2011年8月20日土曜日

古代を知る手がかり

花見川流域のイメージと感想5 古代を知る手がかり

花見川流域を歩いて、古代(狩猟時代)における花見川流域の人々の生活に興味を持ち出しました。
そこで、古代の生活について知るための手がかりについて考えてみました。

ア 遺跡
このブログではこれまでに花見川流域の古代遺跡として、犢橋貝塚、長作城山貝塚、検見川の落合遺跡(縄文丸木船、大賀ハス)、子和清水遺跡、長沼池の縄文遺跡、高津川谷津の縄文遺跡などについて記事にしてきました。これらの個々の遺跡記事を書く中で、花見川流域の自然・地形を狩猟時代の人々にがどのように利用・活用して生活したのか、興味がわいています。
縄文海進の海(漁労の場)、砂堆(が形成する自然の良港)、湧泉(飲料水確保)を含めて、自然・地形の特徴を縄文人がどのように利用したのか検討し、花見川流域を構造化して把握してみたいと思っています。
幸い埋蔵文化財地図が千葉県から発行されていますので、今後作成する自然・地形情報とGIS上で重ね合わせて、分析を深めたいと思っています。

私の花見川流域古代遺跡イメージ(想像)
受身的観察(ページ「散歩論」参照)レベルのイメージ(想像)です。

イ 地名
縄文時代から弥生時代に移行するときに大規模な人種や言語の断絶がなかったと分かってみると(*注)、地名も縄文時代から伝わってきているものがあると考えます。
このブログではハナミ川、ハナワ、ハナシマなどの「ハナ」について、縄文時代から伝わってきているものと考えました。(2011年6月4日「花見川の語源7 アイヌ語源説の取り下げ」)
地名を分析考察すれば、そこから農業社会以前にルーツを持つものを抽出できて、縄文時代人が地名として命名して共有する必要があった当時の重要情報を知ることができると思います。
千葉市域を見ると明治初頭ごろの小字名が地図情報として入手できそうなので、いつか花見川流域の小字データベースをGIS上に作り、地名と自然・地形を対照して、検討したいと思っています。

*小泉保「縄文語の発見」(青土社、1998)などによる。

ウ 民話
私に、民話を分析する知識も能力も全くないと言っていいのですが、子和清水の記事を書く中で、言い伝えの出発点が、古代人がその清水に抱いていた気持ちにあると直感しました。(2011年7月28日「子和清水」)
ひょっとすると民話というジャンルから、狩猟時代の情報(人々の感情)を、間接的にはなりますが、引き出すことができるかもしれないと考えるようになりました。
中沢新一「人類最古の哲学」(講談社、2002)、同「熊から王へ」(講談社、2002)など中沢新一のカイエ・ソバージュシリーズを読んで、強く影響を受けています。(ブログ「ジオパークを学ぶ」参照)
花見川流域に民話があるのかどうか、そこから調べたいと思っています。

(コワシミズの「コワ」、「シミズ」いう言葉も縄文語由来であるかどうか、調べたいと思っています。)

エ 神社
神社の起源も狩猟時代の祭祀にかかわるものがあると感じられます。証拠となるような物や伝承は期待できないと思いますが、神社、古代遺跡、自然や地形などの情報をGIS上で対照してゆくと、縄文時代にかかわる新たな情報を得られるかもしれないと思っています。
このブログでは埋立前長沼池のほとりの「三社大神」を「縄文人の感情が神社という形態で現在まで残っているもの」と想像しました。(2011年5月23日「長沼池と縄文遺跡」)
神社だけでなく、花島観音(天福寺)もその立地場所から狩猟時代とのかかわりを想像しています。

オ 民俗
(中沢新一の影響を受けて、筆が滑ってしまっている状況ですが、)民俗のジャンルに入る指標の中から狩猟時代の情報を引き出せないものか、花見川流域を対象にして、おいおい見つけていきたいと思っています。

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