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2017年7月24日月曜日

参考 縄文時代前期集落竪穴住居の柱穴深度分析

現在、大膳野南貝塚の学習は後期集落の竪穴住居柱穴深度分析を行っていますが、参考として前期集落竪穴住居に柱穴深度分析を適用してみました。

J50号竪穴住居の柱穴分析は次のような結果となっています。

J50号竪穴住居の柱穴分析
発掘調査報告書における柱穴の分類とその分布から、主柱穴は北方向を意識して設置されていること、新段階主柱穴及び壁柱穴が存在していた時(建物が存在していた時)、住居に祭壇が設けられ、北方向を向いて拝んでいた可能性を論じました。
2017.04.19記事「竪穴住居廃絶時の祭壇跡か」参照

この検討の確からしさについて、新たに柱穴深度逆立体グラフを用いて検討します。

柱穴深度が大きければより高い柱がそこに建てられていた可能性があり、柱穴深度逆立体グラフは柱の高さを復元想定する材料として使えると考えます。

用途不明柱穴(祭壇であると想定した柱穴)を北に向かってみると次のようになります。

J50号竪穴住居 用途不明柱穴の深度逆立体グラフ

これを東方向を向いてみると次のようになります。

J50号竪穴住居 用途不明柱穴の深度逆立体グラフ
用途不明柱穴が東西方向に3~4の列をなしている状況がわかります。

次に主柱穴、壁柱穴との関係をみると次のようになります。

J50号竪穴住居 古段階主柱穴と用途不明柱穴の深度逆立体グラフ
用途不明柱穴と古段階主柱穴は配置のみならずその深度(つまり柱の高さ)から分別されます。

J50号竪穴住居 新段階主柱穴と用途不明柱穴の深度逆立体グラフ
用途不明柱穴と新段階主柱穴は配置のみならずその深度(つまり柱の高さ)から分別されます。

J50号竪穴住居 壁柱穴と用途不明柱穴の深度逆立体グラフ
壁柱穴と新段階主柱穴は主にその配置から、また深度(つまり柱の高さ)からも分別されます。

参考 J50号竪穴住居 全柱穴の深度逆立体グラフ

また、柱穴深度逆立体グラフを真上付近からみると次のようになります。

J50号竪穴住居柱穴深度逆立体グラフ

これらの観察結果から、J50号竪穴住居の用途不明柱穴の柱は建物が存在していたとき、その中に設置された祭壇(ヌササン)であるという想定の確からしさをより強めることができたと感じました。

次のイメージ図は柱穴深度逆立体グラフのデータ(柱の高さ)を反映していませんが、このようなイメージの祭壇が建物内に作られたと考えることができます。

J50号竪穴住居の祭壇の想像図

J50号竪穴住居では、住居主人が死亡してその竪穴住居の廃絶が決まった時、竪穴住居の建物が存在する状態でその空間が祭祀の場となったと想定します。

後期集落J67竪穴住居(人骨出土)では建物が存在していない状況で祭壇(ヌササン)が作られたと想定できますから、前期集落と後期集落では廃絶竪穴住居が祭祀の場(送り場)として使われるプロセスが異なる可能性があります。

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●北方向礼拝と地形空間との関係
偶然になりますが、前期集落J50号竪穴住居と後期集落67号竪穴住居はすぐ隣接しています。その2つともに北方向を意識していることが読み取れます。
その2つの竪穴住居は大膳野南貝塚が存在する台地の「付け根」のような場所で、東側、西側ともに谷津であり、北を拝むにはうってつけの場所です。
北方向を拝む祭祀の場がそれにふさわしい地形空間と対応しているという因果関係があるのかどうか、意識して学習を進める予定です。

2017年7月23日日曜日

竪穴住居跡送り場のイメージ

大膳野南貝塚後期集落のJ67号竪穴住居が建物廃滅後に送り場として利用されたことを検討しました。
2017.07.22記事「竪穴住居の送り場利用は建物廃滅後」参照

送り場としてのJ67号竪穴住居跡のイメージを用途不明柱穴の深度逆立体グラフを素に作成してみました。

J67号竪穴住居 建物廃滅後お送り場イメージ

J67号竪穴住居 建物廃滅後お送り場イメージ(注記)

参考 J67号竪穴住居 用途不明柱穴の深度逆立体グラフ

このイメージの蓋然性がどれだけあるかという問題は別にして、学習プロセスの中で自分の頭の中に浮かんだイメージをこのような絵にできるようになったことが、学習意欲を大いに高めます。

また将来より学習が進んだ段階で(知識が増えた段階で)このイメージを見ればその蓋然性について直観的な評価ができますから、今からその時のふりかえりが楽しみです。


2017年7月22日土曜日

竪穴住居の送り場利用は建物廃滅後

大膳野南貝塚縄文時代後期集落の竪穴住居柱穴分析を行っています。
柱穴深度逆立体グラフをつくれるようになりましたので、試行データを作成したJ67号住居について、予察的に検討します。

柱穴深度逆立体グラフは柱穴の深さを誇張して地上に表現したものですが、柱穴深度が多きればそれだけ高い柱、太い柱が立っていた可能性があることから、建物存在をイメージする手立ての一つになります。

発掘調査報告書に掲載されているJ67号住居写真と似た角度で柱穴深度逆立体グラフを作成して、並べて、写真の柱穴と柱穴種類(壁柱穴、張出部柱穴、意義記載なし(用途不明)柱穴)を対照させてみました。

このような作業をすると、竪穴住居の送り場としての様子が次から次へと推測できます。
与えられた情報は同じですが、平面図や一覧表情報を見るのと、立体的にその情報をみるのでは推測力(発想力)とその自信の程度が全く異なります。
検討の深さが全く異なることを体験しています。

次のような検討結果を得ることができました。

J67号住居 柱穴深度逆立体グラフからみた送り場の様子推測

人骨近くの用途不明3柱穴は祭壇(ヌササン)の柱穴であると推測することができます。
この場合、祭壇が張出部構造柱の影となる位置関係から、祭壇は建物廃滅後に設置されたと考えることができます。
このように考えると壁柱穴の外に位置する用途不明柱穴も祭壇を構成する柱であると捉えることができます。
また人骨と祭壇の位置関係から送り場に表側、裏手側が存在していたことがわかります。
さらに祭壇は略北側を意識してつくられていたと考えることができます。
前期集落でも祭壇は北側を意識していましたので、房総縄文人が北極星を信仰していたことが推測できます。
J67号住居は建物廃滅後、祭壇が設置された送り場として利用されたと推測することができますから、遺体を置いた時はすでに建物は無かったのです。
獣骨も出土しているので、遺体を置いて送るという祭祀の中で、あるいはそれとは別の祭祀でこの場で獣肉食が行われたと考えられます。

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参考

この記事検討で使ったGoogle earth pro画面