的検討 後編」でのべた仮説(妄想的検討)がどの程度正しいのか正直に言って不明ですが、その思考の基となる事象が一つ増えたことから、変動地形に対する興味がさらに深まりました。

参考 関東地方南部のプレート模式図
「千葉県の自然史 本編2 千葉県の大地」による

参考 2つのプレートに関係する力(空想)



2014年2月4日火曜日

5mメッシュ利用域拡大

花見川流域の小崖地形 その114

5mメッシュの広域利用を昨年の11月に始めました。(2013.11.20記事「5mメッシュの広域利用開始」参照)

その時点では25千分の1地形図24面分を利用できるようにしたのですが、この度東側と南側に範囲を広げて、合計41面分の5mメッシュを利用できるようにしました。

パソコン上のデータファイル数(3次メッシュ数)は3508であり、5mメッシュ数は3508×33750=約1.184億です。

5mメッシュの利用域
段彩区分は地図太郎PLUSの初期設定画面
(グラデーションをメインとする色使いにすると、地形の大勢を示すようになる。非分析的地図になる。)

5mメッシュの利用域
段彩区分は標高24m~52mを2mピッチで区切ったもの
(色使いとピッチの区切りを工夫すると、特定の用途に適した分析的地図になる。)

5mメッシュの利用域を拡大した理由は、興味深い地形が見つかり、それが5mメッシュの利用域で途切れてしまっているからです。

要するに興味が地域的に広がってきているからです。

さらに北方向の茨城県の台地や南方向の下総上位面の台地に5mメッシュの利用域を再拡大することも、そう遠くのことではないと予感しています。

5mメッシュ利用に熱中してしまっていますが、その理由は等高線地図では不可能であった地形の詳細を知ることができ、断面図もその場で作成することができるからです。

また、カシミール3Dをつかって地形の立体表示も可能だからです。

ソフトを用意できればさらに高度な分析的検討が可能です。

ふと気がついたら、初歩的とはいえ、5mメッシュDEMにより等高線地図の利用とは次元が異なる分析検討ができていたので、自分なりに新しい発見に熱中してしまっているということです。

2014年2月3日月曜日

高崎川・南部川流域の水系パターン分析

花見川流域の小崖地形 その113

1 分析用段彩図の作成
高崎川・南部川流域の水系パターンを分析するために、標高30mから標高48mまでを1mピッチで刻んだ段彩図を作成しました。この流域の下総上位面の標高域を最も精細に捉えることができるようにするためです。

高崎川・南部川流域の下総上位面分析用地形段彩図

2 谷津筋線の抽出
この地形段彩図を使って、谷津筋線を抽出しました。

谷津筋線抽出図

3 水系パターン分析
谷津筋線の方向の類似性に着目して、谷津筋線を5つのグループに区分し、それぞれの分布域を区分1域~区分5域としました。

そのように区分すると、区分1域→区分5域が最上流部→最下流部に対応することが判りました。つまり区分1域→区分5域は下総上位面の離水時期の早い時期→遅い時期に対応していると言えます

区分域毎の谷津筋線の方向は次の通りです。

区分1域の谷津筋線方向

区分2域の谷津筋線方向

区分3域の谷津筋線方向

区分4域の谷津筋線方向

区分5域の谷津筋線方向

区分1域(最上流部)の谷津筋線方向はSW-NEであり、千葉県北部の原始谷津の多くがこの方向となっていて、下総上位面が形成された原初の最大傾斜の方向と考えることができます。花見川流域の原始谷津の方向もこの方向です。

区分2域を除いて、区分3域、区分4域と反時計回りに最大傾斜の方向が変化し区分5域ではNNE-SSWとなり、沈降軸(向斜軸)にほぼ直角になります。

この事実は、エピソード(区分2域が示す最大傾斜の方向の大きな変化)を挟みますが、最大傾斜の方向が原始谷津の元来の方向から徐々に沈降軸に直角に交わるように離水の経過とともに変化しており、地殻変動(沈降軸の運動)が下総上位面離水途中に継続的に生起していたことを示しています。

高崎川・南部川の沈降軸(向斜軸)形成が下総上面形成中(離水中)に同時に進行したことがこれでわかりました。

-佐倉の向斜軸や勝田・高津の向斜軸の形成時期を考える上で、貴重な参考情報を得たことになります。

なお、谷津筋線の方向と地殻変動が対応していることを確認できましたので、他の流域で、谷津筋線の方向から地殻変動の様子を類推する思考をこれまでより、より本格的に行いたいと思います。


2014年2月2日日曜日

高崎川・南部川の河岸段丘

花見川流域の小崖地形 その112

高崎川・南部川流域付近の断面ABを次のように設定しました。

断面ABの設定

断面図は次のようになります。

断面図AB

高崎川の谷津には河岸段丘が2段現れ、面積の広いメインの段丘は上位の段丘で、下総上位面との標高差や近くの下総下位面との連続性から下総下位面と考えることができます。断面図では下総上位面の標高35mに対して下総下位面と考えられる段丘面は標高31mです。
なお、標高19mに千葉段丘と考えられる狭い段丘面が存在します。

南部川にも同様に下総下位面と考えられる河岸段丘が存在します。

これらの事から、高崎川・南部川レーキが出来たのは(高崎川・南部川の谷津の起原をつくった向斜構造ができたのは)下総下位面の時代頃かそれよりも以前ということになります。重要な情報を得たことになります。

また、向斜構造に下総下位面が分布するという対応関係が、印旛沼筋、高津川・勝田川筋と同じであり、千葉県北部の主要谷津地形の基本パターンの存在を意識せざるを得ません。

角崎大曲地形付近の下総下位面の分布は現在河川の大曲と異なり、活撓曲と平行に分布しているように見えますが、この分布のより的確な説明(解釈)は今後の課題だと考えています。

次の図は、杉原(1970)の地形分類図で、千葉段丘の分布が記載されている地区のうち、このブログで下総下位面と千葉段丘の双方が分布していると考えた地区(二重川と高崎川・南部川)の表示です。

このブログで下総下位面と千葉段丘の双方が分布していると考えた地区

杉原(1970)の地形分類図について、主要谷津の河岸段丘を精査することにより下総下位面の詳細な分布を補完できれば、下総上位面形成以後の地殻変動の様子を詳しく知る一つの手がかりを得ることが出来ると考えます。


2014年2月1日土曜日

高崎川・南部川レーキの観察

花見川流域の小崖地形 その111

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印旛沼筋河川争奪(つまり鹿島川による古平戸川流域の争奪)に興味を持ち、鹿島川の利根川低地方面への出口付近の地形について検討している中で、角崎大曲地形と高崎川・南部川レーキが関連していることに気がつきました。

高崎川・南部川レーキそのものは印旛沼筋河川争奪と直接的に関わることは少ない現象のようですが、せっかく気がついたので、検討して記事として記録しておきます。

次の3論点を3つの記事で記録します。
●記事その13D画像による観察と真性レーキモデル成分との対応
●記事その2…流域の断面形状と河岸段丘
●記事その3…水系パターン検討
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1 高崎川・南部川レーキの3D画像による観察
高崎川・南部川レーキ付近の地形をカシミール3Dを使った3D画像で観察してみました。

高崎川・南部川レーキ付近の3D地形画像 1
カシミール3Dにより作成

高崎川・南部川レーキ付近の3D地形画像 2
カシミール3Dにより作成

高崎川・南部川レーキ付近の3D地形画像 3
カシミール3Dにより作成

高崎川・南部川レーキ付近の3D地形画像 4
カシミール3Dにより作成

高崎川・南部川流域の南半分(空色~薄緑色、標高42m程度以上)と北半分(ピンク色、標高36m程度以下)では水系地形のパターンが異なります。

南半分と北半分の間には崖地形が存在します。

真性レーキの形状は流域の北半分で生起した現象であり、2列の沈降軸(小さな向斜軸)によってつくられたことが判ります。

南側の沈降軸は途中分離していますが、地形を仔細にみると、分離した二つの部分の間にも沈降軸が見られます。従って、元来つながっている地形として捉えることができます。

南半分の水系パターンからは、下総上位面が離水してからの地殻変動による最大傾斜方向の変遷が判るのではないかと考えます。この検討は別記事に書きます。

高崎川と南部川谷津の北向き斜面には河岸段丘が見られます。その標高は30m程度(赤色)です。

その標高からこの河岸段丘は下総下位面ではないかと考えます。しかし、杉原(1970)の地形分類図ではこの付近に千葉段丘の分布のみが書き込んであります。

古平戸川支流の二重川で同様の情報から、新たに下総下位面の分布を発見しました。ここでも、下総下位面を発見することができるのか、別記事で検討します。

2 真性レーキモデル成分との対応
上記検討から、高崎川・南部川レーキの(流域の)真性レーキモデル成分との対応を示すと次のようになります。

真性レーキモデル成分との対応

3 参考
高崎川・南部川レーキ付近の地形段彩図をGoogle earthに投影すると次のようになります。

高崎川・南部川レーキ付近の地形段彩図のGoogle earth投影

高崎川・南部川レーキ付近の地形段彩図のGoogle earth投影
地形段彩図は半透明

高崎川・南部川レーキ付近のGoogle earth画像

高崎川・南部川レーキ付近の標準地図のGoogle earth投影
標準地図は電子国土ポータルによる