花見川地峡史-メモ・仮説集->3花見川地峡の利用・開発史> 3.4〔仮説〕律令国家の直線道路、東海道水運支路の検討>3.4.242 鳴神山遺跡の羽口等出土状況
鳴神山遺跡から羽口片および椀型鉄滓が出土しています。
羽口等出土遺構
5軒の竪穴住居跡と道路遺構から羽口片11点と椀型鉄滓2点が出土しています。
報告書の記載からはそれらの出土遺構の場所で鍛冶が行われたという証拠はないようです。
出土遺構そのものが鍛冶遺構であったということではないのですが、その近くに鍛冶場があった可能性は濃厚であると考えます。
次の図は鉄鏃出土遺構分布からみた特徴的な場所(イメージ)です。
参考 鉄鏃出土遺構分布からみた特徴的な場所(イメージ)
羽口等出土遺構場所をこの図と照らし合わせると、羽口出土場所はC地点(遺跡の政治拠点想定)とF地点(生産活動拠点想定)に該当します。
遺跡(集落)にとって鍛冶場は重要機能ですから、支配拠点(C地点)にその本体を置いたのだと思います。
生産拠点であると想定しているB地点には鍛冶場が無く、F地点には鍛冶場が有ることから、B地点とF地点の特性に差異があることが想定できます。
F地点は鉄器の補修を自前で行える立場にあり、B地点は鉄器の補修を自前で行えない立場にあり、そこで働く集団に優劣が存在していた可能性を感じます。
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