千葉県小字データベースの試用として、鏡味完二の地名型全21について検討しています。
これまでに先史地名4、古代地名10、中世地名3の検討が済んでいます。
先史地名と古代地名の検討は房総原始古代史と重ね合わせて、大変興味を持ちました。
地名という地味な対象ですが、ワクワクドキドキした検討も多くありました。
中世地名は、地名の出現数が大変少なく、興味を深めるきっかけがありません。
房総の原始古代史は大変濃いけれど、中世になると薄くなる(日本で占める房総の役割・意義が縮小する)ような印象を持ちます。
この記事から近世地名の検討を行い、この記事を含めて4記事で地名型検討を全部カバーする予定です。
参考 鏡味完二の地名型
1 鏡味完二の検討 地名型「宿」
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Syukuの地名
"~宿"という地名については次のような文献がある。
平安~鎌倉時代の浮浪民の集落は,之をAmabeといわずSyuku(宿)といった(喜田博士)。
江戸時代に至り駅を専ら宿といった(金沢博士)。
Nii-Syuku(二井宿,新宿)は戦国時代の記録にのっている。
宿地名は交通路に沿わぬものは,比較的大型の密集集落に名付けてあるらしくみえる。
町も相当多く存在するが,大型集落を指すもの,士族の居住地を指すもの等がある。
置賜に多いのは慶長元年以後に,米沢藩で屯田兵を配置した関係による。
農兵でも自己の居住地を町または宿と称して,他の農村と区別したものである。
村山では館または城に附属しているのが見受けられる。(長井博士)。
埼玉県あたりでは"宿"というのは,非農業的機能をもつもので「町」と同義である(中島義一氏)。
以上を総括してみると"宿"の地名の意味は,初めの頃は「浮浪民の集落」であったのが,後には「町」の意となったらしい。
そしてその時代は,平安末~鎌倉・室町頃から江戸時代に及んでいることになる。
中島義一氏の研究によると,相模の"原宿"の地名は寛永年間(1633)の集落設定の際に,新らしく命名された名である。
またこの地名の分布Patternをみると,明らかに江戸中心に発達している。
従って吾々は"~宿"という地名は,大体において江戸時代初期に形成されたものと推定することができる。
〔地図篇,Fig.327〕
(Fig.22,No.18)
鏡味完二(1981)「日本地名学(上)科学編」(東洋書林)(初版1957年) から引用
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2 千葉県における小字「宿」の検索結果
千葉県小字データベースから482件の「宿」小字を抽出しました。
内訳は次の通りです。
小字「宿」の名称内訳
よみは「シュク」が最も多く、次いで「ジュク」、「ジク」となります。
分布は次のようになります。
小字「宿」分布
千葉県にほぼ満遍なく分布するような様相となっています。
宿の立地条件がどのようなものであるか分析すれば、地名「宿」の発生の様子を推察できると考えます。
その検討は今後の課題とします。
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