2016年8月22日月曜日

参考 上谷遺跡 出土遺物GISデータのヒートマップ表現

2016.08.21記事「上谷遺跡 出土遺物GISデータ作成」で出土遺物GISデータを作成し、その概要を円グラフ分布図で表現しました。

円グラフ分布図は遺構から遺物がどのように出土しているか、その分布の様子を訴求力をもって表現することができます。

しかし、よくよく考えてみると、グラフ分布図で分布の様子を表現するということは、最終表現形式であると考えます。

話の最後に事柄の分布を訴求力をもって表現するためにグラフ分布図は有効です。

しかし、これから様々な検討を行う分析途上にあってはグラフ分布図は逆にそれを操作できない分だけ厄介になります。

グラフ分布図を操作して次のステップに進むことが困難です。

その点、ヒートマップは操作性に優れています。

そこで、2016.08.21記事「上谷遺跡 出土遺物GISデータ作成」と同じ情報をヒートマップで表現して、今後の検討に備えてみました。

なお、円グラフ対応データとヒートマップ対応データの変換方法はブログ花見川流域を歩く番外編2016.08.22記事「メモ 頻度データと全数データの変換操作」にメモしておきました。

1 上谷遺跡 墨書土器ヒートマップ

上谷遺跡 墨書土器ヒートマップと掘立柱建物分布オーバレイ

半径パラメータ25m

2 上谷遺跡 土器ヒートマップ

上谷遺跡 土器ヒートマップと掘立柱建物分布オーバレイ

半径パラメータ25m

3 上谷遺跡 金属遺物ヒートマップ

上谷遺跡 金属遺物ヒートマップと掘立柱建物分布オーバレイ

半径パラメータ25m

4 上谷遺跡 全遺物ヒートマッ

上谷遺跡 全遺物ヒートマップと掘立柱建物分布オーバレイ

半径パラメータ25m

5 検討

上に掲載した4枚のヒートマップが酷似していることが大変特徴的です。

特に墨書土器ヒートマップと金属遺物ヒートマップの分布状況が酷似していることから、集落における集団祈願行為と生産・防衛活動が密接に関係し、その場所が掘立柱建物群に囲まれた広場であることが判明しました。

墨書土器ヒートマップと土器ヒートマップの分布状況酷似は、土器というものが水や食品貯蔵、食器という実用機能をはるかに超えて、生産活動と密接な関係にある集団祈願行為の道具として重要な機能を有していたことを物語っていると考えます。

2016年8月21日日曜日

上谷遺跡 出土遺物GISデータ作成

墨書土器GISデータベースに続いて、墨書土器以外の出土遺物GISデータを作成しました。

1 上谷遺跡出土遺物GISデータの作成

GIS上の上谷遺跡遺構プロット図をcsvファイル出力するとその中に位置情報(緯度、経度)が含まれます。

この位置情報を含んだ遺構リストに発掘調査報告書に掲載されている遺物の数を項目毎に全て書き込みました。

位置情報を含んだ次のような遺物リストが完成しました。


上谷遺跡出土物GISデータ

このリストをcsv出力してGISに取り込めば遺物項目別分布図ができます。

この記事では上谷遺跡の概況を知ることとし、土器数、金属遺物数、全遺物数について検討します。

2016.08.20記事「上谷遺跡 墨書土器集中出土域と掘立柱建物群との関係」で墨書土器集中出土空間が掘立柱建物群と密接な関係にあることを明らかにしました。

最初に参考として墨書土器分布と掘立柱建物群との関係を再掲します。

2 参考 上谷遺跡 墨書土器

上谷遺跡の遺構別墨書土器出土数を円グラフで表現し、次いで、その図に掘立柱建物をオーバーレイ表示しました。

参考 上谷遺跡 墨書土器数円グラフ

参考 上谷遺跡 墨書土器数円グラフと掘立柱建物分布オーバーレイ

この情報から、墨書土器活動つまり集落生業集団が行う集団的祈願活動は掘立柱建物群近くの広場を中心に展開されていたことを想定できました。


3 上谷遺跡 土器

遺構別土器出土数を円グラフで表現すると次のようになります。

上谷遺跡出土土器数円グラフ

墨書土器は掘立柱建物群近くに集中して分布していました。

土器全体でみると、竪穴住居全体に分布しているとともに、集中出土域はやはり掘立柱建物群近くになっています。

土器は水の汲み置き、炊事や食事の食器として生活に必須ですから竪穴住居分布に密接にかかわるにも関わらず、密集出土域が掘立柱建物群近くであるということは、墨書土器活動の影響が強く表れているものと考えます。

つまり、実用機能を有する土器の分布は竪穴住居分布と似てくると考えますが、掘立柱建物群近くに土器集中域があるということは、掘立柱建物群近くの空間(広場)が集団が執り行う祭祀(酒宴)の場であり、人々が自分の竪穴住居から土器(墨書土器)をもちより、その場で打ち欠き捨てた(埋めた)のだと思います。

掘立柱建物群近くで祭祀(酒宴)が継続的に行われたため、その空間で土器出土が多くなっているのだと想定します。

上記分布図い掘立柱建物をオーバーレイすると次のようになります。

上谷遺跡出土土器数円グラフと掘立柱建物分布オーバーレイ

4 上谷遺跡 金属遺物

遺構別金属製品遺物出土数を円グラフで表現すると次のようになります。

上谷遺跡金属遺物数円グラフ

金属製品遺物とは紡錘車、穂積具、鎌、鍬、鉈、刀子、鉄鏃、鍵、釘、銙帯、馬具、不明品などを含みます。

これらの金属遺物は生産活動や集落防衛のために重要な道具ですから、その出土空間は集落機能上の重要ケ所を表現していると考えて間違いないと思います。

金属遺物全体の分布を見るとそのパターンが墨書土器分布のパターンと似ていることに着目せざるをえません。

上記分布図に掘立柱建物分布をオーバーレイすると次のようになります。

上谷遺跡金属遺物数円グラフと掘立柱建物分布オーバーレイ

生産活動や防衛活動の重要ケ所が掘立柱建物群近くにあるということが判明しました。

5 上谷遺跡 全遺物

遺構別全遺物出土数を円グラフで表現すると次のようになります。

上谷遺跡出土遺物数円グラフ

墨書土器、土器、金属遺物というくくりで見た時、その分布の集中域が全て掘立柱建物群近くであるのですから、全遺物というくくりにしても、当然ながらその集中域は掘立柱建物群近くになります。

上谷遺跡出土遺物数円グラフと掘立柱建物分布オーバーレイ

上谷遺跡は掘立柱建物群が集落機能上の中心に位置づけられていたとイメージできると思います。

次の記事から遺物個別項目や墨書土器文字の出土状況を分析して、上谷遺跡の生業が何か、それと墨書文字集団との対応があるかなどについて検討します。





2016年8月20日土曜日

上谷遺跡 墨書土器集中出土域と掘立柱建物群との関係

上谷遺跡墨書土器出土ヒートマップを集落ゾーン推定図とオーバーレイ表示してみました。

上谷遺跡集落ゾーン推定図と墨書土器出土ヒートマップのオーバーレイ図

ヒートマップの赤色域(墨書土器集中出土域)が掘立柱建物集中域のa、b、c、dと1対1の関係で対応するように観察できます。

明瞭な特徴を発見することができました。

墨書土器集中出土域は竪穴住居や土坑と関係するのではなく、掘立柱建物と強く関係することが判りました。

この観察に基づいて、より具体的にデータをみてみます。

次の図は掘立柱建物分布と墨書土器出土ヒートマップをオーバーレイさせたものです。

上谷遺跡掘立柱建物分布と墨書土器出土ヒートマップのオーバーレイ図

4個所の墨書土器集中出土域は4個所の掘立柱建物群の縁辺に存在しますが、もっと精細に観察すると、縁辺というよりも掘立柱建物が墨書土器集中出土域を囲んでいるように観察できます。

墨書土器が多数出土する遺構は全て竪穴住居跡ですから、掘立柱建物群近くの廃絶して穴となった竪穴住居跡に多数の墨書土器が捨てられた(埋められた)という事象が想定できます。

この想定から掘立柱建物群で行われる活動と墨書土器活動(墨書土器を打ち欠き、穴に捨てる(埋める)活動)が密接に関係していることが判ります。

掘立柱建物は養蚕施設およびその関連施設(製糸、機織り、縫製、製品貯蔵)や漆器作成作業施設など付加価値の高い製品をつくる作業場、生産工場が主なものとして含まれると仮説しています。

この仮説が正しければ養蚕や乾漆などの生業集団による集団祈願行為(酒宴)が、労働の場である掘立柱建物近くの広場で行われたと考えます。

このような想定や仮説を検証すべく、墨書土器の文字や文字と遺物の共伴出土関係を引き続いて分析します。

なお、墨書土器10点以上出土遺構(全て竪穴住居跡)を円グラフにして掘立柱建物分布とオーバーレイすると次のようになります。

上谷遺跡掘立柱建物分布と墨書土器10点以上出土遺構円グラフのオーバーレイ図

この図から遺構ポイントレベルで掘立柱建物群と墨書土器集中出土域の関係をイメージすることができます。

なおこの図で西端(左端)2個所の墨書土器10点以上出土遺構だけが掘立柱建物の近くにはないことが判ります。

おそらく、この2個所は発掘区域の端であるため見かけ上このように観察できてしまうのだと思います。

発掘区域外西側にも掘立柱建物群があったのではないかと想像します。



2016年8月19日金曜日

上谷遺跡 墨書土器GISデータベース作成

上谷遺跡のGIS空間における遺構分布図が完成しましたので、そのデータに基づき墨書土器データベースのGIS化を行いました。

墨書土器データベースのGIS化プロセスとその結果についてメモしておきます。

1 上谷遺跡墨書土器データベースのGIS化

1-1 上谷遺跡墨書土器データベースの作成

最初に、千葉県墨書土器データベース(明治大学)から上谷遺跡分を抜き出したデータベースを作成しました。

上谷遺跡墨書土器データベース(位置情報なし、Excel画面)

1-2 上谷遺跡遺構位置情報ファイルの作成

上谷遺跡遺構分布図をGIS(地図太郎PLUS)に張り付けることによって遺構をGIS空間にプロットしました。

上谷遺跡遺構プロット図

遺構毎にプロット図をcsvファイル出力するとそれに位置情報が含まれます。

遺構(竪穴住居)のcsvファイル出力例(Excel画面)

1-3 墨書土器データベースと遺構位置情報ファイルのリレーション

墨書土器データベースと遺構位置情報ファイルをFile Makerに読み込み、その二つのファイルの遺構番号についてリレーションを繋ぐと、墨書土器データベースに位置情報を読み込むことができます。

2つのファイルを遺構番号でリレーションさせた様子(File Maker データベース管理画面)
(出土遺構、タイトルとも遺構管理番号を意味している)

上谷遺跡墨書土器GISデータベース(位置情報あり、File Maker画面)

このFile MakerファイルをExcel出力して、さらに必要情報だけを地図太郎PLUSに読み込めるようにcsv出力して地図太郎PLUSに読み込み活用します。

2 上谷遺跡墨書土器GISデータベースの空間プロット

位置情報を取得した墨書土器データベースを空間プロットすると次のようになります。

上谷遺跡墨書土器GISデータベースの単純プロット(みかけは墨書土器出土遺構プロット図と同じ)

画面上では墨書土器が出土した遺構のプロット図と同じですが、電子ファイルとしては遺構毎に多数のデータが重なって存在しています。

このデータからヒートマップを作成して墨書土器出土の密集域を表示しました。

上谷遺跡 墨書土器出土ヒートマップ
半径パラメータ25m

同じ情報を統計処理して遺構別出土数データを作成し、その遺構別出土数を円グラフで表示すると次のようになります。

上谷遺跡 墨書土器出土遺構別頻度円グラフ

墨書土器出土ヒートマップと墨書土器出土遺構別頻度円グラフと集落ゾーンの関係分析は次の記事で行います。


2016年8月18日木曜日

上谷遺跡 集落ゾーン区分推定

上谷遺跡の墨書土器や遺物の分布検討に入る前に、遺構分布から集落のゾーン区分推定を行います。

ゾーン区分推定を念頭に遺物検討を行えば、その解釈がより深まると考えます。

逆に遺物検討かゾーン区分推定をより合理的に修正することができます。

集落ゾーン区分とは集落を構成する小集団の生活領域をイメージします。

2016.08.17記事「上谷遺跡 遺構分布図作成」で竪穴住居、掘立柱建物、土坑の分布図ヒートマップを作成しました。

ヒートマップ作成に分布特性の操作性が高まりましたので、これを利用して集落ゾーン区分推定を行います。

1 遺構からみたゾーン区分

1-1 竪穴住居からみたゾーン区分

竪穴住居ヒートマップの赤い部分(竪穴住居が集中している部分)に○を書き、北から順番にA、B、C…をふりました。

上谷遺跡 竪穴住居からみたゾーン区分

竪穴住居の分布が6つの塊として把握できるのですから、この区分自体を集落ゾーンとして推定することも可能だと考えられます。

萱田遺跡群の発掘調査報告書では風景的に竪穴住居が密集している部分によりゾーン区分していますが、ヒートマップを使った区分はその風景的方法から主観性排除を進めたより合理的方法であると考えます。

1-2 掘立柱建物からみたゾーン区分

掘立柱建物ヒートマップの赤い部分(掘立柱建物が集中している部分)に○を書き、北から順番にa、b、c、dをふりました。

上谷遺跡 掘立柱建物からみたゾーン区分

aとbは隣接して、cとdも隣接して分布するという、対分布が集落内に2個所存在するという特異な分布になります。

同時にa・bよりc・dの方が高密集になっています。

このデータを利用して集落ゾーン推定を行う際に、掘立柱建物が集落内でどのような機能をもっていたかという事前想定が大切になります。

このブログでは近隣の船尾白幡遺跡で掘立柱建物が蚕小屋であったことを付きとめていますので、当座の検討ではそのようなイメージを参考として利用するとこととします。

掘立柱建物のメイン機能の一つが養蚕施設およびその関連施設(製糸、機織り、縫製、製品貯蔵)であったと仮説して検討を進め、その仮説真否の検証も行います。

同時に掘立柱建物が蚕小屋であったという例から発想を拡大させて、掘立柱建物が漆器作成施設であった可能性も想定します。

乾漆作業は繊細な作業であり、同時に付加価値の高い作業でもあるので家族が暮らす竪穴住居ではなく、専用作業場としての掘立柱建物で作業していたと考えるほうが合理的です。

掘立柱建物は作業場・生産工場・労働の場、竪穴住居は家族の生活の場、食事や就寝・休息の場と対比させてイメージしておきます。

1-3 土坑からみたゾーン区分

土坑ヒートマップの赤い部分(土坑が集中している部分)に○を書き、北から順番に1、2、3をふりました。

上谷遺跡 土坑からみたゾーン区分

1→2→3の順に土坑の密集性が高まります。

ただし、発掘調査報告書を読むと3付近では掘立柱建物の中穴である可能性の高いものも土坑として分類してあると書かれていますから、割り引いて考える必要があると思います。

土坑の機能にはいろいろあると思われ、今後具体的に検討したいと思います。

しかし、2が掘立柱建物密集域と離れていて竪穴住居密集域と隣接している事実に着目すると、土坑全体の機能は掘立柱建物より竪穴住居により強く関連しているように推察できます。

1-4 遺構ゾーン区分の重ね合わせ

以上の竪穴住居、掘立柱建物、土坑のそれぞれから見たゾーン区分を重ね合わせてみました。

上谷遺跡 遺構ゾーン区分重ね合わせ

この重ね合わせ図から次の対応を観察することができます。

……………………………………………………………………
竪穴住居-掘立柱建物

A-a
B-b

CD-c
EF-d

……………………………………………………………………
竪穴住居-土坑
A-1

CD-2
EF-3

……………………………………………………………………

竪穴住居(居住)と掘立柱建物(生産)の対が4つあり、さらにその4つの対が2つに集合しているという階層構造が観察できます。

1-5 集落内ゾーン推定

以上の検討(観察)から上谷遺跡集落内ゾーンを推定すると次のようになります。

上谷遺跡集落内ゾーン推定図

上谷遺跡は北ゾーンと南ゾーンに大きく2分して捉えることができます。その2分は掘立柱建物の2つの密集と対応しています。

北ゾーンと南ゾーンのそれぞれとも2つの竪穴住居群-掘立柱建物群ユニットから構成されます。

ただし、南ゾーンの竪穴住居群-掘立柱建物群ユニットの場合、竪穴住居群がさらにそれぞれ2つに分割して観察できます。

北ゾーンと比べて南ゾーンの勢力(竪穴住居や掘立柱建物の数量)が大きかったことが明白です。



2016年8月17日水曜日

上谷遺跡 遺構分布図作成

上谷遺跡の奈良・平安時代竪穴住居、掘立柱建物、土坑、溝状遺構の分布図を八千代市教育委員会の技術アドバイスも得て、やっと作成しました。

次の発掘調査報告書の情報を1枚の分布図に集成しました。


「千葉県八千代市上谷遺跡 (仮称)八千代市カルチャータウン開発事業関連埋蔵文化財調査報告書Ⅱ -第1分冊-」(2001、大成建設株式会社・八千代市遺跡調査会)

「千葉県八千代市上谷遺跡 (仮称)八千代市カルチャータウン開発事業関連埋蔵文化財調査報告書Ⅱ -第2分冊-」(2003、大成建設株式会社・八千代市遺跡調査会)

「千葉県八千代市上谷遺跡 (仮称)八千代市カルチャータウン開発事業関連埋蔵文化財調査報告書Ⅱ -第3分冊-」(2004、大成建設株式会社・八千代市遺跡調査会)

「千葉県八千代市上谷遺跡 (仮称)八千代市カルチャータウン開発事業関連埋蔵文化財調査報告書Ⅱ -第4分冊-」(2004、大成建設株式会社・八千代市遺跡調査会)

「千葉県八千代市上谷遺跡 (仮称)八千代市カルチャータウン開発事業関連埋蔵文化財調査報告書Ⅱ -第5分冊-」(2005、大成建設株式会社・八千代市遺跡調査会)

「千葉県八千代市上谷遺跡 (仮称)八千代市カルチャータウン開発事業関連埋蔵文化財調査報告書Ⅱ -第1分冊本文編-」(2005、大成建設株式会社・八千代市遺跡調査会)

発掘調査報告書は発掘調査区毎の細分された分布図とその検討のみが行われていて、遺跡全体の分布とりまとめや考察はありません。

1 遺構分布図作成

1-1 竪穴住居分布

次に上谷遺跡奈良・平安時代竪穴住居分布を示します。

上谷遺跡 竪穴住居 基図は地理院地図(標準地図)

基図を地理院地図(標準地図)にすると現代開発前の台地・谷津地形の概況が判りませんから、このブログでは基図を旧版2万5千分1地形図(大正年間測量)とします。

上谷遺跡 竪穴住居 基図は旧版2万5千分1地形図

竪穴住居は発掘区域に一様に分布するのではなく、明瞭な分布上の粗密が読み取れます。

1-2 掘立柱建物分布

上谷遺跡奈良・平安時代掘立柱建物分布を示します。

上谷遺跡 掘立柱建物

掘立柱建物の分布は竪穴住居以上に分布が偏在しています。

1-3 土坑分布

上谷遺跡奈良・平安時代土坑分布を示します。

上谷遺跡 土坑

土坑分布も粗密に特徴があります。

1-4 溝状遺構分布

上谷遺跡奈良・平安時代溝状遺構分布を示します。

上谷遺跡 溝状遺構

2個所に見られ、1個所は台地を東西に走り、1個所は台地崖脚部に存在します。


2 遺構分布ヒートマップ作成

遺構分布の特性つまり分布粗密の特性を把握するための分析資料として遺構別ヒートマップを作成しました。

ヒートマップ作成はカーネル密度推定(半径パラメータ50m)によりQGISの機能を利用して作成しました。

2-1 竪穴住居ヒートマップ

上谷遺跡 竪穴住居ヒートマップ

竪穴住居密度が高い空間が赤色で示されています。

赤色の空間は6つのゾーンに区分できそうです。

2-2 掘立柱建物ヒートマップ

上谷遺跡 掘立柱建物ヒートマップ

掘立柱建物密度が高い空間、つまり赤色の空間は大局的にみれば2個所であり、それぞれがまた2つから構成されているように観察できます。

2-3 土坑ヒートマップ

上谷遺跡 土坑ヒートマップ

遺跡西部に大きな高密度空間(赤色空間)が、遺跡中央にも赤色空間があります。

遺跡北部にも赤より色の薄い空間が存在します。



遺構のヒートマップを作成することにより、遺構の空間分布特性を把握して操作できるよになりました。

この情報を操作して、次の記事で遺跡(集落)のゾーン区分推定(機能や集団単位の推定)を行います。

集落ゾーン区分推定(機能や集団単位の推定)を念頭において出土遺物の検討を行うことにより、集落の特性をより合理的かつ深く把握できると考えます。


2016年8月15日月曜日

上谷遺跡 遺構分布と遺構番号の対照作業

2016.07.29記事「千葉県八千代市上谷遺跡の学習検討方針」で書いた通り上谷遺跡の発掘調査報告書全6冊のうち、第4分冊の遺構分布図には遺構番号が出ていません。

八千代市教育員会(八千代市遺跡調査会の母体)に遺構配置図と遺構番号の対照方法を問い合わせたところ、次のような方法を教えていただきましたのでメモしておきます。

なお、竪穴住居については対照結果を分布図として提供していただきました。

八千代市教育委員会に感謝申し上げます。

1 遺構分布と遺構番号の対照方法

報告書中の大グリッド位置図及び中グリッド番号体系図(今回教育委員会から提供していただく)を遺構分布図にプロットする。

そのグリッド番号書き込み遺構分布図と報告書文章記述を対照させて遺構の番号を確定する。

遺構分布と遺構番号を対照させるために使える情報

2 遺構分布と遺構番号の対照作業

大グリッド位置図と遺構分布図のオーバーレイをIllustrator上でおこないました。

遺構分布図にはグリッド情報が全くありません。

同時に大グリッド位置図の遺跡境界線が東側で合いません。

その不都合とはまた別に、大グリッド位置図の縦横の縮尺が変動してしまっていて、大グリッドが正方形ではありません。

従って各種地図技術上の工夫補正はしましたが正確性に著しく疑問が生じるプロットしかできません。

大グリッド位置図と遺構分布図のオーバーレイ結果(Illustrator)

大グリッド位置図にグリッド番号をプロットして、大グリッド位置図を消すと遺構分布図にグリッド番号をプロットできます。

遺構分布図にグリッド番号をプロットした結果(Illustrator)

この資料と報告書文章記述(および報告書掲載遺構スケッチ図)にもとづいて、遺構番号を図上で対照させ、書き込んでいきます。

Illustrator上で遺構番号を書き込んだ地図画像ができれば、それをGIS(地図太郎PLUS)にプロットして、遺構データをGIS化します。

3 感想

上谷遺跡は珍しいヘラ書人面土器が出土している八千代市の中でも有名な遺跡です。

それにも関わらず遺構番号を地図上で確認できない発掘調査報告書がそのままになっていることが残念でした。

行政が行う一般各種調査で、もしこのようなことがあれば、報告書の基本的利用が阻害されてしまいますから、仮に出版されてしまっても正誤表を作るなりすると思います。

実務担当者もその管理者も知らなかったということはあり得ないことです。

このような業務管理問題が放置されていることから、発掘調査報告書というものが世の中でほとんど利用されていないという実態を垣間見てしまったのかもしれません。

……………………………………………………………………

参考 第4分冊掲載 有名なヘラ書人面土器







2016年8月13日土曜日

参考 墨書文字「万」が構成する熟語

上谷遺跡の墨書文字「万」の検討の事前調査の一環として、全国墨書土器データベース(明治大学)から文字「万」を含む事例を全部抽出して統計的に分析してみました。

次の表は「万」が熟語中のどの部分に現れるか整理して、出現頻度の高いものだけを事例的に示したものです。

釈文に万が含まれる墨書土器文字 一部

全国墨書土器データベース(明治大学)による


この表から墨書土器「万」の特徴について検討し、箇条書きでまとめてみました。

1 語尾出土と単独出土「万」の重要性 

語尾に万がくる熟語が最多(1671)であり、次いで万単独出土(1332)、語頭に万(426)、語中に万(242)という順番になります。

語尾に万がくる熟語と万単独出土の数が他より特段に多く、その二つの語法に万の主要な意味が隠されていると考えます。

2 □や○で囲まれた「万」の意味

万の単独出土には「□で囲む」「○で囲む」や記号で囲むものが7-8%含まれていて他の文字には見られない特徴となっています。

万を「□で囲む」「○で囲む」のは、万の意味が単純な豊かさ祈願・福徳祈願ではなく、祈願すべき社会的機能の存在を暗示しているように感じます。

万を「□で囲む」「○で囲む」のは万が政所(マンドコロ)を指しているという仮説を支持する情報であると考えます。

近世から現代でも、質屋は質に○、酒屋は酒に○などがあり、囲み文字が屋号となったものがあります。

万を○で囲む例 北海道遺跡

万を□で囲む例 大網山田台遺跡群 猪ヶ崎遺跡

現代の質屋、酒屋、米屋のロゴ例

3 語尾「万」の前の文字には意味がある 

語尾に万がくる熟語では万の前の文字の多くは数詞を含めてそれぞれ意味があると考えます。

数詞はその読み(音)からその意味をたどることができると考えます。

数詞が意味のない「多数を表すにすぎない」とする上谷遺跡発掘調査報告書の説明には賛成できません。

上記表に出ている万の前の文字の意味を全て解釈することは出来ませんが、上谷遺跡近隣遺跡の検討を参考にすると次のように解釈できる可能性があります。

千…銭(取引)
廿(廾)…ツヅラ(衣服)
中…上中下の中(組織の中の位置)
大…「大」を祈願文字とする集団
上…上中下の上(組織の中の位置)
六…陸奥
七…質、漆(シチ)
生…生糸
得…犢(子牛)
牛…牛
山…耕地
稲…稲
寺…寺

語頭の同じ文字の意味が遺跡によって異なる可能性があると考えます。

特に数詞は文字をほとんど知らない人も読める可能性が高い文字ですから、その読み(音)を利用して数とは別の意味を表現するという方法が墨書土器では一般的であったと考えます。

4 語尾「万」がつくる熟語の2つの解釈 

語尾に万がくる熟語の解釈候補として次の2つをあげることができます。

ア 豊かさ(数量の多さ…福徳)の祈願

イ 政所(マンドコロ…社会統治機構末端の現場拠点)活動の発展祈願

語頭の文字と万の組み合わせは、イの場合(政所の場合)すべて解釈することができます。

しかし、アの場合(数量の豊かさの場合)、中、大、上、六、七(質の場合)、山、寺では祈願の解釈が困難です。あるいは複雑な思考を前提とすることになります。

アの祈願であるか、イの祈願であるかの直接判断は遺跡毎に他の出土物との関係等を踏まえておこなうしか方法はないと考えます。

しかし、近隣遺跡の既学習から、集落が大発展した時期が9世紀中葉から後葉であると考えられます。

その時期には俘囚の反乱などがあり集落の武装化も進んでいますから、現場の末端統治機構(つまりマンドコロ)の役割は大きくなってきています。

集落の生産活動組織と統治機構とは同じと考えてよいと考えられますから、私は「~万」の解釈はほとんど全てイの政所(マンドコロ)活動の発展として考えることが適切であると考えます。

5 語頭「万」熟語は豊かさ祈願

語頭に万がくる熟語は豊かさ(福徳)の祈願として解釈できるものが多いという印象を持ちます。

最多出土文字の万足はマンゾク(満足)と読めます。

(自分が願っている物、活動等が)十分であること、たりることを祈願していると考えます。

万足を「政所の活動がたりること、十分であることの祈願」として解釈するこは論理的に不可能ではありません。

しかし、そのような思考(祈願)は積極性に欠け、現状維持のような印象を受けますからおそらく正解としての可能性は低いと考えます。

6 文字に挟まれた「万」の多くは人名 

熟語の中に挟まれている万のほとんどは~万呂であり人名であると考えます。

人名以外に重要な事例もこの中に含まれています(例 山邉万所 など)がすでに検討しました。

2016.08.11記事「墨書文字「万」が政所(マンドコロ)を意味している事例」参照




2016年8月11日木曜日

墨書文字「万」が政所(マンドコロ)を意味している事例

上谷遺跡の墨書文字「万」について、発掘調査報告書では多くの富を得たいという願望に関わる福徳の祈願であると考えています。

このブログでは近隣遺跡でも多く出土する「万」の多くが政所(マンドコロ)の意味であると考えています。

今後上谷遺跡のデータを詳しく分析しますが、それに先立ち、視野を千葉県全体に広げると「万」を政所(マンドコロ)の意味で使っている可能性が極めて濃厚な遺跡事例がありますので、参考に学習した結果を紹介します。

1 大網山田台遺跡群の位置

大網山田台遺跡群の位置を次に示します。

大網山田台遺跡群の位置

大網山田台遺跡群は古代上総国山辺郡に位置し、近くの郷は山口郷、高文郷です。

2 大網山田台遺跡群から出土する墨書文字「万」

大網山田台遺跡群から出土する墨書文字「万」を整理しました。

大網山田台遺跡群 墨書文字「万」

●万所は政所(マンドコロ)である

「万所」3、「山万所」1、「山邉万所」1、「万所□□」1点の合計6点の万所は漢字の読みから、政所(マンドコロ)と解釈して間違いないと思います。

この場所が古代山辺郡に属していて「山邉万所」が出土するのですからこの解釈の蓋然性は高いものがあると考えます。

また、「山万所」の山は山辺郡の山か、山口郷の山のどちらかだと思います。

●万も政所(マンドコロ)である

「山口子万」が出土します。

山口は山口郷と考えて間違いないと思います。

子はこのブログで蚕(コ)であることを突き止めました。

2016.03.26記事「船尾白幡遺跡における養蚕を示す墨書文字「子」「小」」参照

従って万の解釈は次のような構造の中で行う必要があります。

地名(自分がいる場所)+蚕+万

もし万を富を増やしたいという祈願語として考えると次のような解釈になります。

「山口郷の繭の生産を増やしたい。」

墨書土器は、それで、個人が自分の願望を祈願するものですから、平仄があいません。

山口郷の繭生産を増やしたいという行政的、計画的、統治的願望が墨書文字で書かれるということはあり得ないと思います。

万を政所(マンドコロ)という意味で考えると次のような解釈になります。

「(私が所属して活動している)山口郷繭生産を取り仕切っている政所の発展を祈願する。」

山口郷で、住民や俘囚・奴婢を働かせて繭生産を取り仕切っている生産単位が政所(マンドコロ)と呼ばれていて、その生産単位の活動発展の祈願が「山口子万」(ヤマグチコマンドコロ)になったのだと解釈します

この検討から万は1語でもマンドコロと読み、政所と解釈できることが判ります。

●万(政所(マンドコロ)の階層性

「文万」2点、「文万坏」1点が出土します。

文は地名高文郷の文であると考えることが合理的であると考えます。

そのように考えると、上で検討した「山万所」は山口郷に対応してと考えることができそうです。

つまり次のような郡・郷に対応した政所(マンドコロ)が墨書されていたと考えます。

上総国山辺郡に対応した政所…「山邉万所」

山辺郡山口郷に対応した政所…「山口子万」、「山口万」

山辺郡高文郷に対応した政所…「文万」、「文万坏」

このように考えると、万=政所(マンドコロ)という概念は階層的であることがわかります。

社会統治(生産統治)は階層的であり、現場の政所(マンドコロ)から郡全体を束ねるような政所(マンドコロ)まで存在したと考えます。

隣組的現場生産単位までマンドコロと呼んでいたならば、祈願語「万」を書く人数は膨大に上ると考えます。

また、子万にみられるように生業集団別にマンドコロが存在していたと考えます。

私は次のようなマンドコロの存在を想像しています。

生万…養蚕(生糸)
田万…稲作
廿万…布生産(ツヅラ)
千万…取引(銭)

現時点の私の学習段階では、大網山田台遺跡郡の墨書文字「万」は単独出土を含めてほとんど政所(マンドコロ)の意味であると想定します。

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参考

まんどころ 【政所】

①財政や訴訟など日常的政治実務を処理した政庁。

政所の語は奈良時代の史料にもみえ,8世紀中期には〈造東大寺司政所牒〉〈筑前国政所牒〉などもみえる。

大宰府や国などの政府出先機関や半ば公的性格をもっていた大寺社などは,早くからその財政に関する収納や給田などの実務と,訴訟の受理・裁断,人事の管理,使者の発遣,文書の受理・発給・保管などの日常的政治支配を行う機関として政所を設置し,またその庁舎である政所屋〘まんどころや〙をもときに政所とよんでいた。

荘園制が盛行する11世紀以降には,荘園の現地に政所をおき,日常的な徴税や荘民の訴論を処理したところも少なくない。

②諸家の家政機関。

律令制では親王および職事の三位以上の家は,〈家令職員令〉に規定された▶家司〘けいし〙によって家事を処理する一種の公的機関でもあったが,平安中期になると親王・公卿家の家政機関として別当以下の役員をそなえた政所が整えられる。

おそらく地方土豪の托身などによる家人〘けにん〙の増加や,家領荘園の拡大による家政の膨張がその原因だろう。

特に摂関家政所では別当,令,知家事,案主,従などに分掌化した多くの家司を抱え,彼らは殿下御領,家領荘園,氏人の進退などのほか一般政治にも関与した。

11世紀には下達文書として〈摂関家政所下文〉の様式も定まるが,これは家産の領域を超えて諸権門の利害調停という国家的機能をも果たした。

貴族社会では三位となって資格を得ると政所を置くのが普通となり,婚姻や▶移徙〘わたまし〙があると政所始〘まんどころはじめ〙の儀式を行った。

妻は無位でも夫が資格を得ると政所を置いたが,その政所は夫とは別であった。

後世,摂関家をはじめ貴族の妻を政所,北政所〘きたのまんどころ〙と称するようになる理由はここにあったと考えられる。

『平凡社 改訂新版 世界大百科事典』 日立ソリューションズから引用
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この記事の検討は千葉県墨書土器データベース(本編、補遺1、補遺2)のデータだけで行いました。

発掘調査報告書は閲覧していません。

後日発掘調査報告書を閲覧して、そこで墨書文字「万」がどのように解釈されているか学習し、ブログ記事で報告します。






2016年8月10日水曜日

上谷遺跡 墨書文字「万」の事前検討 その1

上谷遺跡で4番目に出土数が多い墨書土器文字は「万」です。

この記事は上谷遺跡出土墨書土器文字「万」に関する事前予備検討の第1回目です。

1 上谷遺跡出土主要墨書文字の全国出土数

次に上谷遺跡出土主要墨書文字「得」「西」「竹」「万」の全国出土数を整理してみました。

上谷遺跡出土主要墨書文字の全国出土数 表

上谷遺跡出土主要墨書文字の全国出土数 グラフ

全国的にみれば上谷遺跡の「得」「西」「竹」出土数割合は高く、上谷遺跡の検討が全国のその文字の検討と直結することが想定されます。

ところが、「万」は全国の出土数が多く、上谷遺跡での検討を安易に全国に敷衍するような発想は許されないことが想定されます。

全国レベルでの「万」の検討と上谷遺跡における「万」の検討を同時並行的に進める必要性があると直観できます。

「万」の出土数は全国的に見ても多いのですから、その検討を深めることができれば全国レベルの墨書土器文字検討にとっても大きな意義があることになります。

「万」の検討を上谷遺跡の情報だけに限定して、そのローカルデータの範囲内で解釈しようとするれば、あまり成果を期待できないと考えます。

2 上谷遺跡出土文字「万」の特性

上谷遺跡出土文字「万」の釈文別文字を次に示します。

上谷遺跡 釈文 万

「万」1文字で観察されたデータが61で最も多いのですが、「億万」「七万」「十万」「大万」「廿万」(廾万)「八万」という6つの熟語も同時に出土しています。

3 発掘調査報告書における「万」解釈

発掘調査報告書(第5分冊)では「万」について次のような解釈を行っています。

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多数の「得」「福」「富」や「万」「七万」「八万」「廿万」「大万」などは、いずれも福徳の祈願と関係するものだろう。

「千葉県八千代市上谷遺跡 (仮称)八千代市カルチャータウン開発事業関連埋蔵文化財調査報告書Ⅱ -第5分冊-」(2005、大成建設株式会社・八千代市遺跡調査会)から引用

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発掘調査報告書の「万」解釈は、万が「非常に多くの数」「よろず、たくさん、すべて」という意味に着目して、多くの富を得たいという祈願であると考えたのだと思います。

しかし、なぜ「万」だけではなく「七万」「八万」「十万」「廿万」「億万」「大万」というバリエーションがあるのか説明はありません。

発掘調査報告書では、それらは具体的な数量ではなく、福徳祈願の意味だとだけ記述しています。

以上の発掘調査報告書の「万」解釈は、このブログでこれまでに検討してきた近隣遺跡における「万」解釈と対照させると、残念ながら次の2点から満足できるものではありません。

1 「万」が政所(マンドコロ)を意味する場合があるという認識が欠落している。

2 「万」熟語の数詞(例「七」)等にはそれぞれ具体的意味があるという認識が欠落している。

例えば、鳴神山遺跡では「七万」はシチマンドコロと読み、質政所の意味で解釈しました。

同時に鳴神山遺跡出土「七・知益」の解釈を、漆(シチ)・汁液の意味としました。

2016.04.04記事「漆業務発展祈願の墨書文字を認識した瞬間」参照

「万」解釈を福徳祈願で十把一絡げで処理してしまうのは思考節約が過ぎると考えます。

4 参考 墨書文字「政所」(マンドコロ)、「万所」(マンドコロ)の出土状況

上谷遺跡の「万」の検討において、「万」がたくさんの意味とは別に、それとは全く異なる政所(マンドコロ)の意味が含まれているかどうかが一つの重要な焦点になります。

そこで、参考として、墨書文字「政所」(マンドコロ)、「万所」(マンドコロ)の出土状況を調べて分布図にしてみました。

墨書・刻書土器「政所」「万所」出土遺跡

この分布図から「政所」「万所」が墨書土器文字として出土していたことが確認できます。

大網山田台遺跡群№10地点(小西平台遺跡)の「山邉万所」の山邉(ヤマノベ)は和名抄にみえる上総国山邉郡に対応していると考えますから、「山邉万所」の万所が古代郡行政とかかわる政所であることは確実です。

2016.05.27記事「古代地名「~ベ(部)」の千葉県検索結果」参照

つまり万所=政所です。

さらに「万」一文字で政所(マンドコロ)と読み、意味するかどうか、次の記事で検討します。