2011年4月9日土曜日

高津川、勝田川が印旛沼水系から切り離された理由

            高津川と勝田川の流域

 花見川本川筋についてはまだまだ話題が豊富ですが、支川筋の話題に歩みを進めます。その中で折りに触れ、本川筋の話題も記事にします。

 高津川、勝田川筋の話題に入る前に、なぜこの二つの支川流域が印旛沼流域から切り離され、東京湾に流下する流域に編入されたか、その理由について調べてみました。

 印旛沼開発工事誌(1969.3、水資源開発公団印旛沼建設所)の2章排水計画に次の記述があります。

 「排水を効果的に行うため、疏水路流域、西部調整池流域および北部調整池流域に流域を大別して排水する。
疏水路流域は大和田~東京湾の流域であって、従来この地域から新川を通じて印旛沼に流入していた高津落、勝田落の流域を変更して東京湾へ自然流下させ印旛沼洪水流量の軽減を図るものである。」

 これで、流域変更の理由が印旛沼洪水流量の軽減にあることがわかりました。

 流域面積は印旛沼流域面積は57700haに対して高津落、勝田落流域面積3650haと出ているので、流域面積に比例するとすれば、印旛沼洪水流量の軽減は約6.3%になります。

 印旛沼開発工事誌では上記記述による流域変更を前提条件として排水計画、用水計画を立案しています。流域変更自体の効果検証や分析はありません。

感想
・流域変更すれば洪水流量の軽減になることはわかりますが、それだけ開発用水量が減ります。水資源開発しようとしているのに、わざわざ集水域を狭めることの説明がありません。
・旧軍による悪を回避しようとしたことが、この流域変更に関係していたのではないかと想像します。流域変更に関わった方からこうした想像の適否についていつかお話しをうかがいしたいと思います。
(旧軍による悪とは、習志野演習場内毒ガス埋設。)

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