特大加曽利B式土器の配置について検討してきましたが、発掘調査報告書の土器観察表に掲載されている接合片分布小グリッドをみていると、土器配置活動の様子が浮かびあがってきましたのでメモしておきます。
この記事では第1集中地点について気が付いたことをメモします。
第1集中地点の特大加曽利B式土器の配置は次の通りです。
特大加曽利B式土器(最大径45㎝以上)の分布 第1集中地点
画像は発掘調査報告書「印西市西根遺跡」から引用
この8器の土器が接合片分布から3つのパターンに分類できるので説明します。
1 接合片が他小グリッドに無い土器
3C67 粗 深鉢B2a
3C77 粗 深鉢B1a
4C09 粗 深鉢A2b
3つの土器はすべて流路に面した小グリッドに位置します。
丸木舟で流路を遡って運ばれてきた機能喪失土器を舟からおろしてすぐにその場で(水中で、あるいは水際の陸域で)配置したものと考えます。機能喪失土器はかけらも一緒に持ってきていると考えますが、その場で配置したのでかけらが小グリッドから飛び出すことはなかったのだと考えます。
この3器の土器は丸木舟利用で運搬されてきたことが理解できます。
2 接合片が隣接小グリッドにある土器
3C86 粗 深鉢A2b
3C96 粗 深鉢A2b
2つの土器は隣接する小グリッドにそれぞれ接合片をもちます。
例えば「3C86 粗 深鉢A2b」土器が運ばれてきたとき、一緒に別の土器も運ばれてきて、土器の破片が入り混じっていたと考えます。その別の土器が隣接する「3C96」小グリッドに配置されたとき、「3C86 粗 深鉢A2b」土器の破片もそこに落ちたと考えることができます。
接合片が別の小グリッドに存在するということは、一緒に運んできた別土器をその小グリッドに配置したと考えると合理的に接合片分布を理解することができます。
3 接合片が離れた小グリッドに存在する土器
3C75 粗 深鉢B2a
3C85 粗 壺A1
3C95 粗 深鉢B1a
3つの土器はすべて流路に面した小グリッドから接合片が出土します。
この様子から3つの土器ともに別の土器と一緒に丸木舟ではこばれてきて、別の土器は流路の中とか近くの陸域に配置され、当該特大土器は水際から離れた場所に配置されたことが推測できます。
4 考察
以上のデータから第1集中地点では次のことが判ります。
・特大加曽利B式土器は丸木舟で運ばれてきたものが多いこと。
・特大加曽利B式土器は他の土器と一緒に運ばれてきたものが多いこと。
・一緒に運ばれてきた土器はいろいろな場所に配置されたらしいこと。
土器接合片の分布はすべて人為的活動によるものであり、当時の流水作用により形成された(拡散した)ものではない(*)ことから、接合片分布は土器配置時の人の活動動線を浮かび上がらせます。
接合片分布の指標性は特大土器という土器大きさとは無関係にすべての土器についていえることですから、全土器について検討すれば極めて有用な情報を得ることができると考えます。
*戸神川の流水作用では土器片は基本的に移動しないと考えます。しかし、時代変遷のなかで流路位置が大幅に変わり、下方浸食が行われた場合、その場所の土器は全て流出します。縄文時代流路が別時代流路で切られた場所では縄文時代遺物は存在しません。
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