2015年2月18日水曜日

上ノ台遺跡 土錘出土地点分布

花見川地峡史-メモ・仮説集->3花見川地峡の利用・開発史> 3.4〔仮説〕律令国家の直線道路、東海道水運支路の検討>3.4.67 上ノ台遺跡 土錘出土地点分布

2015.02.17記事「上ノ台遺跡の生業と漁業活動」の追補情報です。

1 土錘の写真
次に土錘の写真と形状記録の例を示します。

土錘の写真 例 「千葉・上ノ台遺跡5」(1983、千葉市教育委員会)より引用
写真35の寸法は2.5-2.4㎝、写真28は3.5-3.5㎝

2 土錘出土地点分布
次に土錘出土地点分布を示します。

土錘出土地点分布図(細管形土錘を除く)

土錘出土地点分布はほぼ住居趾分布に対応しています。

報告書では次のように説明しています。
「上ノ台遺跡を特徴づける遺物に土錘がある。形態から見ると二種類に大別される。一方は俵形の管状のもので、他方は球形のものである。前者をさらに管形と細管形に区別することができる。細管形は表土出土のものが主で、古墳時代のものではない。
土錘を出土した住居趾は全部で143軒、つまり住居趾2軒に1軒は土錘を出土している。かなり確率は高い。最も多く土錘を出土した住居趾は2C-65住居趾の63個である。各形態別にみると、球形のものは412個、管形のものは12軒で20個である。これを平均すると、土錘を出土する住居趾では一戸あたり3.1個の計算になり、住居趾全戸に当てはめると1.4個平均である。土錘には未使用、あるいは焼成中のものも認められることから集落内で製作されたとみられる。2U-71住居趾では粘土とともに床面に多量の土錘が検出された。」

土錘出土住居趾と鍛冶遺物出土住居趾、石製模造品工房住居趾、紡錘車出土住居趾、牛骨出土住居趾がほとんど重なります。

このことから、各住居趾で営まれていたメインの生業にかかわりなく住民の大半は土錘を使った小魚獲りを行っていたと想像しました。

恐らく、集落として近くの浜の一定範囲について排他的に専用漁業権を有していて、集落住民が副食用小魚・貝獲りを頻繁に行える環境があったのだと思います。

上ノ台遺跡集落から離れた場所には、恐らくの漁業専業集落があり産業としての漁業を行っていたと想像します。

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