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2022年8月7日日曜日

断面図からBlenderで作成した貝層と基底地形の3Dモデル

 3D model of the shell layer and the base terrain created with Blender from the cross section


A 3D model of the shell layer and the base topography was created from the cross-sectional view published in the excavation report. Blender's Bsurfaces feature can generate curved surfaces between adjacent line segments placed in 3D space.


発掘調査報告書掲載断面図から貝層と基底地形3Dモデルを作成しました。BlenderのBsurfaces機能は、3D空間に配置された隣接線分の間に曲面を生成できます。

1 有吉北貝塚北斜面貝層第8~第11断面区間


有吉北貝塚北斜面貝層第8~第11断面区間

断面の間隔は2mです。

2 断面図からBlenderで作成した貝層と基底地形の3Dモデル

断面図からBlenderで作成した貝層と基底地形の3Dモデル

有吉北貝塚北斜面貝層断面図第8~第11断面区間の貝層(ピンク)と基底地形(グリーン)

BlenderのBsurfaces機能により作成。


3Dモデルの動画

3 3Dモデルと断面図との関係


3Dモデルと断面図との関係

4 感想

BlenderのBsurfaces機能では3D空間に配置された隣接線分の間に曲面を生成できます。この機能を利用して貝層分布3Dモデルと窪地地形の基底地形面3Dモデルを作成しました。

発掘調査報告書掲載遺構(竪穴住居、土坑、炉穴、陥穴・・・)についても、Bsurfaces機能を利用して等高線や断面線などからその3Dモデルを作成することが可能です。今後順次遺構別に3Dモデル作成をテストしてみることにします。


2017年12月14日木曜日

人骨7体出土廃屋墓 祭壇跡か?

大膳野南貝塚 廃屋墓の機能不明柱穴の検討 7

この記事は2017.12.12記事「人骨7体出土縄文時代後期廃屋墓」、2017.12.13記事「多くが女性の人骨7体出土縄文廃屋墓 追考」の続きです。

7 J74竪穴住居純貝層に存在する直線状模様
7-1 直線状模様の確認と成因推定
次の写真に見られるように人骨7体を覆う純貝層に並行する2本の直線状模様が見えます。

J74竪穴住居純貝層の中に存在する直線状模様(非純貝層) 素写真は大膳野南貝塚発掘調査報告書から引用
純貝層(イボキサゴがメイン、ハマグリが客体)は白色ですが、直線状模様は黒っぽく純貝層ではありません。
純貝層は人骨の上に貝殻を撒いてできた土層です、従って模様は木製品などのモノが最初からあり、その場所に貝殻が撒かれ、貝層が出来た後貝層の中で木製品が腐りその空洞部分に泥などが溜まってできたと考えることができます。

7-2 直線状模様の位置同定
直線状模様と柱穴や人骨との位置関係を把握できるように、画像処理しました。

純貝層の平面分布図

純貝層斜め写真への平面分布図投影

平面分布図(投影)への直線状模様の転写 素写真は大膳野南貝塚発掘調査報告書から引用

平面分布図(投影)への直線状模様の転写

直線状模様を転写した平面分布図の正投影
直線状模様は人骨1号と2号の間にある柱穴(cp32)と人骨3号と4号の間にある柱穴(p12)を結ぶ直線の両側に分布しているように観察できます。

7-3 直線状模様の検討
直線状模様の両端付近の柱穴(cp32、p12)を取り巻いて人骨1号・2号、3号・4号が寄り添うように分布していることから、直線状模様は次のような木製祭壇の存在によりつくられたと想像しました。

純貝層で埋まった木製祭壇(空想)
柱の両側に横木を何本も通し様々な飾りをつけたのだと思います。その横木と飾りが貝層の中で腐り、その空間に泥がしみ込んで2列の直線状模様ができたと空想しました。
この様子を写真に書き込むと次のようになります。

木製祭壇(空想)の位置と人骨との位置関係 素写真は大膳野南貝塚発掘調査報告書から引用

J74竪穴住居の機能不明柱穴の多くは補助構造柱ですが2つの柱穴(1つは機能不明柱穴、1つは古段階壁柱)が祭壇用柱であった可能性が濃厚となりました。
発掘途中の貝層写真が無ければ祭壇検討は出来ませんでした。

2017年2月7日火曜日

大膳野南貝塚 遺構分布概要 縄文時代後期

大膳野南貝塚の遺構分布を通しで概観してみて、自分なりの遺跡イメージを構築しようとしています。

この記事では縄文時代中期末葉~後期中葉の遺構分布を概観してみます。

なお、この前の時期(縄文時代前期末葉~中期後葉)は土器は出土していますが、遺構は出土していません。

次に、竪穴住居祉、土坑、北・南・西貝層、地点貝層の分布図を示します。

大膳野南貝塚 縄文時代中期末葉~後期中葉 竪穴住居祉分布図

この分布図を概観する限りでは竪穴住居の分布は北・南貝層付近で密であり、全体として2重環状分布のように見えます。

この情報に土器形式情報をオーバーレイして時代変化などについて分析学習したいと思います。

大膳野南貝塚 縄文時代中期末葉~後期中葉 土坑分布図

土坑分布も2重環状分布しているように観察できます。

また列状の分布している場所が各所に見られます。

恐らく詳しく分析すれば竪穴住居と土坑との対応関係をどこかのレベルで知ることができるような予感のする分布です。

大膳野南貝塚 縄文時代中期末葉~後期中葉 北・南・西貝層分布図

メインの貝塚を形成する貝層は3か所に分かれて分布していて、竪穴住居・土坑の2重環状分布の外側環状と一致します。

発掘調査報告書では貝層は弥生時代以降の改変により現在の姿になり、もともとは環状をしていたと記述されています。

しかし、後世の開発により削られたと発掘調査報告書が想定していると考えられる場所は台地中央部であり、場所の地勢からして、その場所にもともと貝塚があったとは考えずらく、発掘調査報告書の記述に違和感を持ちますので、学習において検証したいと考えます。
大膳野南貝塚 縄文時代中期末葉~後期中葉 地点貝層分布図

地点貝塚の分布は外環状をきれいに示すように観察できます。

発掘調査報告書ではこの他に、漆喰使用遺構分布図、人骨検出遺構分布図もありますが、本学習の中で検討します。