大膳野南貝塚学習中間とりまとめ 8 狩猟方法イメージ
大膳野南貝塚学習中間とりまとめを次の10項目に分けて行っています。
1 漆喰貝層有無2集団の関係
2 諸磯・浮島2集団の関係
3 集落消長の理由
4 貝塚・集落の構造
5 貝殻・獣骨・土器片出土の意義
6 埋葬の様相
7 竪穴住居祭壇の様相
8 狩猟方法イメージ
9 個別テーマ
10 背景学習
この記事では「8 狩猟方法イメージ」の説明素材を集めて、まとめペーパーの材料を作りましたので掲載します。
1 後期旧石器時代の狩猟方法
1-1 後期旧石器時代の遺物
大膳野南貝塚及びその南に位置するバクチ穴遺跡から後期旧石器時代の石器(石鏃)が出土しています。
大膳野南貝塚付近石器ブロック分布図 大膳野南貝塚発掘調査報告書から引用
後期旧石器時代に、狩猟用石器を所持していた集団が大膳野南貝塚付近にキャンプをはり、その周辺で狩をしていたことが判ります。
1-2 後期旧石器時代狩猟方法のイメージ
狩猟方法についてイメージ的検討(想像的検討)をしてみました。
後期旧石器時代のうち最終氷期クライマックス期(1万年前頃)を例にとると海面が現在より100m以上低いことに対応して河川浸食が激しく、谷津地形が現在よりはるかに険しいものでした。一方下総台地には広い台地面が存在するので季節移動をするシカなどの動物の格好の移動経路でありすみかであったと考えられます。後期旧石器時代人はこうした自然環境を最大限活用して主に台地上で狩りをしていたと考えます。
狩方法は集団で動物を追いつめて最後に仕留めるという困難を伴う方法ではなく、動物を集団で追って崖から追い落として半ば自滅させ、最後のトドメを槍で刺すとイメージします。動物が逃走する際の習性を知り尽くした上で、その知識を活用しながら動物を追い、最後に地形を最大限活用して自滅あるいは弱らせた上でトドメを刺したと考えます。動物が四方に逃げないような柵・妨害物・陥し穴等仕掛けの設置もあったのではないかと考えます。
大膳野南貝塚の位置する地形は広い台地面から台地狭窄部に至る入口付近であることから、次のような狩猟方法をイメージしました。
後期旧石器時代の狩の様子(想定)
後期旧石器時代ブロックと対応する狩場(想定)
後期旧石器時代狩場の地形イメージを一般化するとつぎのように仮説できると考えます。
旧石器時代狩場の地形イメージ(仮説)
2 縄文時代早期頃の陥し穴罠猟
2-1 陥し穴と炉穴の分布
大膳野南貝塚草創期から前期中葉の遺構として陥し穴と炉穴が検出されています。陥し穴は33基存在していて早期後半条痕文から前期後葉土器の細片が出土しています。
陥し穴(写真) 赤数字は逆木設置タイプ、青数字はスリットタイプ
陥し穴と炉穴は台地面、台地と斜面の境界、斜面のそれぞれに立地しています。大膳野南貝塚で陥し穴と炉穴が近接して立地している場所がありますが、それらが同時に存在したことは考えにくいので、陥し穴を使っていた時期は別の場所に炉穴(キャンプ地)があり、炉穴(キャンプ地)を使っていた時期は別の場所の陥し穴を使っていたと考えます。
陥し穴と炉穴の地形との対応
2-2 陥し穴罠猟の方法
2-2-1 動物移動路に設置した待ち受け陥し穴
陥し穴の長軸方向をみると北に広がる広い台地面から大膳野南貝塚のある狭い台地面に動物が入ってくる移動路に陥し穴が設置されていたものが多いと考えられます。
陥し穴の長軸方向
陥し穴による狩猟方法は人との関わりの無い状況で動物が餌をもとめて歩いている時にカムフラージュされた陥し穴(罠)に間違って落ちる方法であったと考えます。人が動物を追い、逃げる動物が結果として陥し穴に落ちる狩猟法を想定すると陥し穴の規模が小さすぎると考えられます。また動物が勝手に陥し穴に落ちる罠猟の方がはるかに効率的です。
2-2-2 誘導柵の設置
陥し穴はすべて待ち受けによる罠猟であったと考えますが、その効率をより高めるために動物を誘導する柵や穴に落ちざるを得ない罠仕掛が作られていたと考えます。
13号陥し穴では広域にわたる誘導柵と陥し穴罠仕掛を発掘平面図や発掘状況写真の縄文ピット・黒斑点情報から想定復元しました。
陥し穴誘導柵遺構の存在可能性
13号陥し穴罠猟のイメージ (上が南で地図と反対に表示されています)
2-2-3 陥し穴の連続設置
陥し穴が至近距離に複数設置されている様子が幾つかの地点で観察できます。古い陥し穴の機能が低下して、新しい陥し穴に作り替えたということも考えられますが、恐らく陥し穴を至近距離に連続設置することにより集団で移動する動物の捕捉効率を高めたものと考えます。
至近距離に設置された陥し穴の例 大膳野南貝塚発掘調査報告書から引用
15号陥し穴と16号陥し穴の距離は5.7mです。
3 前期集落と後期集落の狩猟方法
3-1 犬を使った狩猟
前期集落と後期集落ではイヌ骨が出土していて犬を猟犬として使った狩猟が行われていたと考えられます。後期集落では犬が竪穴住居から埋葬された状態で出土していていて、犬と人との関わりの深さが判ります。
2号犬骨 J9竪穴住居貝層直下から出土
3-2 狩猟対象獣種
前期集落と後期集落の獣骨出土主要住居祉の情報を確認しグラフ化しました。
主要住居祉の獣推計最小個体数 大膳野南貝塚発掘調査報告書から引用
主要住居祉の獣推計最小個体数
前期集落、後期集落ともに狩猟対象獣種のトップはイノシシで次いでその6割程度の量としてシカが続きます。時期別に大きな変動はありません。
イノシシが最もポピュラーな狩猟対象獣種であった理由としてシカとくらべて人家の近くにも出没する習性があることと、同じくシカとくらべて犬をつかった狩猟がしやすかったことがあるのではないかと考えます。
なお、発掘調査報告書では後期集落でイノシシ幼少獣が飼育されていた可能性について言及しています。
上記データで前期集落(諸磯b)3軒と後期集落ピーク時(堀之内1)6軒のトータル推計最小個体数がほぼ同じ値になります。その理由は後期集落では生業の大きな部分を漁労が占めていて、狩猟に裂くパワー・時間が限られていたのに対して前期集落では狩猟が生業のなかで占める割合が大きかったことによると考えます。
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次の資料を公開しました。(2018.07.12)
pdf資料「狩猟方法イメージ 要旨」
pdf資料「狩猟方法イメージ」
上記資料を含めて私の作成した主な資料・パワポはサイト「考古と風景を楽しむ」にも掲載しています。
2018年7月10日火曜日
2017年3月21日火曜日
大膳野南貝塚 狩猟モデルの投影
2017.03.20記事「縄文時代狩猟モデル(仮説)」で学習促進のための自分専用縄文時代狩猟モデル(仮説)の作成をメモしました。
早速このモデルを大膳野南貝塚陥し穴作成時代(縄文時代早期を想定)に投影して、そのころの狩の様子を想像してみました。
1 大膳野南貝塚付近の追い込み猟ポイントの想定
大膳野南貝塚付近 縄文時代追い込み猟ポイントの想定
下総台地が東京湾水系によって開析され谷壁が切り立っている谷頭に追い込み猟ポイントを投影することができました。
追い込み猟は台地面と谷頭の地形の変換が急激であるほど効率的であると考えますので、浅い谷は追い込み猟に適さないと考えます。
また、台地面とは繋がらない丘陵開析谷域は動物を集めることができませんから追い込み猟は行われなかったと考えます。
動物を追い込むのに不都合な方向の谷も追い込み猟には使われなかったと考えます。
なお、上図から大膳野南貝塚発掘区域は大金沢支谷A谷、B谷、C谷の3つの追い込み猟フィールドであったことが判ります。
2 陥し穴長軸方向から想像する誘導柵列
A谷追い込み猟に対応する誘導柵列を陥し穴長軸方向から推察してみました。
大膳野南貝塚 A谷追い込み猟 陥し穴長軸方向から想像する誘導柵列
33の陥し穴のうち8つの陥し穴の長軸方向から狭い台地を分断するような誘導柵列を想像しました。
このような誘導柵列を活用して、勢子と犬の共同作業としてのA谷追い込み猟が行われたと考えます。
A谷の谷底には追い込んだ動物を仕留める捕獲装置が設置されていたと考えます。
誘導柵列の所々に設置した陥し穴は、追い込み猟で使うのではなく、日常的罠猟として使われたと考えます。
誘導柵の主な効用は集団追い込み猟であり、陥し穴罠猟は誘導柵を副次的に利用して行われたと考えます。
B谷C谷追い込み猟に対応する誘導柵列は次のように推察できます。
大膳野南貝塚 B谷C谷追い込み猟 陥し穴長軸方向から想像する誘導柵列
早速このモデルを大膳野南貝塚陥し穴作成時代(縄文時代早期を想定)に投影して、そのころの狩の様子を想像してみました。
1 大膳野南貝塚付近の追い込み猟ポイントの想定
大膳野南貝塚付近 縄文時代追い込み猟ポイントの想定
下総台地が東京湾水系によって開析され谷壁が切り立っている谷頭に追い込み猟ポイントを投影することができました。
追い込み猟は台地面と谷頭の地形の変換が急激であるほど効率的であると考えますので、浅い谷は追い込み猟に適さないと考えます。
また、台地面とは繋がらない丘陵開析谷域は動物を集めることができませんから追い込み猟は行われなかったと考えます。
動物を追い込むのに不都合な方向の谷も追い込み猟には使われなかったと考えます。
なお、上図から大膳野南貝塚発掘区域は大金沢支谷A谷、B谷、C谷の3つの追い込み猟フィールドであったことが判ります。
2 陥し穴長軸方向から想像する誘導柵列
A谷追い込み猟に対応する誘導柵列を陥し穴長軸方向から推察してみました。
大膳野南貝塚 A谷追い込み猟 陥し穴長軸方向から想像する誘導柵列
33の陥し穴のうち8つの陥し穴の長軸方向から狭い台地を分断するような誘導柵列を想像しました。
このような誘導柵列を活用して、勢子と犬の共同作業としてのA谷追い込み猟が行われたと考えます。
A谷の谷底には追い込んだ動物を仕留める捕獲装置が設置されていたと考えます。
誘導柵列の所々に設置した陥し穴は、追い込み猟で使うのではなく、日常的罠猟として使われたと考えます。
誘導柵の主な効用は集団追い込み猟であり、陥し穴罠猟は誘導柵を副次的に利用して行われたと考えます。
B谷C谷追い込み猟に対応する誘導柵列は次のように推察できます。
大膳野南貝塚 B谷C谷追い込み猟 陥し穴長軸方向から想像する誘導柵列
13の陥し穴長軸方向から狭い台地を通路のように区画する誘導柵列を想像しました。
この誘導柵列の意義と陥し穴との関係はA谷追い込み猟と同じように考えることができます。
なお、想像した誘導柵が全て同時に存在したとは、陥し穴が全て同時に存在したと考えないのと同じように、考えません。
誘導柵は立木にツタを使って作るなどの場合が多かったと考えますから構造物とは言えない部分が多く、遺構としては残りずらいと考えます。
なお、陥し穴の長軸方向が誘導柵方向に略一致するという仮定でモデルを投影していますが、それで本当によいのか、詳しい情報はもっていません。
2017年3月15日水曜日
大膳野南貝塚 発掘面の黒斑点列は陥し穴誘導柵か
千葉市大膳野南貝塚発掘調査報告書の第Ⅳ分冊写真図版編の発掘現場写真をじっくり眺めていると、いくつかの陥し穴の周辺類似位置に黒斑点列が観察できます。
もしかしたら意味のある情報かと考えて、とりあえずメモしておきます。
陥し穴29号を例に黒斑点を示します。
陥し穴29号写真 1
千葉市大膳野南貝塚発掘調査報告書の第Ⅳ分冊写真図版編から引用
陥し穴29号 私が観察した黒斑点列
千葉市大膳野南貝塚発掘調査報告書の第Ⅳ分冊写真図版編から引用加筆
陥し穴29号付近写真 2
千葉市大膳野南貝塚発掘調査報告書の第Ⅳ分冊写真図版編から引用
9号炉穴は発掘作業途中
陥し穴29号付近2 私が観察した黒斑点列
千葉市大膳野南貝塚発掘調査報告書の第Ⅳ分冊写真図版編から引用加筆
もしかしたら意味のある情報かと考えて、とりあえずメモしておきます。
陥し穴29号を例に黒斑点を示します。
陥し穴29号写真 1
千葉市大膳野南貝塚発掘調査報告書の第Ⅳ分冊写真図版編から引用
陥し穴29号 私が観察した黒斑点列
千葉市大膳野南貝塚発掘調査報告書の第Ⅳ分冊写真図版編から引用加筆
千葉市大膳野南貝塚発掘調査報告書の第Ⅳ分冊写真図版編から引用
9号炉穴は発掘作業途中
陥し穴29号付近2 私が観察した黒斑点列
千葉市大膳野南貝塚発掘調査報告書の第Ⅳ分冊写真図版編から引用加筆
9号炉穴は発掘作業途中
この黒斑点列を地図に示すと次のようになります。
陥し穴29号付近の黒斑点列
黒斑点は無数にあります。私が着目したものだけではありません。
黒斑点は垂直に切った断面で垂直方向に延びていますから、木や竹を刺した跡あるいは木の根の跡などであると考えます。
黒斑点列は、私がそこにあることを期待して観察したために、観察できた可能性もあります。つまりあまり意味のない偶然の情報である可能性もあります。
一方、発掘調査ではサイズの関係で発掘対象とならなかった穴であり、事情が許せば調査対象にすべき遺構であったものかもしれません。
プロットした黒斑点列に実体と意味があるとすれば、次のように解釈できる陥し穴誘導柵であった可能性があります。
陥し穴29号と長い誘導柵がセットで存在していた可能性
なお、陥し穴29号の平面形状が動物を追う方向に進む船の形のようになっています。
つまり陥し穴29号は動物が落ちる方向を想定して前後が異なる線形をしています。
他の陥し穴にも同様に平面形状前後が異なるものがかなり見られます。
このことから、陥し穴は付近を自由に徘徊している動物が隠された罠としての穴にたまたま落ちることを想定してつくられたものではなく、追われて逃げる方向の定まった動物が落ちるように設計されていると考えることができます。
参考 陥し穴29号
千葉市大膳野南貝塚発掘調査報告書の第Ⅳ分冊写真図版編から引用
参考 陥し穴29号の位置
千葉市大膳野南貝塚発掘調査報告書の第Ⅳ分冊写真図版編から引用加筆
陥し穴29号付近の黒斑点列
黒斑点は無数にあります。私が着目したものだけではありません。
黒斑点は垂直に切った断面で垂直方向に延びていますから、木や竹を刺した跡あるいは木の根の跡などであると考えます。
黒斑点列は、私がそこにあることを期待して観察したために、観察できた可能性もあります。つまりあまり意味のない偶然の情報である可能性もあります。
一方、発掘調査ではサイズの関係で発掘対象とならなかった穴であり、事情が許せば調査対象にすべき遺構であったものかもしれません。
プロットした黒斑点列に実体と意味があるとすれば、次のように解釈できる陥し穴誘導柵であった可能性があります。
なお、陥し穴29号の平面形状が動物を追う方向に進む船の形のようになっています。
つまり陥し穴29号は動物が落ちる方向を想定して前後が異なる線形をしています。
他の陥し穴にも同様に平面形状前後が異なるものがかなり見られます。
このことから、陥し穴は付近を自由に徘徊している動物が隠された罠としての穴にたまたま落ちることを想定してつくられたものではなく、追われて逃げる方向の定まった動物が落ちるように設計されていると考えることができます。
参考 陥し穴29号
千葉市大膳野南貝塚発掘調査報告書の第Ⅳ分冊写真図版編から引用
参考 陥し穴29号の位置
千葉市大膳野南貝塚発掘調査報告書の第Ⅳ分冊写真図版編から引用加筆
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