縄文後期イナウ似木製品の観察と解釈例 4
1 造形詳細
丸木の皮をはぎ、不必要な枝を掃ったあとの木製品に加えられた石器による加工跡等をまとめてみました。
石器による加工跡等
●基本構造
頂部削り出し、下部削り出しと刻印1及び枝基部残置はA面、B面共有項目で、この木製品の基本構造をつくっています。
●面取り部
A面B面ともに頂部にかかる部分に面取り部(平らにした部分)が存在し、その中に刻みと小孔集中がみられます。A面B面で面取り部の大きさや刻みの傾き方向が異なるのですが、共通する造形セットは共通する「何か」を表現していて、かつその「何か」が少し異なる様子を表現していると想定できます。
面取り部が文字通り「面」(顔)を表現していると考えると頂部が頭、刻みが目、小孔集中が頬、刻印1が口という想像も生まれ、A面B面で違う表情の顔ということになります。この想像が役立つものであるかどうか、詳しく検討することにします。
●削りかけ跡と刻印2
面取り部の下にはA面は削りかけ跡、b面は刻印2が存在しA面B面で造形がことなります。
A面削りかけ跡は単に筋を引いたというものではなくアイヌイナウの削りかけ(木の表面を薄く削って残しカールした部分)と同じようなものを作った跡のように観察できます。もちろん削り掛けそのもの(カールした鉋屑のような部分)はないのですが、溝の形状が削りかけを作った跡として観察できます。
B面刻印2は刻印1より深く削られ立派です。刻印2は刻印1と同じく水平に彫られています。また刻印2はその直上だけでなく刻印の中にも小孔があります。
A面の削りかけ跡とB面の小孔付刻印は表すものは異なりますが、面取り部の下に存在するものであるという意味で対応するものであると考えます。つまりA面削りかけとB面小孔付刻印は同じものの異なる様相を表現している可能性があります。
もし面取り部が文字通り「面」(顔)ならば削りかけ跡と小孔付刻印は体の上部付近にあたるのかもしれません。
●縛り跡
A面削りかけ跡とB面小孔付刻印の下にA面B面共通となりますが、木製品の表面を紐のようなもので硬く縛った跡(圧迫痕)が2筋存在します。B面では2筋の上の圧迫痕に付着物が残存しているように観察できます。ツタのようなものを2筋にわたって硬く縛り付け、それが脱落しないように接着剤を使った可能性が浮かび上がります。付着物はウルシとかマツヤニとかタールみたいなものではないかと考えます。
接着剤をつかってまでこの木製品を縛ったのはこの木製品を別の何かに縛り付けたか、あるいは別の何かをこの木製品にとりつけたかのどちらかだと考えます。木製品が別のものに固定されていたのでないことは出土状況から判明していますから、この木製品に付属物が取り付けられていた可能性が濃厚です。その付属物は一緒に出土した木片製品(太い箸のような木製品)であったのかもしれません。もしそうならこの木製品に「足」が付いていた可能性が浮上します。
●小孔
小孔はA面B面ともに多数存在します。小孔はその形状が4つの角をもつ特徴があり、同じ石器工具で開けられた可能性が濃厚です。またその大きさは5mm程ですから小孔そのものに造形的な意味は考えにくいです。小孔の深さが浅いものが多いことから、鳥の羽根や薄い葉っぱや茎をこの木製品に押しつけ食い込ませて取り付けた跡のように観察できます。この木製品は鳥の羽根やあるいは草などで飾られていたことが想定できます。
2 参考 付着物と縛り跡の様子
付着物と縛り跡の様子
3 参考 同一工具(石器)跡と考えられる小孔画像
同一工具(石器)跡と考えられる小孔画像
同一工具(石器)跡と考えられる小孔
4 参考 木製品拡大図
木製品拡大図 1 写真は千葉県教育委員会所蔵
木製品拡大図 2 写真は千葉県教育委員会所蔵
木製品拡大図 3 写真は千葉県教育委員会所蔵
木製品造形の意味解釈を次の記事で行います。
2018年8月17日金曜日
2017年9月29日金曜日
西根遺跡出土「杭」はイナウ 杭写真判読 1
いよいよ本命である「杭」写真の判読を行います。
1 入手「杭」写真
入手「杭」写真はつぎの5枚です。
入手「杭」写真 写真は千葉県教育委員会所蔵
発掘調査報告書に掲載されていない裏面の写真があるので大変貴重です。
2 観察のためのA面、B面設定
現物を閲覧した際に次のようにA面とB面を設定しましたので、今回も踏襲します。
A面、B面設定
発掘調査報告書に掲載されている写真はA面だけです。
3 観察結果
観察に使った写真と観察結果を示します。
西根遺跡出土縄文時代後期「杭」
西根遺跡出土縄文時代後期「杭」石器による加工跡
【観察結果】
1 石器による頭部削平、脚部削出
2 削りかけ跡多数
A面に削りかけ跡を多数観察することができました。すべて斜め方向であり、元来は材を削った翅(カールした薄皮)が付いて、地層に埋没する前後に無くなったと考えます。
材を薄く多数回削ったので、その部分の材表面が凸凹になっていて、他の部分がつるつるになっているのと対照的です。
3 刻印3箇所
制限の強い現物閲覧では刻印を2箇所確認したのですが、今回の判読で3箇所の刻印を観察することができました。
4 縛り跡2巻分
縄などで強く縛って附いたと考えられる凹み跡を2巻分観察できました。イナウに何かの「モノ」をつるしている姿を連想させます。
今回の写真判読で初めて発見したものです。
5 その他
現在は図示していませんが、削りかけや縛り跡とは異なる圧迫線がいくつかあります。方向は削りかけとは直交するものが含まれます。イナウに紐をタスキのようにかけている姿を連想させます。今後さらに詳しく観察・検討する予定です。それとは別に発掘時あるいは発掘後に付いたと考えられるような圧迫線もあります。
観察結果から「杭」が石器で作られた原始イナウであると結論付けることができる可能性がますます高まりますが、その考察は次以降の記事で行います。
4 参考 写真判読の様子
削りかけ跡判読の様子
刻印判読の様子
5 参考 発掘調査報告書掲載写真と今回利用写真の画像比較
報告書掲載写真と原本の比較
発掘調査報告書掲載写真を拡大するとアミが斜めに入り、その方向と削りかけ跡の方向が偶然ですが一致してしまい判読に苦労しました。しかし今回入手した原本により正確な判読が可能となりました。
1 入手「杭」写真
入手「杭」写真はつぎの5枚です。
入手「杭」写真 写真は千葉県教育委員会所蔵
発掘調査報告書に掲載されていない裏面の写真があるので大変貴重です。
2 観察のためのA面、B面設定
現物を閲覧した際に次のようにA面とB面を設定しましたので、今回も踏襲します。
A面、B面設定
発掘調査報告書に掲載されている写真はA面だけです。
3 観察結果
観察に使った写真と観察結果を示します。
西根遺跡出土縄文時代後期「杭」
西根遺跡出土縄文時代後期「杭」石器による加工跡
【観察結果】
1 石器による頭部削平、脚部削出
2 削りかけ跡多数
A面に削りかけ跡を多数観察することができました。すべて斜め方向であり、元来は材を削った翅(カールした薄皮)が付いて、地層に埋没する前後に無くなったと考えます。
材を薄く多数回削ったので、その部分の材表面が凸凹になっていて、他の部分がつるつるになっているのと対照的です。
3 刻印3箇所
制限の強い現物閲覧では刻印を2箇所確認したのですが、今回の判読で3箇所の刻印を観察することができました。
4 縛り跡2巻分
縄などで強く縛って附いたと考えられる凹み跡を2巻分観察できました。イナウに何かの「モノ」をつるしている姿を連想させます。
今回の写真判読で初めて発見したものです。
5 その他
現在は図示していませんが、削りかけや縛り跡とは異なる圧迫線がいくつかあります。方向は削りかけとは直交するものが含まれます。イナウに紐をタスキのようにかけている姿を連想させます。今後さらに詳しく観察・検討する予定です。それとは別に発掘時あるいは発掘後に付いたと考えられるような圧迫線もあります。
観察結果から「杭」が石器で作られた原始イナウであると結論付けることができる可能性がますます高まりますが、その考察は次以降の記事で行います。
4 参考 写真判読の様子
削りかけ跡判読の様子
刻印判読の様子
5 参考 発掘調査報告書掲載写真と今回利用写真の画像比較
報告書掲載写真と原本の比較
発掘調査報告書掲載写真を拡大するとアミが斜めに入り、その方向と削りかけ跡の方向が偶然ですが一致してしまい判読に苦労しました。しかし今回入手した原本により正確な判読が可能となりました。
2017年7月5日水曜日
西根遺跡出土縄文時代丸木はイナウ
2017年6月28日千葉県教育委員会所蔵の西根遺跡出土縄文時代丸木(発掘調査報告書では「杭」)を閲覧する機会を得ました。
劣化防止処理のために透明ビニール袋に薬剤と一緒に入れられているため、観察できた部位は限定されましたが、イナウが備えるべき特徴を備えていることを確認できましたので、記録します。
1 丸木観察のためのA面、B面設定
袋詰め丸木の観察は2面からできましたので、その2面を次のようにA面、B面としました。
丸木観察のためのA面、B面設定
2 A面観察結果
A面の削り跡
A面に多数の削り跡が存在することが確認できました。
石器で表面を削り、削りかけ(羽根)を作った跡であると観察できます。削りかけ(羽根)は全く残っていません。
3 B面観察結果
B面の刻印
B面に2カ所の刻印が観察できます。
刻印の切り口が鋭いので、かなり切れ味のよい石器を使ったと思われます。
2つの刻印は丸木中心軸に対して90度近くの角度を持っています。
4 上端、下端観察
上端
下端
上端下端ともに丁寧で鋭い切り口で成形されています。
上端は緩やかなドーム状、下端は尖った様子が観察できます。
上端、下端ともに打ち込み、打ち付け等によるツブレや丸みが見られないので、繰り返し使用したという状況は感じられません。
5 枝
袋に木片4-5点が同封されていて、それに隠れて枝の様子は今回は観察できませんでした。
発掘調査報告書の写真、スケッチを見ると枝の方向は発掘調査報告書が採用している上下方向と正位であり、発掘調査報告書が採用している上下が木の上下であったと考えられます。
6 同封木片
丸木同封木片(4~5点)
丸木に同封されている木片4~5点があり、そのうち1点は整形された製品で両端が焦げているように観察できました。
同封木片の中に枝の一部に該当するものがあるかどうかは確認できませんでした。
7 考察
7-1 丸木は杭ではない
丸木は枝を残している(枝を利用している)ので、杭であることはあり得ません。
7-2 丸木はイナウであると考えられる
7-2-1 腕状枝の存在
北原次郎太「アイヌの祭具 イナウの研究」(北海道大学出版、2014)によればイナウの胴に腕状の枝を残したものはアイヌ語でイナウテヘ(イナウの腕)と呼ばれ、概して格式の高いものとして用いられていると書かれています。
腕状枝が見られるのはほぼ樺太のみで、北海道内では余市町に2例見られるほかは今のところ類例がないそうです。
輪状腕などは二ヴフにも類似の木製品が見られることから、基本的に北方につながる習俗であると考えられていると書かれています。
腕状枝があるイナウ例
北原次郎太「アイヌの祭具 イナウの研究」(北海道大学出版、2014)から引用
腕状枝があるイナウ例
北原次郎太「アイヌの祭具 イナウの研究」(北海道大学出版、2014)から引用
7-2-2 削り跡、刻印の存在
今回の資料閲覧で丸木に削り跡(削りかけ)、刻印が存在していることを確認できました。
7-2-3 イナウ構成要素との照合
北原次郎太「アイヌの祭具 イナウの研究」(北海道大学出版、2014)ではイナウを構成する要素を次のようにまとめています。
樺太西海岸多蘭泊のイナウを構成する要素
①腕(単生腕)、⑥削りかけ、⑩⑪⑫刻印
北原次郎太「アイヌの祭具 イナウの研究」(北海道大学出版、2014)から引用
このイナウ構成要素のうち西根遺跡出土丸木は削りかけ(削り跡)、刻印、腕状枝を具えています。
この照合から西根遺跡出土縄文時代丸木はイナウそのものであると考えます。
劣化防止処理のために透明ビニール袋に薬剤と一緒に入れられているため、観察できた部位は限定されましたが、イナウが備えるべき特徴を備えていることを確認できましたので、記録します。
1 丸木観察のためのA面、B面設定
袋詰め丸木の観察は2面からできましたので、その2面を次のようにA面、B面としました。
丸木観察のためのA面、B面設定
2 A面観察結果
A面の削り跡
A面に多数の削り跡が存在することが確認できました。
石器で表面を削り、削りかけ(羽根)を作った跡であると観察できます。削りかけ(羽根)は全く残っていません。
3 B面観察結果
B面の刻印
B面に2カ所の刻印が観察できます。
刻印の切り口が鋭いので、かなり切れ味のよい石器を使ったと思われます。
2つの刻印は丸木中心軸に対して90度近くの角度を持っています。
4 上端、下端観察
上端
下端
上端下端ともに丁寧で鋭い切り口で成形されています。
上端は緩やかなドーム状、下端は尖った様子が観察できます。
上端、下端ともに打ち込み、打ち付け等によるツブレや丸みが見られないので、繰り返し使用したという状況は感じられません。
5 枝
袋に木片4-5点が同封されていて、それに隠れて枝の様子は今回は観察できませんでした。
発掘調査報告書の写真、スケッチを見ると枝の方向は発掘調査報告書が採用している上下方向と正位であり、発掘調査報告書が採用している上下が木の上下であったと考えられます。
6 同封木片
丸木同封木片(4~5点)
丸木に同封されている木片4~5点があり、そのうち1点は整形された製品で両端が焦げているように観察できました。
同封木片の中に枝の一部に該当するものがあるかどうかは確認できませんでした。
7 考察
7-1 丸木は杭ではない
丸木は枝を残している(枝を利用している)ので、杭であることはあり得ません。
7-2 丸木はイナウであると考えられる
7-2-1 腕状枝の存在
北原次郎太「アイヌの祭具 イナウの研究」(北海道大学出版、2014)によればイナウの胴に腕状の枝を残したものはアイヌ語でイナウテヘ(イナウの腕)と呼ばれ、概して格式の高いものとして用いられていると書かれています。
腕状枝が見られるのはほぼ樺太のみで、北海道内では余市町に2例見られるほかは今のところ類例がないそうです。
輪状腕などは二ヴフにも類似の木製品が見られることから、基本的に北方につながる習俗であると考えられていると書かれています。
腕状枝があるイナウ例
北原次郎太「アイヌの祭具 イナウの研究」(北海道大学出版、2014)から引用
腕状枝があるイナウ例
北原次郎太「アイヌの祭具 イナウの研究」(北海道大学出版、2014)から引用
7-2-2 削り跡、刻印の存在
今回の資料閲覧で丸木に削り跡(削りかけ)、刻印が存在していることを確認できました。
7-2-3 イナウ構成要素との照合
北原次郎太「アイヌの祭具 イナウの研究」(北海道大学出版、2014)ではイナウを構成する要素を次のようにまとめています。
樺太西海岸多蘭泊のイナウを構成する要素
①腕(単生腕)、⑥削りかけ、⑩⑪⑫刻印
北原次郎太「アイヌの祭具 イナウの研究」(北海道大学出版、2014)から引用
このイナウ構成要素のうち西根遺跡出土丸木は削りかけ(削り跡)、刻印、腕状枝を具えています。
この照合から西根遺跡出土縄文時代丸木はイナウそのものであると考えます。
7-2-4 感想
千葉県印西市西根遺跡出土縄文時代丸木が腕状枝をもつ格式の高いイナウであり、その習俗が北海道をほぼ越えて樺太に観察できるという事実に強い興味を覚えます。
柳田國男の方言周圏論の考古学発展版を構想できるような空想を楽しみます。
2016.05.19記事「小字「ハニ」「ハネ」に関する補足考察と訂正」参照
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イナウ学習用に入手した図書
北原次郎太「アイヌの祭具 イナウの研究」(北海道大学出版、2014)
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