村田川河口低地付近縄文集落の消長分析 15
村田川河口低地付近縄文集落の消長分析の一環として「千葉県の歴史 資料編」掲載事例の学習を遺跡別にしています。この記事では六通貝塚のすぐそばに立地する小金沢(こかんざ)貝塚を学習をします。
1 小金沢貝塚の位置
小金沢貝塚の位置
右が六通貝塚、真ん中が小金沢貝塚、上が木戸作貝塚です。六通貝塚と小金沢貝塚の中央部間距離は530m、小金沢貝塚と木戸作貝塚の距離は480mです。
参考 小金沢貝塚の位置 背景は現代地図・写真
2 貝塚の概要と遺構
「貝塚は5か所ほどの貝層からなる地点貝塚で、直径約90mの環状を呈する。形成時期は堀之内式期である。鹹水性貝塚であるが,淡水性の魚貝類も出土している。
竪穴住居跡19軒(加曽利E式期2軒・ 堀之内式期17軒)炉穴20基・土坑74基が検出されている。
堀之内式期は遺構の重複関係から2時期に分けられる。17軒の住居跡群は台地縁辺部から平坦部にかけて分布し、いわゆる中央広場を中心に環状に展開している。これらのうちの6軒は柄鏡形住居跡の形態をとっている。」
遺跡全体図 「千葉県の歴史 資料編 考古1(旧石器・縄文時代)」から引用
柄鏡型住居 「千葉県の歴史 資料編 考古1(旧石器・縄文時代)」から引用
2 出土物
「人工遺物は、土器(条痕文系土器・加曽利E式土器・堀之内式土器) ,土製品(土偶2 ・小型士器1)、石器(打製石斧21・磨製石斧18・石鏃2・ 石錘2 ・凹石4・磨石9・石皿18・砥石4・敲石7)、貝製品(サルボウ製貝輪1・ ベンケイガイ製貝輪1・ヤス状尖頭器1)である。
人骨が4 体(仰臥屈葬1・ 仰臥伸展葬2・不明1)出土している。いずれも堀之内式期に属するものと考えられる。
自然遺物は,貝類はイボキサゴ・ハマグリを主体とし,シオフキ・アラムシロガイ・アサリなども出士しており、 ほかに淡水域・汽水域に生息するものも出土している。魚類としては、 コノシロ・マイワシ・サッパ・カタクチイワシなどを含むニシン亜目・サヨリ属の脊椎骨・アジ亜科が出土している。」
出土土器 「千葉県の歴史 資料編 考古1(旧石器・縄文時代)」から引用
出土土偶 「千葉県の歴史 資料編 考古1(旧石器・縄文時代)」から引用
胸に乳房が表現されています。この土偶以外に首・両手が欠落した乳房のある胴部だけの土偶も出土しています。
3 感想・考察
3-1 六通貝塚との関係
六通貝塚と小金沢貝塚の中央部間は徒歩7~8分程度の距離です。
小金沢貝塚の盛期は堀之内式期ですが、六通貝塚はその盛衰で堀之内式期が明瞭な縮小期になっています。六通貝塚の人々が堀之内式期に近在に出先小集落を沢山設けて分散居住したような印象を持っています。今後詳しく学習検討するテーマです。
それにしても母村である六通貝塚からたった500m程しか離れていない場所になぜ小集落(小金沢貝塚)が立地したのか、興味がつきません。
参考 六通貝塚集落盛衰イメージ 「千葉東南部ニュータウン37-千葉市六通貝塚-」(平成19年3月、独立行政法人都市再生機構・財団法人千葉県教育振興財団)から資料引用して作画
3-2 木戸作貝塚との関係
木戸作貝塚(次記事で学習予定)の盛期も堀之内式期です。同じ時期に徒歩7~8分程度の距離の規模の類似する貝塚集落が存在したことに興味が深まります。小金沢貝塚と木戸作貝塚の関係について次の記事で検討します。
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