2016年12月5日月曜日

上谷遺跡 遺物多出竪穴住居が集落の中心的存在である理由

上谷遺跡の主要墨書文字4つの主要出土遺構のうち「万」が多出するA078竪穴住居について、検討しました。

1 A078竪穴住居の位置

A078竪穴住居の位置

2 遺物分布

A078竪穴住居の遺物分布は次のように図化されていて、事実上情報がありません。

A078竪穴住居遺物分布図

一覧表にある67番までのうち3つだけが掲載されています。

それ以外の番号は一覧表にありません。

恐らく、情報量が多すぎて、一覧表を含めて遺物整理が頓挫してしまったままのようです。

報告書に掲載されている出土物イメージは次の通りです。

A078竪穴住居の出土物

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●遺物に関する報告書記載

住居の規模に比例して遺物は多かったが、覆土一括資料として取り上げており、多くの遺物は分布図を提示するに至らなかった。

本住居跡の遺物は、基本的にA078aに伴うものである。

また、出土遺物は墨書土器が多く、破片を含めて38点に上っている。鉄器は鉄鏃3点と刀子3点、穂摘具と思われるものが1点出土している。なお、クルミが1点出土している。
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3 報告書における所見とその検討

報告書所見にはつぎのような記述があり、この竪穴住居がⅡ地区の中心的存在の1軒であったことが述べられています。

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●所見

本竪穴住居においては、墨書土器等が多く出土している。

墨書土器は土師器坏に記されたものがほとんどであるが、土師器皿と須恵器坏に線刻されたものも2点出土している。

住居規模や墨書土器の多さから、本住居はⅡ地区の竪穴住居の中心的存在の1軒であったかもしれない。
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本住居が集落内の1ブロックにおいて中心的存在だった可能性に言及していることに注目します。

住居規模が大きいことと、さらに建て替えをしていることから、この住居が中心的存在であったことは推察できます。

同時にこの遺構で、墨書土器多出を中心的存在の理由に上げていることに注目します。

私はこのブログで、覆土層中の墨書土器や鉄器等はほとんど全て祭祀のお供え物であると考えています。

ですから、墨書土器等が多出する竪穴住居は当然集落内の有力家であり、当然中心的存在であったと考えています。

ところが、上谷遺跡の発掘調査報告書では覆土層中の遺物はすべて廃棄物(ゴミ)として想定されてきています。

他の遺物多出竪穴住居では、そこに廃棄物の穴があったと記述されるばかりです。

この遺構でだけ覆土層中の遺物が廃棄物(ゴミ)ではなく、廃絶前家族の社会的地位の高さを象徴するものとして扱われています。

おそらく、この竪穴住居で遺物の整理が最後まで行われ、遺物分布図がつくられ、覆土層の下層、中層、上層に満遍なく遺物が分布している様子が見える化したならば、他の遺構と同じく、遺物は廃棄物で穴に捨てられたと記述されたことでしょう。

遺物分布図が作られないので、報告書執筆時に、無意識的に墨書土器多出=中心的存在が記述されたものと推察します。

遺物整理が頓挫したこの遺構でだけで墨書土器多出=中心的存在を記述するのではなく、緻密な遺物整理を行った遺構でこそ、墨書土器多出=中心的存在の意義を詳細に検討していただければよかったと思います。

そうすれば、廃絶住居における祭祀の姿が浮き彫りになったと思います。


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