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2026年1月14日水曜日

カガミガイ製貝刃(千葉市大膳野南貝塚)観察記録3Dモデル

 3D model of observation records from a shell blade made from a Dosinia japonica shell (Daizennominami Shell Mound, Chiba City)


Shell blades are used as knives for removing scales and filleting fish, as well as for processing food. Because of the abundance of materials available, they were likely used disposably.


貝刃は魚のウロコ取りやさばき、食材加工に使われた包丁役のツールです。素材が豊富なので使い捨て的に使われたようです。

1 カガミガイ製貝刃(千葉市大膳野南貝塚)観察記録3Dモデル

カガミガイ製貝刃(千葉市大膳野南貝塚)観察記録3Dモデル

撮影場所:千葉市立郷土博物館

撮影月日:2026.01.04


展示の様子

ガラス面越し撮影

3DF Zephyr v8.038で生成 processing 61 images


3Dモデルの動画


3Dモデルの画像(テクスチャ有り)


3Dモデルの画像(テクスチャ無し)


3Dモデルの画像(テクスチャ有りと無しのソフトライトミックス)

2 メモ

貝刃は魚のウロコ取りやさばき、食材加工に使われた包丁役のツールです。素材が豊富なので使い捨て的に使われたようです。


2025年3月13日木曜日

アワビ(千葉市大膳野南貝塚)パラパラ動画

 Abalone (Daizennominami Shell Mound, Chiba City) Flip-Paper Video


I had fun creating a flip-paper video of the abalone on display at the Chiba City Buried Cultural Properties Research Center's special exhibition "Shells and People." Since the beautiful interference color light cannot be expressed in a 3D model, I lined up the images taken to create the 3D model to reproduce the interference color light.


千葉市埋蔵文化財調査センター特別展「貝と人」で展示されているアワビのパラパラ動画を作成して楽しみました。美しい干渉色の光は3Dモデルで表現出来ないので、3Dモデル作成用に撮影した画像を並べて、干渉色の光を再現しました。

1 アワビ(千葉市大膳野南貝塚)パラパラ動画


アワビ(千葉市大膳野南貝塚)パラパラ動画

縄文時代後期

殻長17.8㎝、殻幅14.0㎝、殻高5.4㎝、マダカアワビ

撮影場所:千葉市埋蔵文化財調査センター特別展「貝と人」

撮影月日:2025.02.25

ナチュラル写真(ハイパス処理)


展示の様子

ガラス面越し撮影

Premiere pro  117 images

2 感想

同じ写真で3Dモデルを作成して、Blenderで光沢を与えたのですが、干渉色再現という点に関しては満足できる代物にはなりませんでした。


3Dモデル画像

2025年3月4日火曜日

アワビ(千葉市大膳野南貝塚)観察記録3Dモデル

 Abalone (Daizennominami Shell Mound, Chiba City) Observation Record 3D Model


I created a 3D model of the abalone exhibited at the Chiba City Buried Cultural Properties Research Center special exhibition "Shells and People." This time, I created a 3D model using a pop art filter photo, and enjoyed comparing it with a 3D model I had taken previously using a natural filter photo.


千葉市埋蔵文化財調査センター特別展「貝と人」で展示されているアワビの3Dモデルを作成しました。今回はポップアートフィルター写真で3Dモデルを作成して、以前撮影したナチュラルフィルター写真による3Dモデルと比べて楽しみました。

1 アワビ(千葉市大膳野南貝塚)観察記録3Dモデル ポップアートフィルター写真

アワビ(千葉市大膳野南貝塚)観察記録3Dモデル ポップアートフィルター写真

縄文時代後期

殻長17.8㎝、殻幅14.0㎝、殻高5.4㎝、マダカアワビ

撮影場所:千葉市埋蔵文化財調査センター特別展「貝と人」

撮影月日:2025.02.25

ポップアートフィルター写真


展示の様子

ガラス面越し撮影

3DF Zephyr v8.001 processing 117 images

Blenderで光沢調整


3Dモデルの動画


3Dモデルの画像

2 アワビ(千葉市大膳野南貝塚)観察記録3Dモデル ナチュラルフィルター写真

アワビ(千葉市大膳野南貝塚)観察記録3Dモデル ナチュラルフィルター写真

縄文時代後期

殻長17.8㎝、殻幅14.0㎝、殻高5.4㎝、マダカアワビ

撮影場所:千葉市立郷土博物館「千葉市出土考古資料優品展」

撮影月日:2021.12.22

ナチュラルフィルター写真


展示の様子

ガラス面越し撮影

3DF Zephyr v8.001 processing 121 images(2025.03.03)

Blenderで光沢調整


3Dモデルの動画


3Dモデルの画像

3 感想

縄文時代後期の人々によって、太陽の光で輝かせて秘儀に使われたと考えられる大形アワビが、現代でも同じ輝きを保っているのですから、大いに感動します。この輝きをすこしでも3Dモデルで表現したいと希望するのですが、技術がないので中途半端なものしかできません。見る角度によって干渉色が移ろう様子をいつか表現できるようになりたいものです。


2023年12月17日日曜日

大膳野南貝塚後期集落の竪穴住居床構造、炉構造

 Pit dwelling floor structure and furnace structure of the late Daizenno Minami Shell Mound settlement


For the past two weeks, I have concentrated on studying at Daizenno Minami Shell Mound. I considered the pit dwellings of late settlements to be divided into whether or not stucco was excavated. As a result, significant differences were found in the floor structure and furnace structure, indicating that the quality of the not-stucco-pit-dwelling was low.


この2週間、大膳野南貝塚学習に集中しました。後期集落竪穴住居を漆喰出土有無で分けると、床構造と炉構造に顕著な違いが見つかり、漆喰出土無住居の品質が低いことが判りました。


大膳野南貝塚中期末~後期集落の竪穴住居には漆喰が出土するものと、出土しないものがあります。その違いが何を意味するのか興味があり、集中的に発掘調査報告書情報を精査した結果の一部です。

以下漆喰出土のある竪穴住居を竪穴住居漆喰【有】、漆喰出土のない竪穴住居を竪穴住居漆喰【無】と呼びます。

1 床構造


竪穴住居 床の種類

床の種類はローム層直床、ブロック貼床、漆喰貼床の3種のいずれかになります。

ローム層直床→ブロック貼床→漆喰貼床の順に、住居施設として高機能で高品質になります。


漆喰出土有無別床種類集計

漆喰出土有無別に集計すると、竪穴住居漆喰【無】は全てローム層直床となります。一方竪穴住居漆喰【有】にはブロック貼床10軒(29%)、漆喰貼床4軒(11%)が含まれます。竪穴住居漆喰【有】の方が住居性能のレベルが高かったことが判ります。


漆喰出土有無別床種類分布

2 炉構造


屋内炉の模式的理解

屋内炉は竪穴住居漆喰【無】では火床面、地床炉、土器片囲い炉が見られます。竪穴住居漆喰【有】では漆喰炉、土器片囲い漆喰炉が見られます。それら5つの炉種類は図解で示す通りの方向で高機能、高品質になります。

機能・品質の判断は次のように考えました。

土器を安定的に設置する機能が火床面→地床炉→土器片囲い炉の順に強化される。

土器を安定させる際の使い勝手が地床炉→漆喰炉、土器片囲い炉→土器片囲い漆喰炉で良くなる。


漆喰出土有無別炉種類集計

竪穴住居漆喰【無】では炉という構造がみられない火床面が13軒(25%)見られます。高機能の土器片囲い炉は4軒(8%)に過ぎません。一方、竪穴住居漆喰【有】では高機能・高品質の土器片囲い漆喰炉が18軒(47%)になります。炉構造という点からみると、竪穴住居漆喰【有】の方が竪穴住居漆喰【無】よりもはるかに住居性能レベルが高かったことが判ります。


漆喰出土有無別炉種類分布

3 メモ

竪穴住居漆喰【有】は漁労民の定住住居であることは疑いようがありません。

そして、床構造、炉構造からみると、竪穴住居漆喰【無】は竪穴住居漆喰【有】と比べて住居性能が格段に劣ることが判りました。この情報は竪穴住居漆喰有無の違いの意義を考える上で、重要なエビデンスになると考えます。

次の記事で、漆喰出土有無別に出土物について見てみます。


2023年12月3日日曜日

大膳野南貝塚 集落消長と貝層形成

 Daizenno Minami Shell Mound: Settlement change and shell formation


I have found that the relationship between the evolution and development of the late  Daizenno Minami Shell Mound settlement and the formation of shell layers is almost the same. During the study, it became clear that many of the shellfish produced during the Horinouchi 1st period, when the village was at its peak, may have been taken out of the village, along with their shells.

大膳野南貝塚後期集落の消長と貝層形成の関係が略一致していることを把握しました。検討の中で、集落盛期の堀之内1式期には生産した貝の多くが貝殻ごと集落の外に持ち出された可能性も浮かび上がりました。

1 貝層から出土した土器の時期別点数

北貝層と南貝層について、出土した土器の時期別点数がまとめられています。


貝層から出土した土器の時期別点数

大膳野南貝塚発掘調査報告書から引用

貝層は称名寺式期から始まり、堀之内2式期までつづいたことが出土土器点数からわかります。加曽利EⅣ式土器の出土はないので、加曽利EⅣ式期には貝層は形成されていません。加曽利B式土器出土はわずかですから、加曽利B式期も貝層形成はほとんど無かったと考ええることができます。

北貝層と南貝層の出土土器時期別割合を整理すると次のようになります。


貝層出土土器の時期別割合

出土土器点数の多寡と投棄貝層量は略比例すると想定するならば、このグラフは貝層量の時期別割合を示す大勢情報として見ることができます。そのように考えると、大勢相場観として称名寺と堀之内1古段階合わせてほぼ半分弱の貝層が形成され、堀之内1中~新段階でも同じくほぼ半分弱の貝層が形成され、堀之内2では残りの少しだけ貝層が形成されたと捉えることができます。


北貝層と南貝層の様子

大膳野南貝塚発掘調査報告書から引用


北貝層と南貝層の様子

大膳野南貝塚発掘調査報告書から引用

2 時期別に見た集落消長と貝層形成

2-1 加曽利EⅣ式、加曽利EⅣ式~称名寺式 竪穴住居と貝層の関係


加曽利EⅣ式、加曽利EⅣ式~称名寺式 竪穴住居と貝層の関係

・加曽利EⅣ式期に竪穴住居漆喰【有】は存在しません。

・貝層から加曽利EⅣ式土器は出土していません。

・加曽利EⅣ式期に貝層は存在していなかったと想定できます。

2-2 称名寺式、称名寺式~堀之内1式古 竪穴住居と貝層の関係


称名寺式、称名寺式~堀之内1式古 竪穴住居と貝層の関係

・称名寺式期から貝層形成が始まります。

・竪穴住居漆喰【有】住民が住居付近に貝投棄したのが貝層形成の始まりと想定できます。

・称名寺~堀之内1古段階の期間に貝層の半分近くが形成されたと推定できます。

・住居軒数の割りに貝層形成のボリュームが大きく、漁労効率がきわめて良かったと推定

します。

2-3 堀之内1式 竪穴住居と貝層の関係


堀之内1式 竪穴住居と貝層の関係

・堀之内1(中~新)に竪穴住居漆喰【有】が急増し、その住民による貝層形成が盛んで

あったと想定できます。

・堀之内1(中~新)に貝層のおよそ半分が形成されました。

・貝層は古い住居を覆って形成されたと想定できます。


参考 堀之内1式+後期 竪穴住居と貝層の関係

2-4 堀之内2式、堀之内2式~加曽利B1式 竪穴住居と貝層の関係


堀之内2式、堀之内2式~加曽利B1式 竪穴住居と貝層の関係

・堀之内2式期の始めにはすでに貝層がほとんど形成されていたと想定できます。

・竪穴住居漆喰【有】も少なく、新たな貝層形成はわずかであったと想定できます。

・この時期には堀之内1までの住居の大半は貝層に覆われていたと想定できます。

・堀之内2式期が貝層形成最終期になります。

2-5 加曽利B1式、加曽利B1式~B2式 竪穴住居と貝層の関係


加曽利B1式、加曽利B1式~B2式 竪穴住居と貝層の関係

・加曽利B1式、B2式期に貝層形成はほとんど無かったと想定できます。

・竪穴住居漆喰【有】も存在していません。

3 メモ

・竪穴住居漆喰【有】の消長と貝層形成プロセスが大勢として略一致していることを把握しました。

・貝層出土土器数から、大勢観として称名寺~堀之内1古段階合わせてほぼ半分弱の貝層が形成され、堀之内1中~新段階でも同じくほぼ半分弱の貝層が形成されたと捉えることができます。

・称名寺~堀之内1古段階の竪穴住居漆喰【有】は5軒、堀之内1中~新段階の竪穴住居漆喰【有】は25軒(「後期」を含めると29軒)であり、竪穴住居漆喰【有】の軒数が大きく異なります。竪穴住居漆喰【有】1軒当りが海から採取した貝量がどこ時期でもほぼ同じであったと仮定すると、堀之内1中~新段階では貝層に投棄した量が極端に少なくなり、その理由を考える必要が生まれます。(この思考では称名寺~堀之内1古段階と堀之内1中~新段階の年数の違いは考慮していません。)

・堀之内1中~新段階では採取された貝の多くが貝層形成に回らなかった可能性が浮かび上がります。貝殻ごと集落の外に持ち出されたのかもしれません。


2023年12月2日土曜日

大膳野南貝塚後期集落の盛衰と漆喰

 The rise and fall of the late Daizenno Minami Shell Mound settlement and its stuccorwork


The rise and fall of the late Daizenno Minami Shell Mound settlement and its relationship with stucco.

I organized QGIS into tools by time period. It started out as a non-fishing village in the Kasori E IV period, developed greatly as a fishing village in the Horinouchi I period, and ended as a non-fishing village in the Kasori B2 period.


大膳野南貝塚後期集落の盛衰と漆喰との関係をQGISをツールに時期別に整理しました。加曽利EⅣ式期に非漁労集落として出発して、堀之内1式期に漁労集落として大発展し、加曽利B2式期には非漁労集落として終焉します。

1 時期別竪穴住居・土坑からみた大膳野南貝塚中期末~後期集落の盛衰

1-1 加曽利EⅣ式、加曽利E式Ⅳ式~称名寺式


加曽利EⅣ式、加曽利E式Ⅳ式~称名寺式

加曽利EⅣ式期、加曽利E式Ⅳ式~称名寺式期の竪穴住居から漆喰炉や漆喰貼床は検出されていません。貝層が検出される土坑があるので、漁労が全く行われていなかったとは言えませんが、漁労が生業の中でメインでなかったと言えます。

竪穴住居分布が散漫であり、その様子は中期大規模貝塚崩壊後の小集落分散居住の様子と整合します。

1-2 称名寺式、称名寺式~堀之内1式古


称名寺式、称名寺式~堀之内1式古

竪穴住居は全て漆喰が検出されます。竪穴住居の位置は北斜面貝層と南斜面貝層に存在していて、これらの竪穴住居は大膳野南貝塚後期漁労集落の始祖といえる家族が居住したものであると想定できます。

称名寺式期に大膳野南貝塚集落の漁労活動が軌道に乗り、豊かな海産物を入手加工する条件や技術が確立し、漆喰文化がスタートしました。

1-3 堀之内1式


堀之内1式

竪穴住居は急増します。集落は堀之内1式期がピークとなります。竪穴住居漆喰【有】と匹敵する数の竪穴住居漆喰【無】が伴います。

海産物入手加工により大膳野南貝塚集落が地域の生産拠点となり、人口急増現象が生じたと理解します。漆喰文化が花開きました。

竪穴住居漆喰【有】は集落定住民の住居であると考えます。竪穴住居漆喰【無】は集落定住民と交易したり、各種サービスを提供する周辺地域住民の一時逗留施設などであったと想定します。

竪穴住居漆喰【無】の意義について、さらに検討を深めることにします。

竪穴住居漆喰【有】と土坑貝層【有】の分布は略環形となり、環形ゾーンを構成します。竪穴住居漆喰【無】と土坑貝層【無】の分布はこの漆喰・貝層環形ゾーンの内側と外側に分かれて分布するように大勢観察できます。


(参考)堀之内1式+後期

発掘調査報告書では縄文後期竪穴住居とされたもののほとんどは堀之内1式のものであると想定されるとしています。そこで、堀之内1式+後期の集落分布図を作成しました。この分布図が集落ピークの堀之内1式期集落のイメージにより近いものと考えます。

1-4 堀之内2式、堀之内2式~加曽利B1式


堀之内2式、堀之内2式~加曽利B1式

竪穴住居漆喰【有】と竪穴住居漆喰【無】が並立します。竪穴住居漆喰【無】には規模の大きなものが見られます。前の時期とくらべて漁労が衰退し、一方漁労ではない生業で生活する家族が生活していたことを想像できます。

1-5 加曽利B1式、加曽利B1式~B2式


加曽利B1式、加曽利B1式~B2式

竪穴住居は竪穴住居漆喰【無】だけです。土坑に貝層検出するものがありますから、漁労がゼロであったことはないと思いますが、集落家族は漁労以外の生業で暮らしていたと想定します。加曽利B2式期に集落は終焉した考えます。

2 メモ

集落が漁労をメインに大発展した堀之内1式期の竪穴住居漆喰【無】の意義について検討を深めることにします。竪穴住居漆喰【有】が存在する漆喰・貝層ゾーンと竪穴住居漆喰【無】が空間的に弁別されることは明白ですから、当時の縄文人も竪穴住居漆喰【有】と竪穴住居漆喰【無】の意味差異については強い弁別意識を持っていたに違いありません。


2023年11月27日月曜日

大膳野南貝塚の竪穴住居の漆喰炉と漆喰貼床

 The stucco furnace and stucco floor of the pit dwelling in Daizenno Minami Shell Mound


Some of the late-period pit dwellings in Daizenno Minami Shell Mound had stucco furnaces and stucco floors, while others did not, and I have long been interested in what these differences mean. Therefore, I decided to analyze the excavation survey report data in detail again, deepen my thinking about its meaning, and enjoy learning.


大膳野南貝塚の中期末~後期竪穴住居には漆喰炉や漆喰貼床が有るものと、無いものがあり、その違いが何を意味するのか以前から興味をもっています。そこで、発掘調査報告書データを再度詳細分析して、その意味することについて、思考を深めて、学習を楽しんでみることにします。

1 大膳野南貝塚の位置


大膳野南貝塚の位置

千葉県千葉市緑区おゆみ野中央九丁目19番

2 中期末~後期竪穴住居に見られる漆喰炉や漆喰貼床

大膳野南貝塚の中期末~後期竪穴住居は93軒ありますが、このうち38軒に漆喰炉や漆喰貼床が検出していて、千葉縄文遺構の一つの顕著な特徴となっています。


漆喰炉

大膳野南貝塚発掘調査報告書から引用


漆喰貼床

大膳野南貝塚発掘調査報告書から引用

漆喰炉や漆喰貼床のあるほとんど全ての竪穴住居覆土からは貝層が検出します。遺物も沢山出土します。一方漆喰炉や漆喰貼床のない竪穴住居からの貝層検出はほとんどなく、遺物出土も大変貧弱です。

そこで竪穴住居を漆喰貝層【有】竪穴住居と漆喰貝層【無】竪穴住居に区分して、その2種竪穴住居が併存する意義についての思考を楽しむことにします。

3 漆喰貝層【有】竪穴住居と漆喰貝層【無】竪穴住居の分布


漆喰貝層【有】竪穴住居と漆喰貝層【無】竪穴住居の分布

青が漆喰貝層【有】竪穴住居

ベージュが漆喰貝層【無】竪穴住居


漆喰貝層【有】竪穴住居と漆喰貝層【無】竪穴住居の統計

漆喰貝層【有】竪穴住居は38軒、漆喰貝層【無】竪穴住居は55軒

4 時期別の漆喰貝層【有】竪穴住居と漆喰貝層【無】竪穴住居


時期別の漆喰貝層【有】竪穴住居と漆喰貝層【無】竪穴住居

中期末~後期集落は加曽利EⅣ式~称名寺式期にはじまり、堀之内1式期にピークを迎え、加曽利B1式期まで継続します。集落創始期、ピーク期である堀之内1式期、衰退した堀之内2式期では漆喰貝層【有】竪穴住居軒数と漆喰貝層【無】竪穴住居軒数が近い数値になっていることが特徴です。

つまり、漆喰貝層【有】竪穴住居と漆喰貝層【無】竪穴住居は同時に存在していたことがわかります。

5 集落ゾーニングからみた漆喰貝層【有】竪穴住居と漆喰貝層【無】竪穴住居


集落ゾーニングからみた漆喰貝層【有】竪穴住居と漆喰貝層【無】竪穴住居

貝層、地点貝層、漆喰貝層【有】竪穴住居、屋外漆喰炉、漆喰・貝層出土土坑などの分布をみると、環状分布となります。漆喰貝層【無】竪穴住居はこの環状分布の内側と外側に分布しています。漆喰貝層【無】竪穴住居は集落生活基本ゾーンから外れた場所に分布していることがわかります。

6 漆喰貝層【有】竪穴住居と漆喰貝層【無】竪穴住居が存在する意義について

5年前の検討では漆喰貝層【有】竪穴住居と漆喰貝層【無】竪穴住居に別の集団が居住していたのではないだろうかと想定しました。その想定は専門家ご指導により否定されました。

そこで、この度の検討は5年前の学習を踏み台にして、分析を精緻にして、より蓋然性の高い想定を得るべく、思考を楽しむことにします。

6 メモ

・竪穴住居柱穴分布図をみると、漆喰貝層【有】竪穴住居は壁柱だけでなく主柱もしっかりしていて建物が頑丈であるように感じます。一方、漆喰貝層【無】竪穴住居は柱穴分布図から粗末な作りのように感じます。この「感じ」をデータにできるか検討することにします。

・漆喰貝層【有】竪穴住居は炉がしっかり構築されています。一方、漆喰貝層【無】竪穴住居は地床炉で粗末です。炉がどれだけしっかりしているか、それとも粗末であるのか、データにしてみることにします。

・その他にも幾つかの指標で漆喰貝層【有】竪穴住居と漆喰貝層【無】竪穴住居を見てみることにします。

・漆喰貝層【有】竪穴住居と漆喰貝層【無】竪穴住居の関係は定住と非定住、母屋と離れ、住民と来訪者(来客、流れ者)、近隣集落の間での相互労働交換活動などで捉えられるか、思考を楽しむことにします。


2022年1月26日水曜日

大膳野南貝塚出土アワビ加工品について

 About modified abalone excavated from Daizenno Minami Shell Mound


Professor Masato Nishino, Director of the Chiba City Buried Cultural Property Research Center, taught me the reason why the modified abalone exhibited at the Chiba City Excellent Archaeological Material Exhibition was not a shell knife, but a magical tool like an ancient mirror. Thank you.


千葉市内出土考古資料優品展(※)で展示されているアワビについて、千葉市内出土考古資料優品展関連講座「千葉市の名宝(縄文時代)」(講師 西野雅人先生[千葉市埋蔵文化財調査センター所長])で、それが貝刃ではないという発掘調査報告書とは異なる説明がありました。なぜ貝刃ではないのか、自分にはその理由がよく判らなかったので、講座事務局にメールで質問しました。その質問に対して講師の西野雅人先生から詳しい説明と関連情報を教えていただきましたので、メモします。

西野雅人先生の詳しいご回答ご教示に感謝申し上げます。

…………………

※ 千葉市内出土考古資料優品展の開催期間・場所

2021年11月17日~2022年1月22日 千葉市立郷土博物館

2022年2月3日~3月10日 千葉市埋蔵文化財調査センター

…………………


アワビ加工品

1 アワビが貝刃ではない理由

アワビの腹縁部には磨耗があり、大膳野南貝塚発掘調査報告書ではこの磨耗を根拠にこのアワビが貝刃であると記載しています。これに対して西野雅人先生から、このアワビは海岸で傷み、水摩を受けたものと考えられ、磨耗は少なくとも人為的な変形・加工と判断できる所見はないとの回答がありました。西野先生は、より詳しくは、刃部が劣化している場合、規則的な剥離が3個以上連続していれば自然の可能性は低い=貝刃とする基準に照らして判断されているとのことです。


腹縁部磨耗の様子

また、使用痕がないことから、中・近世などでその可能性を報告することがある容器・柄杓等として使われたこともその見分けはつかないとのことです。

一方、このアワビは全面が入念にクリーニングされ、埋納されたことも含めて、実用品の可能性をあえて言う必要はないと考えるとの説明もありました。

2 このアワビの分類上の名称 「アワビ加工品」

このアワビをなんと呼ぶのか質問したところ、「アワビ加工品」がよいとのことでした。同時に「お土産貝」という通称も教えていただきました。

「縄文人が海岸や化石層から持ってきた貝はたくさんあります。

それをなんと報告するかはいつも悩みます。

通称としては「お土産貝」と呼んでいます。」

「お土産貝」という通称は縄文人の趣味心による貝殻採集活動を表現していて、とても興味深い概念であると関心しました。

3 「太陽と交信する」ツール

古代の鏡はただ光を反射するものではない呪術具であったということを市民の皆さんに伝えるために用いた表現で、アワビにそんなことも考えられるかもしれないとの説明です。鏡は大陸由来であることがはっきりしているので、直接はつながらないけれども、そうしたものが縄文時代にあったかもしれないということで、そのような資料の重要性を伝えるための思い切った表現であるとの説明です。

4 感想

4-1 腹縁部磨耗の人工由来判断基準

このアワビ腹縁部磨耗が人工由来であるのか(貝刃である)、それとも自然由来であるのか(実用品ではない)といった判断に一つに「刃部が劣化している場合、規則的な剥離が3個以上連続していれば自然の可能性は低い=貝刃とする基準」を設けて観察している西野先生の専門性に、そのような専門性があること自体を含めて、驚き、感心しました。

4-2 お土産貝

貝塚研究専門家の間で「お土産貝」という通称が使われていることは、縄文人が趣味的心から貝殻採集活動をしていることに対応していて、とても面白く、かつ重要であると考えました。生産とか祭祀とかの考古学概念では捉え尽くせない活動が縄文人にあったということです。

4-3 呪術具としてのアワビ加工品

西野雅人先生はこのアワビ加工品を古代鏡のような呪術具として考えていらっしゃいます。古代鏡は大陸由来で、縄文時代アワビ加工品と結びつくものではありません。しかし縄文時代アワビ加工品が、弥生時代以降列島にもたらされた鏡と同様の機能を果たしていたかもしれないという西野先生の仮説はまことにロマン溢れるものです。

鏡の歴史を改訂新版世界大百科辞典(平凡社)で調べてみると、列島に最初にもたらされた鏡は多鈕細文鏡で、鏡面は凹面鏡で「垂下し光を反射させて当時の人々を驚かせる祭器として用いたとする説が正しい。」と記述されています。なにやら西野先生のアワビ加工品の呪術具利用イメージ(太陽と交信するツール)と重なるようで、興味がドンドン深まります。

4-4 千葉市埋蔵文化財調査センター展示における観察実験

ア 物を写す機能があるか

展示されているアワビ加工品に顔を近づけて、それがアワビ内面(鏡面)に写るか(写る可能性があるか)、展示ショーケースが千葉市立郷土博物館と同じものならば、試してみます。

イ 直射光反射の様子観察実験

展示管理者の許可が得られれば、直射光ライトを持参し、その光を当てて、どのように反射するかその様子を観察してみます。


2021年3月30日火曜日

縄文前期後半 イノシシ形突起(獣面把手) 観察記録3Dモデル

 縄文土器学習 566

千葉市動物公園「動物園で考古学」コーナー観覧でイノシシ形突起(獣面把手)(大膳野南貝塚)を撮影し早速観察記録3Dモデルをつくりました。以前発掘調査報告書だけの情報ですが、イノシシ形突起の遺跡内分布について分析したことがあるので、懐かしく感じます。

1 イノシシ形突起 1(大膳野南貝塚) 観察記録3Dモデル

イノシシ形突起 1(大膳野南貝塚) 観察記録3Dモデル

縄文時代前期後半

撮影場所:千葉市動物公園「動物園で考古学」コーナー

撮影月日:2021.03.29

ガラス面越し撮影

3Dモデル写真測量ソフト 3DF Zephyr で生成 v5.019 processing55 images


展示の様子


展示の様子


観察記録3Dモデルの動画

2 メモ

以前大膳野南貝塚学習をしたときのイノシシ形突起(獣面把手)関連記述は次の通りです。2018.06.27記事「貝殻・獣骨・土器片出土の意義

…………………

2-2 狩猟祭祀場所推定-(遺構外)野外

2-2-1 イノシシ形獣面把手を手掛かりとした推定 

大膳野南貝塚でイノシシ形獣面把手は24例出土していてその全てがほとんど把手だけ(イノシシ像だけ)のかけらです。


イノシシ形獣面把手出土例(一部) 写真

大膳野南貝塚発掘調査報告書から引用

イノシシ形獣面把手は諸磯b式土器の時代に流行った土器です。

この土器のイノシシ像だけが土器から打ち欠きだされたことが判ります。

またイノシシ形獣面把手の出土場所は全て遺構外からの出土になります。


大膳野南貝塚 前期集落 イノシシ形獣面把手の分布

イノシシ形獣面把手の分布は諸磯式期(浮島式期)の竪穴住居の周辺といってよい場所です。

これらの事実からイノシシ形獣面把手付土器が廃用になった時、その土器からイノシシ形獣面把手だけを打ち欠き出して、それを住居周辺に置いた(投げた、埋めた)ことが判ります。

同時に、イノシシ形獣面把手出土場所のほとんどはその直近からイノシシ頭部骨が出土しています。


イノシシ形獣面把手と遺構外イノシシ頭部骨の出土地点 5m×5mメッシュ情報から作成

遺構外イノシシ頭部骨は縄文全期のデータであり、イノシシ形獣面把手は諸磯式期のデータですから直接1:1の対応ではありませんが、イノシシ形獣面把手とイノシシ頭部骨の間の密接な関係を示唆する情報となっています。

これらの情報からイノシシ形獣面把手とイノシシ頭部骨をつかった狩猟祭祀(イノシシ祭祀)が竪穴住居近くの野外で行われたと推測することができます。

同時に、イノシシ形獣面把手付土器の使用期間以外の期間にあっても狩猟祭祀(イノシシ祭祀)は野外で行われたと敷衍して推定します。その推定の根拠は分布図で示したイノシシ頭部骨の遺構外からの大量出土です。イノシシ頭部骨の遺構外分布は後期集落の漆喰貝層有竪穴住居の周辺に該当します。

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3 感想

「動物園で考古学」コーナー観覧で器台1点、イノシシ形突起3点、鳥形突起1点の3Dモデル作成用撮影をしましたので、これらの3Dモデルを作成して、コレクションに追加しておくことにします。


2020年12月21日月曜日

参考 大膳野南貝塚の地形3Dモデル

 縄文社会消長分析学習 60

有吉北貝塚学習の中で大膳野南貝塚を参考にしましたので、早速大膳野南貝塚の地形3Dモデルを1960年代千葉市都市図の等高線情報から作成しました。

等高線からDEMを作成する方法はブログ花見川流域を歩く番外編2020.12.19記事「紙地図等高線から地形3Dモデルを作成する方法」にメモしました。このメモを手掛かりに作業しました。メモした操作そのものは1960年代千葉市都市図をQGISにジオリファレンスする手間に2時間、等高線デジタイズに2時間、パソコン処理に10分くらいで問題なくできました。


大膳野南貝塚の地形3Dモデル(3D)


大膳野南貝塚の地形(QGIS画面)

千葉市内の学習対象遺跡はほとんど大規模開発(=大規模地形改変)に伴うものですから、旧版地図等高線から開発前地形を復元するスキルは大いに役立つことを実感します。

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参考 1960年代都市図4葉を結合し、北が上になるように45度回転させた地図の世界測地系座標(EPSG6677)を求めた資料。QGISにジオリファレンスするために使いました。

参考 大膳野南貝塚の炉穴と陥穴

 縄文社会消長分析学習 59

2020.12.20記事「有吉北貝塚の早期遺構」で早期の炉穴と陥穴の分布を観察しました。この記事で炉穴の分布要因として飲料水の確保が効いていることを述べました。記事を書いた跡、炉穴の場所と陥穴の場所が大局的に関連していることに気が付きましたので、過去検討を引用しながらメモします。

1 参考 大膳野南貝塚の炉穴と陥穴の分布と考察

以下の地図は2018.07.10記事「狩猟方法イメージ」、2017.02.28記事「大膳野南貝塚 炉穴」から引用。


大膳野南貝塚陥穴分布


大膳野南貝塚早期後半炉穴分布


炉穴と陥穴の地形との対応


炉穴と狩との関係イメージ

2017年、2018年の大膳野南貝塚検討を踏まえると、早期後半の狩猟方法の一つが(おそらくメインの方法が)陥穴方式であると想像します。人々は動物行動の変化(例えば季節ごとの変化)に対応して狩猟場所を変えて広域を移動し、ある季節には大膳野南貝塚の場所にキャンプを置き、そこに炉穴を残したのだとおもいます。大膳野南貝塚に炉穴を作った時に狩猟場所(陥穴を設置した場所)がどこだったのかということが問題になります。ここで重要なことはキャンプを置いた場所は陥穴猟の邪魔にならない場所であることは確実であるということです。人々は必ず動物行動に遠慮して「片隅に」キャンプを置いたということです。

そのような視点から「炉穴と狩との関係イメージ」図を見ると、9号・5号炉穴の位置は尾根状台地の中央部に位置していますから、この尾根状台地部に動物が入ってくることを前提にしていません。つまり9号・5号炉穴にキャンプを置いた人々の狩猟場所は大膳野南貝塚付近ではなく、別の場所であったと癒えます。

一方、1号・4号・8号・6号炉穴は台地縁辺部の地形的に影になった場所であり、ここにキャンプを置いた人々の狩猟場に大膳野南貝塚付近が含まれていた可能性が浮かび上がります。

1号・4号・8号・6号炉穴の人々の狩猟場がどこであったのか、その答えをより蓋然性をもって検討することは将来可能であると考えます。

2 炉穴位置(キャンプ地)選定の絶対条件は自分の狩の邪魔をしないこと

大膳野南貝塚1号・4号・8号・6号炉穴の人々の狩猟場がどこであったのかその答えはさておき、この思考から縄文早期後半の人々が炉穴位置(キャンプ地)選定に際して、絶対的に優先する条件は自分の狩りの邪魔をしない場所を選ぶということです。動物の季節的移動特性の邪魔する場所にキャンプを置かないことは確実です。空間利用という点では人ファーストではなく、動物ファーストです。

狩りの邪魔をしない場所にキャンプを置く、その際飲料水の確保場所を優先するということになります。飲料水が確保できる場所では、動物解体に必要となる水も得られます。

3 有吉北貝塚炉穴を作った人々の狩猟場


有吉北貝塚 早期炉穴と早~前期陥穴状土坑の分布(3D)

有吉北貝塚炉穴を作った人々の狩猟場がどこであったのか、答えを絞るだけの情報はありませんが、少なくても炉穴周辺で見つかる陥穴を使っていなかったことは確実です。おそらく有吉北貝塚が立地する半島状台地だけでなく、かなり広域のエリアに陥穴を多数設置して移動する動物を捕えていたと想像します。